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君の不在証明  作者: 讀茸
後日譚 レイ・ジェイドの手記

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epilogue.3 ロウリ・ゴートウィスト

 アズの件が片付いた後、私はロウリの下を訪問した。

 彼女の下を訪れるのを最後にしたのは、あの少女は私が事後報告になど行かなくとも、上手くやっているだろうと思ったからである。

 私がロウリの能力にそれだけの信頼を置いているのは、彼女だけが唯一生き残ったということにも起因しているのだと思う。

 アルカナンの中枢メンバーは、誰もが人でなしの悪人だった。

 自らが行ってきた悪事の報いを受けるように、アルカナンの中枢メンバーは誰かに殺されて死んでいる。

 ただ一人、ロウリだけが今も生き残っている。

 悪人は嫌われる。

 だが、私はこうも思う。

 嫌われるからこそ、悪人なのだと。

 多くの人が嫌がることをするから、その人間は悪人と呼ばれ蔑まれるのだ。

 自然、悪人とは人々の嫌悪を集める存在だ。

 嫌われ、憎まれ、恨まれた。

 だからこそ、アルカナンの悪人達は皆、人に殺されるという末路を辿った。

 あのドゥミゼル・ディザスティアやシャルナ・エイジブルーでさえ、人々の嫌悪と憎悪に呑まれるように殺された。

 ロウリ・ゴートウィストだけが、上手いこと今も生き延びている。

 これは私の個人的な勘に過ぎないが、これから彼女が人に殺されて死ぬこともないと思う。

 あれだけの悪行を行っても生き残った少女が、私からの事後報告が無かった程度で、どうにかなるはずはないだろう。

 彼女の行方はすぐに判明した。

 隣国の冒険者ギルドの名簿を確認すると、ロウリ・ラーケイプという名前が見つかった。

 ゴートウィストの姓を登録名に使うのは色々マズいと思ったのだろう。

 だが、ルーアの姓をそのまま使っている上に、ロウリの方も特に偽っていない。

 特段嘘を吐いたわけでもないが、エルグランからの追手は来ないという私の言葉は信じているらしい。

 私はロウリが登録している冒険者ギルドに赴き、ギルドの職員に彼女について尋ねた。

 今は依頼を受けて獣を狩りに行っていると言うので、狩場を職員から聞き出して私も後を追った。


「あ、レイだ。久しぶり」


 背の低い木が生えた森の中。

 私が背後から声をかけるより早く、ロウリは私の気配を気取って言った。

 特別気配を絶っていたわけではないが、背後に立って気取られるのは久しぶりだったので、少しびっくりした。

 ツウィグとルーアも一緒だったようで、ロウリの後ろに立っていた。

 ロウリの足下を見ると、巨大な猪が転がっている。首のあたりを銀色の剣で貫かれており、一撃で絶命したようだった。

 彼女の呪術は赤黒い武器を構築するはずだ。

 今のロウリは呪術ではなく、ただの鋼鉄魔術を使っているらしかった。

 それどころか、腐敗の魔眼を移植したはずの左目にも、再び眼帯が着けられている。

 そのことについて尋ねると、ロウリはやけにあっさりとした口調で答えた。


「もう使わないことにしたんだ。よく考えたら、呪術ってなんかヤバいしさ。使ってると体痛くなったりするし。魔眼も病院で取ってもらったよ。魔術連に魔眼売ったら、めっちゃお金もらえた」


 聞けば、ロウリは呪術をほとんど手放しているらしかった。

 呪術の産物である腐敗の魔眼も摘出しているのだから、かなり徹底している

 魔術連に売るくらいならこっちで買い取らせてほしかったが、売ってしまったものは仕方ないと諦めた。


「折角だからレイも手伝ってよ。今この猪みたいのが大量発生してて、ギルドにもめっちゃ依頼来てるんだって」


 私はロウリに促されるまま、猪狩りを手伝った。

 最初は目についた猪を適当にレイピアで斬り刻んでいたのだが、死体を傷付けすぎるなとロウリに注意された。

 猪の死体が綺麗に保存されている方が、冒険者ギルドで高く買い取ってもらえるらしい。

 見れば、ロウリはほとんどの猪を、首元への一撃だけで殺していた。

 私もそれに倣い、できるだけ急所への一撃で猪を仕留めるように心掛けた。

 私とロウリが狩った猪の死体を、ツウィグとルーアは袋に詰め、ロウリが鋼鉄魔術で作ったらしい台車に乗せていた。

 そんな二人の姿が、私にはひどく新鮮だった。

 声をかけ合いながら、協力して生き生きと仕事をしている。

 アルカナンにいた頃は、いつも流れ弾を食らわないようにと息を潜めていた二人が、こんなにも生命力に満ちた顔をするのかと思った。

 特に変化があったのはツウィグだ。

 長かった前髪を切ったようで、薄く青の瞳を輝かせて猪を袋詰めする作業に勤しんでいる。

 猪の詰まった袋で台車がいっぱいになったところで、私達は猪狩りを切り上げた。

 まだ日が高い内に狩りを終えた私達は、猪詰めの袋が乗った台車をみんなで押して、冒険者ギルドへと戻った。

 猪狩りを手伝ってもらったお礼にと、私はロウリ達に猪のステーキを奢ってもらった。

 このギルドでは冒険者が狩ってきた猪を、併設されたレストランで料理して食べられるらしい。


「そういえば、今日ってなんかの用事で来たの? 普通に猪狩り手伝ってもらっちゃったけど」


 私もここで本来の用事を思い出し、諸々の報告と手続きについてロウリに話した。

 まずはドゥミゼル・ディザスティアの死亡が確認されたこと。

 ツウィグが腐敗の魔眼目当てで追われる可能性は完全に無い。その魔眼も既に売り払ってしまったようだが。

 次にシャルナ討伐の功績が認められ、ロウリには報奨金が出たこと。

 実際には一度アルカナンに寝返ったロウリだが、私の手配でアルカナン討伐のためにスパイとして潜入した扱いになっている。

 そのため、公的な扱いとしてはロウリはアルカナン討伐に貢献した英雄だ。形だけでも報奨金が出ているので渡した。

 最後に、ゴートウィスト家当主の権利を放棄するためにサインが欲しいこと。

 今のソルノットはアルカナンもゴートウィストも崩壊したため、統治基盤が全く存在していない。

 ローストン・ゴートウィストは死去しているため、本来は彼の一人娘であるロウリがソルノットを治めるのだが、そんなことをロウリがしてくれるはずはない。

 本土から他の組織か家を派遣することになるだろうが、その前にゴートウィスト家の継承権を放棄するとロウリに一筆書いてもらう必要があった。

 といっても、これはほとんど事後承諾だ。

 エルグランは新しい家を既にソルノット自治領へと派遣している。

 今更ゴートウィスト家を継ぐと言われても困るので、ロウリがすんなりとサインしてくれて良かった。


「おー、またお金もらっちゃった」


 報奨金が出たことに、ロウリ達は喜んでいた。

 なんでも、三人で家を買うことが目標らしい。

 今は宿屋に泊りながら冒険者をやっているらしいが、将来的にはお金を貯めてマイホームを買いたいのだとか。

 そんなひどく平凡な夢を抱く三人が、私には少し意外だった。

 ロウリは元々ゴートウィスト家の令嬢だ。マイホームどころか屋敷に住んでいた人間が、こんなにも小さな目標のために生きている。

 ツウィグはともかく、ルーアがコツコツとお金を貯められるヴィジョンが私には浮かばない。

 ロウリもどちらかといえば、殺し合いの中に楽しさを見出すタイプだったはずだ。

 あれだけ強烈かつ強刺激だったソルノットを生き抜いた彼らが、ここまで普通の生活に適合しているとは思わなかった。


「まあ、最初は苦労したよ。宿屋のベッドって硬くて寝心地悪いし。ルーアも新しい土地が不安で、すぐ情緒不安定になっちゃうし。ツウィグも片目になってから、遠近感が掴みにくくて転んだりしてた」


 理由は色々あると思う。

 ロウリはシャルナとの戦いで完全燃焼できたから、あっさりと呪術を手放せたとか。

 ルーアはロウリへの依存性が、上手くロウリの性格と噛み合っているとか

 ツウィグは新しい土地に連れ出してもらえて、ソルノットでのトラウマが薄れているとか。

 様々な理由や要因が噛み合った結果、彼らは日常に戻ることができたのだろう。


「でも、まあ、それなりにやってるよ。ベッドも毛布買ったらマシになったし。ルーアも膝枕してあげるとちょっとは落ち着くみたいだし。ツウィグも最近は走っても転ばなくなった。マイホーム買ったら、もっと良いベッドで寝れるしね」


 偶然の産物として日常の中に戻った彼ら。

 彼らに普通の未来が待っていることに、私はどこか救われた気がした。

 自分でも理屈の通らないことを言っているとは思う。

 半強制的にアルカナンに巻き込まれたツウィグとルーアはともかく、ロウリは自らの意思でアルカナンへ寝返った。

 彼女はたくさんの人を殺し、踏み躙り、苦しめてきた悪党だ。

 リスタルやディセイバーは、今もロウリ達を恨んでいることだろう。

 それでも、私は思ってしまったのだ。

 彼らが幸せそうに生きていて良かったと、心から感じてしまった。


 人間とは嫌う生き物だ。

 私達は何かを嫌わずにはいられず、必ず何かに強い嫌悪感を向けてしまう。

 それは特定の人物であったり、種族やグループといったカテゴリーであったり、社会に存在する価値観そのものであったりする。

 私も悪人が嫌いだ。

 人を簡単に殺すようなヤツなど、死んでしまえば良いと思っている。

 けれど、同時に悪人が好きだった。

 私に対して友好的に接してくれたアルカナンの者達に、私もまた友好的な感情を抱いている。

 世界には好きと嫌いが両方ある。

 世界が全て嫌いで溢れてしまったら、きっと辛くて生きていけないのだろう。

 だから、もしも貴方の心が嫌悪感に飲み込まれそうになってしまったら、好きなモノだけ持って逃げてほしい。

 嫌いだらけの世界から、好きなものだけを抱えて、いなくなってしまえば良いのだ。

 それができたから、ロウリ達は今も生きている。

 嫌いな誰かを殺すのも、嫌いな世界を壊すのも、嫌いな世界で一人死ぬのも、どれも虚しくて救いが無い。

 貴方が何かを嫌うなら、貴方が大嫌いな世界があるなら、必要なのはただ一つ。

 そこに、貴方がいないという事実だけ。

 嫌いなモノの中に、貴方が存在しないという証明一つ。

 不在証明だけなのだから。

君の不在証明、これにて完結です。

早速ですが、次回作のお話をさせて下さい。

今度はサーガハルト王国という国のお話になります。

本作でも名前だけ出てた軍事国家サーガハルトです。

王道! 爽やか! 人が(あんまり)死なない! みたいな感じで読みやすい作品にしようと思ってます。

世界観は本作と同じなので、実質的な続編となります。

興味があれば是非。

『君に春風を』、明日からスタートします。

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます 本小説はロウリの(自分の気持ちに)一本筋が通った考えが好きでとても楽しかったです。特に一章は終わりの戦闘の流れも含めてとても大好きでした。 逆に対になる看守側に対しては、…
感想一覧
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