首都星
その後、僕たちはバシャワの船に乗ったまま昆虫人の首都星まで移動することになった。僕たちの乗ってきた船は(ジーという名前の人工知能が操作する宇宙船)は、バシャワの船に曳航される形になった。
バシャワの船はジーの宇宙船とは違って最新の航行システムを搭載しているらしく、船が動き出してから、ものの三十分たらずで僕たちは首都星付近に到着した。昆虫人の首都星は地球と同じように青く美しい輝きを放つ惑星だった。
やがて僕たちを乗せた船は首都星の大気圏をくぐり抜け、昆虫人の都市の広がる上空に出た。ディスプレイに変わった船の壁面からは、昆虫人の作った都市を一望に眺めることができた。そこには透明なクリスタル質の材質で出来た、卵を垂直に引き延ばしたようなデザインの美しい巨大な建築物が等間隔にいくつも並んで建っていた。建物と建物の間隔はかなり開いていて、その建物のあいだを鮮やかなグリーンの植物が覆っていた。上空から見ていると、昆虫人の都市は広大な森のなかにポツンポツンと点在しているガラスで出来た塔のようにも見えた。
我々を乗せた宇宙船は、そうした都市の上空をしばらくのあいだ低速で飛行し、やがて、巨大(恐らく、東京都がすっぽりとそのなかにおさまってしまう)で、綺麗な球体をした、これも透明な建物の前あたりで空中停止した。すると、間もなくして、それまで微かに青みがかった球体をしていた建物の前面中央部が、まるで液体で出来ている物のように上下左右に広がって丸い穴を形作り、僕たちが乗った船はその穴のなかへと侵入していった。そして僕たちの乗った宇宙船が建物のなかに侵入を終えるのと同時に、それまで広がっていた穴は再び液体で満たされるようにもとの球体のガラス窓のような形に戻った。
僕たちを乗せた船が侵入したのは、広大な格納庫のような空間だった。それから程なくして、僕たちを乗せた船は、その格納庫のような場所の中央部に音もなくふわりと着陸した。驚いたことに、僕たちを乗せた船はガラスのような透明な床の上に着陸していた。
僕がこれは宇宙船の重さで割れたりしないのだろうかと不安に思っていると、
「心配は無用だ。一見、脆そうに見えるが、たとえ隕石の直撃を受けたとしてもびくともしないような強度を持っている。それでいて、さっきのようにその強度を液体のように変えることも可能だ」
バシャワが僕の困惑ぶりを見て、可笑しがっているような口調で説明してくれた。
「……なるほど」
と、僕は昆虫人の建築技術の高さに圧倒されて頷いた。
バシャワが見上げるような仕草をして何か言うと、船の右側面が、さっき宇宙船が建物のなかに侵入したときと同じ要領で、つまり、液体でできているもののように左右に開き、かと思うと、壁の一部はそのままタラップの形となって、格納庫の床まで下りていった。
僕たちはタラップを伝って、バシャワを先頭にして順番に宇宙船から外へと降りていった。宇宙船の外にはもちろん空気があり、暑くもなければ寒くもなく、ちょうど良い、快適な温度に保たれていた。重力も地球と同じ1Gになっているのか、身体が重くなったり、軽くなったりするような違和感を覚えることはなかった。
僕は宇宙船から外へ出ると、広大な空間を改めて見回してみた。初めて外から見る、僕たちの乗ってきた昆虫人の宇宙船は、平べったい、魚のエイを彷彿とさせる形をしていた。立幅は大型旅客機くらいで、横幅もそれと同じくらいあった。機体は暗緑色で、一見すると、それは堅い金属で覆われているように見えた。いかにも軍事用といった印象を受ける。そして格納庫と思しき空間には僕たちの乗ってきたのと同じような形をした宇宙船が何百と並んで止まっていた。
「……すごいな」
僕の隣で、近藤が僕と同じように周囲の空間を見回して、嘆息するように言った。
「こういった景色を見るのははじめてですか?」
ホロが近藤の顔を見ると、笑みを含んだ、からかうような口調で訊ねた。
「……ああ」
と、近藤は訊ねてきたホロの顔を見ると、いくらか戸惑ったような表情で答えた。
「俺たちの世界ではまだ自由に宇宙に出かけていくような技術は存在していなかったので」
「……なるほど」
と、ホロは近藤の言葉に頷いた。それから、ホロは周囲に何百と並んで止まっている宇宙船を見回すと、
「しかし、ここにある宇宙船のうち、実際に使われているのは、ほんの僅かなものだけです。我々の部族はこれだけの宇宙船を必要とする程、今はその数が多くありませんから。これらの宇宙船はかつての繁栄の面影を留めるものに過ぎないのです」
ホロはいくらか寂しそうな口調で続けた。
近藤はホロの言った言葉に、適当な言葉が見つからなかったようで、ただ労るような目でホロの横顔を見つめただけだった。
僕は改めて、格納庫に収められている無数の宇宙船を眺めてみた。かつてはここにある宇宙船が全て稼働している程、活気があった時代があったのだな、と、僕はその頃の時代に思いを馳せた。
「これから、きみたちを主賓室に案内しようと思う」
と、バシャワが僕たちの方を見ると、改まった口調で言った。主賓室?と思って僕がバシャワの顔を見るのとほとんど同時に、僕は自分の身体が急にガラスのような床の上から浮かびあがるのを見た。驚いて辺りを見回してみると、それは僕だけじゃなく、近藤や、田中唯、それから、バシャワやホロたちも同じようだった。僕たちの身体はゆっくりとさっきまで自分たちが立っていた階層から浮かびあがり、次の、ガラスのような透明な素材で出来ている天井に向かって浮かびあがっていった。
このままじゃ僕はぶつかる!と思ったのだけれど、その少し前の段階で、天井に僕たち数人が通り抜けられる程の穴が丸く開き(開いた穴は僕たちが通り抜けるとひとりでにもとに塞がった)、僕たちはその穴を通り抜けて、次の階層に出た。そしてそのようにして僕たちは次々と各階を抜けていき、やがて建物の最上階と思われる箇所に到達した。
最上階もやはり床は透明なクリスタルのような材質のもので出来ていて、僕はついさっき自分たちが潜り抜けてきた、いくつもの階層を真下に見下ろすことができた。見ていると、まるで自分が空中に浮かんでいるようで落ち着かなかった。というのも、足下の床にはつなぎ目のようなものが全く何もなく、ほんとうに無色透明な一枚のガラス板の上に立っているような気がするのだ。
だから、条件反射的に、つい、足下の床がちょっとした衝撃で割れてしまうんじゃないかとびくついてしまう。見てみると、僕の周囲に立っている、近藤や、田中唯も、やはり不安そうな面持ちで足下の床を見下ろしていた。




