3.お父さん大丈夫かな@2016.6.13 19:26
6時台、原理党の政治支配の手はついに親玉に届いた。
「えー、先ほど経済産業省が占拠されました! 経済産業省が占拠されました!」
これは大変なことだった。経済産業省は名の通り産業を握っている。また、農林水産も含まれているので、やろうと思えば会社の業務停止命令なども出せる状態になってしまったのだ。そして早速その実権は行使されることになる。
「各種電話会社への3日間の業務停止命令が出ました! 各種電話会社への業務停止命令です!」
情報網の封鎖も始めた。このまま行くとテレビ局の支配も近い。業務停止命令ならともかく、電波を使って情報を発信し始めたら大変なことになるのは見えていた。
『それでは、味内閣を編成していくことにするが』
天の声は衝撃の言葉を発した。
『先ほど、総裁室に潜入したところ改造内閣の人事関係書類が見つかったぞ』
「やめろ!」
小峰は叫んだ。それだけは避けたかった。一丸となっていなければならない今の状況で人事などを発表すればどのような事態になるか予想はできる。
『これで小峰内閣もバラバラだな。それでこそ改造の甲斐があるというものだよ』
「やめろ! 卑怯だ!」
『卑怯なんかじゃない。今の政治のダメなシステムを根底から覆そうとしているのだ』
「いいじゃない」
そう言ったのは長島だった。
「新しい人事が分かれば、自分の身の処し方も見当がつくかもしれない」
「でも……」
小峰はそれだけは避けたかった。
『内閣のメンバーがそういっているならなおさらいいじゃないか。個人個人の決意が固まるだろう、いくぞ』
「うっ……」
政治権力が無い今、手も足も出ない。
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内閣総理大臣 小峰幸三(留任)
内閣官房長官 末崎誠一郎(留任)
総務大臣 菊名芳郎(留任)
法務大臣 阿佐玲(民政党新人)
外務大臣 風波涼子(留任)
財務大臣 黒篠健也(厚生労働教育大臣)
厚生労働教育大臣 桐谷幸平(民政党新人)
経済産業大臣 石島さや(民政党新人)
国土交通大臣 嘉条蓮(財務大臣)
国家治安維持委員会委員長 唐山新(留任)
<解任>
那流茂久、早川哲、長島理恵
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『以上だ』
「ちょっと待ちなさいよ」
長島が言った。
「私がいないのはともかく、民主連合が減っているじゃない! 連立政権の関係を壊す気ですか、小峰さん?」
「いや、長島さんは近く代表になるだろうから……」
小峰は本音をなるべくとげがないように言った。
「そんなの決まっていないし、代表になったからと言って大臣ができないわけじゃない。何故ですか?」
「それに国土交通省の不祥事が例年より多かった」
「そう」
長島は諦めたように言った。
「しかもこれは閣議に入る前に書いたもの。那流さんも解任されているわ。那流さんは死ぬべくして死んだのね。皮肉だわ」
「そんなこと言うのは良くありません。那流さんにも小峰総理にも失礼です」
末崎のフォローはもう、届かなかった。
「うるさい留任偽善者! あんたみたいな人に気持ちがわかるわけないわ! いつも小峰さんと結託しているんでしょう!」
「そんな」
末崎は否定しようとした。
「悪いですが、僕も賛成です。民政党に人材が寄りすぎていますし……なんですか、民主連合は形だけの連立ですか? そして今まで連続で経済産業大臣を留任してきた私を辞めさせて若い新人を出すなんて……総理は後継指名を末崎さんと決めているのですね」
早川も長島に加勢する。
「そうじゃない」
小峰は否定する。思ったとおりの悪い事態が起きた。どうにか食い止めないと……。
「黒篠さんに相談したら、石島議員がいいと、」
「私のせいにしないでくれるかな、小峰君」
黒篠が制した。小峰は決して嘘を言ったわけでは無かった。次の経済産業大臣は石島に絶対してくれと言ったのは確かに黒篠だった。でもこの場では黒篠は何事も無かったことにしているのだ。黒篠もまた偽善者だった。
小峰の娘、菜々子は25歳できちんと社会人として働いているが、いまだに実家によく来る。晩御飯の時間なのだが、テレビを付けると閣僚達の拘束やクーデターについての報道であふれかえっていた。
「お父さん、大丈夫かな」
菜々子は心配した。大物の父親が持つリスクは普通の人の父親より小さくはなかった。
テレビは普段の番組表とは無関係に情報を流し続けていた。そして小峰が一番恐れていたことが始まる。
「原理党が国会の召集を議長に要請しました!」
まずい。この状況から言って総理大臣を変えるのだろう。閣議室という国会議事堂の中にいる自分たちは手を出したくても出せない状況だ。
「まあ、でも民政党のほうが人数多いから……」
風波はそういったが、菊名が否定した。
「交通状況が不利すぎる。場合によっては永田町周辺の交通を麻痺させることもあちらさんには可能だからな」
「まあ……」
「とにかく今晩を無事に過ごすことも大事です。時間で警備をしましょう。原理党は命令に歯向かわなければ殺さないと言っているが、何をするか分からない。時間で警備をしましょう」
小峰がそう言ってもきかない人間が出てきた。早川だ。
「あなたとはもう同じ職場の人間じゃないんですよ?」
「早川さん!」
小峰は真剣だった。早川はその剣幕に、やむなく従った。
小峰はこのゲームの結末を全く予想できなかった。それは早川にとっても末崎にとっても味方敵関係無く同じことだった。