1.法務大臣から@2016.6.13 15:10
「大変なことになりましたな、これは」
そう言ったのは、厚生労働教育大臣・黒篠健也である。2代前の首相で、政治というものを真剣に考えている人間だ。そして黒篠派という民政党最大の派閥を築き上げた人間でもある。
「とりあえず」
小峰は言った。安全を第一にするため、命令通りここを出ないように呼びかけた。そして、テレビを付ける。
閣僚は全員驚いた。いつのまにかどのテレビ局も原理党クーデターを報じていた。そして、衝撃の報道が入ってきた。
「ただいま情報が入りました。えー、国家治安維持委員会本部が原理党過激派により占拠された模様です」
「何ですと!」
声を上げたのは国家治安維持委員会委員長・唐山新である。唐山は小峰内閣の最長老。そして重要な役職を持つ人間の一人なのだ。
「警察がおさえられたか」
末崎は考え込む姿勢になった。確かに警察からおさえる手はなかなかよく考えたものである。だが、感心している場合でもない。末崎は言った。
「唐山さん、自衛軍の出動を要請してください」
皆の顔に希望が灯った。唐山はその手があった、と言って電話をかけ始めた。
「……あれ」
唐山は首をかしげた。
「どうしたんです」
末崎を始めとする閣僚全員が不安の予感をつのらせる。
「電話がつながらないんじゃよ」
『安心しろ。外との連絡網は完全に閉ざしてある。これは俺らだけのゲームなんだ。助っ人を呼ぶのはずるくないかな?』
そのアナウンスに皆苛立ちを感じるが、誰も反抗は出来ない。
小峰はもう一度今の内閣の閣僚を見回した。
現在の内閣の構成人数は10人。昔はもっと多かったが、省庁合併が進んだ結果こうなった。
まず総務大臣の菊名芳郎。彼は47歳という若手でありながらも、人柄でここまで上ってきた強い人間である。能力もあり、これからを見込んで小峰は彼を内閣に入れた。彼は墨田政治大学で地道に政治を学んできた人間で、キャリア組ではないが国民の支持は普通の大臣よりも大きいと思われる。彼とはお互いそれなりに交流がある。
その右でじっとしている女性に小峰の視点は動く。外務大臣の風波涼子である。風波は東大卒の正真正銘のキャリア組で、これまた能力がすごい。特に言語・外国文化に精通していると聞いたので、派閥は違えど内閣に入れた。派閥は違えどと言っても、彼女の場合は勝手が違う。彼女自身が派閥を作っているのだ。能力があるということで彼女についていき、彼女が首相になることを推して次期ポストに就こうとする狙いを持った人間が多いのだ。そのため風波派と黒篠派はあまり仲が良くない。しかし風波自身はそこまで変に意識せずに小峰と付き合ってくれている。
また別に窓から外の景色をカーテンの隙間から眺めている女性がいる。彼女は財務大臣の嘉条蓮である。女性でかつ38歳と政治家としては若さと敏腕で知られている。彼女は派閥云々の事情とは関係が無い。というのは民政党の議員ではないからだ。民政党は5年前から諸連合クラブの中で一番勢力を持つ民主連合と提携を組み、連立政権を成立させた。その民主連合の議員なのだ。彼女は民主連合では政調会長という職についており、40歳を過ぎる頃には代表の座に就いていても一向におかしくないほどの注目を集めている。
立って壁の上に置いてある歴代総裁の写真を落ち着いて眺めているのは経済産業大臣の早川哲である。省庁合併の際、農林水産は第1次産業なので経済産業省に吸収された。そのため権力もさながら、とても忙しい職である。ところがそれをこなすのがこの早川である。51歳とそれなりに職を経験しており、黒篠内閣の頃からずっと経済産業大臣を務めているベテランでもある。また黒篠派の古参であるがゆえに、小峰としては複雑な気分であるがポスト小峰の候補の1人である。
彼の怖いところは滅多に感情を表に出さないことである。彼が何を考えているのか、自分をどう思っているのか小峰に知る術は無かった。いやもちろん「僕のこと嫌い?」と聞いたら嫌いとは言わないだろう。だがそれが本当の気持ちかどうかはわからない。一応仕事上の先輩後輩の関係も踏まえているからだ。そういうことがあまり好きではない小峰だったが、彼はなかなか心を開いてくれる場面が無かった。
法務大臣・那流茂久とはあまり仲が良くない。彼の態度はいつ見ても自分のいる首相の座を狙っている態度なのだ。それはさすがの小峰にも腹立たしいことだった。内閣として一丸になってやっていこうとしているのに、自分の総裁への出世のことで頭がいっぱいというのは小峰にとって許せない。彼は一応小峰より年上で風波派である。だが風波派である以上風波が先に首相になるであろう。そう考えると彼が首相になる番がやってくるのはずいぶん後で、引退とどっちが早いか競争でもある。
残る大臣はは国土交通大臣・長島理恵である。彼女はとてもはきはきした人間だが、その代わり自分の非をなかなか認めようとしない。それが国土交通大臣としての国民からの支持を冷たくしているのは事実だ。彼女もまた民主連合の議員で、副代表である。代表は今期で引退すると先日表明したので近く彼女は代表となるであろう。代表となった場合は内閣に入れておくと何かと良くないし、国土交通大臣に留任させるのが本当にいいことかどうかもまた微妙だった。
そして末崎誠一郎である。彼とはヒヨコ政治家だった頃からの政友で、このような忙しい職に就くまではお互いにディナーに誘ったりと公私ともに親しい関係があった。今も親しいのだが、その親しさがテレビの報道に乗るといまひとつ小峰は見ていていい気持ちがしない。政治の関係は汚い。それはそうかもしれない。でも全てが汚いわけではないことをわかってくれるテレビは無いのかとただ溜息をつくばかりであった。
「何を皆さん、ビクビクしているのですか。ちょっと私はトイレへ行ってきますよ」
那流は扉へ歩き出す。皆は黙る。
「那流さん、お待ちください。相手の要求を聞かないで身を投げるのは良くありません」
小峰はできるだけ丁寧に那流を注意する。
「何を言っているんだ! 小峰さん、あんたはただ相手の脅威におびえているだけだよ。そんなんじゃね、何も改革は始まらないんだ。それがあんたの今までの2年間の政治じゃないか」
それは確かにそうだった。小峰は返す言葉が見つからない。
那流は出て行った。
「那流さん、遅いな」
早川がつぶやいた。確かにもう10分経っている。
「様子を見てきましょうか」
風波が立ち上がってそう言うのを小峰は制した。今は外の状況が分からなすぎる。その中を進むのは堂考えても危ない。まずは状況がわかるまで我慢したほうがいい、と説得した。風波は席にまた座った。
すると、遠くから銃声が聞こえてきた。
「……!」
全員、那流以外全員が寒気を感じる。アナウンスが流れる。
『内閣改造は法務大臣から行うことになったよ。彼は体の中を綺麗にしてから逝ったから幸せだな。新しい法務大臣を紹介しよう』
「いい」
小峰は拒否した。
『そうか』
どうも小峰たちはカメラなどで監視されているようだ。
『ま、不用意な行動は避けることだな』
彼らによる内閣改造が、今始まった。