9.お前の出番だ@2016.6.15 10:26
久しぶりの更新です。読者の皆様すみません。
「早く叩けばよかったな」
味は永田町を自分で運転する車に乗って走り回っていた。
地方自治体の議会の民政党議員達が原理党に対してデモやクーデター返しを起こしているらしい。
予想外に地方都市はすごいことになっていた。
横浜では警察が機能しないほどのデモが勃発、機動隊を呼ぶかどうかの検討をしているほどだ。
誰もいなくなった参議院議場。残ったのは小峰内閣のメンバーだけだった。小峰、末崎、菊名、そして唐山。ずいぶん内閣のメンバーも少なくなったものだ。
「今いるメンバーのうち民政党は3人、無所属1人」
小峰は状況整理と次するべきことに考えを注いだ。
「とりあえず党本部に電話してみましょう」
ダメ元で小峰は携帯を取り出して、民政党本部に電話をかけてみることにした。まず電話自体が生きてるかも問題だ。
「……もしもし」
出た声は磯江民政党幹事長だった。
「磯江君か!」
良かった、と小峰が思った瞬間、磯江は予想外の行動に出た。
「小峰さんですか? この党としては先ほどあなたの離党勧告が出たんですが」
それは、いつも「先生」で呼ぶ磯江ではなかった。
「ふざけるな!」
小峰は叫んだ。
「あなたの指導力の無さが、この状態を生み出したのでしょう?」
小峰は磯江の態度が理解出来なかったが、気が付いた。
磯江は風波派だったのだ。
ならばどうすればいいか? 答えは簡単だ。それを実行するのには少し小峰の良心が咎められた。だが、今はそう言っていられなかった。
「風波派の磯江君」
小峰らしくないその発言に、磯江は何となくドキッとした。
「今内閣は何人残っているか知っているかい?」
磯江は無言になった。
「4人だ」
小峰は続ける。
「この中に風波涼子が入っていると思うかい?」
自分で言っていて、とても残酷なのはわかっている。けれども民政党が味方に付かないことには何も始まらない。
「先生……」
磯江は涙声だった。
「わかっていますよ。きっと風波さんも生きてないんでしょう。私達が党の中の権力問題などをのんびり話している時間、小峰先生たちは大変苦労なさっていたんでしょう。本当に申し訳ありません。でも党内は協力姿勢じゃなくて……」
磯江も磯江で苦しんでいたようだった。
「わかった。スピーカに切り替えてくれないか?」
小峰はそれを要求した。磯江は言われたとおりにした。
『民政党の諸君、小峰だ』
党本部に響き渡った声に、政権交代に思いを馳せていた党員達は皆が青ざめた。
『君達が何を考えているかは知らんが、私小峰幸三はまだ生きている。私が生きている限りは君達は党員として総裁の命令に従う義務がある。その義務に従えない党員の方が離党勧告を食らうべきだろう。今から言うことをよく聞きなさい』
党内が静かになる。
『内閣のメンバーはほとんど死亡した。この経緯もまた様々で、今は説明している場合じゃない。今生きているのは私以外に末崎と菊名と唐山しかいない』
末崎と言ったところで、舌打ちをした党員がいた。
『ポスト小峰などと言っている場合では無いことを各自自覚しなさい。参議院では事件処理後に改憲党との挙国一致内閣成立、民主連合との連立政権を崩壊させることを決定した。とにかく君達には地方の党委員会への通達等をしてほしい。また追って連絡をする。』
電話は切れた。磯江も崩れ落ちて泣き出した。
夜が明け、日付は15日に変わった。誰もが24時間をとてつもなく長く感じていた。まだ事件は3日目であることを思い浮かべるほど、余裕がある人間もいない。それは政治家だけでなく、一般国民までもがそうだった。
地方の党委員会から事件の詳細のFAXが総裁室に来た。首謀者は原理党代表・味、同党副代表安西、同党党員車田らしい。地方のデモは自衛隊などにも影響を及ぼす。まずはこの議事堂を脱出するのが先決だ。
「覚えてろ、原理党」
小峰はその紙を握り締めた。
車田は新幹線で、関西に向かっていた。新幹線は空いていた。それもそのはず、誰もが家から出ようとしていないためである。今の治安はもはや最悪だ。警察が機能していない地方は店は配給所同様となっており、泥棒・殺人犯の温床だった。そのとき、車田の電話が鳴った。
「はい、車田です」
「味だ」
「どうも、味さん。今大阪向かってます」
「知っている」
味は言葉を一度切った。
「これからお前に辞令を発表する」
「え」
車田は驚いた。しかし彼の驚きをよそに味はさっさと言ってしまう。
「車田、今を以ってお前を国家治安維持委員会委員長とする」
「いや、待ってください!」
「何だ。今時間が無い」
「尾崎さんはどうしたんですか」
味は突然黙った。そして、
「あいつはじきに、我々の正面に立ちはだかるだろう」
「それにしても」
議事堂の広い廊下を4人で用心深く歩いていた時、唐山は口を開いた。
「ひどい事件じゃの。仲間割れもひどい。事件後もまた大波乱じゃ。大物政治家黒篠健也が死んだんだ。国葬が行われるだろうし、政界も大きな変貌を遂げるだろう」
磯江を始めとする民政党議員の何人かは、経済産業省に向かっていた。
なぜなら、経済産業省だけが今原理党の党員がいない省庁だからだ。そこで小峰に連絡を取り、磯江が実質経済産業省大臣として指導することになった。
本来ならば次期大臣である石島議員が来るべきだが、石島は既に自分の地元へ車で帰省していた。彼女もまた、政治家としての大切な仕事よりも自分の命が大切なのだった。
だが、彼らは油断しすぎていた。
経済産業省。磯江達はぞろぞろと中へ入っていった。門に立っている警備員に磯江は声をかけた。
「民政党幹事長、磯江だ。小峰総理からの命令により、ここに……」
「前総理?」
警備員のその言い回しに磯江達は嫌な印象を受けた。そして、警備員は言った。
「今の総理は味さんですよ?」
警備員の手から短い拳銃が繰り出された。発砲する構えだ。もう後戻りは出来ない。
「くそっ……いくぞ!」
磯江は中へ走りだした。他の人間もそれについて行く。列の最後尾を銃弾がなぞっていく。
階段へ向かう頃には銃弾は途切れた。
今度は尾崎の電話が鳴った。尾崎も別の車に乗って、警視庁に向かっていた。警察庁よりも実際の警察官に指示を送った方が手っ取り早いと考えたためだ。
「もしもし、尾崎です」
「味だ」
「あ、味さん、どうも。警察の方は休日の警察官を呼び出している所です」
「いやそれはいい」
「良くないでしょう」
尾崎の言葉を無視して言った。
「自衛隊の出動を要請しろ。一般市民を抑圧する」
尾崎は驚いた。それは彼がこの事件で最も恐れていたことだった。
永田町の戦いは最終ステージへと移り始めていた。