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深森の魔女セルリアの物語  作者: 端月小みち
第一章 唇を奪われたお姫様と片想いの魔女
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第四話 キスへの期待と悪足掻き


 セルリアは自分の棲む森の小屋の扉に『しばらく留守にします』という看板を掛けて王都へとやって来た。


 セリーと名乗って王子付きのメイドになってからは、その肩から流れ落ちる、燃えるようなオレンジブロンドの髪はうしろで丸く結い上げて、紺色の地味なコットンのメイド服に身を包むと、誰の目にもディーン王子の目にさえ、『深森の魔女』だと気付かれることなく王子の身の回りの世話役をこなし始めた。


 しかしまた、本来ここにやって来た目的を果たすべく、朝食など自室で食事を摂る時や午後のティータイムで給仕する時、あるいは、部屋の掃除の時間など、王子と部屋で二人きりになる機会を捉えては、何気のない素振りで王子の前でスカートの裾をわざと持ち上げ、ガーターストッキングに包まれた脚をチラ見せさせたり、わざと落とした小物を拾い上げようと大袈裟に前に屈み込んでは、突き上げたお尻を左右に振って見せたり、前ボタンをわざと一つ外し胸元の奥がもっと覗けるように見せつけたりと、セルリアはことあるごとにディーン王子の気を惹こうと涙ぐましい努力を続けた。


 しかしその様にいくら懸命に王子の気を惹こうと頑張ったところで、毎夜毎夜覗き見る『水盤』に現れる王子の夢の中の光景には決まって、王子が見詰める先の、デートリヒ大公の娘レイラ姫の艶やかな唇か、ニッコリと笑い掛けてくる麗しい姿態ばかりでセルリアの姿などは一欠片も登場しなかった。


──あぁ、やっぱり王子様はわたしのことなんか何とも想ってくれていないんだわ……


 セルリアの一日の終わりはいつもメイドの仕事をこなした疲労感と、ディーン王子の気を惹くことへの無力感で打ちひしがれることの繰り返しだった。


「みゃぁぁぁ……」


 そんな時にも、メイド長には内緒で王宮に連れ込んだ相棒のリーウィッドが必ず傍にやって来てくれるのが、セルリアの唯一の心の慰めでもあった。


「大丈夫よ、リーウィッド、こっちに来て? いっしょに寝ましょう? 」


 セルリアは横になった自分の肩に頭をグリグリと擦り付けるリーウィッドの顎を撫でながら、自分の布団の中へと導き入れた。


 黒猫の柔らかな毛並みに慰められながら眠りに落ちると、夢の中では決まっていつもディーン王子との密かな逢瀬を心ゆくまで悦しむことができるのだった。




 ある日には、セルリアは魔女としての『力』も使ってやろうと意を決して、ティータイムの時間に差し出す王子のカップに惚れ薬を垂らしてみた。


 惚れ薬は飲んだ直後に見た異性に対し、激しい恋慕の情を抱かずにはいられなくなる恋の起爆剤としての効果をもつ。

 セルリアは内心ドキドキと高鳴る心臓を抑え、わざとらしく自分の姿が王子の視野の端に入る位置に立った。

 手に持つお盆の端をぎゅっと掴み、王子が一口紅茶をすする様子をじっと見詰めていると、すぐにディーン王子は一瞬だけ部屋の隅に立つセルリアに向けて視線を送った。


──お! 今わたしをチラ見したわ……


 すると王子は再び、そして今度はじぃっとセルリアの顔を見詰め始めた。


──あぁ……どうしましょう!? ……わたしのことをずっと見てる……


 セルリアはもうソワソワ、モジモジと腰を(よじ)らせ、ディーンの目線に何とか耐えようとする。


 そのうちにディーンの視線は、みるみると熱く熱を帯びギラギラとしたものへと変貌していくのが、セルリアにも手に取るように分かった。


──わたし今、ディーン様から熱い眼差しを向けられている……どうしましょう……


 ディーン王子は熱に浮かされたような惚けた表情から、突然セルリアに声を掛けた。


「あぁ、セリー……今日は君、なんかとっても魅惑的(チャーミング)だよ……」


「まぁっ! やだ、そんな……」

──あぁ……とうとう、来た来たっ! ……


 セルリアは頬を赤らめ思わず顔を俯かせた。


 まぁ、でもそれは薬の効果なんだけど……


 ……という現実の話は都合よくも頭の中からピンとつま弾いて、憧れの王子様からずっと夢に見てきた言葉を囁かれたセルリアは感激して身を震わせた。


「セリー……こっちに来てもっとよく君の美しい顔を僕に見せておくれ? 」


──おわぁっ!! いきなりすっごいの来た来たぁっ! 


 すごい効果テキメンねっ。わたしの作った惚れ薬ったら! 


「……ディーン様ったら。もぉっ! そんなこと急に……」


「僕は本気だよ……」


 ディーン王子は椅子から立ち上がりセルリアに歩み寄ってきた。


「あん……でもそんな……恥ずかしい……」


 俯くセルリアの頬を優しく撫で、それから彼女の顎をクイッと持ち上げた。


「なぁ、いいだろう? ……」


 そう囁き、その緑色の澄んだ瞳をうっとりとして見詰める。


「……セリーのこのソバカスもすごく可愛らしいし、この小さな唇もまた愛らしい……」


 ディーンはセルリアの唇に人差し指を軽く押し当て、その結んだ唇の溝に沿わせて左右に優しく指先を走らせた。


「あぁ、ディーンさまぁぁ……」


 そして王子はやおらその美しい顔をセルリアに向けてグイっと近づけてきた。


──きゃあ! やだぁっ! ……わたしったらどうしましょう!? ……ディーン様ったら……あぁ、近い……近いわ……


 でも……わたしとキスして下さるのね? 


──もっ、もちろん! いいですわっ! いいですともっ!! ……


「はい……」


 セルリアはコクリと小さく頷き、胸に手当てドクドクと高鳴り止まない鼓動を懸命に押さえ付けようとしながら、目をつむって顎を突き出し、その唇をディーンに向けて差し出した。



「「…………」」



 暫しの沈黙が流れた。


 王子の柔らかな唇の感触をセルリアは背筋を硬直させながら今や遅しと心待ちにしたが、その甘く切ない『ご褒美』は幾ら待てもども伝わってこない。


「…………? 」

──ディーン様……?


 セルリアは恐る恐る薄め目を開けると、自分のもうすぐ一寸前で眉間に皺を寄せ、固まって(フリーズして)葛藤しているディーンの顔があった。


 すると、その吐息混じりの悩ましげな声が、セルリアの鼻先に降り掛かった。


「……あぁ……でも、僕には大事な人が……あぁ……そうだった! 僕としたことがこんな大事なことを忘れ掛けていたなんて……」


 ディーンはそう呟くと、セルリアの頬をそっと軽く撫でた。


「……あぁ、ごめんよ、セリー。僕が変なことを言ってしまって……深い意味はないんだ。どうか気にしないで忘れて欲しい……」


 そう言ってディーン王子は、再びテーブルの椅子に座ってしまった。


「セリー、ごめんよ……本当に……」


 ディーンは小さく最後にそう囁いた。

 



──はぁぁぁ……駄目かぁ、やっぱりそうよねぇ……


 惚れ薬は飲ませた相手に意中の人がいない場合、あるいは、いてもその想いが薄れてきている場合には、その想いを自分に振り向かせる効果はテキメンにあるが、相手に強い想い人がいる場合には、そのふたつの相反する想いが反発し合い、薬の効果は極端に低減してしまう。


 そんなことはセルリア自身も最初から頭では分かっていた。 

 

 しかし、現実にその失敗の好例をわざわざ自分で実証してしまっていることが自分でも酷く滑稽に思えてきて、少しでも期待をしてしまった自分がすごく惨めに思えてきた。


 そんなやりようのない無力感と自分の魅力のなさなどへの想いがない交ぜとなって、セルリアの心に後になってから、ずぅんと重く(こた)えてくるのだった。




 そしてまたある日には、セルリアにとってはもうトドメとなるような、それでなくとも辛うじて繋ぎ止めてはいる気持ちを無情にもプツリと断ち切ってしまう出来事があった。


 それはその日の午前中、書斎机に向かって、何事かをブツブツと呟きながら熱心に手紙をしたためていた王子が、よし、できたっ! と言って嬉しそうに顔をあげると、丁度横で部屋の掃除をしていたセルリアに向かってこう言ったのだ。


「セリーさん、僕が今書いた手紙なんだけど、ここで読んでみるから一緒に聞いてくれないかなぁ……」


「まぁ! どの様なお手紙でしょう? ……」


「実は僕が婚約を申し入れているレイラ姫への想いを綴った手紙なんだ。ちょっと恥ずかしいけど、同じ女性としてどう感じるかなぁ、と思ってさ──」


「え……まぁ、そうですか……はい。もちろんわたしなんかでよければ……歓んでお聞きして差し上げますわ……ホントに羨ましいですわ、ディーン様にはそんな素敵なお妃候補となる方がいらして……」


「うん。ありがとう。でも、お返事がまだ頂けてないんだけどね」


 セルリアは笑顔を作っていられなくなって、椅子に腰掛け俯いた。


「あぁ……君のそのまるで森の小川のせせらぎの様にキラキラと光り輝き流れ落ちる金髪(ブロンドヘアー)……そのサファイヤのように慎み深く、深淵の奥底に一筋の煌めきを湛える麗しの瞳……そして、甘美なさくらんぼのように艷やかで可愛らしいその禁断の唇……そのどれもが僕の心を鷲掴んで離そうとしない……あぁ、なんて罪深い……君は僕を恋という名の牢獄の囚われ人にしてしまった……あぁ、レイラ姫……」


 恋文(ラブレター)を手に、レイラへの熱い想いを吐露するディーンの言葉を聞くうちに、もう自然と目から涙が溢れてくるのをセルリアは懸命に(こら)えるのが精一杯だった。




 その夜セルリアは、自室の冷たいベットにゴロンと横になって、低い屋根裏の天井窓を見上げた。


──あぁ……これはもう報われることのない努力なのだわ。せめて一晩だけでもディーン様と……と想っただけなのに……あぁ……もう諦めて、森に帰ろうかな……


 そうよね、そうしちゃおう! 明日メイド長に辞めることを伝えよう……


 リーウィッドのもふもふした丸い背中を撫でながら、セルリアは一人虚しくそう想った。


──でも……


 折角ここまで頑張ってきたのだから……


 その時、セルリアの頭の中にふと一つのアイデアが浮かんできた。


──う~ん、レイラ姫には少しお気の毒だけれど、ちょっとの間だけ遠慮してもらおうかしら? ……わたしだって悔いは残したくないし、もうこんなことはこれっきりと決めているのだから……


 そうよね。もう少しだけ悪足掻(わるあが)きをしてみようかな……


 セルリアは思い付いたアイデアを明日早速実行しようと心に決めて眠りについた。



いつもご愛読ありがとうございます。


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何卒よろしくお願いしますぅぅ~~!

(╹▽╹)

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セルリア頑張れ……と応援したくなりました なんとか良き方向に進むのか……読み進めていきます! ブクマとポイント入れされテ頂きました! これからも応援してます
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