14.ご苦労だったな@2016.6.15 12:40
久々の更新申し訳ございません。
「味代表……」
小峰も思わず、声を漏らす。だが次の瞬間今まで込めていたものが、一気に吹き出た。
「あなたという人は何ていうことをしてくれたんですか! 内閣を壊し、国民を殺し、自分達の好き放題にして! あなたはどんな重大なことをしてしまったか自覚しているんですか!」
小峰の憤慨に味は自然に答えた。
「自覚している。だがな、方法は乱暴だったかもしれないが小峰政権、いや民政党政府が作ってきた格差社会を是正することはできた。最初の反発は大きいけどな」
味の言葉を聞かずに、小峰は怒りをぶつけようとしていたが、格差社会という言葉を聞き逃すことは出来なかった。
21世紀に入ってから頻繁に言われてきた「格差社会」という言葉。米国の農作物競争自由化などで地方部の農民は生活が立ち行かなくなっていた。地方農協も次々に統廃合されていく。日本は米国の51番目の州か、そんな声も出てきていた。小峰内閣はそれに立ち向かっていっていたか? 少なくとも小峰はそれにYes.と堂々と答えることは出来なかった。
「でもな」
味は続ける。
「クーデターってのは難しい。ただ武力で占拠すればいいと思えば、違うところに歪みが生まれる。今度はその歪みを直しに行くと別のところに……。小峰内閣を倒しても、味内閣がしっかりやっていけるわけではなかった。立法、司法が死んでいるからな。それに……」
味の頬を、熱い水が滴り落ちていた。
「次々と仲間が敵になるしな。お互いに、だ。これがこのゲームの怖さだ。誰も信じられない。この永田町で信じられるのは自分、たった一人だけ」
味の頭に浮かぶのは、尾崎。小峰の顔に浮かぶのは、長島や嘉条その他諸々の閣僚達。
もはや小峰にも否定する気力が無い。
「だが、味幹夫はこれで終わらない」
味はおもむろに立ち上がった。そして懐に手を入れる。閣僚達の頬を冷や汗がなでる。
「小峰幸三を殺し、小峰内閣と政府を崩壊させる」
そういって銃を出した。小峰にも抵抗する術が無かった。菊名も銃の弾が無い。
するとその時である。唐山が何を思ったのか、味の方へと歩き出した。
「危ないです、唐山さん!」
末崎は叫んだ。だが唐山は構わずに味へと近づいていく。味もまた何もせず唐山をじっと見つめている。そして唐山は味の肩に手をポン、と乗せると言った。
「ご苦労だったな」
閣議室が沈黙に包まれた。
「……え?」
末崎が唐山の発言を確認するように、沈黙を破る。
「ご苦労?」
「そうだ」
唐山はいつもと変わらぬ調子で答えた。だがその内容は非日常的でかつ彼らしくない発言だった。
「これで終わりですか」
味は何かを知っていたようだった。何が起こっているのか全く分からない小峰達のほうを向いた唐山は口を開いた。
「まさかこんなに大きな事件になるとは思わなかったがな」
唐山は続ける。
「この話を味に持ちかけたのは半年ほど前だっただろうか。小峰の政治家としての能力や小峰内閣の強さを測るために軽い事件を起こしてみてはどうだ、と持ちかけたのだ。『永田町ゲーム』という隠語の元で計画は進んでいった。だが味はどうもクーデターと勘違いしていたようだな。さすがに途中から私も腹が立ってきた。それにしてもこの内閣の結束力はひどかったな。政治というのはこういうものなのか」
小峰の気持ちは複雑だ。馬鹿にされているような気もするが、本来ただのクーデターであったこの事件で、予想外に死者が出てしまったのは小峰の責任だ。
「だがこれで終わりにしたらどうだ?」
唐山は味をなだめるように言った。だが味は応じない。
「私は最後まで戦うつもりです」
「好きにしろ。もう原理党は原理党で限界だろう」
「原理党は限界でも私はまだ大丈夫です」
味の決意は大きなものだった。そして銃口を小峰に向ける。
尾崎は閣議室へとずんずん向かっていく。途中にいた原理党の人間も圧倒されたのか攻撃してこなかった。
最後の廊下まで来た。突き当たりの閣議室の扉は開いていた。嫌な予感がする。尾崎は一歩一歩進んでいく。扉の前まで来ると中には味がいるのが見える。味が持っているのは銃。そしてその銃の先には小峰。尾崎の背筋を冷たいものが通る。
「やめろ!」
尾崎は叫んで、銃のトリガーを引いた。
味は驚きのあまり銃を落とした。そして体を大きな衝撃が走る。体がふらつく。
「尾崎か!」
銃弾は味の腹を直撃していた。当たり所が悪かった。彼の命はそう長くは持たない。
「小峰さん、早く逃げてください! 他の方も!」
尾崎は避難させようとした。味が尾崎の肩をつかんだ。
「待て。小峰に言わなければならないことがある!」
味は必死そうな顔をしたが、尾崎は相手にしなかった。
「早く逃げてください!」
「待てと言っているだろう!」
味は執拗に話を聞くことを要求してきた。そして、
「永田町に爆弾を埋めてある!」
唐山以外の人間が味の方を振り向いた。そして唐山が叫ぶ。
「何故それをした!」
「爆弾?」
小峰は思わず笑い出しそうになった。笑うしか小峰の側に選択肢は残されていなかったのではないか。
「そうだ。爆弾だ」
味は堂々と続ける。
「最終手段を発動したまでだ。どうせ死を迎えるならば名を残して死にたいとな。小峰! 内閣の崩壊を食い止められなかったことはお前の傷になっているだろう。だが政治家なら政治家らしくあっさり諦めたらどうだ!」
味のその言葉に小峰の怒りがぶり返す。
「なんだと!」
「言い返したかったら、皆を避難させてみろ! 諦めないできちんと自分の信念を貫いてみろ! 規模は東京都が全て破壊される程度だ。味内閣も総辞職する。よってお前らに実権が戻る。首都機能の移転、国民の安全の確保を24時間以内にしてみろ! それも出来なかったらお前に首相の座にいる資格は無い!」
小峰はもう言い返さなかった。
「行きましょう」
次回最終回、次々回エピローグになると思います。長さによっては最終回を二分するかもしれません。