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君の不在証明  作者: 讀茸
後日譚 レイ・ジェイドの手記

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86/88

epilogue.1 シャルナ・エイジブルー

 今しがた、報告書を書き終えたところだ。

 ソルノット自治領における、犯罪組織アルカナンとの戦いの記録。

 私の人生で最も長いレポートとなったが、あの戦いのスケールを思えば、仕方のないことだと思う。

 公的記録は既に書き記した。

 故に、この手記に記載するのは、全てが終わった後に私が行った個人的な調査と取材の結果に過ぎない。

 あの悪意に満ちた土地で死んだ者達の背景と過去。

 あの暴力が跋扈する土地を生き残った者の未来と展望。

 強烈でセンセーションなソルノットでの一件だけでなく、彼らの生きてきた人生やバックボーンを含めて、かの土地に生きた者達の在り方を紐解きたいと思ったがために記す手記である。

 これを公開するか、家の引き出しにしまっておくかはまだ決め兼ねている。

 だが、この手記を読む者がいるならば、是非とも貴方の頭にある善悪のフィルターを無くして読んでほしい。

 ソルノットを救った英雄も、アルカナンに君臨した悪人も、この手記では同様に一人の人として扱っている。

 この手記を読みながら、激動のソルノットを生きた者達の人物像をゼロから考え直してみてほしい。

 悪とは何か。

 その問いについて貴方が考えているとしたら、この手記はその一助になるはずである。


     ***


 ロウリ・ゴートウィストがシャルナ・エイジブルーとの決着をつけた直後、私はシャルナの死体をすぐに回収した。

 あの竜人が凄まじい生命力を持っていることは、今更語るまでもない。

 殺したつもりが実は生きていた、なんて空想小説じみた展開を見せられるのはまっぴらごめんだった。

 しかし、ロウリの一撃はしかとシャルナの心臓を穿っており、私が確認する限り、脈拍と呼吸も止まっていた。

 念のため、眼球運動の停止も確認してから、私はシャルナの死亡を判断した。

 竜人という貴重なサンプルを保管するためにも、彼女の死体をできる限り傷付けずに保存するためにも、私は影窓魔術で死体を予め用意した安置所に送っておいた。

 安置所に送った死体を回収しに行ったのは、ドゥミゼル・ディザスティアの死亡が確認された後のことである。

 私はシャルナ含めた数人の死体を持って、エルグラン本土へと帰還した。

 シャルナの死体にはやはり希少価値があるようで、然るべき機関に回されて検査されるらしい。

 竜人。竜種との人間のハーフ。

 彼女がそういう存在であることは、アルカナンには広く知れ渡っていた。

 シャルナがあまりに規格外だったために誰もが受け入れていたが、よく考えると荒唐無稽な話である。

 そもそも、竜種との人間の間に子供が生まれるわけがない。

 このシャルナ・エイジブルーという人間は、一体どこで生まれ、どのような経緯でアルカナンにまで辿り着いたのか。

 私はその謎を解き明かすべく、彼女の出生を辿ることにした。

 シャルナの出生。

 それを考える上で、私の頭に最初に浮かんだのは、かつてドゥミゼル・ディザスティアが語っていた言葉である。


 ――――この地には封印された竜種が眠っているらしいんだ。なんでも、昔に大暴れした竜種らしくてね。それに手を焼いた教会のお偉いさんが、何重にも封印して眠らせたらしい。竜種の中でも最上位。とびきり凶暴で狡猾な蒼炎の竜


 竜の寝床という場所が、ソルノットにはあるらしい。

 そこに封印されている竜種について、ドゥミゼルは蒼炎の竜と呼称していた。

 身体機能の一つとして蒼炎を備えていたシャルナとは、何らかの関係性があるのではないかと、私は考えた。

 竜の寝床を発見するのには、かなりの時間が必要になると予想された。

 何せ、竜の寝床を管理していたとされるゴートウィストの本邸が、跡形も無く消し飛んでいたのだ。

 根気よく調査を進めるしかないと覚悟していたが、思いもよらない所から、私は竜の寝床への道を見つけることとなった。

 何かの手がかりが残ってはいないかと思い、ゴートウィスト家本邸跡地を訪れた時のことだ。

 一人の老婆が地面を這っていた。

 しわがれた手で地面をペタペタと触る姿は、落とし物を探しているようだった。

 私は手伝ってあげようと思い、声をかけた。


「何を探しているんですか?」


 見た所、老婆は手探りで地面を探しているようだ。

 あまり目が良くないのだろうと思った。

 だから、落とし物の色や形が分かれば、真っ当な視力を持つ私は簡単に見つけてあげられると思ったのだ。

 しかし、老婆から返ってきたのは、予想外の答えだった。


「道を探しています」


 詳しく話を聞くと、老婆はこの地下へ続く道を探しているらしかった。

 老婆の話によると、ここの地下には空間が広がっており、そこへと続く道があるはずなのだという。

 老婆は目が見えないから手探りで落とし物を探しているのではなく、地面を叩いて音の反響から地下の空洞を探していたのだった。

 いつまでも老婆に素手で地面を叩かせるのは不憫だったので、私はレイピアを取り出して代わりに地面を叩いてあげた。

 地面を叩きながら辺りを歩き回っていると、反響音が変わる場所があった。

 私がその場所の地面をレイピアで切り崩すと、地下へと続く階段があった。

 私は老婆と共に階段を下り、階段を下りた先に続いていた地下通路を歩いていった。

 道中、私は老婆の名前を訊いた。


「お名前は何というんですか?」

「ラグニカ・エイジブルーと申します」


 老婆の答えを聞いた時、私は思わず目を丸くした。

 こんなにも早く、シャルナの血縁者に出会えるとは思っていなかったためである。

 しかし、そこで言葉に詰まってしまった。

 犯罪組織で多くの悪事を働き、今は死去したシャルナのことについて、血縁者である老婆にどう言葉を切り出せば良いのか分からなかった。

 老婆はそんな私の心情を知ってか知らずか、自ら自分の身の上について話してくれた。


「私が住んでいるのは、ソルノット西部の小さな集落です。あまりに小さな集落ですので、この前の戦争も影響がありませんでした。竜種信仰の根強い集落で、私も蒼竜様への信仰を教えられて育ちました。今も信仰しております」


 後になって調べたことであるが、ソルノットはかつて竜種信仰がそれなりに浸透していた土地だったらしい。

 時代の流れとしても廃れつつある竜種信仰に、ゴートウィスト家が持ち込んだ教会がトドメを刺し、今はごく一部の集落にしか残っていないのだとか。


「私が生まれたのは、代々集落の長を務める家でした。兄は長となり集落を治め、私は竜の巫女として信仰に身を捧げておりました。私の家には蒼宝玉と呼ばれる物が祭られておりました。私が赤子の頃からずっとです。青い石の卵のようなもので、私の集落では蒼竜様の御神体のように崇められておりました。なんでも、蒼竜様からの授かり物だそうで。一日に三度は蒼宝玉にお祈りを捧げておりました」


 老婆は蒼宝玉について詳しく語ってくれた。

 今は行われていないが、かつては蒼竜に巫女を生贄に捧げる文化があったらしい。

 竜の寝床に封印された竜種にどうやって生贄を捧げていたのかは定かではない。

 老婆は選ばれた巫女は封印の内側に入ることができるのだと言っていた。

 老婆が若かった頃には行われていない文化だったらしいので、何か時代と共に忘れ去られた技術があったのかもしれない。

 そうして毎年生贄に捧げられていた巫女だが、たった一人だけ竜の寝床から生還した者がいたらしい。

 その巫女が竜の寝床から持ち帰ったのが、蒼宝玉らしい。

 巫女は持ち帰った蒼宝玉について、「これは蒼竜様との御子です」と語ったのだとか。

 それから、蒼宝玉は竜種信仰において、御神体のような役割を果たすようになったらしい。


「あれは私が四十を過ぎたばかりのことです。蒼宝玉が罅割れて、中から一人の赤ん坊が現れました。集落中で大騒ぎになりましたが、私の家で育てることになりました。私は赤ん坊にシャルナと名付けました」


 シャルナの出生について、私は意外な場所で答えを得た。

 老婆の話を鑑みると、確かにシャルナが竜種と人間のハーフであるというのも筋が通る。


「巫女は生涯独身です。私はあの子を自分の子供のようにさえ思っていました。よく笑う子でした。ただ、どこか浮世離れした雰囲気もありました。お漏らしをして泣いたかと思えば、不意に過去の歴史を言い当てるような不思議な子でした。けれど……周りに崇められたり、お祈りを捧げられたりすると、決まって退屈そうな顔をしていました。それが原因かは分かりませんが、シャルナは若いうちに集落を出て行きました」


 シャルナの持つ怪物性が、どの段階で生まれたかは分からない。

 ただ、子供にも関わらず、周囲に崇拝されるというのは歪な状況であると思う。

 本来頼れる存在であるはずの大人が平伏して祈りを捧げる姿は、幼き日のシャルナにはどのように映っただろうか。

 その時点で人格形成に異常をきたしていたとしても不思議は無いだろう。

 ただ、シャルナが元々人間離れした精神性を持って生まれた可能性も捨てきれない。

 老婆はシャルナをよく笑う子だと評したが、私もシャルナには同様の印象を抱いている。

 アルカナンにいる時の彼女も、下らないことで笑うような人間だった。

 シャルナは生まれた時から、ずっと変わっていないのではないだろうか。

 よく笑い、何よりも退屈を嫌う。

 その性質はシャルナが生まれた時から一貫しているようにも思える。

 シャルナについて語り終えた老婆に、私は一つの質問をした。


「貴方はどうして竜の寝床に?」

「祈りを。蒼宝玉は二十年以上前に砕けてしまったので」


 私達はやがて地下通路を抜け、開けた大空間に辿り着いた。

 そこには見上げるほどの巨躯を誇る竜が眠っており、その周囲を囲むように石碑が立ち並んでいた。

 その石碑に強力な不可侵と封印が施されていることが、半魔族である私には直感的に感じ取れた。

 翼を畳んで眠っている青い竜種。

 老婆はその威容の前に膝をつき、静かに祈りを捧げていた。

アルカナンによる侵略戦争が強い影響を及ぼしたのは、南東部でも都市部に近い地域でのことです。田舎の方では割と影響が無かった地域もあったりします。

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