13.永田町戦争3@2016.6.15 12:25
「着きましたよ」
運転手は言いづらそうに言った。またしても味はそれに構わずに、
「うむ」
と言って車のドアを開ける。運転手は原理党専属になってから一度もわざわざ言ったことも無い言葉を、味に言った。
「お気をつけて……」
自分が国家治安維持委員会委員長として車から覗いていた時の永田町の風景とは明らかに違っていた。自衛隊や過激派が永田町にまた戻ってきていたのだ。今の永田町の喧噪はそれだ。
「まったく……」
尾崎は重い足取りで国会へ向かう。すると後ろから聞きなれた、それでいて冷たい声がした。
「尾崎さん」
車田だった。
「車田……」
「感傷に浸っている余裕などありませんよ」
さっきまで自分が小峰に対して取っていた態度にまるで似ていた。それが尾崎にとっても怖かった。車田は銃を取り出して尾崎に向ける。尾崎も銃を出したが、重大なことに気がついた。
――弾が無い。
尾崎は焦った。経済産業省でちょうど使い切ってしまったらしい。気持ちの悪い冷や汗が頬を落ちる。
「どうしました、尾崎さん」
車田はいつまでも発砲しない尾崎が、何故焦っているのか分かってしまったようだ。尾崎の焦りはどんどんつのっていく。
「弾が無いんですかな? それはとんだサプライズだ」
車田は笑いながら、ギリギリとトリガーに指の力を込めていった。尾崎は目を瞑る。その時。
車田は後ずさった。尾崎は目を開けて、何が起こっているのかを把握しようとした。車田も何が起こったのかあまり分かっていないようだったが、おもむろに、
「誰だ!」
と叫んだ。どうやら誰かに発砲されたらしく、車田はそれを避けたようだ。
「民政党・尾崎氏の後援部隊です」
自衛隊の隊員だった。それを聞いて車田は舌打ちした。
「くそ……手間をかかせやがって。 おい!」
車田は遠くの方に声をかけた。原理党側の援軍が走ってくる。そして車田は命令をした。
「この隊員と、尾崎をやっちまえ! こいつの援軍もだ!」
さっきまでの「さん」付けの間柄はもう既に消えていた。それもまたこのゲームの掟だった。
「ここは我々にお任せ下さい。尾崎先生は国会へ急いでください」
その隊員は尾崎のほうを見て言った。この数日で見られなかった、人間の本当の優しさに満ちた笑顔だった。尾崎はホッとした気分を胸に、
「本当にありがとう」
と言って、走っていこうとした。すると隊員は、
「お待ちください」
隊員は懐から小銃を取り出し、尾崎に差し出した。
「これから先、先生に危険が迫るでしょうから。弾が切れているのでしょう?」
隊員は微笑むと、車田の方へ向き直った。
尾崎は受け取ると、何となく感謝の気持ちから隊員に一礼して、国会へ向かった。
国会に入ろうとした味の電話が鳴った。
「もしもし。味だ」
「どうも、味総理。秋口です」
「総理」の所の言い方に少し嫌味を持った電話の相手は、秋口貞夫自衛隊統合幕僚長だった。彼はクーデターの維持のために自衛隊が使われていることをあまり良く思っていなかった。そして味もそれは知ってはいた。
「ご用件は何ですかな」
余計な揉め事を起こす必要は無い。味はそう思って、単刀直入に用件だけを聞こうとした。
「車田委員長が亡くなって……」
「何!」
味は焦った。車田が死んでは自衛隊系統の命令が難しい。
「どうしますか……」
秋口のその声は、味の焦りに拍車をかけた。秋口もそのつもりだった。自分に一時的にでも指揮権が戻れば、このクーデターを失敗させることは可能だからだ。やむなくした味の決断は彼の期待を見事に裏切った。
「私が自ら指揮を執る」
尾崎が国会へ向かってすぐ、車田は尾崎側の後援部隊によって殺された。
彼の一生もまたこのクーデターに捧げられた。
国会の中では未だ小峰達が逃げ続けている。
「閣議室に戻るのが妥当だろう」
小峰はそう判断した。菊名も、
「それは私もそう思う」
と言った。閣議室へ戻る方向で逃走した。
「味だ」
味は国会議事堂の入り口にいる自衛隊員に名前を告げた。
「はっ、確かに」
自衛隊員は扉を開けた。中は小峰とのデスマッチがまだ続いており、銃をこちらに差し出してきた人間の多くが、味であることを確認すると一礼をする。
味もまた目的の場所へと向かう。
「尾崎だ。中に入れろ」
尾崎は国会議事堂の入り口にいる自衛隊員に名前を告げた。
「お入れすることは出来ません」
自衛隊員は告げた。
「入れろ」
尾崎はもう一度要求した。
「出来ません」
次の瞬間尾崎は小銃を隊員に放った。だが隊員の装備は銃をものともしない。
「くっ」
尾崎が失敗を噛みしめていると、隊員も銃を取り出した。
尾崎はもう一発を、隊員に放った。銃弾は隊員の頭に突き当たり、隊員は崩れ落ちた。尾崎は構わず、中へと入っていく。
小峰達も段々と閣議室へと近づいてきた。
「ここです」
菊名が指差す突き当たりには閣議室。ドアとの距離が短く、短くなっていく。ドアノブに手をかけると、ドアは開いた。小峰は皆が入ったのを見てから、自分も入って鍵を閉めた。そして驚きの光景を目にした。
閣議室のソファーの一角に男が一人座っている。
「どうも、小峰総裁」
それは、味だった。