会談
僕たち三人は昆虫人に招かれて、彼等の船のなかに乗り込むことになった。昆虫人の船は、僕たちが乗ってきた船よりも少し規模が大きく、内装はやはり昆虫人の船らしく、僕たちの船のなかと似たような構造になっていた。薄黄色の楕円形をした空間で、床は微かに弾力のある不思議な素材でできていた。
僕たち三人と、昆虫人五匹が船のなかに入ると、船の床と壁が波打ち出し、やがて合計で僕たち八人が向かい合わせに腰掛けることのできる、椅子とテーブルが船の中央部に出現した。我々はそれぞれに対面するような格好で椅子に腰を下ろした。ちなみに、椅子とテーブルは黄色に黒の縞模様が入った不思議なデザインをしていた。ただ、基本的な構造は人間が使用しているものと大差ないようだった。
もう脅威はないと判断したのか、昆虫人はみな強化服を解除して、生身の昆虫人の姿を晒していた。僕はジーのホログラムを見て昆虫人の容姿については知っているつもりでいたのだけれど、やはりホログラムと生身の昆虫人では全く印象が異なって感じられた。
体長は一メートル七十センチ程で、衣服のようなものは身に付けておらず、体色は船の色彩と同じような薄黄色をしていた。そして部分部分に黒い縞模様のようなものが(個体によって模様がある箇所と形は異なっている)入っていた。二本の腕と二本の足を持つのは人間と変わらない。一番の違いはなんといっても顔の構造だった。
なかでも特に目を引くのが、複眼と呼ばれる大きな目だった。ジーのホログラムを見ているので今はそれほどの驚きはなかったけれど、でも、もし、これがはじめて目にしたのだとしたら、やはりかなり気味悪く映っただろうと思った。
目の下に、鼻のような構造物はなく、四角い形をした口だけがあった。それは人間に比べるとかなり大きく感じられ、彼等もまたそこから栄養源を補給する仕組みになっているのか、人間と同じように上下に開閉できる構造になっていた。そして更に言うと、昆虫人もまた、その口を使うことによって意志の疎通、つまり、言語を操っている様子だった。
「きみたちも、もう、強化服は脱いだらどうかね?」
と、強化服の頭部から昆虫人の声が聞こえてきた。前方に目を向けてみると、どうやら話かけてきたのは、最初に僕たちに声をかけてきたリーダーらしき昆虫人だった。僕が果たしてこの宇宙船のなかには僕たちが呼吸することができる空気がちゃんとあるのだろうかと不安に思っていると、
「心配はいらない。我々昆虫人も、もともとはきみたちと同じ地球に住んでいたんだ。我々も空気がないと生きていけないし、従って、この船のなかの空間は地球と同じ環境に保たれている」
と、リーダーらしき昆虫人は僕の心の声を読み取ったように答えた。
そのリーダーの言葉を聞いて……一抹の不安はあったけれど……実は彼の言葉は嘘で、強化服を解除したとたん、窒息死してしまうような事があるんじゃないかと……でも、結局、昆虫人が既に強化服を解除しているにもかかわらず、我々だけが強化服を身につけているのも礼儀に欠けると思ったので、胸部にある赤いボタンを押して強化服を解除した。僕に続いて近藤と田中唯も強化服を解除した。
我々が生身の姿を曝すと、
「おお!」
というどよめきのようなものが昆虫人たちのあいだで起こった。僕がどうしたのだろうと思って昆虫人のリーダーらしき人物の方へ眼差しを向けると、
「,l,l;w,f[wqef」
と、リーダーらしき人物は口を開いて何か言った。
でも、その言葉は強化服がなくなってしまったことによって、理解することができなかった。すると、リーダーらしき人物は僕たちの反応から何かを察したらしく、宙を見上げるような仕草をして何か言った。すると、少し間をあけたあと、ブーンという振動音のようなものが聞こえたかと思うと、
「いや、すまなかった」
リーダーらしき人物が僕の顔を見て言った。今度は驚いたことに昆虫人の言語が理解できるようになっていた。強化服なしで。
「今、人工知能に、意識の周波数帯を調整できる装置を作動させた。これで我々は強化服なしでも意志の疎通が行える」
僕が何のことを言っているのか理解できずに戸惑っていると、
「つまり、自動翻訳装置のようものを起動させたということなんだろう」
と、僕の様子から僕が混乱しているのを察したらしく、僕の横に腰かけている近藤が説明してくれた。僕はなるほどと思って頷いた。
「我々ははじめて人間という種族を直接この目で見たが、実に美しい姿をしている……資料等からその容姿は知っていたが……」
昆虫人のリーダーらしき人物は僕たち三人の顔を改めて見回すと、つくづく感心している様子で言った。




