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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(春休み)
6/34

転移補正?

お気に入り等ありがとうございます。

「ふぅん、でも文字は読めないのよね?」

 先程のやり取りを思い出しながら晴海が問えば、しかしロトは首を傾げた。

「まず見えない」

 視力がよくない方だったようだ。目を細めて睨みつけているが、欠片も効果があるようには見えない。目を細めれば何か変わるのだろうか。少し思考して、水晶体が多少の屈折率の変化を起こして物を見ることが叶うのかもしれない、と晴海は結論付けた。少なくとも目が悪い人間からすれば気休め程度でも何かあるのだろう。

 暫く奮闘していたロトは、やがて少ししょげた様子で諦めた。

「多分見えても読めない」

 そして負け惜しみのように口にする。その言葉に今度は晴海が首を傾げることとなる。

「どうして?」

「流される先によっては読める必要はないから」

 なるほど、と晴海はその言葉を聞いただけで指す内容を理解した。

 読める必要がない、とは中世で農民として生きていく、だとかそういう場合なのだろう。そういう立場では寧ろ読める方が不都合なのかもしれない。

 文字が読めるというのはそういう世界では、時に識字はそのまま教育に投資する余剰な金を持ち合わせた身分に生まれたことを意味する。周囲に下手な勘繰りをされる恐れもあるし、そもそも民衆に余計な知恵をつけさせる原因となり革命を引き起こす引き金となる可能性があるからか、と漫然と晴海は想像した。流刑に処した先で活躍などしてもらっては困るはずだから。

「うまいこと考えてるのね」

 そういう言葉で締めくくった晴海は、ふと目的の建物を通り過ぎそうになっていることに気がついた。話すことに夢中でつい無心に歩いてしまっていたらしい。話しているとついそういうことがあるのだが、今日もそれをやってしまった、と晴海は少しがくりと肩を落とした。何度も同じ過ちを繰り返して学習のないことだ、と自分でも思ってしまうのに、一向に治らない悪癖。

 晴海はロトの腕を掴んだ。何、というように疑問符を浮かべるロトに、少し後方にある建物を指で示す。十階建てのその建物は、壁面のメタリックグレーが自身の存在をこれでもかというほどに主張している。うっかり話に夢中になる余り無視して通り過ぎようとしてしまった晴海には、その光景は少し居心地が悪い。だが、認めなければなるまい。晴海は自らの失敗を口にした。

「ごめんちょっと行きすぎた!」



 数歩戻って目的地であったファッションビルに入る。通り過ぎたことについて、ロトは何も述べなかった。晴海の後をただついていく身で何も語る言葉を見つけられなかったのかもしれないし、通り過ぎて歩かされたことに全く何も感じなかったのかもしれない。はたまたそれ以外の内容かもしれないが、少し晴海としては気まずい。

 その気まずさを意志の力で表に出さないようにしながら、入口のインフォメーションボードで目的のエリアの入っている階を探す。メンズの売り場は五階だった。

 昼時ということで、皆フードコーナーにでも行っているのか幸運にも服売り場に人影は少ない。ファッションフロアに人が戻ってきた辺りで昼食を取ろうか、などとこの後のことを計画する。わざわざ街に出てきたのだから、何かおいしいものを食べるくらいは許されるだろう。

 メンズファッションの階でエスカレーターを降り、どこでもいいよ、と晴海がロトに言うが、ロトにはこれと言って惹かれるブランドはないらしく、ただ道端の石ころでも見るような視線を周囲に投げかけている。

 結局、ロトの目線が固定されたのは、そのうち視界に入ったエスカレーターだった。自動で流れていく階段の存在に全神経が集中しているのか、晴海が横で手をひらひらさせても反応が全くない。まぁ、初めて見るのなら興味を引いてもおかしくないだろう。動かなくても勝手に上階へと連れて行ってくれる文明の利器であるし。

 どうやらある程度大型の機械だとか建築物だとかそういったものに、ロトは興味が湧くらしかった。なるほど、小学生くらいの男の子が車やブロックに喜ぶのと同じようなものなのだろう、と晴海はそう解釈することにした。

 となれば、興味のないロトに任せていたところで、いつになれば服を選ぶ気になるのかも分からない。仕方がなしに晴海は一番近くにあったブランドのメンズの服を眺めた。レディース以外のコーナーを見ることなど普段しないため、周囲に女物がない売り場は落ち着かない。

 ふらふらと興味のある方へと勝手に歩いていきそうなロトの腕をしっかりと掴んで捕獲した状態で、晴海はいくつかハンガーを取ってはロトに宛がった。ロトの顔にはありありと退屈の二文字が浮かんでいたが、だからといって晴海はやめるわけにもいかない。

 赤のチェックシャツ、デザインプリントのトップス、ベージュのジップパンツ。いくらか手にとって、比較的マシなものをかごに入れていく。全部で十に届くかといった数の服がかごに入っているのを確認して、晴海はこのくらいでよいだろうか、と考える。おいおい買い足すにしろ、これだけあればとりあえず数日は持つ。組み合わせ次第ではもっといけるかもしれない。

 そうしてたっぷりと洋服の入ったかごをレジに持っていく。勿論かごはロトに持たせている。男女が一緒に買い物に来ているのに晴海が全ての荷物を持っているというのは、人数が少ないとはいえ人目を変に引くだろうからだ。

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