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入り口

まだ試し書きの段階です。予告なしにストーリーを変更する場合や、物語が完結しない可能性もありますので、ご注意ください。


 それから車で移動すること三十分くらいかかって、僕たちはさきほどの建物群のすぐ真下まで近づいた。周囲はしんと静まり返っていて、もし目の前の建物が人間の作った都市であれば当然聞こえるであう騒音や、その他の人々の生活の営みの気配のようなものは全くといっていいほど感じられなかった。雰囲気としては、ずっと遠い昔に遺棄された古代都市といった感じだ。


 先ほどの奇妙な生物の存在が恐ろしかったけれど、我々は思い切って車から外に降りてみることにした。


 弱い風が吹いていて、その風が周囲の草をそよがせていった。ずっと遠くの方で何かの生き物の咆哮のような声がした。僕はどきりとして周囲を見回してみたけれど、今のところ何らかの生物が近づいて来るような気配はなかった。

 僕は目の前の建物を見上げてみた。真下から見上げるとその建物は巨大過ぎてその終わりを確認することはできなかった。まるで垂直に巨大な壁がどこまでも続いているように見える。あるいは垂直方向に延びる大地のようにも見える。建物に触れてみると、卵の殻に近い質感があった。拳で思いっきり叩けば簡単に穴が開いてしまうんじゃないかと思えるほどだった。僕は実際に拳で軽く叩いてみたけれど、しかし、それは予想に反して、しっかりとした硬さを持っていた。ただ単に質感が卵の殻に似ているというだけのようだった。


 見たところ入り口のようなものはなく、どこからこの建物似た建設物のなかに入ることができるのかさっぱりわからなかった。もちろん、窓のようなものも見当たらない。下から見ている限りではただの白い壁が際限なく上の方まで続いているようにしか見えなかった。


「すいませーん」

 と、僕は試しに叫んでみたけれど、案の定、誰も僕の声には答えてくれる者はいなかった。耳元を吹きすぎて行く風の音がやけに誇張されて聞こえる。


「誰もいないみたいだ」

 と、僕はいささか途方に暮れて近藤の顔を見た。やはり近藤も僕と同じような表情を浮かべて目の前に聳える建物を見上げていた。


「・・・恐らく、ここにはもう人間はいないんだと思います」

 と、田中唯が遠慮がちな声で言った。

 僕は振り向いて田中唯の顔を見つめた。


「・・・もし、これが人間の作ったものだったとして・・・たとえば都市のようなものだったとしても、その機能は失われてしまっているんだと思います」


「・・・つまり、これは過去の、人間たちが作った都市の遺跡だということか」

 近藤が田中唯の言葉を受けて呟くような声で言った。


「あるいは人間以外の知的生命体が作ったものだということも考えられます」

 僕は少しどきりとして田中唯の顔を注視た。近藤も興味を惹かれたように田中唯の顔を見つめた。


「実際にそういうケースがあるんです」

 と、田中唯はいくらか言いにくそうに言った。

「まだタイムマシンの技術が確立されて間もない頃、予期せずして、かなり世界線のズレた世界へ移動したグループがいるんです。彼らは本来であれば、三十年前の世界に移動するはずだったんですが、思いがけず、わたしたちが知っている世界とはかなりかけ離れた世界にたどり着いてしまったんです」


「そこはどんな世界だったの?」

 僕は怖さ半分、興味半分で訊ねてみた。


「そこは」

 と、田中唯は軽く言い淀んでから言葉を続けた。


「そこは人類が存在していない世界だったようです。その代わりに昆虫から進化した生物が独自の文明を築いていたようです。外見はカマキリに近い生物だったそうです」

 僕は田中唯の話に耳を傾けながら、人間と同じくらいの大きさのカマキリが動いているところを想像した。


「その世界にたどり着いた人間はもとの世界に戻ってこれたのか?」

 と、近藤はいくらか険しい表情で田中唯の顔を見つめると訊ねた。


「・・・ひとり、犠牲になったみたいです。でも、残りの人間はなんとか戻って来れたみたいです」


「どうして、ひとりは戻ってこれなかったの?」

 僕は少し怖くなって訊ねてみた。


「わたしも詳しくは聞いていないんですが、偶然、その世界にたどり着いたグループは危険を冒してそのカマキリ型の生物が進化した世界の様子を調べることにしたようです。でも、そこで不幸にして事故があって、ひとりがカマキリ型の生物に捕えられてしまったようです・・その他のグループもかなり危険な状態まで追い詰められたようなんですけど、なんとか逃げ伸びることができたって聞いています」


 僕は田中唯の話に耳を傾けながら、ひとりそのカマキリ型の生物に捕えられてしまった人物の運命を思った。もし自分がその立場だったらと思うと慄然とした。


「・・・その話はともかく」

 近藤はしばらくしてから思案しているような口調で口を開いた。


「確かにこの建物は人間が作ったにしては少し奇妙だな。入り口のようなものは何もないし、建物の質感もちょっと異質だな。たとえば生物の粘液系のものが固まってできたような・・そんな印象を受けるな」


 僕は近藤の科白を聞いて恐ろしくなった。生物の粘液系?と僕は思考のなかで近藤の科白を反芻した。言われてみると、目の前の建物の、卵の殻のような質感を持った物質はそんなふうにも見えた。よく見てみると、粘液系の物質が固まるときに空気が混ざったあとのようなものも見受けられた。


「じゃあ、この建物は昆虫型の生物が築いたということになるの?」

 僕は近藤の顔を見て訊ねた。


 近藤は僕の問いに短く頭を振った。

「それはわからない。田中さんの話を聞いて、その可能性もあるなと思っただけだ。それに、この建設物を作った生物が何者であるにせよ、もう少し詳しく調べてみる必要があるだろう。俺たちが今いる場所の近くには建物の入り口のようなものは見当たらないが、もう少し周囲を回ってみれば、何かそれに近いものが見つかるかもしれない」


「そうですね」

 田中唯は近藤の科白に固い表情で頷いた。

「もう少し車で周囲を回ってみましょう」


 それから僕たちは再び車に乗り込むと、建物に入り口らしいものがないかを見て回った。が、いくら見て回っても、建物の入り口らしきものを見つけることはできなかった。僕たちは建物の外周をひとまわりしてから、どうやらこの建物には入り口というものは存在しないのだ、と、結論付けた。僕たちが今居る場所からかなりの間隔をあけて似たような建設物が建っているが、恐らくその建設物も同じような構造になっているだろうと思われた。


「わからないな」

 僕は車の後部座席でひとり言を言った。

「建物に入り口がないなんて。この建物を作った生物は一体何を目的に作ったんだろう」


「あるいはこの建設物は人間の感覚でいう、というか、我々の感覚でいうところの建物の概念とは全く違うものなのかもしれないな」

 と、近藤は言った。


「俺たちは建物というと、すぐひとが生活するための場所や商業施設を連想するけど、この建物はそういった目的のために作られたものではないのかもしれない」


 どういうこと?というように僕が近藤の顔を直視すると、

「たとえば・・・そうだな、宗教的な施設だったり、あるいは何か・・・卵の管理をするような場所であったりとか」

 と、近藤は思案気な表情で続けた。


「・・・卵」

 僕は近藤の科白に絶句するように呟いた。


「・・・そうですね。その可能性は否定できないかもしれないかもしれませんね」

 それまで黙っていた田中唯が共感して言った。

「実際、人類も、過去にはおいては生活するための場所というよりは、宗教的な理由から巨大な建設物を作っていましたからね。たとえばピラミッドとか」


「そういえば」

 僕はふと気になって田中唯の方を向いた。


「この前会ったとき、田中さんは火星人の作った遺跡が火星で多数見つかったって話したけど、それってどんなものだったの?」

 近藤も僕の科白に興味を惹かれたように田中唯の方を注目した。


「それは・・・」

 と、田中唯が口を開きかけたところで、地面が振動した。最初は地震かと思ったのだけれど、それは違った。巨大な生物がこちらに向かって歩いてくる振動だった。車の窓から見てみると、僕たちがいる場所からそれほど離れていない距離に巨大な生物の姿が見えた。日が傾きはじめた草原に、十五階建てのビル程の大きさもある、首の長い二本足で歩行するトカゲの頭を持った生物が足っていた。皮膚の色は赤褐色で、頭部には鶏のトサカのようなものがあった。恐らく、さっきの車を襲った生物を捕食した、怪獣並の体躯を持った生物だと思われた。食事を終えたあと、僕たちのあとを追ってきたのだろうか。


 田中さん、と、僕が声をかける前に、田中唯は既に車を巨大生物が居る方向とは反対方向に走らせていた。道が悪いのでかなり車内は激しく上下に揺れる。僕たちが逃げるのと同時に、巨大生物も走り始めた。ひょっとすると、走るのが返って巨大生物を刺激するのかもしれないとも思ったが、かといって今更車を止めるわけにもいかなかった。


 田中唯はできる限りのスピードで車を動かしているようたったけれど、いかんせん道が舗装されていないので思ったほどスピードが出ず、車はすぐに怪物に追いすがられてしまった。巨大生物の足が真後ろに迫り、すぐにでも車ごと踏みつぶされてしまいそうに思える。なんとかしなければと思うのだけれど、武器も何もない僕たちはどうすることもできなかった。威嚇するように巨大背物が咆哮した。それはライオンの鳴き声に牛の鳴き声を混ぜて大きくしたような奇妙な鳴き声だった。


 これはもう駄目だ、と、僕は奇妙に冷静な気持ちで思った。僕はここでこの怪獣の餌食になって死んでしまうのだ、と、妙に静まり返った気持ちのなかで観念した。


 と、そのとき何か赤い光が走った。そしてそう思った瞬間、僕たちの車を踏みつぶす勢いで迫っていた怪獣が何かはじき飛ばれて、大地のうえに仰向けにひっくりかえった。巨大生物が大地に崩れた落ちた瞬間に、かなりの衝撃が大地に広がり、僕たちの車もその振動で軽く上に跳ね上がった。


 しかし、地面に仰向けにひっくりかえった怪獣は意外にも俊敏な動作ですぐに起き上がると、光の走ってきた方角に向かって怒り狂ったように咆哮した。耳の鼓膜が破れてしまいそうなほどの恐ろしい唸り声だった。どうやら怪物が敵意をむき出しにしているのは、さっきまで僕たちが見て回っていた建物がある方角だった。


 と、また赤い光が走った。すると、途方もない体躯を持った生物がいとも簡単に空中にはね飛ばれて、また地面にひっくりかえった。


 一体何が起こっているのだろうと僕が車の外の様子を眺めていると、

「・・・あれ」

 と、田中唯が恐る恐るといった口調で言った。僕は後ろに向けていた視線を田中唯の方に戻した。気が付くと、いつの間にか田中唯は車を停止していた。停止した車のすぐ目の前にはさっきまで僕たちが見て回っていた白い建物があった。そして驚いたことに、その建物には僕たちのことを迎え入れるように裂け目ができていた。


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