刺客
まだ試し書きの段階です。ちゃんと物語が完結しない場合や、予告なの前後ストーリーを改編する可能性もありますので、ご注意ください。
「・・・信じられないな」
近藤が僕の隣で嘆息するように言った。
「ですが、それが真実です」
「・・・あの、ちょっといいかな」
と、僕は遠慮がちに口を開いて言った。ホログラムでできた昆虫人が小首を傾げるようにして僕の方を見た。
「他のみんなはどこにいるんだろう?もし、あなたの言う通り、昆虫人が・・失礼」
「昆虫人で構いません」
ホログラムの昆虫人は僕を直視して言った。
「・・・ありがとう。だから、その昆虫人の作った文明が栄えているにしてはどうも静かな過ぎるなと思って。あなた以外の昆虫人はどこに姿を隠しているんだろう。あなたは昆虫人の大統領?えーと、つまり、代表者みたいなものなのかな?」
僕の問いに、ホログラムでできた昆虫人の顔に悲しみに似た感情が過った気がした。
「あなたの質問は最もです。もうこの場所に昆虫人は存在していないのです。この場所にはわたしひとりしかいません。そしてわたしは実在の昆虫人ではなく、コンピューターで作られた人格で、実在はありません。わたしはこの場所で、この建物の維持管理を行っています。この建物は昆虫人にとってかつて中央都市のようなものでしたが、遥か昔にその役目を終えました。その後は僻地にある、昆虫人にとっての簡易滞在都市になっていましたが、残念なことに、その役割もなくなり、今となって完全に忘れ去られてしまった存在になっています」
「他のみんなどこにいったんだろう?」
僕は気になって訊ねてみた。
「他の惑星へ移住しました」
と、昆虫人は完結に答えた。
「我々の種族もあなたがたの種族がそうであったように、文明がある程度発展すると、宇宙へと進出するようになったのです。そして時が経つにつれて、文明の中心地は他の天体へと移っていきました。わたしが持っている最新の知識によれば、あなたがたがアルデバランと呼んでいる星系に文明の中心は移りました。
そして大変残念なことに、この地球は昆虫人から見捨てられることになったのです。直接の原因となったのは、地球に巨大隕石が落下してしまったことです。最も、それ以前の段階で、この地球は昆虫人にとって自分たちの種族が生まれた地としての、宗教的な意味合いだけを持つ星としての価値しか残っていませんでした。あるいは一種の動物園的な存在としてのみ知られる星でした。
しかし、さきに述べた隕石の衝突によって、劇的に地球の環境が荒廃すると、その宗教的な聖地としての存在意義さえ剥奪され、完全に昆虫人たちから見捨てられてしまったのです」
昆虫人はそこまで一息に語った。僕たちは昆虫人が語ったことに圧倒されて何も言葉を発することができなかった。しばらく間をあけてから昆虫人は再び語り始めた。
「・・・隕石衝突からかなりの歳月が経ち、地球の環境も落ち着きましたが、しかし、今のところ昆虫人たちが再びこの星に戻ってくる気配はありません。隕石衝突の直後までなんとか持ちこたえていた中心星との通信システムなんですが、その後の二次災害や、風化によって完全に破壊されてしまいました。ですので、私としても昆虫人の種族が今どのような状態にあるのか全くわからない状態なのです。隕石衝突から既に、あなたがたの年月の数え方で、六千年程が経っています。ですから、あるいは何らかの影響で、かつてあなたがたの種がそうであったように、我々の種も滅びてしまっている可能性も否定できません」
「・・・六千年」
僕は呟くように言った。あまりにも途方もない時間なのでその時間を想像することすらできなかった。僕たちが暮らしていた世界の六千年後の世界を想像することができないのと同じことだ。
「この星には、あなたがた種族は誰一人残っていないの?」
と、しばらくの沈黙のあとで田中唯が口を開いて言った。
「この建物の他にも似たような建物がいくつかあるのを見たけど、あそこにも昆虫人で残っているひとはいないの?」
田中唯の問いに、ホログラムでできた昆虫人は悲しそうに表情を曇らせた気がした。
「いません。この星に昆虫人は存在していないのです。残りの建物にも私と似たタイプの人口知能があると思いますが、それだけでしょう」
「どこか近くの星には残っていないのかな?たとえば火星とかどこかに?まだ君たちの仲間が残っていそうな場所ってないのかな?」
僕は訊ねてみた。
「可能性はなくはありませんが、私としては確認のしようがないのです。先程述べたように、外の世界へとの通信システムが破壊されてしまったのです。ですが、もし、近隣の星に昆虫人がいれば、誰かしらここを訪ねてくることがあってもおかしくないはずですが、そのようなことがないところを見ると、昆虫人の種族はこの星系の近くにはいないのでしょう」
昆虫人は僕の問いに、残念そうな声で答えた。
「ところであなたがたはどこから来たのですか?」
と、昆虫人は改まった口調で訊ねてきた。
「わたしはずっと外の世界を観察していましたが、あなたがたは突然この星に出現したように思えました。わたしの知らない未知のテクノロジーによってこの世界を訪れているように思えます。そもそも、遥か昔に絶命した種であるあなたがた今、ここに存在していることが私は不思議でならないのです」
「・・・それは」
と、近藤が説明しようとしたところで、
「またです!」
と、昆虫人が急に緊縛した口調で言った。
どういうことだろうと僕が昆虫人の顔を注視すると、
「あなたがたの種が、またこの世界に突然現れました」
と、昆虫人は信じられないといったふうに言った。
「どういうことだ?」
と、近藤は昆虫人に訊ねた。すると、僕たちの近くの壁が突然明るく輝いたかと思うと、それまで何もなかった壁に映像が映し出された。映像を見てみると、それは黒っぽい戦闘服のようなものを着た男女四人組が何かを探し求めるように周囲を見回している様子だった。全員それぞれ大型の銃器のようなものを身に着けている。
「うそよ。どうしてここがわかったの?」
と、映像を見た田中唯が表情を強張らせて言った。
僕が説明を求めて田中唯の顔を見ると、
「彼等です」
と、田中唯は苦しそうな表情で答えた。
「五十万年前の世界で、反乱を起こしたグループの一員です・・・でも、どうしてここが」
そう言った田中唯の言葉は最後ひとり言みたいになっていてほとんど聞き取ることができなかった。
「お願い!!彼等をこの建物のなかに入れないで」
と、田中唯は昆虫人の方を見ると切迫した口調で言った。
「彼等は危険なの。わたしたちの命を狙っているの」
「彼等はあなた方と敵対する勢力なのですか?」
昆虫人はいくらか小首を傾げるようにして言った。
と、そのとき、建物全体が激しく振動した。壁に移し出された映像を見てみると、背の高いがっしりとした体格をした黒人の男が、僕たちのいる建物に向かって、銃器で何かを発砲したあとのようだった。映像のなかの男は続けてまた銃器の引鉄をひいた。と、銃器の先端が赤く輝いたかと思うと、また建物が激しく振動した。そう思った瞬間、壁が溶解して穴が開き、外の世界の光がそこから漏れてきた。壁に移し出された映像を見てみると、画面のなかで四人の男女が壁に穴が空いたことを確認して、満足そうに薄ら笑いを浮かべているのが見えた。
「逃げましょう!」
と、田中唯はそう言うと、タイムマシンが置いてある場所まで走り出した。何が起こっているのかさっぱりわからなかったけれど、とにかく身の危険が迫っているということだけは僕にも理解できた。僕と近藤も慌てて田中唯のあとに続いた。
タイムマシンは僕たちが今居る場所からそれほど離れていない箇所にある。黒っぽい戦闘服を着た四人組がこの建物に到着するまでにはまだ時間がかかるだろうから、そのあいだに問題なくタイムマシンに乗り込むことはできそうだった。
ただ問題なのは、現在タイムマシンはエネルギー不足でタイムトラベルができない状態にあるということだった。前回のように他の時代へタイムトラベルして難を逃れるというわけにはいかない。現在のタイムマシンはあくまで、車としての機能しか持ち合わせていないのだ。当然、たった今銃器で壁に穴をあけた人間たちも何らかの乗り物をもっているだろうから、たとえ車で逃げたしてもほとんど効果がないということになる。
でも、だからといって何もしないというわけにはいかなかった。黙って彼らが来るのを待っていれば、ロクでもないことになるのは目に見えているのだから。
僕たちはあともう少しでタイムマシンに乗り込めるという距離まで近づいた。でも、そのときに、目の前で信じられないことが起こった。いつの間に移動したのか、僕たちの乗ってきたタイムマシンの前で、黒光りする金属でできた戦闘服のようなものを着た四人組の男女が腕組みしながら僕たちのことを待ち構えていたのだ。それはさっき壁に映し出された映像のなかに映っていた四人組の男女だった。わけがわからなかった。一体どうやって僕たちに気づかれることなく、先回りすることができたのか。
僕と近藤と田中唯の三人は立ち止まると、半ば呆然として僕たちのことを待ち構えている四人組の男女を見つめた。
「久しぶりね、田中さん」
額のところで綺麗に前髪を切りそろえた、華奢な身体つきをした女性が楽しそうににっこりと微笑んで言った。歳の頃は三十代前半といったところだろうか。綺麗な顔をしていたけれど、少し目つきが鋭すぎるように思えた。
「遠藤久美子よ。覚えてる?施設では結構楽しかったわね」
田中唯は遠藤久美子と自己紹介した女性の顔を睨めつけるよう見つめて黙っていた。
「どうして追いつかれたか不思議に思ってる?」
遠藤久美子と名乗った女性は黙っている田中唯に向かって愉快そうな口調で続けた。
「タイラー博士の開発した、簡易次元転移装置のおかげよ。ちょっとしたワープみたいなことができちゃうわけ。タイラー博士は天才だわ」
「・・・どうしてわたしがここにいるってわかったの?」
と、田中唯は遠藤久美子の顔を睨みつけるようにして見つめたまま訊ねた。
遠藤久美子は田中唯の問いかけに得意そうに微笑んだ。
「そうよね。それは不思議に思うわよね。色々理解できないことが多いんじゃないかって思うわ。だから、死ぬに前に色々教えてあげる。でも、その前に」
と、遠藤久美子はそこで言葉を区切ると、自分の隣で腕組みしている屈強そうな身体つきをした黒人の男性に何か目で合図した。
合図を受けた黒人の男性は頷くと、それまで腰に帯びていた銃を手に取ると、それで僕たちの乗ってきたタイムマシンを打った。銃身から赤い光が発射されたか思うと、タイムマシンは赤く輝き、次の瞬間に跡形もなく蒸発してしまった。どうやら黒人の男が持っている武器はかなり強力な破壊力を持っているようだった。
「一応、これ以上逃げられないようにしとかなくちゃね」
と、遠藤久美子は楽しそうに言った。
「・・・そんな」
と、僕は小さな声で呟いた。タイムマシンが破壊されてしまったということは、もう二度と僕たちはもとの世界へ戻れなくなってしまったということだ。
「ごめんなさいね」
と、僕の呟きを耳にしたのか、遠藤久美子は僕の顔を見ると、お道化た口調で言った。
「たぶん、あなたたちは田中さんとは何の関係もないひとたちなのよね。なりゆきでここまでついてきちゃっただけなのよね。でも、ごめんね。私たちの計画の都合上、どうしてもあなたたちにはここで死んでもらうしかないのよ。わかってくれる?」
そんなことを言われてもわかるはずがなかった。
「で、なんだったかしら?あっ、そうそう、どうして田中さんがこの時代にいるってわかったかって話だったわよね?」
僕たちが黙っていると、遠藤久美は勝手に話はじめた。
「田中さんが西暦2013年からこの世界へタイムスリップした際に、ちょっとした追跡装置を付けさせてもらったのよ。ほら、わたしがあなたたちのタイムマシンを銃で撃ったことがあったでしょ?あのときよ。あの銃弾のなかに追跡装置が付いてたの。ほんとうはあの時点であなたたちを始末しちゃいたかったんだけど、ほら、田中さんも知ってると思うけど、あの時代って結構デリケートで危険なのよ。あんまり派手な重火器を使ったりして一目についたりすると、その前後の時間線に大きな変化が起きて、下手するとわたしたちがもとの世界に戻れなくなっちゃりする可能性があったわけ。だから、あのときは仕方なく、大人し目の銃にしたの。
ま、あれであなたたちを仕留められるとは思ってなかったし、始末できたらラッキーかなーくらいの感じでやってたからべつに良かったんだけどね。
で、もともとの計画としてはあなたたちをあえてタイムトラベルさせて、この世界にこさせるのが目的だったの。田中さんも不思議に思ったんじゃないかしら?ちゃんとした計算をして自分の知ってる未来に飛んだはずなのに、着いてみたらこんなわけのわからない世界で。
というのはね、わたしたちが時間線を操作したのよ。あなたたちがタイムトラベルをすると、この世界に到着するように仕向けたの。あの、西暦2013年の時代とこの時代とをブリッジで繋いだっていうわけ。この世界線だと人間は存在していないから、どれだけ派手に立ち回ってもわたしたちの世界線に影響はでないからね。
どうやってそんなことが可能になったかって?それはわたしに訊かないで。タイラー博士の天才的な技術によってよ。タイラー博士が事前にこの時代だったら問題ないって計算を出してたの。わたしたちはタイラー博士の指示に従ってるだけ。
で、えーとなんだったかしら、話が逸れちゃったわね、そうそう、発信機の話ね。わたしが打った銃弾のなかに発信機を仕込んでおいたのよ。タイラー博士の技術のおかけで、あなたたちたちをこの世界線へ誘導することができたのはいいんだけど、でも、その技術も完璧じゃなくてね、具体的にピンポントで何時何分にここに出現というところまでは操作できないのよ。それで活躍してくれたのが、発信機というわけ。
タイムトラベルをすると、池に小石を放り込んだときみたいに重力の波紋ができるんだけど、その波紋を測定することで、あなたたちの居場所を割り出せちゃうのよ。どう?ずごいでしょ?まあ、測定にちょっと時間がかかちゃって、予定よりも少し遅くなっちゃたけどね。でも、まあ、許容範囲内っていうところかしら。さて説明は以上。もう死ぬ準備はできたかしら?」
「ちょっと待ってくれ」
と、それまで黙って遠藤久美子の説明に耳を傾けていた近藤が口を開いた。遠藤久美子は口を開いた近藤の顔を仕方がない子ねというふうに見た。
「あんたはなんでそんなに田中さんを殺すことにこだわってるんだ。田中さんや、俺たちが生きてるとそんなに問題なのか?」
近藤の言葉に、遠藤久美子の目つきが一瞬鋭くなった。
「そうよ。大問題なのよ」
と、遠藤久美子は若干苛立った声で言った。
「わたしも最初、田中さんひとりくらい生き延びたからといってそれがなんだって思ってたんだけどね・・・わたしたちの時代のタイムトラベルの技術はまだ未熟だし、たとえ田中さんが未来に戻ったとしても、わたしたちの世界へ再びやってくるはずがない、来られるはずがないと思っていたんだけど、でも、タイラー博士に言わせると、それがどうもそうでもないみたいなのよ。
タイラー博士の計算によると、田中さんはわたしたちの壮大な計画を狂わせる不確定要素なの。田中さんが未来に戻ったとしても、ほぼ問題はないだろうっていう話なんだけど、でも、僅かながら不安要素が残るのよ。二十パーセントくらいの確立で。
だから、念には念をいれて田中さんを殺しおこうという決定になったの。そしてあなたたちも。あなたたちも田中さんと関わりを持った以上、わたしたちの計画を破綻させる脅威にならないともいいきれないの。だから、悪いとは思うけれど、あなたたちに死んでもらうしかないの。どう?わかってくれたかしら?」
「・・・最後にもうひとつだけ質問させてくれ」
と、近藤が最後の悪あがきをするように続けた。
「どうしても理解できないんだ。たとえここで田中さんや俺たちを殺したとしても、他の未来の人間がやってきてあんたたちの計画を阻もうとするんじゃないか?だから、俺たちを殺しても同じことなんじゃないかって」
遠藤久美はそう言った近藤の顔を一瞬じっと見つめた。それから、ふっと憫笑した。
「その心配はないわ」
と、遠藤久美は言った。
「タイラー博士がタイムバリヤー、時間膜を作ったの。それによってわたしたちの世界線は他の時間線からの干渉ができなくなったの。だから、わたしたちの世界はもうほぼ安泰ってわけ。ただ、それを脅かす唯一の存在が、田中さんとそしてあなたたち」
「タイラー博士って一体何者なんだ?」
近藤が訊ねたけれど、遠藤久美子はその質問には答えなかった。代わりに、遠藤久美子は腰に身に着けていた大型の銃器を手に取ると、それを僕たちに向けた。銃の先端が赤く輝きはじめた。僕はもうすぐ死んでしまうんだと思って目を閉じた。なんてあっけない幕切れなんだと絶望するというよりは身体から力が抜けて行くように思った。
「さようなら、みなさん」
と、遠藤久美が楽しそうに囁く声が聞こえた。




