5.ウラギリとウラギリと@2016.6.14 12:47
「まったく! 内閣改造で民主連合を軽視するわ、原理党にクーデターをまんまと起こされるわ、小峰さんは総理大臣失格! 失望ですわ。皆さんもこんな人置いて逃げましょう」
アナウンスが終わると長島が呼びかけた。
「長島さんの意見には賛成ですが、このまま出るのは危険だと思います」
早川がそういうと、「何言ってるのよ!」と長島が何かを言いかけたその時。
黙っていた嘉条が長島の肩に手を置いた。
「小峰さんの民主連合への対応は形だけ」
嘉条は口を開くとそう言った。
「嘉条さんまで……」
小峰は顔をうつむけた。小峰の悲しみがまた増えた。だが、嘉条はさらなる悲しみの水先案内を始める。
「けれど私はそこまで怒らない」
小峰が顔を上げる。だがそれは希望の意味ではなかった。
「何故なら民主連合もまた形だけだから」
「……!」
誰もがその淡々とした嘉条の言葉に驚いた。
「形だけ?」
末崎は聞く。形だけ――つまりどういうことなのか。
「民主連合の実態は原理党の親団体。だから我々はいわば刺客。選挙・世論の状況により互いの党員を相互運用してきた。そのうえ小峰内閣は形だけの連立与党、民主連合の議員を内閣に組み込んだ。これで原理党の力は絶対になるところだった」
小峰は歯を食いしばる。親団体? 連立与党が? 与党なのに野党の親団体? 混乱が渦巻く。
「ところがあなたは衆議院解散の際に内閣改造を宣言した。これは我々の計画が丸つぶれ。何故なら、この総選挙で原理党の議席数が伸びて民主連合の大臣を足場に入閣、最終的には民主連合からの連立政権の破棄と原理党との提携もしくは合併、そして味さんを中心とした組閣を考えていたのに、内閣改造の新人事によって足場である民主連合出身の大臣が消えてしまっては計画が台無し」
「なるほど……」
菊名は感心したが、口をつぐんだ。もはや涙まで流している小峰を見てしまったからだ。
「言っておきますが、あなたは悪くない。汚いと思われたとしても事実これが政治の世界。永田町では日々こんな汚いゲームが行われている。私はこのクーデターは予想していたし、だからこそ落ち着いていられた。ゲームの中身が分かっている私たちは今、ここにいる理由は無い。よってここを出る」
嘉条と長島は目を合わせ、二人扉に向かう。嘉条は長島に向き合って、
「まずあなたから行きなさい。私はもう少し我慢できるから」
「そうですか、ではお先に」
そう言って長島は扉から出た。
「……味方じゃ無かったんですね。あなたたちはもうここの仲間じゃないと。いろんな意味で」
末崎は溜息交じりに言った。嘉条は何も言わなかった。その時である。
「裏切り者!」
外から長島の声が聞こえてきた。そして続く銃声。長島も命を失った。
裏切り者にはさらなる裏切りが待っていた。
「どういうことよ!」
嘉条は天井に向かって叫ぶ。
「今のは民主連合の長島さんよ! 間違えていいことと悪いことがあるわ!」
『間違いではない。その証拠に裏切り者、と長島は言って死んだだろう』
嘉条は息を飲んだ。
『話は聞いたが、こっちから言わせてみればその民主連合の方が形だけさ。原理党の仲間という名目で利用はしたが、仲間意識を持ったことは一度も無い。勝手に仲良くなったつもりになるのはやめてほしい』
「何よそれ!」
とうとう嘉条は泣き出した。
「何よ! 何が本当なのよ! 連立与党は形だけ、でも原理党の親団体も形だけ、どれに中身が入っているのよ!」
発狂したかと思うと、嘉条は外へ飛び出していった。そして銃声の嵐が扉の外から聞こえてきた。「裏切り者!」という涙交じりの声とともに嘉条もまた散った。
「なんなんだよ!」
小峰は机を叩いた。
「とりあえず、非常食のカップ麺でも食べましょう。お湯もなんとか沸かせますから」
菊名が小峰に優しく話しかける。だが今の小峰にはその菊池の言葉も悪魔のささやきではないかと疑えてしまう。皆も非常事態だけあって反対はいなかった。ところが。
「カップ麺だと。ふざけるな」
異論を唱えたのは黒篠だった。
「黒篠先生」
風波は何とか説得しようとした。
「今は緊急事態です。食べるものが無いよりマシじゃないですか」
「ふん。じゃあ私は遠慮しておくよ。一応カバンの中に非常食があるのでね。薬を飲むのでお湯だけ貸してもらえるかな」
まあ持っているなら構わないか、と思って菊名も風波も承諾した。
そしてそれぞれの昼食はあっという間に終わる。政治家である彼らにとってこんなに食事が美味しく思えたのは久々だった。そしてこんなに楽しくない食事も久々だった。
「そろそろ冷めたのでいいでしょう」
そう言って菊名はお湯を黒篠に渡した。黒篠は「うむ」と言って受け取った。薬は食前服用のものらしく、黒篠はまだ食事をしていない。
「さてと」
薬をカバンから出し、飲んだ。
「……よし、いい加減食事にしよう」
そう言って彼は閣議室の押入れから食器を取り出した。
食器の割れる音がした。皆が振り向いた先にあったのは、割れた食器と血を口から出した黒篠だった。
「黒篠さん!」
末崎が駆け寄る。すると早川がさらりと言った。
「無駄だ」
そしてアナウンスが入る。
『即死だ』
「貴様、早川! なんてことを!」
さすがの末崎も怒りを隠せない。だが黒篠の反応は予想外だった。
「早川! 車田! お前ら俺のおかげで当選したり閣僚になれたりした恩を忘れたか!」
黒篠は叫んだ。車田というのはアナウンスをしている男の名だろう。
「あいにくだが、記憶に無い」
早川のその非情な言葉を聞くと、絶望したように黒篠は眠った。