11.永田町戦争1@2016.6.15 11:47
ご無沙汰してます。終盤はどんどん投稿していくつもりです。
尾崎は息たえだえ、永田町を走っていた。さっきまで乗っていた車から降りて。
「今、自分は民政党の人間として戦っているんだ」
その自覚を持っているために、そのまま原理党の車を使うのは尾崎の心が許さなかった。
「そういえば」
小峰が思い出したように言った。
「早く首都・政府の機能を回復させなければならないんだった」
今年2016年は1964年以来42年ぶりの、東京夏季五輪開催年なのだ。東京都は始めに選手村候補地を押さえていたが、周辺の交通環境が渋滞過多により著しく悪い。そのため東京都は、五輪終了後も港湾開発の足場として使えると言う利点もふまえて、東京湾上に選手村や競技施設を収容した埋立地を作ることにした。2008年の北京夏季五輪が大好評だったため、日本という国のメンツをかけて最高の環境を作り上げることに国を挙げて必死となっていたのだ。
都知事の自慢げな顔を見て、思わず小峰も嬉しくなったものだ。しかしこのようなクーデターが起こっている現在は工事はやむなく停止中だろう。
今は亡き、になってしまった黒篠も2016年の正月の党大会で小峰に、
「今年の五輪を成功させれば君の顔は国民や、国際人に知れ渡るだろう。
今考えてみれば、これは黒篠自身の売名行為だったのかもしれないと、小峰は疑わずにいられない。たぶんそこまではいかないと思うが。
小峰達も広い議事堂を歩き疲れていた頃だった。もちろん普通の人間が出られるような出口は封鎖されている。それぞれの党の参議院議員達は党の会議室に待機させ、小峰内閣のメンバーだけでなんとかいい出口を探そうとしていた。
「磯江君と尾崎、どっちが先に来てくれるか……」
彼らが来れば政権の奪取ができるに違いない。小峰の中では希望とも不安ともいえない気持ちが渦巻いていた。
だが考えてみれば磯江達は経済産業省に行っている。しかも今の経済産業省は官僚たちが武装をしていると連絡が来た。この連絡ラインも携帯の充電池次第。なんとか事がうまくいくことを小峰は望んだ。
甘かった。やはり磯江達5人が経済産業省の武装官僚全員を――しかも相手の巣である経済産業省で相手にするのは、どう考えても間違っていた。形勢は明らかに磯江達が追い詰められる形となっていた。磯江達は廊下の影でエレベータが来るのを待つ。ただのエレベータが来ても困る。もちろん誰も官僚が乗っていないエレベータ。
磯江達が生き残る方法はただ一つである。経済産業省を抜け出して都営地下鉄霞ヶ関駅に向かい、千代田線で国会議事堂前駅へ向かう……だが小峰達のことを考えると議事堂には行かない方が良さそうだと磯江は思った。自分達の身が大切だからでは無い。自分達までが捕まってしまっていては、小峰を助けることにつながらないからだ。
そんなことを考えると、2台あるうちの片方のエレベータが開いた。
磯江達は驚いた。そこに乗っていたのは……。
「あ、あれは……」
磯江は驚きの声をあげた。エレベータに乗っていたのは尾崎だったからだ。
「お、尾崎……」
幹部の一人が声を漏らした。磯江達が睨む。
尾崎は懐かしい政友だが、今は原理党の人間だから我々にとっては敵。殺される可能性だってある。
そんなことを考えている磯江達に尾崎は近づいてきた。
「……!」
磯江は震えた。まずい、殺されるか。そう思うと、行動に出ざるを得なかった。
「近寄るな! 撃つぞ!」
ところが、尾崎の反応は磯江の予想外のものだった。
「磯江先生!」
磯江は思わず、銃を下げた。
「尾崎……」
もっと近寄りたい。だがこれも作戦かもしれない。そう思うとその距離は必然だった。
「ダメだ、今のお前は俺らの敵だ。俺ら民政党にとっては敵なんだ」
「磯江先生、お待ち下さい。今の僕はもう原理党の人間ではありません」
「なに? 嘘をつけ!」
磯江の口から、磯江自身でも信じられない言葉が飛び出す。尾崎が泣きそうな困った顔になる。磯江もまた悲しかった。でも自分が守りたいのは小峰だ。それを考えると尾崎を疑ってしまう態勢になってしまう。
「信じてくれませんか……」
尾崎は考え込んだ。そして、
「じゃあ、今から僕がすることを見ていてください。そうすれば自然と本当のことがわかります」
尾崎は磯江達の前を通り過ぎて、階段を上がっていった。追っかけの人間が来る。磯江達はまた無言を余儀なくされた。
見ていてくれ、と言われても何が起こるか想像できない。誰か幹部を倒すのか? それともやはり原理党の人間なのか? 皆が疑心暗鬼の心に暮れていた。
すると、スピーカーから音が出た。マイクがオンになったのだろう。音量が大きくなり、ノイズも目立つ。そしてその声は決意を実行した。
「国家治安維持委員会委員長の尾崎だ。いますぐ全職員は武装を解除せよ。これは国家規模の委員会からの命令である。今すぐ全職員は武装を解除せよ。状況については委員会の方で処分する。経済産業省は通常業務に戻れ。以上だ」
そう、それは尾崎の声だった。さっきまで近くを見張っていた人間が武装を解除していく。
磯江達はそっと出口へと向かっていった。1階まで階段を怪しまれないように降り、出口が視界に入り始めた時。
「尾崎は国家治安維持委員長じゃない! あいつは寝返りだ! 全職員武装せよ! 尾崎と民政党を追え!」
その声を聞いた磯江達は、出口へ向けて走った。出口を出ても止めない。看板を頼りに、霞ヶ関駅までペースを下げずに逃げていった。
少数の列車が運転している都営地下鉄。とりあえず永田町駅まで向かっている途中の列車で、皆は唖然としていた。
「寝返り、ということは……」
磯江は気の毒になった。尾崎は原理党から寝返ったのだ。なのに自分達は後輩を信頼できなかった。それに彼は上の階の放送室から放送した。彼の方がうまく逃走できる可能性は低い。今頃殺されているかもしれない。それも自分達が裏切ったばかりに、彼が決意を態度で示したばかりに。結局自分達の醜さが目立つ、嫌な再会と逃走だった。
磯江は尾崎が命を取り留めていることを心から祈り、小峰に状況を報告するために携帯電話を開いた。
『充電してください』
小峰の携帯が息を引き取った。
「うーむ、やはりもう限界か」
小峰が困惑した顔をしていると、何やら菊名にコードを渡された。
「近くの会議室のコンセントで、危険が迫るまで充電していたらどうですか」
これはこれで小峰も困った。今の小峰にとっての菊名のイメージは、立派な一大派閥風波派会長の風波を冷酷に殺した人間だからだ。だがこの危機的状況で手を差し伸べてくれているのだ。受け取らない手は無い。小峰は彼の手からそっとコードを持ち上げた。
17の常任委員会の部屋が並ぶ一角に小峰達はいた。小峰は建設委員会の部屋に入って携帯を充電した。
すると、小峰の携帯がなった。開くと磯江からだった。どうやら充電しておいたのは正解らしい。磯江の無事を祈って、電話に出た。
「もしもし!」
「小峰先生! 助かりました。今地下鉄で党本部に一度戻ってからそちらに向かいます!」
「そうか!」
すると委員会室の扉が開いた。小峰達は青ざめる。そこにいたのは銃を持った男。
「小峰内閣め! 野放しにしたら調子に乗りやがって! 覚悟しろ!」
まずい、殺される。小峰はゆっくりと通話を切った。