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10.自分の気持ちだろ? 2@2016.6.15 11:05

「しかし……味さん、それはまずいでしょう」

 尾崎は出来るだけ、その方向を止めようとした。だがそれは無駄だった。

「うるさい」

 尾崎は困惑する。

「俺が原理党の全権を握っているんだ」

 尾崎の胸が痛み出した。一般国民や、民政党の議員を殺す命令を出すなど、たやすく自分にはできない。でも味の命令は絶対だ。二つの現実に板ばさみになる。

「早くしろ。それとも……」

 味の声が意地悪く響く。

「小峰の元に泣き寝入りか? それが嫌だからお前は原理党にいるんだろう? 自分の気持ちなんだろ?」

 小峰の元に泣き寝入り? それはない。自分は小峰の手下なんかじゃない。尾崎は真っ向から心の中で否定する。けれども言葉は口でなぞられるだけで、声として味の方には届かなかった。

「どうなんだ」

 答えを迫ってくる。仕方が無い――尾崎は決断した。

「出動させましょう」

 そうだ、これでいいんだ、何も悪いことなど無い……尾崎は懸命に自分で言い聞かせた。まだ心の中で納得し切れない部分があるのは事実だったが。しかし、味の答えは予想外だった。

「いや、いい」

「え、ちょっと」

「いいんだ」

 味の今の命令はなんだったのか、尾崎の頭の中に疑問が浮かんだ。

「じゃあ今のは……」

「もうお前は国家治安維持委員会委員長じゃない。車田が職を継いだ」

「え?」

 尾崎は心の底から憤りが上がっていくのを感じた。プツンと何かが切れる。

「何を言ってるんですか! 私を裏切るんですか! 私は味さんに……」

「裏切ったのはお前だ!」

 味は叫んだ。

「お前は原理党の党員じゃないんだよ。入ってきた時からそうだった。表面では俺の言葉に従っているが、俺の味方じゃないんだよ」

 尾崎は黙った。それは間違っていなかったからだ。

「最後の命令だ。最後の味幹夫からの命令として聞いてほしい」

 味は言った。

「小峰がいる議事堂へ向かえ。俺と勝負だ」

 電話は切れた。尾崎は唖然とした。だがそうもしていられない。尾崎は運転手に方向を国会に切り替えるように言った。



 警備員から逃げ切った磯江達は、2Fのオフィスへ向かった。

「民政党の磯江だ! 名を知らぬ者はいないな? 今から私達が言うことに従いなさい。直に正式な新しい大臣が、」

 振り返ると後ろの壁には弾痕があった。磯江の頭のすぐ横を銃弾が通ったのだ。

 磯江は前を向きなおした。官僚は皆、銃を持っていた。

「ふ……官僚までもが銃刀法を犯すとは、この世も変わったな」

 磯江は笑うと、胸ポケットから銃を出した。

「磯江さん!」

 隣の民政党党員が驚くのをよそに、磯江は銃を渡してきた。

 議員の一人が小峰に連絡をする。

「こちら経済産業省! 銃弾が飛び交っています! 援軍の要請を!」



 戦うと言っても、素手で戦うわけではない。尾崎としては車田より先に手を打つ必要があった。自衛隊を管轄する、旧防衛庁・現自衛隊本部へと電話をした。

「もしもし、尾崎だ」

 電話に出てきたのは最も尾崎が恐れていた人間だった。

「車田です。どうも先輩」

 口調は相変わらず穏やかだった。だがその声の背後から感じられるのはただならぬオーラだった。

「えーっと……」

 考えてみれば車田はもう味方ではない。すると車田のほうから切り出してきた。

「スピーカに切り替えますよ」

「え?」

 予想外の切り出し方だった。今の状況下では味方ではないはずなのに。しかし車田にその疑問が届いたのか、

「一応、先輩に対する敬意ですよ」

 と言われた。そして尾崎は言った。

『前国家治安維持委員会委員長、民政党元厚生労働教育大臣、尾崎公太だ。この中で原理党の政治のやり方に不満がある人間、民政党の考えに賛成する人間は出動をしてくれ。以上だ』

 非常に簡潔だった。車田が締める。

「とのことだ。今行きたい奴は今行け。これから原理党政府は一般市民抑圧を行う」

 すると、尾崎の受話器にガタガタと席を立つ音が聞こえてきた。

「じゃあな、車田」

「では」

 電話を切った尾崎だったが、今度はもう一つ連絡しなければならない所があった。



「国会を出た後はどうするか……」

 小峰は歩きながら考えているところだった。すると電話が鳴った。

「ん」

 小峰は携帯を取り出して出た。

「もしもし、小峰です」

「小峰さん」

 その声は――尾崎だった。「小峰さん」という親しみを帯びた呼び方を尾崎の口から聞くのは何年ぶりだっただろう。

「尾崎!」

 つい小峰は叫んでしまった。

「再会を喜ぶのは後にしましょう」

 尾崎のその言葉に、小峰ははっとした。今の危機的状況をあまりの嬉しさに忘れていたからだ。

「よく話を聞いていただきたいのです」

 尾崎はそれから話した。味と別れたこと、自衛隊から援軍が出ること、政府が一般市民の抑圧をしようとしていることを。

「ふむ」

 小峰は全てを理解した。

「私は民政党・尾崎公太としてこの事件の解決に尽くしたいと思います」

 尾崎の決意に満ちた言葉。そう、尾崎はまだ民政党に離党届を提出していなかった。



 永田町全体を巻き込んだ戦いが、国会議事堂の中と外で始まる。

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