わたしだけの
あなたがはじめて、わたしをみつけてくれた。
(ちょっと残酷はいるかもしれません、お気をつけください)
無垢な、恐ろしいほどただひたすら見つめる透明な瞳が、あのころ、何より恐ろしかったのを覚えている。
「ま、す…た」
きれえな、その整いすぎるがゆえに恐れられ、閉じ込められ、口に出すもおぞましい仕打ちを受けて育った子供の顔を見るのが、息苦しかったのを覚えている。
「ますた、ぁ?」
誰も動かない煙と炭におおわれて打ち捨てられた村の中に一人、ぽつんと座り込んでただ空を見上げていた子供の姿があまりに印象的で、とけてなくなりそうだと心のどこかが冷え込んでしまいそうだったことを覚えている。
「ますたー…」
ただ拾っただけの俺から決して離れなかった小さな、きっと、初めて触れるだろうしろい手が、すこし無理に動いただけでも砕けてしまいそうで、随分肝が冷えた。
「マスター」
言葉を教え、数を教え、戦う術を教え、そしていつしか俺の手のうちから飛び立ってしまうだろう、今はまだ小さく細い背から、目を逸らした。
俺よりもよほど子供の才能を伸ばせるだろう師に預け、気ままな放浪の旅に出た。
まだ、泣くことを知らない、ちいさな子供を置き去りにして。
「マスター!!」
それがまさか、あんなことになるだなんて。
「………で。こりゃどういうことだ?」
「どういうことも何も、そのままじゃないか」
「ますたー…ますたー…」
「俺は!!この状況がわからねえといっているんだ!!いい加減お前ももう泣き止めうっとおしい!!」
すんすんと鼻を鳴らしてようやく俺の上からどいた大きな毛むくじゃらがどいて、ふかふかの隙間からぬれたつやつやの瞳が現れる。
どっしりとした大きなそれの上に寝転ぶ、かつての俺の師は機嫌がよさそうにふわふわの感触を楽しんでいた。
「どうやらこの子は王獣の混血らしくてな。お前がほったらかしにしていた3年間でここまで大きくなったというのに、人化もせず毎日毎日マスターマスターと泣いてばかりでな。仕方なく、この私が、わざわざ、お前をよんであげたのだよ?」
「……じゃあ、危篤っていうのは……」
「嘘に決まってるじゃないかい。あたしゃまだまだ現役だよ」
「……この妖怪若作りババア……」
「なにか言ったかいこの家出馬鹿弟子が」
「………ますたぁ」
すん、と鼻をすする音に、昔どおりの掛け合いも止まり、あいも変わらずうるうるしている大きくてつぶらな、俺をまっすぐに見つめているきれいなまんまるの宝石に、無意識にこめていた、肩の力が抜けた。
「元気だったか」
「ますたぁ」
「怪我は?病気してねぇか?」
「ますたー」
「ちゃんと身体洗ってんのか?蚤とかいねぇだろうな」
「マスター」
「……でっかく、なったな」
「マスター!!」
「ぐぇっ」
感極まったのか飛びついてきたおおきな狼…いや犬を、もう少し躾けることからはじめようと、酸欠の中、かたく、堅く決意した。
HAPPY☆END?
「いい加減にしろこの馬鹿犬!!」
「ひゃうん!!」
「おやかわいそうにねぇ。よしよし」
でも、絶対にはなれないからね、ますたー