人形のお店 "senssosoip doll"
この部屋にはたくさんのお人形がある。若い少女の営む人形屋、店主はまるで外を歩く学生よりも小さく見える。
「いらっしゃいませ~」
カランカランと鳴る店の扉。入ってきたのは4歳の娘を連れた男性。彼は来店3回目である。
「やぁキャシー、娘の誕生日に人形を買いたいんだ。見て行ってもいいかな?」
「もちろんです。私はカウンター裏でお人形を作るので決まったらお呼びください」
一礼して裏へ下がる。目の前には人形の素材が綺麗に並べられている。体と四肢を縫い付け、頭を取り付ける。髪の毛や服も一つ一つ丁寧に縫い上げていく。
「キャシー。決まったんだ! 会計を頼むよ」
回転椅子をくるりと回して作業机を離れる。
「はいリリーちゃん、お人形どうぞ。 お父さん、会計は850銅貨です」
「そういえばオーダーメイドもやってるんだよね? こんど娘のも頼みにくるよ」
キャシーはぺこりと一礼する。
「ぜひお待ちしております」
この店は80年前、先代の国王が崩御する前からあり、店主も変わっていない。みんなこの店と歴史は知っているが、聞かれると、口をそろえてこういう。
「あそこの店主は幼いのに手先が器用で健気だ」と、
次の日、一人の少女が店を訪れた。オーダーメイドの自分にそっくりな人形を取りに来たのだ。
「キャシーさん、こんにちは。お人形出来てますか?」
「あ、アメリアちゃん! もちろんできてるよ! はい、どうぞ」
代金は注文時に支払っているため直ぐに人形を手渡された。あまりにも精巧にできたそれは、まるで生きているかのようで、自分の心臓の鼓動が人形の鼓動にも聞こえそうだった。
「ありがとう! またね!」
アメリアは店を後にする。店主はにこやかに手を振りながら見送り、ふと振っていた手を見つめる。皮膚がめくれているように見える。彼女は何かつぶやいたかと思うと足早に入口へ向かい、臨時休業のふだを立ててしまった。
その夜、アメリアは寝苦しさで目を覚ました。重いまぶたを開けると棚に置いてあったはずの自分そっくりな人形が胸に乗っている。あわてて悲鳴を上げようとするが、声が出ない。
「クルシイ? コエガデナイネ?」
人形から声が聞こえる。徐々に人形が大きくなり、比例してアメリアの体は小さくなっていく。とうとう本物と人形のサイズが入れ替わってしまった。
「明日になればあなたもコレクションの一部だよ」
人形のアメリアは動かなくなった本物を窓際に置いてベットに潜り込んだ。
朝、キャシーが店を開けて程なくアメリアと母親が来店した。
「キャシーちゃんごめんなさいね? ちょっと人形が本物に近すぎてアメリアが怖くなっちゃったみたいなの。手直しお願いできるかしら?」
「じゃあ一緒に直すので、お母さんは店内でお待ちください。おいでアメリアちゃん」
店の裏、作業台の上に人形にされた本物を置き、入れ替わった人形のアメリアとキャシーが向かい合って両手をつなぐ。一瞬光ったのちにキャシーの体は縮み、精巧な人形となった。アメリアの体で人形にされた彼女の体の部位を剥ぎ取り、キャシーに似せてゆく。人形を触っている間、元アメリアの声が聞こえる。
「返して! 私を家に帰してよ!」
入れ替わったアメリアはニタァっと笑いながら言う。
「私は私よ? あなたはキャシー。なにもおかしくないわ」
最後の縫い付けを終えて人形の額にキスをする。すると白い煙が立ち上り、アメリア人形からキャシー人形に移った。アメリアは自分の人形を作業場のさらに奥の倉庫に置きに行く。そこには、何百何千もの人形が保管されていた。
「やだ! 怖いよ! 助けてお母さん!」
元アメリアの叫び虚しく、倉庫の扉は音を立てて閉じられた。アメリアは床に落ちた人形を手ではたいて埃を落としてキスをする。それは瞬く間に姿形を変え、キャシーになった。
「お母さんお待たせしました。手直ししましたよ」
「あらありがとうアメリアちゃん前のもよかったけど今の方がもっと娘のキャシーに似てるわ!」
「銅貨50枚が手直し料金になります」
来店した時に茶髪だった娘の髪がブロンドになったことを一切指摘しない。まるで初めからそうであったかのように。
「それじゃあまたよろしくねっ!」
アメリアは手を振りながら二人を見送る。にこやかな顔の目は黒くギョロっとした真珠の様だった。
入れ替わりって怖いですよね…




