生命の謎
「実を言うと」
と、バシャワは僕たちの顔を見ると言った。
「我々がきみたちのもとに駆けつけたのもそれが原因なのだ」
「というと?」
近藤が疑問符を含んだ声を出した。バシャワは首肯すると、話し続けた。
「動きを停止して漂流しているオーブの宇宙艦隊付近からエネルギー反応が確認された。それで我々はきみたちの存在に気がついたのだ。といっても、まさかそれがきみたち人間よるものだとは思わなかったがね……我々は何らかの原因によって、死滅したはずのオーブが再び活動をはじめたのではないか、生き残りがいたのではないかと警戒したのだ……我々が君たちのもとに駆けつけようとすると、きみたちは逃げ出した……我々はなんとしてでもきみたちの正体を確かめる必要があった……というより、わたしとしてはきみたちの乗った船を打ち落とそうと思っていたのだが……それを」
と、言って、バシャワは自分の隣(僕から見て左側)に腰掛けている昆虫人の顔を一瞥した。
「この、ミルジャが諫めてくれた。万が一のこともあるので、船を打ち落とすのではなく、確認して見た方がいいと……実際、そうして良かったと思っている……あやうく、わたしはきみたち三人の命を奪ってしまうところだった」
僕はバシャワの科白を聞いてぞっとした。下手をすると、僕たちの乗った船は打ち落とされていて、今頃僕たちの命はなかったかもしれないのだ。
「……ミルジャさん。感謝します」
僕はミルジャという名前の昆虫人の顔を見ると礼を述べた。僕に続いて近藤と田中唯も感謝の言葉を述べた。ミルジャはとんでもないというように頭を振った。
「わたしも、みなさんの命を誤って奪ってしまうようなことがなくて良かったと思っています」
ミルジャは優しい声で言った。
「ところで」
近藤が改まった口調で言った。
「あの宇宙領域に漂っている宇宙艦隊……オーブに一体何があったんだろう?我々はオーブの船のなかを調べてみた……調べてみたんですが、船のなかのオーブは異様な形で全て死滅していました……一体、彼らに何があったんでしょうか?」
近藤の問いに、バシャワは険しい表情のようなものを浮かべると首肯した。
「……オーブとの戦争……それは実に悲惨なものとなった」
バシャワは口を開くと、辛い過去を語るようにゆっくりとした口調で話しはじめた。
「最初、辺境での小競り合いからはじまった戦は、ときと共に両種族の存亡をかけた大規模なものへと発展していった……我々も奮戦したが、しかし、オーブの方が圧倒的に優位だった……我々は次第に追い詰められていき、首都星近隣の星々は全てオーブに滅ぼされるか、あるいは占領されるかしてしまった……そうして、あとは首都星の陥落を待つだけというところまで事態は進行した……我々種族は滅亡の一歩手前の段階までいっていたのだ……」
バシャワはそこで一旦言葉を区切ると、顔を見上げて合図を出し、自分の机の前にワインのような薄紫色をした飲み物を人工知能に用意させた。そしてそれを手に取って一口口に含むと、
「……そこで、禁断の兵器が使われることになった」
と、バシャワは重々しい口調で告げた。
「禁断の兵器?」
近藤が不思議そうに反芻した。バシャワは頷くと、口を開いた。
「きみたち人間の科学がどのような発展の仕方、方向性を持っていたのか、我々は詳しくは知らないが……我々は当時、オーブより……その他の方面では圧倒的にオーブの方が優位だったわけだが……その方面においては我々の方が先を進んでいた……それはなんというか、生命科学とでもいうべきものだ。生命の解剖とでも言おうか」
「生命の解剖?」
田中唯が興味を惹かれたように繰り返した。
「それってつまり……DNAの研究とか……遺伝子操作のことですか?」
バシャワは田中唯の問いに頭を振った。
「……みなさんはどうやって生命が誕生するかをご存じですか?」
ホロが僕たちの顔を見回すと、穏やかな口調で訊ねてきた。
「……だいたいのところは……」
田中唯はホロの顔を見ると、いくらか自信のなさそうな口調で答えた。
「……つまり、精子と卵子が受精して、細胞分裂が始まってという過程を経て…」
ホロは田中唯の科白に頭を振った。
「……違います。そうではありません。……いいえ、唯さん?あなたの言っていることがべつに間違っているわけではないのですが……しかし、生命誕生の根源の部分となると少し話は違ってきます」
「……どういうことでしょうか?」
田中唯は軽く眉根を寄せると怪訝そうに言った。僕も怪訝に思ってホロという名前の昆虫人の顔を見つめた。
「……つまり……あなたたちの認識の仕方でなんという言葉が相応しいのか……」
ホロはなかなか適当な表現が思いつかないようでしばらくのあいだ黙っていたけれど、
「……生命核……いいえ……そう!魂!……生命の誕生には、あなたたちの言葉で言うところの、魂というものが必要不可欠なのです」
と、ホロはやがて口を開くと、やっと的確な表現を見つけることができたというようにいくらか興奮した口調で言った。
「魂?」
田中唯はホロが口にした言葉を不思議そうに繰り返した。
「魂?」
僕の隣で、近藤も訝しむように眉を顰めた。
「どうやらきみたちの世界では生命科学はまだ発展途上にあるらしいな」
と、それまで黙っていたバシャワが僕たちの顔を見ると言った。
「まあ、最も、我々昆虫人の世界でも、当初、そういった考え方は軽んじられておったがな……そのため、我々の世界でも生命核……魂の発見がなされたのは我々の歴史から見てもまだ日が浅く……正確な分析ができたわけではない」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
田中唯が混乱している様子で言った。
「……つまり、さっきから聞いていると、ほんとうに、生命には、霊魂、魂というものが存在するということなんですか!?」
田中唯の問いに、バシャワは首肯した。
「きみたちの反応から察するに、それはおおよそ信じられないことのようだが、しかし、事実だ。魂は実在する……そして魂抜きでは生命は存在し得ないのだ」
「……信じられないな……」
僕の隣で、近藤が愕然としたように呟いた。田中唯も常識を覆す真実に圧倒されたように黙っていた。




