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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(春休み)
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内藤晴海という少女

 内藤晴海は大きく欠伸をした。今は春休み。高校生である晴海もまた学校に行かなくてよく一日中家にいる時期だ。ぐぅ、と大きく背伸びをしてから部屋の東側に大きく取られた窓を覗く。隣の家の背後から太陽が昇ってきているのが見える。

 カーテンも掛けられていないために中が見える向かいの部屋は家具の一つも置かれておらず、それを確認して今日も晴海ははぁ、と溜め息をついた。それから階下の台所へと降りていく。誰もいない家の中はぴんと張り詰めたような静寂に満ちている。

 冷蔵庫を開けると卵があったので、一つ取って油を敷いたフライパンに割り入れる。勿論両手を使って、だ。片手で割れるようになりたいが、一人分しか必要ない現状そんなにたくさんの卵を使える訳もなく、練習する機会もない。一回の料理に一個だけでは何が悪いのかもまるで研究できなかったし、練習しようとしたところで目玉焼きが潰れて切ない思いをするのは晴海自身なのだ。

 フライパンの空いたスペースに水を流し入れながらふたを閉じ、少しの間蒸す。卵がピンク色になったときが一番可愛い気がするので、ピンク色になるまで時々卵を見守る。ちょうどいいかな、と思った辺りで火を止め、皿に盛った。主食は食べたい気分でないので目玉焼き以外には何を食べようか、と考えながら冷蔵庫に牛乳がないことを思い出し、しまった、と晴海は思った。朝一番は牛乳なのに。

 水道水と目玉焼き、それから昨日の夕飯の残り物の野菜炒めを皿に盛って、誰にともなく頂きます、という。そしてそれを食べ始めた。テレビをつけると、朝のニュース。昨日と大して変わり映えのないことを話している。昨日もやっていた殺人事件の特集を今日もやっているから、もしかすると今日は目新しい事件はなかったのかもしれない。

 そうして食べ終わるまでニュースを何となく眺めて、食べ終わったら皿を洗う。朝起きてからそろそろ四十分ほどが経つが、それまでに晴海は一言も発していない。話す相手がいないのだから、それも当たり前だった。

 晴海の両親は今この家にいない。三月頭から二人揃って大阪に住んでいる。晴海の父が異動になり、家から通えなくなったのだ。母は、お父さん一人じゃ心配だから、と言って後を追った。晴海も連れていく予定だったようだが、晴海は嫌がった。その理由を分かっている両親は何も問わずに晴海がこの町に残ることを承諾してくれた。そうして二人で行ってしまったのだ。

 仕方がないことだとは分かっているが、時折孤独に苛まれる。そういうときはテレビをつける。音がして暫くは楽しくテレビに集中しているが、ふとしたときに自分が一人きりであることを思い出して無性に寂しさを覚えることがある。そうすると最早テレビを見ていることすら苦痛で、さっさと自分の部屋に戻って今度は音楽を聴いたり、勉強をしたり、或いはさっさと寝てしまったりする。

 その瞬間だけ寂しさをごまかせれば、後は学校に行くなりすれば束の間一人きりではなくなったからだ。だが、春休みに入ってしまった今、どうしても一人きりであることを意識しなければならない。毎日外に行くのもお金がかかる。

 バイトは勉強がおろそかになるからするな、と両親がたった一つ晴海に約束させていったことだ。必要なお金は全部出すから高校生のうちは勉強に専念しなさい、と。一つきりの約束を破るほど晴海も親に反抗したい訳ではなかったし、そもそも高校生では働くのに親と学校の許可がいるのでやりたいと思ったところで親が反対していればどうにもならない。

 そうするとどうしても出かけるのは躊躇われる。そうして家の中に閉じこもっていると、ただひたすら世界には自分しかいないような気分になってくる。

 そんなに寂しければお母さん達についていけばよかったのに。晴海の中の誰かがそう言って晴海の選択を馬鹿にするが、そういうとき決まって晴海は首を横に大きく振る。だって晴海まで待つことを止めてしまったら、彼はこのまま帰ってくるところをなくしてしまうのだ。

 晴海が待っているのは、晴海の部屋の向かい部屋の持ち主だ。亮人という名の晴海よりいくつか年上の彼は、中学校を卒業するや否や自分探しをするのだと言って高校にも行かずに旅に出た。晴海はまだ小さかったが、よく遊んでくれたお兄ちゃんであったので、イなくなって暫くは亮人がいないことを思い出しては泣いたものだ。

 現在隣の家には誰も住んでいない。亮人の両親は放任主義で、そのまま戻ってくるだろう、と言ってほったらかしにしているのだ。どころか、自分達まで仕事の関係があるから、と辞令に従ってさっさと海外へ行ってしまった。万が一帰ってきたときは晴海の家で面倒を見ていてほしい、とそう言い置いてである。

 結局旅に出る旨を記した書き置きすら、警察にすら届け出ていない。そして、その後は手紙の一つもないまま亮人は未だに一度として帰って来ていない。

 亮人の両親はきっと新天地で何かやっているのだ、と言っているし、晴海も時折そうかもしれない、と思う。思うが、だからと言って誰も待っていないというのは余りに可哀想ではないか。亮人の両親も、晴海の両親も、そして晴海までいなくなってしまったら、もしかしたらある日ひょっこり帰ってくるかもしれない亮人は、その帰る場所が既になくなっているということになるのだ。それはいささか暴論だ、と言われるくらいに晴海はそう思いつめている。

 もうすぐ亮人が姿を消してから七年目になるというのも、晴海が焦る原因だった。日本の法律によれば、人が失踪してから七年経つとその人は死んだ、とみなすことが出来るのだ。出来るといっても、亮人が死んで何らかの面で得をする人間が裁判所に申し出なければそのみなし規定は有効になる訳がないが、それでも。亮人が生きているかもしれないのに、法律の方が亮人を死んだとみなすことができるようになるまで、あと少しで期限まで一年を切ってしまうのだ。そう思うと、晴海は胸が苦しくて仕方がない。

 晴海が亮人に執着していることを晴海の両親もまたよく分かっている。だから、晴海がここに残ることを承諾してくれたのだ。だから亮人が帰ってくるまでの間、晴海にはここから動くつもりは欠片もなかった。

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