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隠されていた火星の真実・ムーク

「こちらが現在の火星です」

 と、ジーが言うのと同時に、我々三人が立っている空間の中央付近に、ホログラムでできた火星が突然現れた。でもその火星は、僕たちが普段写真等で見て知っている火星とは違って、地球とよく似た、強いて言えば、地球に比べるとやや緑色がかった大気を持つ、美しい惑星だった。


「これが火星?」

 僕はホログラムの火星を見ると、驚いて言った。


「かつて火星は赤茶けた大地の広がる不毛な大地でしたが、昆虫人たちによって大幅な改造が行われ、地球とほとんど変わらない星へと変貌を遂げました」

 ジーが僕の科白に答えて言った。


「そして、まだ生きている可能性ある、人工知能が眠っている場所がありそうな箇所が」

 と、続けてジーが言うと、それまで丸い球状の火星のホログラムだったものが、四角いスクリーンのような形に変わり、たとえばスマートファンなどで画面をズームするときのように、火星の地表表面が拡大表示された。


 現在、四角いスリーンに表示されているのは、火星の大陸のどこかで、その地表には、地球上でも目にした、直立する、卵を垂直に引き延ばしたような形の、微かに黄色の色素を帯びた建物らしきものがそびえ立っていた。その卵を縦に引き延ばしたような形をした巨大な建物は全部で七つあり、その七つの建物群は輪を描くような形に配置されていた。そしてまるで建物から二本の手が生えているように、建物同士は建物と同じ材質のもので連結されていた。


 その建物は建てられてからかなり歳月が経っているようで、緑色の植物と思われるものが、建物の壁面を所々覆っていた。建物が立っている大地には熱帯の植物を思わせる、樹木がびっしりと覆っていた。


「ここです」 

 と、僕が映像に目を奪われているとジーが続けて説明した。スクリーンを見ていると、映像は七つの建物群を真上から見下ろしたものに変わり、その輪になっている建物群の、中心部分には、それまで見えなかったのだけれど、他の建物に比べるといくらかサイズの小さい、丸い形をした、やはりこれも微かに黄色の色彩を帯びた建物があった。


「ここはかつて、昆虫人にとって、火星に置ける中央都市があった、ルピと呼ばれる場所で、この七つの建物に囲われるようにしてある、建物が、火星の全ての機能を司る人工知能があったところです」

 ジーがそう言うと、画面は更に、七つの建物群の中央に位置する建物にズームしたものになった。


 すると、今まで気がつかなかったのだけれど、その中央の建物付近に、これまでとははっきりと異質なものとわかる、茶色の建物がポツポツと見えた。映像は真上から見下ろしているものなのでよくわからなかったけれど、それらは昆虫人が建造したものに比べると、明らかに規模も小さく、構造物としても貧弱なもののように思えた。


 僕がそう思っていると、また画面が切り替わりに、今度はその茶色の建物を横方向から眺めている映像になった。それらはどうやら木材を組み合わせて作られた原始的な居自由空間のようだった。そして昆虫人が作った建物の正面に、その昆虫人の建設としたものとは全く別種の、先ほどの木材で作られた建造物と同じ建築方法で作られと見られる、しかし、さっきまで見ていたものに比べると、いくらか規模も大きく、壮麗な感じのする、五重の塔にアステカ文明風の趣を加えたような、緑色に塗装された建物があった。


 更に映像が建物に近づくと、その建物の周りで灰色の、固い鱗のような肌を持つ生物が動き回っているのが見て取れた。顔は爬虫類の、特に蜥蜴を彷彿とさせ、頭部から背中にかけて、鶏冠なのか、体毛なのかよくわかなかったけれど、何かが生えていて、その色彩は個体によって、赤であったり、黄色だったり、様々だった。


 その生物は人間と同じように二本足で立って動き回り、人間に比べるとやや長いと感じられる二本の腕もあった。支配者階級とそうでない階級に別れているのか、黒い光沢のある服のようなものを身に纏った生物が、そうでない生物に対して威張っているような映像も散見された。兵士なのか、固そうな、岩石を彷彿とさせる鎧のようなものを着て、槍のような、先端の尖った武器と思われるものを持った生物が、緑色の建物を守るように配置されているのも見えた。


 僕がもっとその生物の詳細が見たいと思っていると、僕の意思を読み取ったように、その蜥蜴のような頭を持った生物の全身像が画面に表示された。


「彼等は恐らく、この火星に、我々昆虫人が植民する前から存在していた、蜥蜴形の生物から進化したものだと思われます」

 と、ジーが言った。


「六千前、どのような理由から、昆虫人が完全にこの火星から撤退したのかは不明ですが、その後、我々昆虫人がムークと読んでいた生物は独自の進化を遂げ、ついに現在のような知性を獲得するまでに至ったようです。もともとムークは知能が高く、昆虫人が廃棄した鉄器等を使って木の実を割ったりすることができましたから、現在のような知性を獲得する可能性は研究者たちのあいたでも囁かれていましたが」


「……あの、ちょっといいかな?」

 と、僕はジーの説明を聞いていてちょっと気になった部分があったので尋ねてみた。


「僕たちが知っている火星の姿は、つまり、きみたち、昆虫人が出現する前の地球に置いては、火星という惑星は、一般的に生物が存在することができない死の惑星だと考えられていたんだけど、さっきの話を聞いていると、昆虫人が現在のように惑星を改造する前から、そのムークと呼ばれる生物は火星に存在していたみたいだけど、それで僕の解釈は間違ってないよね?」


 僕の問いに、ジーはそれがどうかしましたか?といような怪訝そうな様子で首を傾げて僕を見た。


「……ということは、火星には、昆虫人が訪れるより前から、生物が存在していたことになるよね?……その、つまり、火星には、人工的に手を加えなくても、ある程度生物が生存していける環境があったということ?」


「その通りです。というより、これらの情報は、あなたがた人類も承知のことだと思っていましたが


 ……あなたがた人類という種族が地球で栄える遥か昔、火星には地球と同じような海が存在し、たくさんの生命で満ちあふれていました。そしてそこには人類と似た姿をした知的生命体が存在していました。


 ですが、あるとき、火星の擦れ擦れを巨大な彗星が通過することがあり、その影響によって火星の大気の大半と、水のほとんどが失われてしまったのです。


 その後、人形の生命体は限られた生存地を巡って争いを起こし、火星の環境は荒廃の一歩を辿ってしまったようです。そして最終的には、海は干上がり、大気の主成分は二酸化炭素になり、生命も、もちろん、そこで栄えていた人形の知的生命体も死滅してしまうことになりました。


 ですが、完全に、生命が滅びてしてしまったわけではなく、一部の生命はその火星の過酷な環境を生き延びたようです。というのは、火星の地表には酸素を生成する特殊な岩石があり、その岩石によってわずかながら呼吸することが可能な酸素が生成されていたことと、また水も場所によっては液体という形で一定量残っていたためです。


 更に言うと、火星はほとんどが赤茶けた乾いた大地になりながらも、一部分においては緑豊かな大地が存在する場所もありました。それらの場所で僅かながら生命は生き延び、それらのなかの生命の代表格に、ムークがいました。というより、これらのことは、あなたかだ人類も知っていることと思いましたが……」

 ジーは一息にそこまで語ってから、不思議そうというよりは、問うように僕の顔をじっと見つめた。


「……いや、そんな事実があったなんてはじめて知ったよ」

 僕はジーがさらりと語ったことにあんぐりと口を開けて言った。もしジーの語ったことが真実だとすれば、とんでもないことだと思った。あるいは僕たちがタイムスリップしたことによって世界線にズレが生じ、ジーが語ったような火星の歴史を持つ世界が生まれたのだろうかと僕は思った。


「ジーの語っていることはほんとうのことです」

 と、僕のとなりで、田中唯が心持ち遠慮がちな声で言った。


「確か原田さんには最初に火星のことは少しお話したと思うんですけど」

 僕は田中唯の方を振り返った。そういえばそうだったと思った。確かに田中唯は僕にタイムスリップの原理を説明したくれた際に、火星で驚くべき発見が次々とされていたと言っていた。でも、僕はそのことをほとんど忘れかけていて、更に言えば、田中唯の言ったことがあまりも僕の常識からかけ離れ過ぎていた関係で、本気にはしていなかった部分があった。


「じゃあ、ほんとうに、ジーの語っている通り、火星には生命体が存在していて、もっと言うと、遥か大昔には、人間と同じような姿をした知的生命体が存在していたの?」

 僕の問いに、田中唯は真顔で首肯した。


「話すタイミングなくて原田さんには言ってなかったんですけど、火星で見つかった知的生命体の遺跡を調べてみると、その彫刻等から、彼等が人間とそっくりな姿をしていたことがわかっています。と言っても、火星人のことについてはまだまだ不明な点も多いんですけど、様々な調査結果から、火星人が絶命してしまった理由は、恐らくジーの話している通りだと思います」


「……とても信じられないな」

 と、近藤がほとんど呆然とした口調で言った。


「あなたがたはそれらのことをご存知じゃなかったのですね?」

 ジーは小首を傾げるような仕草をした。


「ふたりは、意図的に情報を隠蔽されていて、ジーが語ったような火星の真実を知らなかったの」

 と、田中唯が、僕と近藤のふたりを庇うように言った。ジーはなんとか田中唯の説明したことを理解しようとしているみたいだったけれど、やがて諦めたのか、

「それで、この独自に進化を遂げたムークですが」

 と、ジーは気を取り直したように話はじめた。


「ご覧の通り、文明のレベルはかなり低いですが、腕力や脚力ついては並外れたものがあります。生身の昆虫人や、人間が戦ったらとても勝ち目はないでしょう。火星の重力が低い関係もあり、彼等の体格は人間や昆虫人に比べて大きく、平均で4メートル以上あります」


「まるで巨人じゃないか」

 近藤は腕組みすると、文句を言うように言った。


「でも、わたしたちには強化服があるから、なんとか対抗できるんじゃないかしら?」

 と、田中唯はそう言うと、そうよね?と同意を求めるようにジーの方を見た。


「ええ。強化服を着用すれば、なんとかムークと互角以上の戦いができるでしょう」

 と、ジーは言った。

「更に言えば、ムークと戦う必要はありません。ムークからの攻撃を上手くかわして、火星にある昆虫人の都市内に侵入すれば大丈夫です。恐らく、ムークは昆虫人の都市の内部までは追ってこないでしょうから」

 と、ジーは続けて述べた。


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