15.さよなら永田町@2016.6.15
息もたえだえの味は、携帯電話をやっとのことで取り出し、原理党本部へかけた。
党の幹部が電話に出た。幹部の声もろくに聞かずに用件を伝えた。
「銃撃を受けた。もう先は長くは無いだろう。よってここに味内閣の総辞職を表明する。衆議院議長に伝えて来い。以上だ」
通話を切ると安心したのか、味は眠りについた。
小峰達は国会をまず出て、党本部へ向かうことにした。さっきまでいた過激派はいなかった。代わりに、国会を出たところに自衛隊が集合していた。隊員の一人が小峰のところへ来る。
「小峰総理、出動を要請願います」
もう味内閣は総辞職をしたようだ。それを悟った小峰は命令を下した。
「現在をもって東京都に非常事態宣言を発令する! 東京都民に避難の準備を呼びかけてくれ。避難先は出来るだけ早く政府の方で指定する」
車も無いので、小峰達は地下鉄で民政党本部へ向かう羽目になった。国会へ向かっている途中だった磯江達にも電話をして党本部へ向かわせた。大事な話があるが、この段階では話さなかった。混乱させるのも良くないからだ。
閣僚の大部分が死亡した今、内閣総理大臣の小峰と官房長官である末崎が任務をつとめるしかない。まずはテレビ局や電話局など情報網を復活させた。電気屋のテレビでも構わないので東京都の非常事態宣言を知らせることが望ましい。
復活したばかりの多くの放送局は早くもニュース速報を流している。
『東京都に非常事態宣言 23時間後に東京都壊滅か』
『クーデター最終段階 東京都非常事態宣言』
『"3日内閣"総辞職 小峰氏の対応に注目 首都移転先予想』
民政党本部には多くの議員が既に小峰達の帰りを待っていた。磯江達もいる。会議室の机に置かれていたのは大きな首都圏の地図。小峰は着いたばかりにも関わらず、呼びかけた。
「首都の移転先を決めるぞ。インターネットなどを駆使して、東京都から最短でかつ比較的都市としての機能が高い場所を選ぶぞ」
皆がうなずいた。そう、小峰が打ち出したのは遷都という方法だった。
千葉県木更津市。3時間の協議の末、新首都はここに決まった。他の候補としては横浜市やさいたま市が考えられたが、爆発の規模がいまひとつ分からないので隣接している県は危険として除外された。千葉県は東京都と海を挟んでいるので好都合であったうえ、その中でも木更津市は東京都のすぐ南に位置する川崎市とアクアラインでつながっており、移転が迅速にできると考えられたためだ。
「よし」
小峰の顔には政治家としてのやる気が久々にみなぎっていた。
「自衛隊を使って、都民を木更津に送り込むぞ。木更津へ移動後、各市町村へ公民館の使用を連絡する」
都民の人口を千葉県の公共施設全体で裁ききれるかも大きな課題だ。
『新首都は木更津に決定 早めに避難を』
各局は新首都を取り上げている一方、東京都が爆発するという事実を受け入れている部分もあり、早いところでは本社を閉鎖して千葉県の系列局に切り替えていた。
「磯江、都民の避難状況はどうだ」
「地方消防によると少なくとも23区住民は広域避難場所に集まっており、いつでも移動に入れる態勢になっているようです」
磯江がはきはきとした声で答えた。
「よし、まずは我々から千葉に渡って木更津の市長とも緊急会談をしなければ」
「お車の準備の方、出来ています!」
別の秘書が気を利かせていたようだ。ご苦労、と声をかけると小峰は皆を引き連れて外に出た。
小峰は車に乗る直前、振り返ってぼんやりと見つめた。もう帰って来ることは二度と無かろう民政党本部を、である。
車は首都高、東名高速を経て川崎へ向かう。ごたごたしていた車内も首都高に入る頃には落ち着き始めていた。
小峰が乗る車は秘書が運転しており前方助手席に菊名が、後方には小峰を中心に末崎と唐山が乗っている。
落ち着きを取り戻した車内で小峰は、永田町ゲームの首謀者であるらしい唐山の顔を改めて見つめた。無所属だから政治と関係無い人だと、内閣発足時から小峰は思っていた。誰が本当で誰が嘘なのだろう。本当は皆どこに属しているのだろう。小峰がそんなことを思っているうちに、車は誰もいない料金所を通過してゆく……。
「懐かしい……」
菜々子は地元の中学校の校舎を見上げて言った。
菜々子は別に暇潰しでも同窓会でもなく中学校に来ていた。来た理由は広域避難場所だから、である。中では自衛隊の隊員が場所割りをしているようだ。保険証を持った菜々子は自衛隊員の元に駆け寄って、
「小峰です」
と言った。住所を見て自衛隊員は菜々子がこの地域の住民であることを確認して、所定の場所へ案内した。
「じきに千葉県への避難勧告が出ますからね」
自衛隊員の言葉を聞いて菜々子は驚く。
「千葉県? なぜそんなところに……」
「え? むしろ知らないんですか。木更津に遷都をするって」
自衛隊員に逆に驚かれた。菜々子は父の顔を思い浮かべながら言う。
「よほどのことが?」
「どうも爆弾がどうたらとか……ガキのSF小説でも今時そんな話無いですよ」
その自衛隊員もまた疲れているようだった。
場所はまた移って改憲党本部。綾葉達もまた避難に備え始めていた。そんな時である。
「君達に重要な話があるんだ」
味内閣が無責任に総辞職した今、小峰が奮闘している。24時間以内に首都を移転させるという、都民の全生命を背負った行動に出ていることも綾葉は知っている。
「なんですか」 この非常事態で言うことだ。改憲党の議員達も覚悟はしていた。
「実は改憲党を解散したいと考えているんだ」
綾葉の言葉のあとに長い沈黙が続く。
「今の小峰首相に逆らう必要は無いだろう。民政党に戻っても構わないと思うし、小峰首相なら大丈夫だ」
突然の解散宣言に皆動揺した。だがその固い決意は他の議員にも伝わってきたようで、
「じゃあそうしましょう」
と綾葉に賛同した。派閥など関係無かった。皆が小峰に期待を抱いているのだ。
小峰が乗る車もそろそろ東名にさしかけた。携帯が鳴る。
「もしもし」
「綾葉です」
「あ、これはどうも。そちらもぼちぼち避難を?」
「ええ。車であなた達に続く形になっていますよ。ちょっとお話がありまして」
小峰なりに話の内容を察しようとした。
「あの……今は次期政権の話は……」
「控えて下さいませんか」と続くはずだった。しかし小峰の予想は外れた。
「それどころか全く正反対だ」
「え?」
「我々改憲党の全議員は政府機能が回復し次第、民政党に復党したいと思う。事実上、旧体制に戻りたいということだ」
綾葉の言葉に小峰は驚いた。黒篠内閣時代の集団離党組の代表である綾葉が、民政党に復党するというのは大ニュースになるほどの事件だからだ。綾葉は続ける。
「あなたの政治スタンスはこれといった改革はしない代わりに、政治をできる限り綺麗なものにしようと努力しているのが垣間見える。そんなあなたと張り合っていることに意味は無いし、また黒篠元首相が死んだ今では民政党と争う必要も無い」
言葉の一つ一つが、小峰の心に染み渡っていく。
「綾葉さん、わかりました」
「だが、条件がある」
小峰の承諾に、綾葉は待ったをかけた。
「復党は、あなたがきちんと首都機能の移転と国民の安全の確保がきちんと出来てからだ」
「もちろんです」
小峰はしっかりと、答えた。
携帯を切ると、小峰の車は川崎ICの近くまで来ていた。
とその時である。胸を押さえて唐山がうめき出した。
「……うっ!」
「どうしました!」
小峰が唐山の方に体を向ける。
「……心筋梗塞だ。持病が、悪化したのじゃよ」
「なんですって」
末崎が驚きの色を表した後、運転している秘書に向かって言った。
「そこのICで降りて、どこかの病院へ向かってくれ!」
「いい!」
唐山が断りを入れた。
「わ、私に、構わず進め!」
「何を言いますか! このままでは、」
「無駄だ。木更津へ向かった方が良い」
小峰が説得に走ろうと菊名が止めた。
「菊名さん!」
末崎が怒鳴る。ところが唐山は相変わらずの態度だ。
「私は構わない。これが……」
唐山の意識が遠のいていく。
「これが、私の永田町ゲームのゴールだ」
また一人、閣僚が減った。しかも目の前で。
「……くそっ!」
小峰は目の前が真っ暗になったように感じた。自分の横にいるのは、死人。そんな状況で国民の安全うんぬんを考えなければならないという自分の立場。小峰は初めて政治を本当に嫌だと思った。
「もうだめだ」
小峰の顔が青ざめていく。末崎もかける言葉が見つからない。
そんな小峰の頭に衝撃が走った。何が起こったのか小峰には分からなかった。分かったのは次の瞬間、助手席に座っている菊名が拳の形に手を握り締めて自分を見つめていることだった。
「あんたいい加減にしろよ! 官房長官や幹事長や、果ては綾葉代表があんたをバックアップしようと名をあげているのに、あんたは何だ! そんな生半可な気持ちで総理になったのか! 国民全員の悲しみを負ってでも、自分の体を捧げて政策を行うのが首相の仕事だろうが!」
菊名の言葉が小峰を揺るがす。けれどもそう簡単に小峰も動き出せなかった。
車はアクアラインへと入っていく。