知らない世界
まだ試し書きの段階です。予告なくストーリーを改変する可能性もありますので、ご注意ください。
光が眩しく爆発したと思った瞬間、目の前に巨大な岩石が迫ってきた。ぶつかる!と思った僕はきつく瞳を閉じたが、いくら待っても衝撃は訪れなかった。
恐る恐るそれまで閉じていた瞳を開いてみると、僕たちを乗せた車は衝突するはずだった岩石を通り抜けて一面に緑の草原に覆われた平野のような場
所に停止していた。さっき田中唯が話していたプラズマの効果によって岩石と正面衝突せずに済んだのだろう。
それにしても、ここが百年先の未来なのだろうか?僕は怪訝に思って窓の外に見える世界を見てみた。見渡す限り何もない。ただ永遠と緑の草原に覆われた平野が続いている。
「・・・これが未来の世界?」
僕は運転席に座っている田中唯に向かって声をかけてみた。
「タイムトラベルの研究は極秘扱いになっているから、こういう人里離れた場所に基地は作られているんじゃないのか」
と、近藤が僕の疑問を察したように言った。
僕は近藤の言ったことが正しいのかどうか、田中唯の反応を待っていた。すると、しばらくしてから信じられない答えが返ってきた。
「・・・違います」
と、田中唯は小さな声で言った。田中唯の顔を見てみると、そこには怯えに似た表情が浮かんでいた。
「何が違うの?」
僕は気になって訊ねてみた。
「ここはわたしがいた未来の世界ではありません」
田中唯は強張った声で言った。
「どういうことだろう?」
近藤の問いかけに、田中唯はわからないというように頭を振った。
「・・・わかりません。何がなんだか。目標時間の計算と位置情報は正確に入力できていたはずなので、通常であれば、わたしが五十万年前の世界に飛んだ、二千百年の施設がある場所にたどり着くはずなんですけど・・・」
「とりあえず、外に出で見ようよ」
と、僕は想定外の事態に打ちのめされている様子でいる田中唯に声をかけた。
車の外に出ると、冷たい大気が僕の身体を包んだ。季節の感覚で言うと、十一月の初め頃といったところだろうか。さっきまで僕がいた日本は五月の下旬でちょっと蒸し暑いくらいだったので、この気温の変化は正直身体にこたえた。服装も五月下旬の気候に合わせたロングTシャツしか着ていない。
「寒いな」
と、僕のあとから車の外に出た近藤も僕と同じ感想を持ったようで、両腕で自分の身体を抱きかかえるようにして言った。と言っても近藤は僕に比べればまだマシだ。何故なら近藤はジャケットを着ているからだ。
一番最後に車から降りてきた田中唯は周囲の平野を軽く目を細めるようにして見た。
「この景色に何か見覚えはないかい?」
と、近藤が田中唯に声をかけた
田中唯は近藤の問いかけに無言で首を振った。
僕はぐるりと周囲を見回してみた。すると、さっきは気が付かなかったのだけれど、それまで僕が見ていた方向とは反対方向に、といっても今居る場所からはだいぶ離れた距離にあるのだけれど、何か背の高い、白っぽい建物群らしきものがあるのが見えた。
「あれはなんだろう?」
僕は言った。
僕の言葉に、近藤も田中唯も振り向いて僕が見ている方向を見つめた。
「ビルか何かのように見えるな」
近藤が呟くような声で言った。
「もしかして、あそこに見える建物群が田中さん言っていた未来の施設がある場所だったりして。それで何かの加減でタイムスリップする際に少し位置がずれてしまったとか」
僕はふと思いついて言ってみた。
田中唯は僕の言葉に沈んだ表情で首を短く振った。
「・・・違うと思います。わたしがもといた世界にこんな草原はありませんでしたし、遠くに見えてる建物も見覚えがありません」
「・・・だとしても、あそこまで行ってみないか?」
と、近藤が言った。
「あそこまで行ってみれば、何かわかるかもしれない」
僕としては近藤の提案に異論はなかった。田中唯は近藤の意見にいくらか難しい顔つきをして頷いた。
僕たちは再び車に乗り込むと、遠くに見える建物群を目指すことにした。幸い車型のタイムマシンはタイムマシンとしての機能以外にもちゃんと車としての役割も果たしてくれるようだった。
進みだした車はかなり激しく揺れた。何しろただの草原なので、かなり凸凹しているし、ときおり気が付かずに比較的大きな石に乗り上げたりする。せっかくのスポーツカータイプの車だというのに、これでは大したスピードは出せない。というか、進むスピードがかなり遅くなってしまう。車の教習所で初心者が恐る恐る車を進ませているような感じだ。
そのようにして辛抱強く草原を移動すること三十分程かかってようやく僕たちは建物群のかなり近くまで近寄った。遠目ではよくわからなかったのだけれど、その建物群は僕が思っていたよりもずっと巨大で特殊な形をしていることがわかった。
大きさは並の高層ビルよりも遥かに背が高く、その高さは東京スカイツリーを軽く凌駕して、成層圏にまで達しているんじゃないだろうかというくらいだった。そして高さだけではなく、その建物もの外周も馬鹿デカく、円筒形をしたその建物の横幅は新宿くらいの街がすっぽりと収まってしまうほどの規模だった。
そして更に建物の材質もかなり異質で、何か骨のような軽い質感の材質のものでできているように思えた。
そのようなビルに似た建物が全部で七つ等間隔をあけて建っていた。僕には理解できなかった。見たところかなりの土地が余っているというのにどうしてこれほど巨大な建物を作る必要があったのか。建物に使われている建築資材は一体なんでできているのか。そもそもこれはなんなのか。
田中唯は目前に迫ってきた建物群に圧倒されたようにそれまでゆっくりと進ませていた車を停車させた。
「これは未来のビルなの?」
と、僕は田中唯に訊ねてみた。
「いえ」
田中唯は動揺している声で答えた。
「わたしもこんな建物は観たことがありません。そもそもわたしがいた二千百年の世界にこんな建物は存在していませんでした」
「・・・つまり、ここは、田中さんがもといた二千百年の世界とは違っているということなのか?」
それまで腕組みして黙っていた近藤は口を開くと言った。
「・・・その可能性が高いと思います」
田中唯は憔悴したような声で言った。
「でも」
と、田中唯は言葉を続けた。
「わけがわかりません。そんなはずないんです。ちゃんと目的の時空間情報は入力してタイムスリップしたのでこんなわけのわからない世界にたどり着くはずはないんです」
近藤は窓の外の、いくらか巨大すぎる建物群を半ばにらむようにして見つめて何か考えている様子でいたけれど、
「あるいはこういうことは考えられないか?」
と、何か思いついたらしく問題提起するように言った。
僕と田中唯が近藤の顔に視線を向けると、
「田中さんがもともといた五十万年前の世界に、未来からやってきた人間が大幅な関与をしたことで、時間線に劇的な変化、混乱が起きて、田中さんが知っている未来の世界とは全く違う未来の世界にたどり着いてしまったとか」
と、考えながら話すように近藤はゆっくりとした口調で言った。
「でも、もし、そうだしたら、わたしが最初にタイムスリップした際に、近藤さんたちのいる世界に辿り着くことができたことに説明がつかないと思います」
と、田中唯は納得できないというようにやや強い口調で言った。
「近藤さんたちがいた世界はわたしの知っている世界と僅かな誤差しかない世界でした。そこからタイムスリップしたというのに、これだけ大きな変化が起きているというのはどうも・・・」
「・・・そうだな」
近藤は田中唯の科白に考え込んでいる顔で頷いた。
「・・・いえ、でも、もしかしたら」
田中唯は前言を撤回して急に緊迫した口調で言った。
「近藤さんの言っていることは正かもしれません」
僕と近藤は田中唯の顔を注視した。
「わたしが近藤さんたちのいる世界にタイムスリップしたときは、まだ時間線に大きな変更が加えられた直後だったから、なんとか近藤さんたちのいる世界にたどり着くことができたけど、そのあと時空間全体に混乱、揺らぎのようなもの起こって、それまでの位置情報が変わってしまったのかもしれません・・・」
「位置情報?」
と、僕は気になって訊ねてみた。
田中唯は僕の問いにいくらか険しい表情で頷いた。
「タイムスリップをする際は、時空間の情報を、言わば航海地図のようなものですね。重力を測定してそれをもとにタイムスリップしたい目的地を算出しているんですけど、その時空間の情報が、過去に大幅な変更が加わったことで、変わってしまった可能性があります。
つまり、本来であればわたしがもといた二千百年の世界がある場所にたどり着くことができていたはずなのに、時空間の位置がズレてしまったことでこの世界にたどり着い・・・」
と、田中唯がそこまで言葉を続けたところで、車の側面に強い衝撃が加わった。なんだろうと思って車の外を見てみると、車の外に巨大な青黒い堅そうな皮膚を持った生物がいるのが見えた。体長は十メートルくらいはあるだろうか。戦車くらいの大きさだ。一見すると、その生物は昔図鑑等で見たことのある恐竜に似ているように思えた。全身が鎧のような堅そうな皮膚に覆われている。頭部には三本の巨大な角があった。
なんだこの生物はと僕が思わず絶句していると、再びその恐竜に似た生物は車の側面に体当たりをしてきた。かなりの衝撃が加わり、車体が悲鳴をあげてきしむ。このまま数度体当たりを食らったら、車が完全に破壊されてしまいそうな勢いだった。
「田中さん、早く車を出して!」
僕は運転席に座っている田中唯に声をかけた。僕が声をかけるのとほぼ同時に、田中唯は車を急発進させた。さすがにスポーツカータイプの車だけあって最初の加速はかなり良いようだったけれど、外にいる生物の脚力も並ではないようで、すぐに追いつかれて後方から体当たりを受けた。
後方から体当たりを受けて車は一瞬宙に浮きあがり、また地面に着地した。着地した衝撃で車内に激しい振動が加わる。ちょっとした交通事故に遭ったような感覚だ。後方を振り返ると、さきほどの生物はさらにこの車に体当たりをしようと迫ってきていた。
「田中さん、もっと早く!」
と、僕は叫ぶように言った。
「わかってます!」
と、田中唯は叫び返した。
と、その直後、また車は恐竜に似た生物の体当たりを受けた。車全体に激しい衝撃が加わり、車は軽く跳ね上がって、辛うじて地面に着地する。もうだめだと僕は思った。これ以上体当たりを受ければ車が大破してしまうか、あるは衝撃で横転してしまうだろうと思った。
後方を確認すると、恐竜もどきはさっきの攻撃で決して満足したわけではない様子で、僕たちの車に止めを刺そうとまた更に迫ってきていた。
やばい、僕は血の気が引くようにほんとうにそう思った。
でも、そのとき、さっきまで後方に見えていた恐竜もどきの姿が一瞬にして視界から消えた。何がどうなったのだろうと思っていると、しばらくしてわかった。ビルほどの大きさもある、やはりこれも恐竜に似た首の長い生物が、さきほどまで車に体当たりをしていた恐竜を顎に咥えているのだ。
ほとんど怪獣に近い生物は獲物を口に咥えたまま、その鋭い瞳で走り去る僕たちの車を一瞥した。でも、幸いなことに、すぐに興味をうしなったようで、それまで顎に咥えていた恐竜を地面に下ろすと、その巨大な口を開いてさっきまで執拗に僕たちを追いかけていた恐竜もどきの腹部に食らいついて食事を開始した。
田中唯は先ほどの巨大な生物の姿が完全に見えなくなるまで車を走らせてから車を停車させた。
「なんだったんだ今のは・・・」
僕は呟くような声で言った。まだ先ほどの恐怖の余韻で身体が小さく震えていた。
「・・・恐らく、この世界では生物の進化の過程も全く違っているんだろうな」
いつもは冷静沈着な近藤も青ざめた表情でささやくような声で言った。
「田中さん、この世界はやばいよ。もといた世界に戻ろう」
僕は言った。
「そうしたいところですけど」
田中唯は僕の方を振り返ると、困ったような表情で言った。
「さきほどのタイムスリップでエネルギーを使ってしまったので、もう一度タイムスリップするためにはまたしばらくエネルギーが溜まるのを待つ必要があります」
「・・・そんな」
「すいません」
田中唯はほんとうに申し訳なさそうに言った。
「ということは、再びエルネギーが充電できるまで一週間近くかかるということになるのか?」
「そういうことになりますね」
田中唯は近藤の問いに気落ちした声で答えた。
少しの沈黙があった。こんなわけのわからない世界で一週間も僕たちは一体どうしたらよいのだろうと途方に暮れるように思った。
「とにかく」
と、近藤が沈黙を破って言った。
「もっとあの建物のすぐ近くまで行ってみよう。あの建物が何の建物なのかわからないが、もし、あそこに人間がいるのなら、何かしら助けてもらえるかもしれないし」
「・・・そうですね」
と、田中唯は近藤の言葉に少し思案気な表情で頷くと、それまで停車していた車を再び発進させた。