都市へ
「ということは、逆に言えば、ここから先はますます危険な区域ということにことなのよね?」
と、田中唯が確認した。
「確か、中央の人口知能があったあたりに、ムークの巣があるのを見たように思うけど」
田中唯は不安そうな口調で続けた。
「ええ。そういうことになります」
ジーはわりと簡単に言った。
「ここから歩いて移動してすぐの場所が、ムークの築いた巣、あるいは都市のようなものがある箇所になります。そこには彼等の王と思われる存在や、子供がいることもあり、警備が厳重になっています
と、ジーは僕たちにとってあまり喜ばしくない見解を述べた。
「……まいったなぁ」
と、僕は呟くような声で言った。
「心配はいらないさ。俺たちには強化服があるんだ。ある程度の危険は回避できるだろう。それに強化服の性能の良さは、原田、お前が一番実感済みだろう?」
近藤は僕の方を見ると、元気づけるように言ってくれた。
「まあ、そうだね」
僕はぎこちなく微笑んで言った。
「きっとなんとか、なりますよ」
田中唯も言った。
我々はムークの動きを警戒しつつ慎重に歩みを進めていった。すぐにでもどこかからムークが襲いかかってくるのではないかと身構えていたけれど、今のところはそのようなことは起こらなかった。
しばらく石畳の道のような場所を進むと、石を積み上げて作られたと思われる壁のようなものが見え始めた。それはムークのサイズに合わせて作られているため、僕たちからすると、十階建てのビルくらいの大きさはあるように感じられた。
と、そのとき、また頭部を覆うマスクの内部で警告音のようなものが鳴った。右方向と表示が出たのと同時、壁の向こう側から無数の岩石と思われるものが投げ込まれてくるのがわかった。恐らく、壁の内側に潜むムークが僕たちの姿を発見し、攻撃をしかけてきたのだろうと思われた。
岩石のいくつかは我々の身体を直撃したけれど、強化服のおかげもあって、軽く弾き飛ばされる程度のダメージで済んだ。もし、これが強化服を身につけていたなかったら思うと僕はぞっとした。間違いなく僕は巨大な岩石に押しつぶされて死んでいただろうと思われた。
「みんな大丈夫?」
と、僕は訊ねてみた。すると、マスク越しに、
「なんとか大丈夫です」
という田中唯のいくらか疲弊したような声が聞こえてきた。
「警戒していたにもかかわらず、不意をつかれたな」
と、近藤が続いて悔しそうな口調で言のも聞こえた。
と、近藤はそう言った直後、地面を強く蹴って高く飛び上がり、その十階立てのビルの大きさに相当するような石壁の上に降り立った。そしてそこから飛び降りると、ムークの都市の内部へと侵入していった。
一体、近藤は何をするつもりなのだろうと僕が呆気に取られていると、
「近藤さん!」
と、田中唯もジャンプして近藤のあとを追うように、壁の向こう側へと姿を消していった。
「ちょっと、みんな無茶だよ」
と、僕はどうしてみんなよりにもよって自分の身を危険に曝すようなことをするのだろうと思いながら、結局は僕もふたりをそのままにしておくわけにもいかず、ジャンプするとムークの都市の内部へと侵入した。
飛び降りた先は道幅の広い中道道路のような場所で、その道を真っ直ぐに進んでいったさきに、さきほど宇宙船内で確認した、五重塔にアステカ文明風の趣を加えたような緑色の巨大な建設物があるのが見えた。
もしかすると、それはムークにとっての神殿、あるいは城塞のようなものなのかもしれなかった。そしてその建築物の背後に、昆虫人の作った建物と思われる、卵を縦に細長くしたような、さらにムークの作った建造物よりも大きな建造物がそそり立っているのが確認できた。恐らく、それがジーの話していた中央処理施設なのだろう。
ふと自分の周囲の足下を見てみると、巨大なトカゲ型の生物の死骸と思われるものが無数に転がっているのがわかった。ざっと見ただけで二十匹近い数のように見えた。僕がその光景に呆気に取られていると、
「とりあえず周囲にいたムークはだいたい片付いたみたいだ」
と、ふいに近藤の声が聞こえてきた。
声の聞こえてきた方向を辿ると、僕の立っている位置から右斜め方向の壁のぎりぎりのところに近藤は立っていて、たった今倒したばかりと思われるムークの巨体を見下ろすようにしていた。近藤の強化服はムークの血液と思われる青黒い液体でまだらに染まっていた。よく見てみると、今度のすぐ側には田中唯の姿もあった。田中唯は自分の足下に転がっているムークの死骸を見下ろしていた。
「……わたしも、ムークを殺してしまいました」
と、田中唯は気落ちしているような声で言った。
僕たちはふたりのもとまで歩いていった。
「ふたりでこれだけの数のムークを殺したの?」
と、僕はムークの死体を見つめながら言った。
「……ほんどを殺したのは俺だ」
と、近藤もさすがに目の前に広がっている残虐な光景にショックを受けている様子で言った。
「最初は彼等の岩石攻撃をやめさせるつもりだったんだが、四方八方からムークが襲いかかってきて、その攻撃に応じているうちに、強化服が暴走モードというか、制御がきかなくなってしまったんだ……気がついたときにムークのほとんどが死滅していた……いくらか自分の身をまもるためだったとはいえ、これだけの数の死骸を目にすると、さすがに可哀想なことをしたのかなという気にもなってくるな」
近藤は静かな声で言った。
「……でも、まあ、仕方がないよ。やらなきゃこっちがやられてたんだから。見たところムークは話し合いができるような連中じゃなさそうだし」
僕は慰めるように言った。
近藤は無言で首肯した。
「とにかく、先に進もう」
僕は言った。
「ムークの都市の内部に入ったのがかえって近道になったみたいだ。恐らく、この通路のようなものを真っ直ぐに進んだ先にあるのが、ジーの言っていた中央処理施設だと思う」
僕は少し離れた場所にある緑色の建物を見据えながら言った。




