会談2
僕は自分のことを美しい等と褒められたのははじめての経験だったので、むず痒いような、落ち着かない気持ちになった。
「そんなことありませんよ。むしろ、わたしは昆虫人のみなさんの方が美しいと思います」
田中唯がお返しのように昆虫人たちの顔を見ると言った。リーダーらしき人物は田中唯の科白にそんなことはないというように軽く首を振った。
「いや」
と、昆虫人の代表者は田中唯の顔を見ると言った。
「我々昆虫人にとって、人間という種族は畏敬の存在なのだ。我々は、我々昆虫人が誕生する遙か以前に、人間という種族が、我々の母星で栄えていたことを知っている。そして不幸にして彼らが絶滅してしまったことも……更に言えば、我々が誕生することができたのも、彼らによることも……であるから、我々にとってきみたち人間という種族は畏怖すべき存在であるのだ……信仰の対象と言っても良い……実際に我々の種族の一部には、きみたち人間を神とあがめる者もいる……わたし自身はそうではないが、しかし、それでも、わたしはきみたちの姿形が、我々とは違って美しいと感じる……」
「……あの…その…なんと言ったらいいのかしら?……ありがとうございます。わたしたち人間なんてそんな大層なものじゃないと思いますけど、でも、そう言って頂けることを嬉しく思います」
田中唯はどう返事を返すべきなのか、いくらか戸惑っている様子でそう答えた。
昆虫人の代表者は短く首肯した。そして数秒間の沈黙のあと、
「申し遅れた。わたしの名前はバシャワと言う」
ふと思い出したように昆虫人の代表者らしき人物は口を開くと言った。
僕たちも慌てて順番に自分たちの名前を名乗った。僕たちのあとに、バシャワという名前以外の昆虫人も名前を名乗ってくれたけれど、正直、聞き慣れない響きを持つ名前のせいで、全ての名前を覚えきることはできなかった。僕が辛うじて覚えることができたのは、バシャワという名前の昆虫人の両隣に腰掛けている昆虫人の名前だけだった。ちなみに、右側がホロ。左側がミルジャ。人間の僕には正確なことはわからなかったけれど、どことなく、ホロという名前の昆虫人の性別は、人間で言うところの男性なのではないかと、聞こえてきた声の声質や、仕草などから想像された。ついでに言うと、バシャワは男性、そして左側のミルジャは女性だと思われた。年齢は、これもまた僕の憶測になってしまうけれど、バシャワという昆虫人が七十代くらいで、その両隣に腰掛けているふたりはまだ若く、十代後半から、せいぜい二十代前半くらいなのではないかと思われた。最も、繰り返しになるけれど、これは僕の主観でしかなく、実際の昆虫人の年齢や性別は見当もつかなかった。
「しかし、はるばる遠いところをようこそ……さきほどは手荒な真似をしてすまなかった……我々昆虫人はきみたちを歓待したいと思う」
バシャワは僕たち三人の顔を見回すと改まった口調で言った。ホロが軽く顔を上げて何か言うと、その直後、我々の前のテーブルに飲み物と料理らしものが出現した。恐らく、ジーの宇宙船のときと同じ要領で、人工知能が無から有機物を作り出したのだろうと思われた。
「あなたたち人間の口に合うかはわかりませんが、良かったら召し上がってください」
ホロは僕たちの顔を見ると、微笑んでいるような穏やかな声で言った。僕はホロに言われて机の上に出現した、黒くて四角い形をしたものを手に取ると、恐る恐る一口囓って見た。すると、それは甘い味がした。味はチョコレートに近く、でも、香りは蜂蜜のような香りがした。
「うん、美味しいです。ありがとう」
僕はホロの顔を見ると、礼を述べた。ホロの顔に満足そうな笑みのようなものが広がった気がした。田中唯と近藤も僕に続いてテーブルの上に用意された黒い食べ物を口にすると、感激したように美味しいと口々に言った。
「気に入って頂けたようで嬉しいです」
ホロはやわらかい声で言った。
「……あの、ひとつ、質問してもいいですか?」
田中唯はバシャワの顔を直視すると、改まった口調で訊ねた。バシャワはなんだね?といった様子で田中唯の顔を見つめ返した。
「……その、なんと言ったらいいのか……」
田中唯は軽く口籠もってから言った。
「わたしたちは火星で……火星の人工知能から聞いて知ったんですけど……昆虫人とオーブが認識の違いから戦争をはじめたと聞きました……そしてその戦争によって昆虫人がかなり追い詰められていたとも聞いています……その後、その戦争はどうなったんでしょうか?ポータルの出口付近にはオーブのものと思われる宇宙艦隊があって……でも、それは完全に動きを停止していて……わたしたちは戦艦のなかの様子も調べてみましたが……なかのオーブは全て死滅しているようでした……一体何があったんでしょう?」
田中唯の問いに、バシャワは考え込んでいるような表情を浮かべたような気がした。そして少し間をあけてから口を開いた。




