6.自分の気持ちだろ? 1@2016.6.14 15:16
「本当かい、そうか。じゃあ」
尾崎は電話を切った。どうやら内閣の民主連合組2人が閣議室から出て殺されたという。小峰内閣などという生ぬるい湯に浸かってるからこんなことになるんだ、と嘲笑する尾崎がいた。
とは思いつつも。
尾崎も罪悪感が無いわけではない。政治家デビューと同時に民政党へ入り、派閥こそ黒篠派だったものの、政治は汚いことをするためにあるわけでないということを小峰と末崎に習った自分の心がまだうずいている。自分ではそんな気持ちを揉み消しているつもりなのだが、深いところにいつも二人の教えが染み込んでいて、ひどく悪いことを出来ない自分がいる。
「いいか。永田町にいる政治家のほとんどが、まるで政治がまるでゲームであるかのように軽く考えている。自分達で何でもできるとか、国民から選ばれたことを必要以上にアピールしたりとか。この状況はどう考えたって良くない。俺は早く総理大臣になってこんなゲームをやめさせてやる。そしてお前も総理大臣になったらお遊び感覚の政治に対していつも厳しい目をするようにしろよ」
尾崎は自分を叱責した。何でこんな大事な改革の時に、小峰のことなんか思い出すんだ。何も改革することが出来ないくせに。俺は味さんについて行くって決めたんだろう。自分の気持ちで。自分の……。
尾崎はテレビをつけた。
「8000万人の全日本人に告知する!」
味がNHKに出ていた。NHKが国営であることをいいことに、原理党が占拠していた。
「この日本は我々味原理党が政権を獲得した! 我々は改革を推し進める! それにあたっては全情報網を封鎖し、原理党の広報設備として使う! また国民は我々の政策に口出しすることの無いよう、心がけよ! 君達のもうしばらくの辛抱の先には! 原理党が作る明るい日本が待っている!」
なおさら尾崎の心は痛みを増す。
「……」
小峰を初めとする全員が黙りこくっていた。
「早川さん、今一人でも多く生き残ろうとしている時に何故あなたは……」
末崎も追及する元気はもう無い。早川は
「これが政治の世界だ」
と開き直っている。
小峰は顔を上げて、窓の外の景色を見た。
「こういう政治には一番したくなかったのに」
いくら原理党のクーデターの影響力が強くても、国民も馬鹿では無かった。原理党の中途半端な支配により廃れている政治を取り戻すべく、地方議会の民政党議員がデモを起こしているようだった。最初のうちは原理党も一つ一つ丁寧に潰していたが、とうとう間に合わない数に届こうとしていた。
状況が一変したのはこの時だった。
『車田、出動命令だ。地方でクーデター返しが起こっているらしい。今すぐだ!』
アナウンスの声が変わった。それは、まぎれもなく尾崎の声だった。
「尾崎!」
小峰は叫んだ。闇の中のほたるを逃すまいという声で訴えかける。
「お前は今、重要な職に事実上いる! 話したよな! そういう職に付いた時にはどうすればいいのか!」
自分もまた日本国民の一人であることを忘れず、一般国民の立場で命令をする。と言いそうになるのを堪えて、尾崎は演じるほうに集中した。
『黙れ』
小峰の顔色が失望に染まる。
『今の尾崎公太は国家治安維持委員会委員長だ。私が全ての軍事力・社会的拘束力を持っている。お前らの言動によっては自衛隊だって出動させられるんだ。お前ら民政党は私達にしてみれば武装テロ組織と同じくらい危ない存在だからな』
「尾崎……」
末崎も言葉を失う。ただ一人笑っているのは早川だけだった。
『閣議室から出てもよい。今に原理党の人間は国会からいなくなる。ただし議事堂から出たり、召集などをしたら、』
自分の立場と良心をはかりにのせながら、尾崎は声を振り絞った。
『命は無いと思え』
早速、6人は閣議室を出た。風波は唐山に終始気を配っていた。そうして歩いているうちに自然の足は議場に付いていた。参議院議場である。
「さて」
末崎は小峰の方に向き直った。
「ふむ、動くなと言われたが……」
小峰は内閣のメンバーを見渡す。
「動かなければ黙って負けることになります。ここは参議院緊急集会を召集しませんか」
「そうは言っても通信網が……」
末崎が言いにくそうに言っている一方で唐山は民政党本部に電話をかけていた。
「あ、もしもし」
もう電話はつながっていた。小峰はとりあえずの勝利を確認してホッとする。
「クーデターがすごいことになっている」
車田が原理党本部に着くと、幹部達が大真面目な顔をして立って会議をしていた。
車田も小走りにそこへ向かった。
「とりあえず警察を総動員させろ」
味の命令に皆は
「了解!」
と意思を示す。もちろん尾崎もである。
「車田」
車田は味に呼ばれた。
「なんでしょう」
「閣議室の監視、ご苦労だった」
「いえ、大したことではありません」
「ところでだ」
「ん?」
味は声のボリュームを絞って言った。
「尾崎のことだ」
「尾崎先輩?」
「そうだ」
尾崎は警察庁本部へ向かった。さっき味に言われたことを実際に警官達に命令するためである。警察庁に着くと、今の社会状況くらいはわかっているらしく、皆顔が合うと尾崎に一礼して下がっていく。それは地位が上がったことを示すのだが、どうも尾崎には気持ちよく感じられなかった。なので彼は
「挨拶はもういい。今日は命令をしに来ただけだ」
と言って皆のわざとらしい挨拶を辞退した。皆が静まって尾崎、いや原理党の命令を聞き入れる態勢になった。
「民政党の党員があちこちでデモなどを行っている。『治安維持』の名の下で検挙しろ」
午後5時、参議院緊急集会の連絡が一通りの議員に伝わった。ここではもう与党野党などと言っていられなかった。むしろ原理党であるかないかが重要で、原理党以外の野党の事務所にも召集の電話をかけた。小峰にいつも敵対的姿勢を取る他の野党の党首達も今日という日は彼に味方をしていた。
「準備はできたましたね」
末崎はそう言った。
「では少し手洗い言ってきます。皆さんも行っておいた方がいいですよ」
小峰がそう呼びかけた。
「では私はここで残って異常が無いか見ています」
やはり末崎は気が利く、と思いながら小峰は、
「頼んだ」
議場に残ったのは末崎と早川と風波である。
早川は黒篠が死んだ後から全てを知っているような顔でにやにやしていたが、
議場にいる早川の顔は青ざめていた。そして。
銃声が議場に響き渡った。早川が倒れる。
「誰だ!」
原理党の人間が見張りに来たと思い、末崎は叫んだ。だが誰も出てこない。
「誰が銃を持っているんだ……!」
末崎は驚愕の顔になった。
銃は風波の手に握られていたからだ。
銃口がゆっくり、ゆっくりと末崎へ向かう。