予期せぬ訪問者
まだ試し書きの段階です。ちゃんと物語が終わるかどうかも未定なので、ご注意ください。
やがて僕たちは近藤の運転する車に乗って田中唯がタイムマシンを置いているという都内の駐車場にたどり着いた。住宅街の奥まったところにあるその駐車場はさすがに深夜の一時過ぎということもひっそりと静まりかえっていた。立地的に不便なところにあるせいなのか、駐車している車の数も極端に少ない。とりあえずという形で近藤は自分の乗ってきた車を空いている駐車場に駐車した。
「で、どれが田中さんのタイムマシンなの?」
僕は近藤の車から降りるや否や訊ねた。早くタイムマシンを目にしたいという衝動をおさえきれなくなっていた。
「あれです」
と、田中唯は僕に続いて車から降りると、駐車場の奥を指さして言った。見てみると、駐車場の一番奥のスペースに緑色のカバーを被せられた車が一台止まっている。カバーを被せられているので詳細はわからなかったけれど、形状としては今現在日本を走っている一般的な車とそれほど変わらないようだった。大きさもごく一般的な乗用車くらいの大きさだった。僕はその形を見てちょっとがっかりした。というのも、僕は未来の車というからにはもっと斬新なデザインや、空飛ぶ車的なものを想像していた
のだ。
「あれじゃ、誰もタイムマシンだなんて気が付かないよな」
一番最後に車から降りてきた近藤は納得しているというよりは感心している様子で言った。
「とりあえず、いきましょうか」
と、田中唯は僕たちの方を振り返ると、言った。
僕は頷くと、既に歩き始めている田中唯の背中を追いかけた。
程なくして車の前に行くと、僕と近藤と田中唯の三人で車にかけているカバーをはがしにかかった。そしてカバーをはずと、僕の目に飛び込んできたのは、シルバーのスポーツカータイプの車だった。スポーツカー風なデザインが辛うじてタイムマシン的な装いを保っている気がした。これがもし軽自動車だったりしたらタイムマシンとしての趣はどこにもなかっただろうとどうでも良いことだけれどほっとするように思った。
田中唯は車の前に回ると、車のボンネットを開けた。田中唯の横からなかを覗いてみると、本来エンジンが搭載さている部分に、見たことのない形状をした機械が並んでいるのがわかった。そして中央部分の、ちょうどボストンバックくらいの大きさの部位が空白になっていて、恐らく、そこの部分に、田中唯が近藤の研究室に持ち込んでいた、例のタイムマシンの推進力装置が収まっていたのだろうと思われた。
「近藤さん」
と、田中唯は僕の横に立っている近藤の方を振り返ると言った。
「あそこのスペースにはめってもらってもいいですか?」
「了解した」
近藤は田中唯の言葉に短くに答えると、それまで手に持っていた細長い金属でできた箱状のもの、タイムマシンの推進装置を車の空白の部分にはめ込んだ。
「で、周囲にケーブルみたいなものがあると思うんですけど、それを接続してもらってもいいですか?」
と、田中唯が続けて声をかけた。
近藤はかがみこんでしばらく何か作業を続けていたけれど、やがて態勢を起こしてこちらを振り向くと、
「暗くてちょっとわからないな」
と、険しい表情で言った。一応、街頭の光があるとはいっても、さすがに細かい作業は難しいのだろう。懐中電灯があればいいのだろうけど、当然のことながら僕は持っていない。
「近藤の車のなかに懐中でんと・・」
と、僕が言いかけたところで、ぱっと周囲の空間が明るくなった。いつの間に取ってきたのか、田中唯が懐中電灯を持ってきてくれていたのだ。
「すいません。段取り悪くて。今、車のなかから取ってきました」
田中唯は車のボンネットのなかを照らしながら苦笑して言った。
「サンキュー」
近藤は再び作業に取り掛かった。僕と田中唯のふたりは近藤の作業を黙って見守った。と、おーいと、誰かが呼びかけてきた。声の聞こえた方を振り返ると、懐中電灯を片手に誰かが近づいてくる。僕は思わずひやりとしたけれど、なんのことはない、近所を見回っている警察官だった。
どうやら真夜中の駐車上で車のボンネットを開けて作業をしているので車上荒らしか何かと疑われたようだった。僕は近づいてくる警察官の方に向かって歩いていくと事情を説明した。ちょっと車の調子が悪くて修理をしているだけなので問題ない、と。(まさかタイムマシンを修理しているなんて言えないし、言ったところで信じてもらえないだろう)僕が身分証明書を取り出して渡すと、警察官はそれを検分したあと、いくぶん疑わしいそうな顔をしながらも帰っていった。
僕が警察官との対応を終えて車のところに戻ると、既に近藤は作業を完了させていた。そして今は田中唯が車の運転席に座って何かしていた。恐らく、ちゃんとタイムマシンの推進システムが機能しているかどうか確認しているのだろう。
「どう?」
と、僕は運転席まで近づいくと、田中唯に声をかけようとして思わず目を見張った。運転席のハンドル付近から光のホログラムが立ち上がって、田中唯はそのホログラムを触って何か作業しているのだ。
「こりゃ、すごい」
僕は感激して言った。見ていると、光のホログラムはアイパッド等とおなじように手で直接触れることで操作できるようになっているようだった。アイパッド違うのは、それが物理的な素材でできているのに対して、光でできている点だ。純粋な光だけでできたコンピュータースクリーンというのはなんだか不思議な感じがするものだった。まさに近未来の世界を垣間見ているという感じがする。
「すごいな」
と、僕がとなりに立っている近藤に同意を求めると、
「ああ」
と、近藤も田中唯が扱っている光のコンピュータースクリーンにすっかり目を奪われている様子で言った。
それからしばらくのあいだ田中唯は作業を続けていたけれど、やがて僕たちの方を振り返ると、車のパワーウインドウを開けて、
「大丈夫です。ちゃんと機械は起動してるみたいです」
と、嬉しそうな表情で言った。
「じゃあ、これでタイムトラベルできるわけだ」
僕は興奮して言った。
田中唯は僕の顔を見ると、にっこりとして頷いた。
「おかげさまで助かりました。これでなんとか未来に帰ることができそうです」
「ちゃんと直ったみたいで良かったよ」
近藤は言った。
「・・・あの、これからもうすぐ田中さんは未来に帰っちゃうの?」
僕は車の運転席に腰かけている田中唯に少し躊躇ってから声をかけた。
田中唯は僕の質問の意図がわからなかったのか、いくらか怪訝そうに僕の顔を見た。
「いや、あの、ちょっと図々しいお願いかもしれないんだけど、できればちょっとタイムマシンに乗せてもらえないかなぁと思って。田中さんのいる未来の世界に連れていってもらうことってできないかなぁと思って」
僕は苦笑するような笑顔で言った。さっきファミリーレストランで話した内容から考えて恐らく断れるだろうとは思ったけれど、でも、僕としてはどうしても一度タイムトラベルというものを体験してみたかったのだ。
「おい、原田」
と、近藤が僕を咎めるように言った。
「・・・すいません」
田中唯は軽く顔を伏せるようにして申し訳なさそうに言った。
「原田さんと近藤さんにはすごくお世話になったし、できれは一緒に未来に来てもらいたいところなんですけど・・・その方がわたしとしても心強いし・・・でも、わたしの勝手な判断でそういうことはできないんです・・・だから、申し訳ないんですけど」
「いや、いいよ。いいよ。ただちょっと言ってみただけだから」
僕は田中唯がほんとうに困っている様子だったので、慌てて取り繕うように言った。
「気をつけて帰って。それで、なんとかお兄さんを無事救出することができるといいね」
僕は微笑みかけて言った。
「ありがとうございます・・・もし未来に帰って許可が下りたら、そのときは原田さんたちを未来にご案内しますから」
「楽しみにしてるよ」
僕のとなりで近藤は腕組みしながらからかうような笑顔で言った。
田中唯は近藤の科白に少し寂しそうな笑顔で頷くと、ホログラムでできたコンピュータースクリーンをタップした。すると、そのとたん、機械の駆動音がブーンと低く唸り始め、車の周囲に淡い紫色の光が円を描くような感じで現れた。どうやらタイムトラベル突入モードに移行したようだった。
「停車してる状態からいきなりタイムトラベルできちゃうんだ」
僕は驚いて言った。僕はてっきりタイムトラベルする際は映画のバックトゥザフューチャーのように加速したり何かの動作が必要だと思っていたのだ。田中唯が怪訝そうな顔をしているので、
「いや、タイムスリップするのには何か加速としたりするのかなって思ったものだから」
と、苦笑して弁解するように言った。すると、田中唯はああそういうことかと納得したように微笑した。
「いえ、むしろ移動しながらのタイムスリップは不可能なんです。基本的に停車状態からのタイムスリップになります。コンピューターに車の座標を入力してありますから、移動しちゃうとかなり危険なんです」
「なるぼと」
僕はよく理解できなかったけれど、曖昧に微笑んでわかったふりをした。
「それじゃ、ほんとうにありがとうございま・・・」
田中唯はそこまで言いかけて口をつぐみ、急に表情を強張らせた。何か恐ろしい光景を見たように。
「早く、車に乗ってください!」
田中唯はさっきまでの言葉を一転させて緊迫した口調で言った。
僕と近藤がどういうことなのかわからずに動けないでいると、
「早く、乗ってください!」
と、田中唯は更に語気を強めて言った。そう言ったあと田中唯はそれまで僕たちと会話するために開けていた窓を閉じた。
何がなんだかわからなかったけれど、とにかく非常事態であることを察した僕と近藤のふたりは慌てて車に乗り込んだ。と、その瞬間に車の車体に何かが命中するような音が響いた。それはよくテレビとかで車に銃弾が命中する音に似ているような気がした。
僕が音の聞こえてきた方に目を向けると、ちょうど駐車場の出入り口付近に何かの人影のようなものが見えた。距離があるのと暗いせいでよくわからなかったけれど、その人間の手には何か銃器のようものが握られている気がした。
と、思っていると、また数発の銃弾らしきものが車体に命中する音が響いた。どうやらその一発は窓ガラスに当たようで、窓ガラスにうっすらとヒビがはいった。通常であれば銃弾が当ればひびが入る程度は済まないだろうと思ったけれど、恐らくタイムトラベル耐えられるように特殊な素材で作られているのだろう。でも、次また命中すればどうなるかはわからなかった。
「早く、動いでよ!」
と、田中唯が半ばヒステリックに叫んで、車のハンドルを叩いた。
と、その瞬間、僕は飛行機で離陸するときのような重力を身体に感じだ。そして外の空間で光がはじけるように眩く輝いたと思った刹那、僕たちの乗る車は七色の光が渦巻く超空間を漂っていた。