彼等の選択
「決断?」
田中唯はバシャワの顔を見つめると、不思議そうに反芻した。
「調べたところ、わたしたちの存在する宇宙は、生命核が到達しにくくなっているということが判明したのです。二十七次元目の世界からわたしたちの宇宙へ到達する空間に膜のようなものが存在し、それが、わたしたちの宇宙での生命組織と生命核の融合を困難にしているということがわかったのです」
ミルジャは言った。
「そこで考案されたのが、べつのバブル、べつの宇宙へ移動することだった」
バシャワは重々しい口調で言った。
「べつの宇宙?」
僕は意味がわからなくて繰り返した。
「原田さん、恐らく、タイムマシンの原理の応用版です。わたしたちはタイムスリップする際、ブラックホールを通り抜けて、べつの世界線へ移動していますよね?彼等が言っていることは、恐らく、その原理と似たようなものだと思われます」
田中唯が僕の方を振り向いて説明してくれた。
「なるほど」
と、僕はわかったようなわからないような気持ちで頷いた。
「唯さんと言ったかな?あたなの推測は正しい。我々は種の存続のため、生命核の到達を困難している、パワンの副作用が及ばない、別宇宙、異なる世界線へ移動することにしたのだ」
バシャワは田中唯の顔を見ると、褒めるような口調で言った。
「しかも、移動するなら、できるだけパワンの副作用が及ばない、遠い、べつ宇宙へ行くことが望まれました。逆に言えば、それだけ遠く隔てた世界線へ移動するということは、行って再び戻って来ることはできないということを意味します。……いえ、全くの不可能というわけではないのですが、計算が恐ろしく複雑になり、事実上、不可能となります。つまり、一方通行の旅です」
ホロが真剣な表情のようなものを浮かべて告げた。
「ですから、当然、なかには、新しい宇宙へ移動することに戸惑いを覚える者もいました。自分たちが生まれた育った宇宙に、星に、そのまま留まりたい、と。いつか滅びることになろうとも、この親しみある宇宙に留まりたい、と」
ミルジャが先を続けた。
「そして付け加えて置くと、その少数の者たちというのが、われわれ部族だ。我々の部族は歳月のうちに数を減らし、今では全体で、やっと一万を超すかどうかというところだ。その他の大勢の者たちは、今から五百年程前に、べつ宇宙へと旅立っていった。……きっとその宇宙では、昆虫人が大繁栄していることだろう」
ミルジャの言葉のあとに、バシャワがどこか遠い目をして言った。
再びいくらかの沈黙が満ちた。
「……なるほど。それで、俺たちがいた火星や地球には昆虫人が戻ってくることはなかったというわけか……昆虫人は俺たちが今居る宇宙ではその種の存続を維持していくだけの絶対数が不足しているというわけだ……」
近藤は眼差しを伏せて、右手で顎の辺りを触りながら呟くような声で言った。
「さて。いささか話が長くなってしまったようだ。これから我々はきみたちを我々の首都星へ案内したいと思う。話の続きはまたそこで行うとしよう」
バシャワは改まった口調で言った。




