魂と肉体の繋がり
「……いや、俺たちの世界でも、古くから魂というものの存在はありました……しかし、俺たちの世界において、でもそれは……魂というのは……どちらかというと、宗教、あるいは迷信の分野に入ることだった……誰も本当に魂というものが実在するとは思っていなかったんです……一部の例外を除いて……」
近藤は信じられない事実に打ちのめされたように、途切れ途切れにそう語った。
バシャワは近藤の言ったことに共感を示すように短く頷いた。
「無理もない。我々の昆虫人のあいだでも、きみの言ったようなことが常識であった時代が長く続いた……生命核が実在することが証明されてから、まだ千年とちょっとしか経っていない」
「……でも、そのことと、さっきのことに一体どういった関係があるんですか?」
田中唯がふと思い出したように確認した。
「宇宙船のなかのオーブが死滅していたことと……」
そう言った田中唯の顔を、バシャワはどこか思い詰めたような表情で見つめた。
「……千年前、ペルナザという、我々昆虫人の天才科学者が、生命核の原理を利用した、ある画期的な兵器を開発しました……それは核爆弾等のように何かを焼き尽くすこともなければ、放射能のように有害物質を出すこともありません」
バシャワの隣で、ホロが厳しい表情で口を開いて言った。
「しかし、それはある意味では核爆弾以上のものだ」
ホロの言葉のあとに、バシャワが付け足して言った。ホロはバシャワの言う通りだというように短く頷いた。
「一体それはどんな兵器だったんですか?」
僕はすごく気になったので、ホロの顔を直視すると、訊ねてみた。ホロは僕の顔を見つめ返すと、軽く頷いた。
「それは……」
と、ホロは何かを躊躇うようにゆっくりとした口調で言った。
「それは生命体から生命核を強制的に剝がし取る兵器です……つまり、生命体と魂を分離させてしまうわけです……強制的に……」
僕はホロが告げた言葉に、驚いて黙っていた。田中唯も近藤も驚いたのか、ふたりとも口を開かなかった。
「……しかし、そんなことができるのか?」
幾ばくかの沈黙のあとで、近藤が理解できないというよりは、打ちのめされたように言った。ホロは近藤の顔を見ると、頷いた。
「できるのです……その証拠が、あなたたちがオーブの船のなかで目にしたものです」
僕はホロの言葉に耳を傾けながら、オーブの船のなかで最後に目にした、数千匹以上のオーブの死骸を思い起こした。床に俯せに倒れている、全く外傷のない、オーブの死体。
「生命組織と魂はふたつでひとつだ。どちらが欠けても、それは機能しない」
ホロの言葉を補足するように、バシャワが口を開いて言った。
「魂を失ったオーブの身体は動かなくなり、そのうち自然にその機能を失った。つまり、死んだのだ」
「……だから、あんなふうに……」
田中唯がバシャワの発言にやっと得心がいったというように頷いた。
「……しかし、もし、それが本当のことだったとして、魂は……オーブの魂はどこに消えてしまったんでしょうか?」
近藤がどうも納得できないという顔つきでバシャワの顔を見ると訊ねた。
バシャワは近藤の顔を見据えると口を開いた。
「まだ我々の世界でもそれは研究段階にあるが、しかし、ある程度の解明は進んでいる。生体組織を失った生命核は、その後、余剰次元に移行することがわかっている」
「余剰次元!?」
近藤は目を見開くようにして繰り返した。
バシャワは近藤の発言に静かに首を縦に動かすと続けた。
「きみたち人間の世界でそれが今どれくらい解明が進んでいるのか、我々は知らないが……我々の考えによると、この世界には全部で三十六の次元があり、その次元のなかの、どうやら二十七次元目の世界へ、生命核……きみたちで言うところの魂は、生命組織を失ったあと、移動するようだ。
そしてそこはこの世界のように形を持たない世界であることがわかっている……つまり思念のみが存在する世界だ……もちろん、我々肉体を持つもの、形をもつものが、その世界へ行くことはできない……その世界へ行くためには、今のこの身体……生命組織から生命核を分離させる必要がある。そして付け加えておくと、分離させた生命核は短時間のあいだであれば、二十七次元目の世界への移動が可能だ。行ってまた帰ってくることができる。
しかし、長期間は不可能だ……というのは、長期間、生命核と生命組織を分離させると、本来、生命組織と生命核を繋いでいる線が切れてしまうからだ。一度切れてしまった線を再び繋ぐことはできない。線が切れてしまうと、生命核は生命組織との融合を図れず、従って、それはこの世界での死を意味する」
バシャワが語り終えたあと、しばらくのあいだ沈黙が満ちた。僕たちはそれぞれ黙ってバシャワが語ったことについて考えを巡らせていた。一番最初に口を開いたのは近藤だった。
「……驚いたな……この宇宙に三十六もの次元があるということも驚きだが、でも、それ以上に……昆虫人は死後の世界をある程度解明したというのか……」
「……もし、バシャワさんたちが話していることがほんとうのことだとしたら、死は死でなくなってしまうのね……」
田中唯は軽く目を細めるようにして呟くような声で言った。
「そうだ」
と、バシャワは田中唯の言葉を肯定した。
「肉体は滅びても、その肉体に宿っている魂は消滅しない。繰り返しになるが、連動する生命組織を失った生命核は二十七次元目の次元へ移行することになる……そして時を経て……このあたりのメカニズムはまだ解明できていないが、生命核はこの三次元の世界へと循環するようになっているようだ」
「……輪廻転生だ」
輪廻転生というものはほんとうにあったのだ、と、僕はバシャワの言葉に愕然として言った。
「輪廻転生?」
バシャワは僕の顔を見ると、聞き慣れない言葉を耳にしたというように繰り返した。
「わたしたち人間の世界には古くからそういった考え方があるんです。生物は死んでまた生まれ変わると……宗教的な考え方です」
田中唯が僕の隣で補足して説明してくれた。
バシャワはなるほどというように頷いた。
「とすると、偶然にも、その古い迷信のようなものが、真理を言い当てていたというわけか」
「……しかし、どうも俺にはわかりません。一体どのようにして魂というものが存在するとわかったんでしょう?それは目に見えないものだし」
近藤は眉根を寄せると、険しい表情で言った。
「確かに、生命核、魂は、通常の状態であれば、目で見ることも、触れることもできません。また魂の方も三次元の物体に影響を与えることはほとんどできません……電子機器等の一部に軽く影響を与えることはできるようですが……」
近藤の疑問に、ホロが口を開いて説明を始めた。僕と近藤と田中唯の三人は興味を惹かれてじっとホロの顔を見つめた。
「しかし、研究が進むにつれて、魂というものを直接目で見て確認する方法が発見されました。通常、わたしたちが魂、生命核を知覚することができないのは、その魂というものが特殊な振動数を帯びているからなのですが……例えて言うと……実際とは違うのですが、話を解りやすくすると、昆虫の動いている羽は早過ぎて、通常、我々はその正確な形を肉眼では見る事が出来ませんね?早過ぎて、その残像しか見る事が出来ない。しかし、その速度が遅くなり、やがて完全に動きを停止すると、わたしたちはその羽の正確な形状を観察することができる
……これと似たような原理で、生命核……魂を、わたしたちは可視化することに成功したのです。これによって、わたしたちは死後、肉体から分離された魂を直接目で見て観察することができます。更に言うと、人工的に肉体と魂を分離させて、魂だけとなった被験者とコンタクトを取る事も可能です」
「……驚いたな……」
近藤はあまりにも信じられない事実に、呆然とした様子で言った
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