軍隊
しかし、僕たちが歩き出すのとほぼ同時に、僕たちの進行方向から、ムークの集団が進んでくるのが見えた。ムークの一団は道幅一杯に綺麗に整列した形で進んで来る。ムークの数も相当数にいるように思われ、三千から五千匹くらいはいるように思えた。軍隊のようなものなのか、さきほど襲撃を受けたムークとは違い、動きに統制が取れているように見え、黒色の鎧のようなものを身につけているムークも多数いた。手には剣や槍の形に似たものを持っている。なかには人間の世界で言うところの騎士に相当するのか、ステゴサウルスに似た、鎧のように皮膚が変形している恐竜に股がって進んで来るムークもいた。
「……ヤバいな。軍隊のお出ましだ」
近藤がムークの大群を見つめて、呆気に取られたように言った。
「……でも、昆虫人の都市があるのはこの先です」
田中唯が打ちのめされたような口調で言った。
「……でも、こちらに向かって進んで来るムークを全て倒す必要はないよ。適当に蹴散らしながら進めばいいんだ。さすがに強化服でもこれだけのムークを一度に相手にするのは無理だろうけど、単に前に進むだけなら、なんとかなるじゃないかな」
僕は言った。
「……そうだな」
と、近藤は僕の言った事について少し考えるように間をあけてから頷いた。そして僕たちがこのムークの群れのなかをどうやって進もうかと躊躇していると、頭部を覆うヘルメット内にまた警告音が鳴った。
ディスプレイに上方向、飛翔体と会った。頭上に目を向けてみると、数千単位の矢と思われるものが、僕たちの方向に向かって飛んでくるのがわかった。いくら強化服によって物体の移動速度が遅く感じられるとは言っても、これだけの数の矢を全て躱すのは不可能だった。
どうしようと思っている間にも、矢がこちらに向かって落ちて来る。果たして強化服はこれだけの矢に持ちこたえられだろうかと不安に思っていると、突然、僕たちの頭上に巨大な盾のようなものが広がり、飛来してくる矢をはじき返した。
何が起こったのだろうと思っていると、しばらくしてわかった。田中唯の両腕の強化服の組織が大きく盾の形に膨張して、全ての矢の攻撃を防いだのだ。
「すごいよ!田中さん!」
僕は田中唯の方に視線を向けると、驚いて言った。
田中唯は僕の方を振り返ると、
「わたしも何がなんだかわからないんです。必死に矢を防ぐことはできないと思っていたら、強化服が勝手に反応したという感じで」
「いずれにしても、今がチャンスだ」
と、近藤が言った。
「次の矢の攻撃がある前に、ムークとの距離を縮めておこう。距離が迫ればさっきのような矢の雨のような攻撃はできなくなるはずだ」
僕たちは近藤の発言に頷くと、ムークの軍隊らしきものに向かって一気に距離を詰めていった。僕たちの動き呼応するように、ムークの軍隊の最前列にいた槍のような形をした武器を持ったムークが突出してくる。
最前列にいた数十匹のムークが僕に向かって槍のような形をした武器を突き出してきた。本来であれば間違いなく僕はその槍のようなものよって串刺しにされていただろうけれど、今は強化服の機能によって、彼等の動きがスローモーションのように見えることもあってなんなく躱すことができた。
最前列の一匹が持っていた槍のような武器を僕は手で掴むと、振り払う仕草をした。すると、信じられないことに、僕の腕は槍のようなものを持ったムーク共投げ飛ばしていた。
……すごい、と、僕はまるで自分がスーパーマンにでもなったかのような気分だった。でも、感心している暇もなく、次々と他のムークが襲い掛かってくる。
さすがに四方八方から攻撃を受けるので全ての攻撃を回避することは不可能だった。僕が一方の槍からの攻撃を回避しているあいだに、片方から斧のような形の武器が僕の頭部に向かって振り下ろされた。
竹刀で頭を叩かれたような痛み、痛みというよりはかなりの衝撃があった。これはさすがに強化服を身に纏っているといっても、それなりのダメージを受けるようだった。ディスプレイにも一瞬ノイズのようなものが走った。
先程、僕に向かって斧のような武器を振り下ろした、ムークのなかでもひと際体格の大きなムークが止めを刺そうとするように更に斧のような武器を振りかぶっていた。
僕は不意打ちを食らったことで無性に腹が立った。うぉーと、僕は意味不明の叫び声をあげると、ジャンプして、ムークの画面を殴ろうとした。その瞬間、一番最初にムークを屠ったときと同様腕の組織が剣の形に突起して、気がついたときにはムークの首を跳ね飛ばしていた。
青黒いムークの血液が辺りに溢れ出、僕の腕の組織に寄って切断されたムークの首がムークの集団の方へ向かって飛んでいった。
あまりの出来事に、動揺したのか、後方に控えていたムーク集団の一部が逃げ出していくのが確認できた。
でも、全てのムークが逃げ出したわけではなく、周囲にいた複数のムークが槍のような武器で僕を串刺しにしようと同時に攻撃を繰り出してきた。僕は咄嗟に空中に高くジャンプした。
「レーザービームです」
と、ジーの声が聞こえた。
僕はジーの声を反芻するように頭のなかでレーザービームと思った。その瞬間、僕の頭部から緑色のレーザー光線という思える光が眼下に見えるムークに向かって降りていった。そしてその光がムークに着弾した思った途端、小型爆弾が爆発したような炎が立ち上がり、やがてその爆煙が収拾したときには、それまでそこにいた複数のムークは黒こげになって死滅していた。
僕が再び地面に着地すると、ムークの集団は恐れおののくように数歩後退した。僕が次にどんな攻撃をしかけてくるのかと様子をみているように、ムークの集団は動かなかった。
ふと、周囲を見てみると、近藤と田中唯のふたりも、上手く強化服を利用して前進しているようだった。なかでも近藤は戦闘センスが良いのか、次々にムークを蹴散らして、かなり前の方に向かって進んでいるようだった。
僕も続かなくてはとは思った。僕が走り出すと、僕からの攻撃を恐れるように、ムークの集団は退いて道を譲った。いいぞ、と、僕は思った。この調子でいけばなんなく昆虫人の中央処理施設までたどり着けるかもしれないと思った。
でも、その考えは甘かったようだった。
後列に控えていたステゴサウルスのような恐竜に跨がった鎧のようなものを身に纏ったムークが巨大な剣のようなものを構えて向かってきたのだ。
そのムークは通常のムークに比べてもかなり動きが早いようで、簡単に攻撃を回避するというわけにはいかなかった。
僕に向かってムークが黒い剣のようなものを振りかぶった。僕が咄嗟にしゃがみこんで躱すと、ついさっきまで僕の首があったあたりを黒い色彩を帯びた巨大な剣のようなものが通り過ぎていくのが見えた。あのまま突っ立っていたら、僕の首は跳ね飛ばされてなくなっていただろうと思った。
僕は地面を蹴って飛び上がると、自分の腕の組織を剣の形に変形させ、ムークに向かって振り下ろした。でも、その攻撃は鎧を身に纏ったムークの剣によって受け止められてしまった。ばりか、僕の身体はその巨大な剣のようなものによって跳ね飛ばされてしまった。
僕は地面に激しく叩き付けられた。僕が立ち上がった瞬間、そのすぐ脇の地面に向かって巨大な剣が振り下ろされた。
僕は頭部に意識を集中すると、またレーザービームを発射した。しかし、そのレーザービームを黒い鎧を身に纏ったムークは剣で跳ね返した。ムークが持っているあの黒い剣はかなりの強度があるように思えた。
「恐らく、あのムークが持っている剣は、我々の昆虫人の都市の一部から削り出して作られたのだと思います」
ジーが僕の思考に答えるように述べた。
「あの剣にはかなり強度があります。気をつけてください」
僕は無言で頷いた。
巨大な黒い剣を持ったムークが鎧竜に似た恐竜共、再び突進してきた。僕に向かって剣が振り下ろされる。僕は後ろに跳躍してその攻撃を回避した。
そして今度はレーザービームを黒い鎧のムークの騎士に対してではなく、ムークの跨がっている恐竜めがけて発射した。
すると、見事にそのレーザービームは恐竜に命中した。かと思うと、さきほど同様爆発が起こり、周囲の空間に爆発四散した大型恐竜の肉片が降った。もちろん、その恐竜に跨がっていたムークも無傷ではいられず、地面に投げ出された。鎧のようなものを身に纏っていたおかげで死ぬことはなかったようだけれど、それでもある程度のダメージを受けたようで、その場から動かなかった。
僕は今度はレーザビームをそのムークに向かって発射した。




