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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(春休み)
8/34

強制参加の井戸端会議

評価、お気に入り等ありがとうございます。

実は作中でまだ一日が経っていないという、ね……。

 主婦のうちの一人がロトに気がついたようで、ああ、ほら、と言った。訳知り顔で頷く婦人がたに、今日の会話のメインはロトらしいと知る。晴海の提供した亮人の帰還という話題がこれほどご婦人達を楽しませているのだというのならば、それに感謝を表してこれ以上の追及はやめてほしいものだが、そうは問屋が卸さない。寧ろ、問屋が卸してくれようとも主婦はどうにもできない、みたいな感じだ。ぞろぞろとご婦人がたが寄ってくる。失礼なことに、晴海は砂糖に集る蟻のようだ、とまで思った。

「高木君、お久しぶり。昨日帰ってきたんですってね」

 今朝会ったのとは違うご婦人からの挨拶に、はぁ、だとか、まぁ、だとか曖昧な声をロトが発した。ご近所井戸端ネットワークに恐れをなしたのかもしれないし、ロトの関心を強く引く何らかの機械がないからの素っ気ない反応なのかもしれない。

 普通そんな風に素っ気なく応対されたら何か機嫌が悪いとか話題に触れられたくないとか思い至りそうなものだが、井戸端会議に参加するような皆様にはそんなことに屈する弱者はいなかったようだ。

 寧ろ、そのロトの薄い反応が、おばさま方の好奇心を余計に煽ってしまったらしく。そこからはわらわらとロトが会議のメンバーに取り囲まれ、すぐ傍にいた晴海は弾き飛ばされるようにロトから引き離された。そのまま晴海そっちのけでの質問攻めが始まった。

「一人旅をしていた、と聞いたわ」

 ロトが晴海に救いを求めるように視線を投げかけてきた。だが、ロトが婦人に質問されているところに晴海がその答えを返すのは異様だ。晴海の方が婦人の傍にいるのならまだしも、晴海は輪から外れた位置にいるのだ。ロトの代理で回答できるはずもない。

 晴海を頼れないことが分かったのか、ロトがゆっくりとした口調で投げかけられた質問に答える。

「ええ」

 気の利いたことの一つも言える性質ではないロトだから、たった二文字でもよく答えてくれた、と寧ろ晴海は褒め称えたくなる。だが、そんな晴海達の事情など知るはずのない女性達は更なる質問をロトにぶつける。

「昔に比べて随分と寡黙になったようだけれど」

 亮人は中学を卒業するや旅に出るなどと言い出す男だ。かなり明るく奔放な性格だったことを晴海は思い出した。おばさま方もそれを覚えていたらしい。となればロトの寡黙さは違和感を覚えてならないだろう。

「ええと……やっぱり一人旅だと話す相手がいなくて、自然とこうなるというか」

 ロトの言葉はないことを考えながら話しているせいか、しどろもどろだ。それでも、まともに文章を組み立てられていることに晴海は驚いた。

 朝のご婦人がたの来襲や先程八坂と対峙したときにロトが口にしたのは晴海が仕込んだ文章だから、まともであるのは何も可笑しくない。だが、今ロトが口にしているのはロトが自分で考えた内容だ。まだ短時間の付き合いだとはいえ、どうやらロトが、小学生、それも特に低学年が書く文章か何かかと聞きたくなるほど素っ気ない言葉しか口にしないのは気がついている。そんなロトがまともな文節を口にしているのを見ればこの感動も仕方のないことだろう。

 だがしかし、である。

 ロトは今のところ辛うじておかしくない返答を返すことができているが、晴海は、これはまずいな、と思った。いくら言葉が通じていようが、文化が違えばやがて返す内容はとんちんかんになる。このままではぼろを出しかねない。ロトには亮人のことは旅に出たまま行方不明としか伝えていないのだから、万が一個人情報を話題にされでもしたら何一つロトは答えられない。

 出来るだけ早くこの輪からロトを連れだして、亮人の個人情報を覚えてもらわなければならない。誕生日や、両親の名前や、それから。

 せめて何を聞かれるか予め全て予測できれば晴海がロトのすべき回答用例集でも作ることができる。だが、残念ながらその場で主婦達がロトにどんな質問をぶつけようとするのか欠片も思い浮かべることが出来なかった。

 どうしよう、と晴海が悩む間にもロトは質問をぶつけられている。本当にどうするべきなのか、と晴海は頭を抱えたくなった。

 現状を打破するために、何か、彼らの興味をロトから逸らすようなことでも起こってはくれないものだろうか。何か起こってくれるのならば、ちょっとの代償くらいなら払ってもいいから。

 そんな晴海の願いは、晴海の羞恥を代償としてすぐに叶えられた。

 ぐぅ。

 可愛らしい音がし、その場の全員が音源――つまり晴海の腹を見た。十人近い人数から一斉に視線を向けられるというのはあまり気分のいいものではなく、その上大人数の前で腹を啼かせてしまった羞恥に晴海は顔を赤く染める。

 出かけるときにはまだ昼食を取るには時間が早すぎた上ファッションビルで食事を取るつもりだったが、結局ショッピングの後も八坂と出会ってしまいさっさと逃げ出したために食事をしなかった。それなりに規則正しい食事を毎日取っていた晴海なので、朝ロトとトーストを食べて以来何も口にしないまま昼時も過ぎたら空腹になるのは当然のことだったのだが、だからといってこんな衆人環視の中で空腹を訴えてくるとは。

 しかし、恥ずかしいが同時にそれは非常に都合がよかった。

「すみません。内藤さんがお腹を空かせたらしいので、この辺りで失礼します」

 ロトがそう言っておばさま方の輪を抜け出し晴海の手を引くのに、晴海は素直に身を任せた。心なしかロトの声にも安堵の響きが混じっており、無表情でありながら一応の感情の起伏に近いものを感じ取れた。そのことに、晴海はそういう場合ではないのを分かっているが、つい少しだけ笑みを漏らした。

「お疲れ。よく頑張ってたね」

 たどたどしくとはいえども晴海なしでも会話を何とか続けていたロトに、労いの言葉をかける。すると、心なしかロトの無表情が疲労の色を宿しているように見えてくる。そこまではっきりしたものではない。もしかすると、ロトは無表情なのではなく、単に感情が表に出にくいだけなのかもしれない。そして、この数時間で晴海はそのほんの僅かに表出するロトの感情を読み取れるようになったのかもしれない。

「疲れた」

 言葉少なにそう言うロトに、そうだね、と言ってから晴海はロトの前に体を滑らせる。進行方向に背を向ける格好だ。

「帰ろう」

 言ってから晴海はまた正面を向いて歩きだす。だから、晴海自身としては他意もなく放ったその言葉にロトの見せた感情の片鱗を、晴海が見ることはついぞなかった。

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