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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(新学期)
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29/34

革命軍のリーダー

トップにもだらだら書きましたが、1ページ当たりの文字数を増やしました。読みにくいなどありましたらご一報ください。

 窓から差し込む光は外が晴天であることを如実に伝えてくる。春の陽気に折角の休日で、その上この天気ともなれば洗濯日和だ、と頭ではそう思うのに晴海の身体はあまり行動意欲を湧かせてくれない。この調子で朝食も、そして昼食すらもただトーストにバターを塗っただけのものだった。そんな調子で摂る食事はまるで味気なく、ただエネルギーを取りこんだだけとなった。

 まるで泥のように重たく椅子に坐り込んだ体勢から動けそうになかった。気を抜くと先日目にしたばかりのロトと名も知れぬ客との様子を思い出してしまう。

 その日の夕飯時に彼女との関係について尋ねたが、客だ、としか返って来なかった。きっとロトは晴海が何故そんな問いをしたのかすら分かっていないのだろう。

 返された言葉にそれを額面通りに受け取りただの客なのだ、と安心する一方で、だが本当にそうか、と思ってしまう。ここ数日で有名となったあの店の客は大体がロト目当てだ。中には入ってみたことで店長の作る食事の美味しさを知り、というものもいようが、それが少数派であったように思えるのはあの店内に入った後、客のほとんどがロトへと向ける視線を見てしまったからか。

 ここ数日、晴海はずっとこの調子だった。授業中ですら集中することが出来ずに、時折意識をよそに飛ばしてしまい、教師に名指しで注意されるなどということも高校に入って以来なかったというのに、その記録も数日前に止まってしまった。

 こうなってしまうと、友人らが散々からかったことが原因であるといい加減晴海は認めざるを得ない。これが彼女達の期待する恋愛感情なのか、それとも親愛に留まるものなのかはさておいて、まだ出会ってから一月と経っていない、ましてやこの世界の者ですらない相手をいつの間にか自分の内側へと導き入れてしまっているということなのだろう。

 椅子に座り込んだまま、視線だけで晴海はロトの姿を探す。元々晴海が家にいない間におかしなことをロトがしでかさないようにバイトをしているだけなので、晴海が休みの今日はシフトを入れていない。だから家のどこかにいるはずなのだが、今晴海から見える場所にロトはいなかった。ロトは大抵リビングにいるので、珍しい、と思う。

 動くのすら億劫なのを何とか立ちあがって、家の中を探すと、果たして物置の中にロトの姿はあった。

「こんなところにいたの?」

「ああ」

 晴海が買った覚えのない雑誌に目を通しており、それがどうしたのかを尋ねると店長からもらった、との返答。こんな狭く薄暗い場所でわざわざ本を見る必要もなかろうに、と思いつつも、本人がしたいのなら止めもしない。もしかすると晴海の様子がおかしく、そんな晴海を避けていたのかもしれない。朝昼と出されたトーストに、ロトの顔が確かに歪んでいたのを晴海は見た。それを嫌ならば食べなくていい、という暴論で押し切ったのでよく覚えている。

 ついでに目に入った掃除機に、そういえばまだ今日は掃除機をかけていないことを思い出し、手に取る。コンセントを差し電源を入れれば、耳障りな音を立ててモーターが動き出す。

 埃を吸い取りながら、ふと物置に詰め込まれた紙束が目についた。ずらりと並んだ人名は晴海がまだ小さい頃の名簿だ。晴海の母親が捨てるのを忘れたのか、或いは何かの折に使うとでも思ったのか。今では個人情報の保護が声高に叫ばれて回収されたりなんだりとあったように思うが、コピーでも取っていたのかもしれない。小学校一年生のクラス全員の名前のあげられた連絡網に懐かしさを覚えて晴海は手に取った。小学校以来会っておらず記憶にすら残っていない名前もそこにあるなぁ、などという感想を抱きながら、ふと晴海は疑問を抱いた。

「そういえば、ロトさんって苗字は?」

 ロトを振り返る。晴海が聞きたいのはこの世界でロトが名前を借りた高木亮人の名ではなく、ロトが自分の世界で使っていた名前だ。尋ねたとはいえそこまで何が何でも知りたい訳でもない。単に気になったから聞いてみた程度なのだが、ファミリーネームが知りたいと尋ねる晴海に、しかしロトの反応はいつもの通りだった。

「ない。替えの利く駒に名前をつけるだけ無駄だろう?」

 その後さらりと付け加えられたロトの言葉に晴海は一瞬その意味を掴み損ねた。聞き間違いだとか意味の取り違いも考えてみたが、他の解釈などないだろう。

 晴海はロトが主君と戴く皇帝のことをよく知らない。ただ今までロトの言いようから、晴海は当然皇帝がロトのことをそれほど大切にしていたのだろうと思っていた。ロトがあれほど熱弁するのだから、それだけの度量のある人物なのだろうと。ロトが皇帝へと向ける忠誠に相応しいものが皇帝からも与えられているのだろうと。

 だが、今ロトは何と言っただろうか。自身のことをロトは替えの利く駒、と自称した。だからファーストネームなどない、とそう。革命により粛清された皇帝だというのが晴海の思考におかしなバイアスをかけるのか、はたまた――。

 勿論、ロトが単にそう思いこんでいるだけという可能性はあり、そちらの方が大きいと思うのだが、晴海の内に浮かんだ疑惑はまだ枯れない。

 本当に皇帝はロトのことを大切に思っていたのだろうか。

「どうかしたのか?」

 掃除機を持ったまま立ちつくしていた晴海に、ロトが呼びかけてくる。言葉を失したままの晴海を心配したのか。確かに、ごぉと音を立てている掃除機を動かしもしないのだから、ロトが不審を覚えたのも仕方がないことだろう。我に返った晴海は曖昧な笑みを浮かべ、何でもないと返しスイッチを押す。今日は何もしないのが一番そうだ。

 モーターが止まり、機械音が収まっていく。やがて音が途絶えたところで物置に掃除機をしまいこもうとした晴海は、

「わっ」

 何故かロトから強く腕を掴まれ物置の中に引きずり込まれる。そのままがしゃんと閉じた扉の音に中に押し込められたのだと知り、晴海は声をあげようとした。

「ちょっと! ロト! 何を」

 一体何をしようというのかと尋ねようとした晴海は、しかし、

「久しぶりだな。皇帝の剣」

 聞き覚えのない声を耳にして押し黙る。相対しているはずのロトは無言だ。それで晴海の平常心は少しばかり戻ってくる。もしここでロトが急に雄弁に話始めでもしていたら、今度こそ晴海はパニックへと陥っていたことだろう。

 聞こえてくる大きな物音は、晴海にはまるで何が起こっているのか教えてはくれない。たかが扉を一枚挟んでいるだけだというのに、数メートルも離れていないそこで何が起こっているのかが、晴海にはさっぱり分からない。思考能力すら、仕事を放棄してしまっているかのようだ。

 辛うじて分かるのは今晴海の家の中には晴海の知らない人間がおり、その男と対峙し――恐らくは晴海を守るためにロトは晴海を物置に押し込んだ。そのくらいだ。

 久しぶりだな、などという挨拶からしてロトの知り合いだろうか。だが、この世界に来たばかりのロトに、知り合いなどいるはずがない。だとすればどこからともなく現れた第三者もまた異世界人、ということになるのだろうか。

 確かに魔法で現れたといえば筋が通りそうではあるが、晴海の家は異世界との通り道にでもなっているのだろうか。突然物置に現れたロトのことを思い出すくらいには晴海は現実逃避気味だった。

 それでも家主として、そしてロトの面倒を見始めてしまった責任として晴海は物置の戸を空ける。外から鍵がかけられたわけでもなくただ閉じられただけの扉は簡単に開き、晴海に居間の様子を見せた。瞬間晴海の視界を大きな物が横切る。つい軌跡を視線で追った晴海は、それがロトだということに気がついた。足を上げ、構えたままの男の様子からして男がロトを蹴り飛ばしたようだった。

 先程の声の主だろう、そしてロトを蹴り飛ばしたその当人はおよそ晴海の想像する中世の騎士を体現したような格好をしていた。金色の髪に青の瞳、雑誌にでも出せばたちまち売れっ子モデルとでもなりそうな男だが、晴海はその顔よりも装飾に目が行く。腰に佩いているのは剣だ。皇帝がいる時代、その剣が偽物であるはずがない。

 そこで男は晴海に気がついたようで、目があった。だが晴海等男には取るに足りない存在なのだろう。す、と目線を逸らされ、何かにせかされるように晴海は男とロトの間に滑り込んだ。言葉もなく悶絶しているロトと晴海を交互に目に留め、それからぴたりと男の足取りが止まる。

「皇帝の剣を庇いだてするのか?」

 男の口から洩れたのは、案の定先程耳にした知らない声だった。問いかけを為されて晴海は、だが答える術を持たない。返事もせずただ男を睨むと、男は訝しげな表情を見せた。

「知らないのか?」

 言ってから相手は自分達がこの世界の常識ではないことを思い出したのだろう。魔法で言葉が通じるから忘れていたのか。異世界だものな、と言って男は腕を組む。

「彼は皇帝の剣だ」

 そうして男が語ったのは、晴海にとってまるで縁遠い話だった。彼らの国では皇帝には何人もの側近がいるが、特に武力面で上げられる存在が二つ。一つは皇帝の盾であり、もう一つは皇帝の剣だ。

 男の説明によれば、皇帝の盾は近衛騎士とも呼ばれる。皇帝の傍に在り、言葉通り身を賭して皇帝の盾となる者達だ。騎士団の中から優れたものがこれに選ばれる。

 それに対して、皇帝の剣とはその反対だ。皇帝の意を反映して、皇帝の思う通りに刃を振るう。それは内々に皇帝の意志に従わぬ者を処理することすらも含む。つまりは。

「暗殺者――……」

 語られた内容にぽつりと晴海が声を漏らす。それを受けてそうだ、と肯定する男の表情は暗い。

「皇帝の剣に身寄りはない。皇帝に絶対服従でなければならない。どんなイカれた命令にも従わなければならない。身寄りがない、或いは身寄りを失わせた者を徹底的に教育して出来あがったのが皇帝の剣だ」

 つい先ほどロトに言われたこと。飽くまで駒だから、というそれを肯定するような言葉に、晴海は動揺した。

「皇帝に心酔し、狂信的なまでに皇帝に付き従う。教育内容など知らないし知りたくもないが、恐らく皇帝の命に絶対、という洗脳もされているのだろうね」

 そんな晴海の内心など知らずに、さらりと口にする男は全く他人事の口ぶりのように見えて、どこか声に苦いものを感じさせる。

「出自故に死刑にも処しがたく、流刑を選んだんだが、事情が変わってね」

 その言葉で説明をしめ、男は首を傾げた。

「そこをどいてくれないかい? 彼がここにいるのだから流刑先の住人なのだろう? 彼を殺さなければならないのだ」

 問いと共に視線が合う。ただそれだけだというのに、身体が強張るのは一体何故なのか。目を合わせた途端に指の一つも動かなくなる。歯がかちかちと音を鳴らして漸く晴海は己が男に恐怖しているのだと分かった。

 晴海にロトを庇うなと言ってくるのだから、晴海に率先して害を及ぼすつもりはないだろう。それは分かっているのに、どうしても身体が硬直してしまう。男が簡単に晴海の命を奪ってしまえる存在であることを感じ取って、晴海の体が恐怖しているのだ。

 そんな晴海を庇うように影が落ちる。それが誰かなど考えるまでもない。ロトが脇腹を押えたまま晴海の前に立ちあがり、晴海の前に立っただけだ。男と晴海の前にロトの体が割り込んだことで、晴海の呼吸が少し楽になる。それほどまでに晴海にとって男の殺気とでもいうべきそれは恐ろしいものだったのだと悟る。

 だが、ロトはまだ受けたダメージが回復していないだろう。それに、日本において銃刀法を順守している晴海の家に武器になりそうなものなど余りない。剣を持ち合わせている相手に素手で立ち向かうのが危険なことくらいは晴海にも分かっている。

 首を振ることでロトに逃げろと伝えようとして、晴海はふと男が目を丸くしていることに気がついた。まるで奇妙なものを見る目で晴海とロトとを見やっている。表情はまさに呆然と形容するのが相応しかろう。

一瞬前までの緊迫感は薄れ、どうしようかと悩みこんだ晴海は、ひとまず

「お茶はいかがですか?」

 そんな間抜けな言葉を発してみた。



 屋敷の中には人が三人。そのうちの二人が異世界人で呑気に卓を囲んで茶を呑んでいるというのは一体どのような光景なのだろう、と晴海は自分で突っ込みを入れる。誘いをかけておいてなんだが、何とも変な光景が出来てしまった。

 鞘ごと剣を床において、先程ロトと格闘した男はタイラーと名乗った。

「革命をしたというのは手紙で伝えたはずだね」

 晴海はこくりと頷く。確か手紙にはそんなことが書いてあったはずだ。内容が通じていてよかった、と言って、タイラーと名乗る男は穏やかな表情を見せた。

「折角顔を合わせることになったんだ。手紙では大分端折ったと思うが、俺達の国のことについて少し話そう。俺達の国は少し前まで皇帝が政治を行っていたんだが、まぁあまりいい君主とはいえない人物だった」

 そんな始まりから彼が話した内容によれば、皇帝が敷いたのは凄惨な政治。余りに酷いそれに何人もの貴族からも苦言が呈されたが、その誰もがいつの間にやら暗殺され、空いた席には皇帝に付き従う者ばかりが揃い、ますます皇帝の行動はエスカレートしていったのだという。

 そんな事態を見かねて、一部の貴族や商人、果ては農民までもが集まって作り上げたのが革命軍。その革命軍のリーダーをしていたのが彼であるらしい。悪政を敷く皇帝から権力を奪い去り国に平和を齎したのだと。今は革命軍のメンバーを中心に、何とか善政を営もうとしているところらしい。

 人が語る内容など、所詮は語り手の思考の反映に過ぎない。どれほど気をつけたとしても、最終的にはどこかに主観が入ってしまうものである。だから晴海はそう言うリーダーの言葉を頭から信じているわけでもない。が、あれほど皇帝に好意的な言葉ばかりを口にするロトがただの一つも訂正を入れないことを考えれば恐らくタイラーの言っていることは粗方客観的真実と合致しているのだろうと察せられてしまった。

 つまり彼らの国の皇帝は独裁者だったのだ。政治への批判は暗殺者を使い闇に葬って、己の欲のままに突き進む、絵に描いたような独裁者。

 晴海はロトを見た。別に今までとロトは何も変わっていない。ただ晴海がロトの過去を聞いて勝手に気まずいと思っているだけなのだが、ロトが暗殺などを請け負っていたのだと聞いてしまうと急にロトが遠い人間のように思えてしまう。なるほどロトが流刑に処されるのも当然、というより流刑で済むのが驚くべきこととすら思えた。今まで通りにロトに接すればいいと分かっているのに、今までがどうだったのかそれすら見失ってしまったようだ。

 どこへとも視線を向けられず、晴海は結局俯く。それを誤魔化すようにカップを手に取った。ぬるくなった紅茶はそれだけの時間タイラーが彼らの世界の話をしていたことを訴えてくる。茶色の液に映り込んだ晴海はどうしたらいいのか分からないとばかりの表情で、まるで迷い子か何かのようだ。

 そんな晴海を慰めるつもりでか、タイラーが柔らかい声を出した。

「驚いたよ、彼が皇帝以外を守って、あまつさえ表情を見せるだなんて。俺の知る剣とは随分様子が違うし」

 その声に晴海は顔を上げる。タイラーの表情は穏やかで、ふと晴海は彼が革命軍のリーダーなどに選ばれたのはその人柄かもしれない、と思った。タイラーの人物像をよく知らない晴海ですら、そんなことが察せられるほどにきっとタイラーはそういった麺で優れた人物のようだ。皇帝の剣が不遇な身の上だからと死刑でなく流刑という手段を選ぶというのも、そういった面の表れなのだろう。

 先程確かにロトは晴海を庇おうとした。物置に閉じ込めたときも、殺気に竦んだ晴海の前に立ったときも、だ。それがタイラーには驚くべきことだったのだと彼は言う。

「俺が最後に見たとき、彼は自分の刑を決められるというのに無表情だった。皇帝がいない場で、彼は自分の処遇すらどうでもよかったのさ」

 思い出すように語る彼の頭の中に描かれているのは、その刑を執行したときのことか。晴海は出会ったばかりのロトを思い出した。今だって大概無表情だが、それでも初対面のそのときよりはロトの表情は変わるし、自分で何かに興味を持ったりもしている。

「彼がこの世界に来ることが出来てよかった。最も都合のよい世界という条件だけで世界を流したが、そのときの自分を褒め称えたい」

 そう言ってタイラーが立ちあがる。彼の手元のカップは既に空だ。長々と話をしていたのだから、当然といえば当然だった。紅茶がおいしかった、と言うタイラーに、どうやらロトの世界の食事も晴海の世界の恐らくは洋食と大きくは変わらないようだと知る。そうするとロトがここの食事がおいしいと言ったのは。

 いや、深く考えるのはよそう。そう晴海は頭を振った。今ロトがここにいて日本の食事を食べている。それで十分だ。

 十数分この世界に割り込んだだけだから、刻限が来れば勝手に世界に引き戻される。そのような説明をして鞘を身につけ直したところで、タイラーはふと動きを止める。それから手で晴海を傍へと招いた。ほんの短い時間とはいえ、彼の人柄は知れていたから警戒は薄い。

 晴海の耳にタイラーが言葉を落とす。

「そうだ。今日来た理由を言い忘れていた」

 その言葉にああそういえば、と晴海は思い出した。ロトの素性や皇帝の悪性の話を聞いて満足してしまって、その先のことをすっかり忘れてしまっていた。結局タイラーはこの世界に来てからのロトを見て当初の目的を諦めたようだが、そもそもは彼はロトを殺すために来たのだ。本人だって先程確かにそう言っていた。

 声を潜めているのはロトには聞かせたくない内容だからか。だとすれば、言い忘れていたのではなく敢えてロトの前では言わなかったこと、なのだろう。

「聞くわ」

 きっとそれを晴海は知らなければならないのだろう。口にした晴海に、タイラーは頷いてまた小声で晴海に囁く。

「皇帝の弟が動き始めている」

 皇帝の血縁が革命後にも関らず生きているのか、と目を丸くする晴海に、タイラーは革命の直後から姿を眩ませており、粛清することが出来なかったのだと語る。もしかしたら皇帝より有能なのかもしれない、と弟をそう評する。

「彼は帝国を立て直すつもりだ」

 そのときに皇帝の剣というのは重宝されるだろう。皇帝の剣は皇帝だけでなくその血縁にも従う。皇位を継ぐ全ての者が皇帝の剣を使うことが出来るのだと。

 異世界とはいえ、かなり実力のある魔法使いに頼れば、魔法で送ることも来ることも出来る世界だ。弟皇子が皇帝の剣を使おうと考えるとも限らない。だからタイラーはロトがそちらに与する前にロトを弑そうとしたのだという。

 折角民の手で国を作っていけるようになったと思えばまた独裁政治に戻るなどあってはならないから、と。それに晴海も否を言うわけもなく、ただ頷いた。この世界のロトは随分様子が違うとタイラーは言った。晴海にはさっぱり想像が出来ないが、タイラーの知るロトならばやりかねなかったのだろう。

「まぁ、今君の傍にいる剣を見る限りは大丈夫そうだが」

 真面目な表情から打って変わって、微笑と共にそうあっさりと付け加えられた言葉に、晴海は知らず口が緩む。ロトのことで名も知らぬ女性に抱いていた嫉妬がすっと火を消すような感じを覚える。晴海はロトにとってそれほどのインパクトのある存在なのだと肯定されたような気がしたのだ。

「絶対君の傍にいる彼の手を離さないでやってほしい」

 最後に晴海の手を握り、タイラーはそう言う。燐光を放ちだしたタイラーの体は、ぽろぽろと零れて宙に融ける。タイラーが言うところの時間と言うものが来たのだ。次第に薄れていく姿を晴海はただ見つめる。

「彼は君に救われたはずだから」

 その言葉と共に確かに晴海に触れていた手の感覚が消える。自分の世界に帰ったタイラーをただ見つめていると、

「いつまで見てるんだ?」

「ひぁっ!?」

 声と共にいきなり肩を叩かれ、驚きの余り口から変な声が出た。

「ちょっと、驚かせないでよ」

 おかしな声が自分の口から発されたのが恥ずかしく、誤魔化すようにロトへと文句を言えば、いつまでも見ているから、と言うロト。そこに少し怒りのようなものが込められているような気がして、晴海は面映ゆくなった。ロトの性格を考えれば十中八九晴海の勘違いなのだろうが、いつまでもタイラーの消えた後を見ている晴海に、ロトが嫉妬したように思えたのだ。

 先程ロトにどう触れていいのか分からなくなったが、そんな不安も吹き飛んでしまった。いつも通りに接すればいい。或いはそれを教えるために晴海の肩をそんな風にロトは叩いてくれたのかもしれない。いつも通り何も気にしなくていいのだと、ロトはそう言っているのかもしれない。

「あはは、ごめんね」

 そう言って晴海は今日の夕食は豪華にしようかな、と問いかける。朝まるで動く気がしなかったどんよりした感じは既に身体のどこにも残っておらず、我ながら現金なものだと晴海は思った。

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