宇宙へ
まだ試し書きの段階です。予告なしにストーリーを改編する場合や、物語が完結しない場合もありますので、ご注意ください。
僕は瞳を閉じたまま、死が訪れるのを待っていた。どんな激痛や衝撃が襲ってくるのだろうと歯を食いしばっていた。でも、いくらか待ってもそれは訪れなかった。
怪訝に思って瞳を開いてみると、何がどうなったのか、僕はいつの間にか知らない空間にいた。それは全体的に微かに黄色の色素を含んだ白色の空間だった。それほど広い空間ではなく、学校とかの一クラスぶんくらいの広さを持った空間だった。空間は楕円形をしていて、天井部分もやはり楕円形の形をしている。僕が今足っている床は微かな弾力を持ったやわらかな不思議な素材でできていた。周囲を見回してみると、僕のすぐとなりに近藤と田中
唯の姿もあった。彼等も何が起こったのか理解できていない様子で周囲を怪訝そうに見回している。
「ご安心ください」
と、どこからともなく聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。それはついさっきまで僕たちが話していた昆虫人の人工知能の声だった。
「あなたがたが危険な状態にあると判断したので、あなたがたを安全な場所へと移動させました」
「つまり、俺たちは瞬間移動したっていうことになるのか?」
と、近藤が誰もいない空間に向かって語りかけた。
「そうです。瞬間移動させるにあたってあなたがたの体組織を一度分析する必要があり、それに少々時間を用しました。ほんとうはもっと早い段階であなたがたを安全な場所へお運びしようと思っていたのですが、力が及ばず、申し訳ありません」
「いいえ。助かりました。ありがとう」
と、田中唯が感謝の言葉を述べた。
「・・・彼らは、新たな訪問者は、かなり危険な集団のようですね」
「彼らはわたしたちを殺しにやってきたの」
田中唯が説明して言った。
「あなたの力で彼等をなんとかすることはできいなかしら?たとえばわたしたちをここへ瞬間移動させることができたように、彼等を地球のどこか遠い場所へ移動させたりとか、あるいは彼等を攻撃したりとか」
「・・・残念ながら、わたしには知的生命体に対する攻撃はプログラム上許可されていません。彼等を瞬間移動させることはできなくはありませんが、わたしの能力上できることは、この建物内に限られてしまいます。ですので、それはあまり効果があるとはいえないでしょう」
田中唯は昆虫人の言葉に難しい顔つきをして黙った。
「ですが、ひとつ方法があります」
少し間をあけてから昆虫人の声は言った。
田中唯は昆虫人の言葉にそれまで俯き加減にしていた顔をあげた。
「それはなに?」
と、田中唯は問いかけた。
「実はあなた方がいる空間は我々種族が製造した小型宇宙船になります。この建物には古い船がいくつかあったのですが、その内部へとあなたがたを転送させてもらいました。その船でこの星を脱出するというのはどうでしょう?かなり古い船なので、途中なんらかの不具合が起きないという保証はありませんが、それでもここに留まっているよりかはいくらか安全だと思われます。
船には我々の中心星があったアルデバラン星系までの航路がインプットされていますので、一週間ほどでそこまでたどり着けると思います。そして中心星に辿りつくことができれば、何かしらの解決策も見つかると思うのです。
私は観察していましたが、観たところあなたがたは移動手段である乗り物を敵対する勢力に破壊されてしまったようですね。あれがないとあなたがたは自分たちが来た場所へと帰ることはできないのではないでしょうか?中心星へと行けばその手段が見つかる可能性は高いです。
そして勝手ながら、わたしとしてもできればあなたがたに中心星に行って頂いて、そこの現状がどうなっているのか見て来て頂きたいのです。先程も申し上げましたが、中心星との通信システムが完全に破壊されてしまったので、わたしは今中心星がどうなっているのか全くわからないのです。もし可能であれば、もちろん、あなたがたの安全が確保されてからで全く構わないのですが、再び地球に戻ってきて頂いて、中心星の現状を教えて頂けたらとそんなふうに考えます」
僕と近藤と田中唯の三人は顔を見合わせた。
「そんないきなりに昆虫人の星にいくなんて危険じゃないかな?」
と、僕は不安に思って言った。
「でも、ここにいるともっと危険だろ?」
と、近藤は諭すように言った。
「そのうちに俺たちがここにいることもすぐに発覚して、また命を狙われることなる。どこかに逃げたとしても、恐らくすぐに見つかってしまうんじゃないか。だったら」
「そうですね。少なくとも昆虫人は・・・といっても人工知能だけれど、話の通じるまともな種族のようですし、危険はないとわたしも思います」
田中唯も近藤の意見に賛成のようだった。僕としては怖い気持ちもあったけれど、今更近藤と田中唯の意見を覆すことはできそうになかった。それに確かに近藤の言う通り、ここに留まっている方がもっと危険なことはわかりきっていた。
「わかりました。あなたがたの中心星に行くことにします」
と、田中唯が僕たちを代表して言った。
「ありがとうございます」
と、昆虫人は言った。
そしてその瞬間に身体に振動が伝わってきた。宇宙船が動き出したようだった。それまで白色の壁だった一部がスクリーンに変わって、外の様子が映し出されていた。いつの間に移動したのか、スクリーンに映っているのは、遥か上空から地球の地表を見下ろしている映像だった。地表は濃い緑色の木々に覆われ、よく見てみると、その地表を蜥蜴の姿をした生物が移動しているのが見えた。
「よい旅を」
と、昆虫人の人口知能は言った。
「なお、これよりは、船に搭載されているべつの人工知能があなたがたを誘導します。あなたがたの情報は既に転送済みですのでご安心ください。あなたがたが普段食しているものとは多少形状は違うとは思いますが、船には水や食料の備蓄もありますので、大丈夫かと思われます。それでは」
昆虫人の声が消えたあと、軽く視界がぐにゃりと歪むような感覚があり、その次の瞬間にはもう我々を乗せた小型宇宙船は宇宙を漂っていた。スクリーンへと変わった壁の一部からは宇宙空間の暗闇になかに浮かぶ無数の星々の光が鮮やかに見えた。
「なんだか知らないが、とんでもない展開になってきたな」
近藤は不思議な弾力を持つ床に胡坐をかいて腰を下ろすと言った。
「まさか今度は宇宙に行くことになるなんてね」
僕は近藤に続いて床に腰を下ろした。
「一度宇宙に行ってみたいとは思っていたけど、こんなに早く実現するとは思ってなかったな」
「・・・すみません。わたしのせいでこんなことになって」
田中唯が僕の発言にすまなさそうに言った。僕は田中唯の顔に視線を向けると、
「いや、べつに田中さんのことを責めてるわけじゃないから」
と、苦笑して慌てて言った。
「ただちょっとびっくりしてるだけだよ」
「すいません」
と、田中唯はもう一度小さな声で謝った。
「そんな落ち込まないでよ」
僕は田中唯が落ち込んでいる様子なので、なんとか元気づけてあげたくて明るい声で言った。
「さっきまで死んで当然な状況だったのに、こうして生きていられるだけでもラッキーだよ」
でも、僕がいくらそう言っても、田中唯は思いつめたような表情を浮かべて黙っていた。
「田中さんも座ったらどうだ?」
近藤は田中唯の顔に視線を向けると、気遣うように声をかけた。
「それに、原田の言う通り、俺たちは田中さんのことを責めるつもりは全くないし、今はこうして生きていられるだけでもありがたいと考えるべきだろうと思う」
田中唯は近藤の言葉に頷いた。でも、その表情はやはり晴れなかった。田中唯は少し迷うような素振りを見せてからゆっくりと腰を下ろした。
「それにしても、これから僕たちが向かおうとしている、その、なんだっけ?アルデバランとかいうところにある昆虫人たちの星は大丈夫なのかな?昆虫人対する不安もあるけど、それ以上に、その星に対する心配があるよね?ちゃんと呼吸できる空気はあるのかとか」
「そういうことでしたら、大丈夫です」
女性の声が答えた。しかし、それは田中唯の声ではなかった。声の聞こえた方向に顔を向けると、さっき地球の奇妙な建物のなかでも目にした光のホログラムでできた昆虫人の姿があった。
「はじめまして。類人猿のみなさん」
光のホログラムできた昆虫人は僕たちの方を見るとやわらかい口調で言った。
「エロムからあなたがたのことは伺っています。これからは私があなたたちをご案内します。わたしの名前はジーです。ほんとうの発音は違うのですが、あなたがたにその正確な発音は不可能だと思いますので、ジーと呼んでください」
僕たちは突然声をかけられたので、いくらか戸惑いながらもおずおずといった感じで肯いた。
「それでさっきの問いについてですが」
と、ジーと名乗った人工知能は続けた。
「我々の中心星にももちろん呼吸できる空気はあります。我々昆虫人も類人猿であるみなさんと同様、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出します。昆虫人も酸素なしには生きていけないのです。それから、星の重力も地球と同じ重力に保ってあります。ご心配には及びません」
「といっても、これらの情報は、中心星との通信が健在であったころの情報ですが」
ジーは少し自信なさそうに付け加えて言った。




