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8.一縷の希望@2016.6.14 18:22

「……! き、菊名君っ!」

 小峰は菊名を呼ぶ。

「どうしました?」

「風波さんが、」

「あなたも分かっていたはずでしょう」

 菊名は笑って相手をしてくれない。

 小峰は他の議員に風波を救護室に運ばせた。小峰は菊名を思いっきり睨んだ。



「小峰さん」

 菊名はしゃあしゃあと小峰の前に出てきた。小峰は無視する。

「この状況で誰を信じればいいと思います?」

 小峰には胸の痛い質問だった。閣僚達が本当の信頼関係で結ばれていたならば、こんなことはおきなかったからだ。少なくとも、この内閣の中の戦いで死んだ早川・長島・嘉条・黒篠・風波は。

「答えは簡単なんですよ」

 菊名の目はもう笑っていない。

「自分だけを信じるんですよ。人なんかどうでもいいってね」



 尾崎は党本部に戻ってきた。代表室の扉を開けて声をかける。

「味さん」

「お、早かったな」

 味は飲んでいたコーヒーのカップを机に置いて、代表室から味は出てきた。

「参議院で緊急集会が行われるようだ」

「何ですって!」

 尾崎は唇を噛みしめた。やはり少ない人数でも国会にも人員を配置しておくべきだったと。

「いや、そんなことは別にいい。とにかく小峰たちを早めに叩け」

 味は尾崎の目を見つめる。

「相手は仲間割れの処理だけでも大変そうだからな」

「そうですか」

 尾崎は内心ニヤリとした。ところが、味から予想外の質問が返ってきた。

「尾崎、俺達を裏切るような真似はするなよ」

 そう言って味は尾崎の肩をポン、と叩く。

「え? 何言ってるんですか、味さん。そんな冗談にもならないことを……」

 尾崎の目を見て、味は静かに言った。

「そうだな、冗談にもならない」



「参議院緊急集会を開会します」

 議長が声高らかに宣言した。その後、小峰が壇上に立つ。

「皆さん、今日の緊急集会では注意があります。よく聞いて欲しいと思います。

 今回、このような大事件が起こってしまったのは私の責任です。決して否定しませんし、否定のしようがありません。私を責めても大いに結構です。ですが、事は一刻を争っています。今は敵対感を募らせている場合ではないと思います」

 小峰の視線は、第2野党――この場では第1野党である――の改憲党の代表、綾葉あやばの方を向いていた。綾葉も小峰の視線に気づいたようだ。小峰の言葉が終わると綾葉は挙手した。

「綾葉君」

 議長が指名すると、壇上に立つ。

「我々改憲党はこの緊急事態において、小峰首相を中心とした民政党の動きに従って動き、原理党の異常な運動を食い止めたいと思う」

 綾葉の言葉に民政党から歓声が起こった。綾葉は小峰を見つめる。小峰は軽く頭を下げた。



 尾崎はテレビを消した。つまらない。

 尾崎が見ていたのはNHKの国会中継である。NHKの実権が原理党に握られている以上、この国会中継も監視カメラのようなものであることに小峰達は気づいていないのか、それとも気づいていてあえてそうしているのか、改憲党との協定を結んだ。小峰は綾葉の協力宣言のあと、こう言った。

「現在、小峰内閣ならびに政府が抱えている大きな問題として、閣僚の多くが亡くなった事があげられます。この原因は様々ですが、いずれにしても私小峰幸三の組織力不足であることは事実です。とにかくまずは原理党から法治系統の組織の実権を取り返し、治安を取り戻すことを目標にしたいと思います。その後、各省庁の実権を取り返していき最終的には国会の首相指名により選ばれた新首相を中心に内閣を構成・首都機能の回復をしていきたいと思います。この際にはどの政党の人間が首相になっても、挙国一致内閣とすることを考えています。特に民政党から新首相が出た場合は確実にそうなります」

 『挙国一致内閣』。つまり、国の緊急事態として政党に関係なく構成された内閣のことを指す。日本での挙国一致内閣は歴史史上、斉藤内閣と岡田内閣の二つしかない。両方とも戦前だ。つまり戦後初の挙国一致内閣を、小峰は発足させようと本気で考えているようだ。

 「(このご時勢に何を考えているのやら。そんなことをすれば次の選挙戦はお互いに遠慮し合ってまともな政策が出揃わない。そうしているうちに、連立政権だか挙国一致だかはっきりしない内閣が続いていくことになる。何のために政党があるのか分かっていて小峰はこんなことを言っているのか)」

 尾崎は嘲笑していた。



「挙国一致内閣か」

 味は代表室で国会中継を見ていた。

「ふむ……」

 綾葉豊一という味の敵が増えた――わけではなかった。味は56歳、綾葉もまた56歳、二人は政友だった。綾葉は元々民政党の議員だったが、黒篠内閣時代に派閥政治のあり方に疑問を感じて民政党を離党した。無所属の味と元民政党議員の綾葉。考え方は二人とも民政党を嫌っていたが、綾葉は少し事情が違っていた。

「僕は民政党が嫌いなんじゃない。黒篠を中心とした、派閥政治が嫌いなんだ。だから戻るべき時には戻るつもりだ。ま、当分先になることは自明だが」

 黒篠から先、黒篠・赤井・小峰と黒篠派の首相が続いていった。赤井内閣はほんの1年足らずで総辞職をすることとなったが、小峰内閣はこれと言った成功も無い代わりに事件も起こしていなかった。小峰幸三という黒篠派でありながら、他の黒篠派の人間とは一味違う存在を綾葉は前から少し気にかけていた。この間の綾葉の発言はまだ味の中を駆け巡っている。

「小峰内閣、もう2年経つね。彼はね……なんか黒篠派の人間の中でも風変わりなもんだよ。黒篠派として黒篠を応援していても、誰よりも政治に対する意志と言うか、芯は硬くて太いと思う。彼みたいな総裁を持つ民政党が長く続く保証があれば、復党を考えようと思っているところなんだよ」

 そしてこの綾葉の言葉は早くクーデターを起こすように味の心を責め立てた。綾葉と言う心の中の味方がいるうちに起こしたかった。心の底の主張は違えど同じ野党、綾葉が民政党に復党する前にこのクーデターを起こさなければならないと、味の心の中では決まっていた。

「綾葉さんか」

 味がボーっと画面を見つめているうちに議長が言い渡した。

「これにて緊急集会を閉会とする!」



「お疲れ様でした」

 小峰は末崎や唐山などの閣僚達に声をかけた。そして綾葉にも。

「綾葉さん」

「どうも、小峰さん」

「このたびはどうも……」

「そういう礼を受ける覚えは無いですな。私は国民の立場に立って考えたまでだ。あなたは敵でも味方でも無い」

 一見ぶっきらぼうに見える綾葉が、野党の中で一番信頼できる人間として小峰には映った。

「そうですか」

「ま、」

 綾葉は少し顔をゆがめた。

「私がいたころの民政党よりは、ずいぶん良くなっているんじゃないんですか」

 今のは嫌味ではないのだろう。だからこそしっかりしないと。小峰はそんな思いで議場から去っていく綾葉の背中を見つめた。



 民放テレビ局、F社。

『6時半になりました。ニュースをお伝えいたします』

 ニュースキャスターは原稿を一目見て驚きの表情をした。その表情を隠して続ける。

『各地で民政党によるクーデターが起こっています。ところによってはその地域の警察の……』

 原理党本部にもう人は誰もいなかった。

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