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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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第八十四話 青春

 ――――僕はもう貴方を許すことはできません


 そんな言葉を聞いたのは、ツウィグの魔眼を移植した後のことだった。

 リュセル君を捕まえて魔眼の移植手術をさせた私は、少しだけ彼と話したのだ。


 ――――ロウリさん、貴方は殺し過ぎた。どんな事情や背景があっても、到底許されることじゃないし……僕は貴方のことを許せそうにない。この手術を受けたのも、味方戦力を少しでも補強するためです。本当はロウリさんのお願いなんて聞きたくない


 赦せない、なんて言葉に心を動かされたことはない。

 でも、リュセル君にそう言われると、少しだけ心が痛むような気がした。

 それは胸をほんの僅かに掠めた違和感程度のものだったけれど。


 ――――そっか


 何を言うべきか、よく分からなかった。

 私は私のしたことに後悔は無い。

 時間が巻き戻ったとしても、私は同じようにゴートウィストを裏切って、同じようにたくさんの人を殺すだろう。

 そうしないと、私は私でいられなかった。

 ロウリ・ゴートウィストという人間が生きる上で、アルカナンへの寝返りは必要なものだったと確信している。

 でも、私にツウィグやルーアが必要だったみたいに、私が殺した人も誰かに必要とされていたんだろうな。

 私がシャルナの在り方に救われたように、私が殺した誰かは他の誰かにとって価値ある人だったんだろう。

 私が殺した人の中に、リュセル君の大切な人もいたのかな?

 そんなことを考えてから、私は――――


 ――――ごめんね


 彼に謝っていた。

 多分、この時に初めて、私は罪悪感というものを抱いたんだと思う。

 いや、罪悪感なんて呼べるほど高尚な感情じゃない。

 ほんの少しだけ、大海に落とした雫みたいに矮小な想いを自覚しただけ。

 彼には悪いことをしたのかな、と。

 ほんの少し考えただけ。


 ――――やめて下さい、今更


 リュセル君はひどく苦しそうに顔を歪めて、私から顔を背けた。

 こんな顔をさせるくらいなら、やっぱり中途半端な謝罪なんて告げるべきじゃなかったかもしれない。

 それくらいにひどく、ひどく辛そうな目をしていた。


 ――――滅茶苦茶ですよ、ロウリさんのせいで。貴方が裏切ったりしなければ、こんな酷いことにはならなかったかもしれないのに。平気みたいな顔して勝手にいなくなって、こんな馬鹿なことして。あの時も、貴方が何か言ってくれれば、僕は…………


 そこまで衝動的に口にしてから、リュセル君は口を噤んだ。

 本当に泣きそうな声だった。

 私はリュセル君の言うあの時が、どの時なのかも分からない。


 ――――勝って下さい。せめて、それくらいは……


 リュセル君が告げた願いは、そんなありきたりなものだった。

 ありきたりで、ありふれていて、あまりにも普通な願い事。

 何となく、それくらい叶えて上げないと可哀想だな、なんてことを思ったりもする。


 ――――まあ、勝つよ。負けたら死んじゃうし


 そう言うと、リュセル君は少しだけホッとした表情を見せた気がした。

 彼が私の言葉一つで安心したかどうかなんて、きっと分かりはしないけど。


 ――――シャルナは私が殺す


 せめて、それだけは断言しておいた。


     ***


 暗い廃墟の中、ロウリが起動した魔眼。

 ツウィグの下にあった時は青カビじみた鈍い色しか放たなかった腐敗の魔眼だが、呪術の適性を以て正しく適合するロウリの眼窩では、ペリドットを思わせる本来の輝きを取り戻していた。

 暗闇に煌めく黄緑色の魔眼は、シャルナの肉体に視点を合わせる。

 今までロウリが呪術で刻んだ軽傷は、一斉にグジュグジュと膿んで腐り出す。

 シャルナ・エイジブルーの肉体が、腐り落ち始めていた。


(腐敗の魔眼……!? ツウィグのとは出力がダンチじゃねーか!)


 腐り落ちる自身の肉体を見て、シャルナは腐敗の魔眼を受けたと瞬時に理解。

 何故、ロウリの左目が腐敗の魔眼にすり替わっているのか。何故、シャルナの肉体に作用するほどにまで出力が上昇しているのか。

 そういった疑問よりも早く、シャルナの胸に湧き上がった感情は――――


「ハハッ! やっぱお前は最高だぜ! ロウリ!」


 かつてないほどの興奮。

 全力をぶつけても壊れない玩具を前にして、シャルナのテンションは急上昇していた。

 上がっていくボルテージに呼応するように、シャルナの全身を蒼炎が包む。

 長身を包んだ蒼炎は傷口からまろび出る膿を焼き払っていた。

 一時は全身が腐って末期患者の如き様相を呈したシャルナが、人の形を取り戻していく。


(傷口を焼いて……熱消毒の要領で腐敗の進行を抑えてる? そんなことすれば、普通なら焼死するはず。あれだけの熱を浴びても、シャルナの肉体には影響が無いんだ。相変わらず化け物じみてる)


 自らを焼いて傷口の腐敗を抑えるなど、本来なら可能なはずがない。

 そんな力技で傷が処置できていれば、医療班なんてものは必要無い。

 それを可能としているのは、竜人由来の強い生命力。

 竜種の血を継ぐシャルナだからこそ可能とした、型破りな治癒方法だった。


「いこーぜロウリ! こっからはマジの殺し合いだ!」


 シャルナは蒼炎を纏ったまま、足裏から蒼炎を噴出してロウリへと飛びかかる。

 ロウリは両腕にガントレットを装着して相対し、飛来するシャルナへと備える。

 ジェット噴射で飛んだシャルナは、蒼炎を纏う拳でロウリを攻撃。

 凄まじい速度と推進力を以て放たれるそれを、ロウリは身を反らして回避。

 身を翻して放つ拳でシャルナの脇腹を狙う。


(入った)


 ロウリが命中を確信した一撃。

 しかし、シャルナは超人じみた反射神経でこれを回避。

 赤黒い装甲が僅かにシャルナの皮膚を掠め、ほんの一滴だけ血が飛び散った。


「パンチってのはよォ……」


 ロウリの目前、シャルナが強く踏み込む。

 地面に亀裂を入れるほどの踏み込み。

 シャルナは蒼炎を右腕に纏わせ、拳の威力に焔の火力を乗せる。


「こうやって打つんだぜ!」


 そして、放つは渾身の右ストレート。

 青く燃える右の拳は、ロウリが両腕をクロスさせて作ったガントレットのガードに直撃する。

 ロウリが後方へ跳んで衝撃を殺したにも関わらず、ガントレットをたった一撃で粉砕。

 ロウリを強く拳によるインパクトと蒼炎による爆風の二重の衝撃で、ロウリを大きく吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされる最中、ロウリは敢えて一度地面を蹴って軌道を変更。

 自ら窓に突っ込んで建物の外へと飛び出す。

 ロウリは外へ出た瞬間に大きく跳躍し、空高く中空に飛び上がる。


(ガントレット砕けたけど、腕へのダメージは大して無い。反応できてる。シャルナの動きに。調子良いな。うん、今までに無い。魔眼も体に馴染んでる。むしろ、魔眼の出力に引っ張られて、魔力の巡りも良くなってる気がする。すごい、良い感じだ)


 中空、ロウリを包む全能感。

 眼下では、シャルナが蒼炎で屋根を吹っ飛ばして建物の外へ出ていた。

 足裏から噴射する蒼炎で、中空のロウリへと距離を詰めて来る。


「今なら、何でもできそう」


 瞬間、ロウリが展開した呪術。

 剣、斧、槍、鉈、鎌、棍棒、チャクラム、蛇腹剣、モーニングスター。

 様々な形状の武器が一斉に、ロウリの周囲に展開される。

 赤黒い光沢を纏ったそれは、鋼鉄製の呪祖。

 何かを傷付けることに特化した、呪いと悪意の殺戮機構。


(速ぇ。今の一瞬でこれだけの魔術を展開したってのか)


 今から千年の時が経った未来では、刻印術式という技術が確立されている。

 肉体そのものに術式を刻むことで、魔術発動のロスを限りなくゼロに近づけるという技術だ。

 肉体と精神。その両方が限りなく呪術へと適応したロウリは、術式が肉体にまで浸透し、刻印術式に近い領域にまで足を踏み入れていた。

 この時のロウリの呪術起動速度は、シャルナの蒼炎にも匹敵する速さに達している。

 飛来するシャルナに対し、ロウリが手に取ったのは赤黒い棍棒。

 タイミングを完全に合わせた一撃で、シャルナを地面へと叩き落とす。


「クッソ! 勢いよく詰めすぎたな!」


 叩き落とされたにも関わらず、シャルナは両足から地面に着地。

 着地したシャルナを追いかけるように、ロウリが投げた鎖が地面に突き刺さる。

 ロウリは鎖を手繰り寄せて一気に急降下。

 地上に降り立った彼女の手には赤黒い鎌が握られていた。

 鋭い踏み込みと共に薙ぎ払う鎌の刃先が、シャルナの青い装束を切り裂く。


「危ねっ!」

「うわ、惜しい」


 言いながらも、ロウリは連続で鎌を振り払う。

 スピードとリーチを両立した鎌の連撃は、一方的な刃の雨となってシャルナを襲う。

 赤黒い刃は幾度もシャルナの急所を狙い、シャルナはそれを反射神経に任せて避け続ける。


「おい! なんかさっきよりヤバい感じすんだけどそれ!」


 ロウリが振り回す赤黒い武器。

 シャルナはその異様な雰囲気を本能的に察知していた。


「そりゃ、上げてるから」


 ロウリは鋼鉄魔術と呪術の両方を扱える。

 この両適性を生かし、ロウリは鋼鉄の武器に傷の悪化という呪詛をかけて使用していた。

 今のロウリが使用しているのは、さらに洗練された術式構造。

 鋼鉄魔術をフレームにすることで、呪詛の術式を閉じ込める器とする。

 鋼鉄の中に密閉された呪詛はより高い濃度へと圧縮することが可能となり、より高い殺傷能力を獲得する。

 ロウリ・ゴートウィストの刃は今や、竜人の皮膚すらも食い破るだろう。


「呪いの密度」


 ロウリが振り払った鎌の一閃。

 ついにシャルナの肩口を捉えたそれが、彼女の皮膚に一条の傷を刻む。

 堅牢に思えたシャルナの皮膚に刻まれた傷口からは、真っ赤な血が飛び散っていた。


「……ッ! おいおいおい! マジかよコイツ……!」


 この間合いでは分が悪いと判断し、シャルナは空中へと跳躍。

 すかさず肩の傷を焼いて消毒し、出血を無理にでも抑える。

 しかし、ロウリの呪詛が込められた一撃を受けた影響か、完全には血が止まらない。

 自分の生命が削られていく感覚に、シャルナは高所から飛び降りるようなスリルを覚えた。

 空へと逃げたシャルナに対し、ロウリは即座に十数枚のチャクラムを生成。

 一斉に円形の刃を投擲し、爆風に乗って空を飛ぶシャルナを撃墜しにかかる。

 不規則な曲線を描いて迫って来るチャクラムから逃れるように、シャルナは大きな塔の後ろへ回り込む。

 ロウリはさらに追加で投擲するチャクラムでシャルナに追撃を仕掛ける。

 チャクラムが自身に届くよりも早く、シャルナは後ろから塔を蹴り崩して、塔そのものをロウリの頭上から落とす。


「タワーだぜ! ぶっ潰れろや!」


 蒼炎の爆風に乗って放られた塔は、巨大かつ高速の質量攻撃。

 降ってくる塔を頭上に見据え、ロウリは右手に蛇腹剣を握る。

 刃渡り五十メートルに渡る蛇腹剣は、鞭のようにも見えるだろう。

 刃を蛇腹状に幾つも重ねたような形状の剣を構えつつ、ロウリは頭上の塔に魔眼の焦点を合わせる。

 ペリドットの輝きと共に、腐敗していく塔。

 腐って脆くなった塔を、赤黒い蛇腹剣が細切りにした。

 小さな瓦礫の霧雨となった塔。

 その内部から飛び出したのは、青い長髪をたなびかせた竜人だった。


(塔の中に……!? あの中で蛇腹剣を全部避けてたの!?)


 塔の中から飛び出したシャルナは、右腕に力と炎を溜めている。

 全身で右の拳を覆うような構えは、パンチの予備動作にも見えた。


(デケェ範囲を焼き払っても、ロウリの足なら躱し切れる。だったら、こっちが盛るべきは――――)


 シャルナが右の拳に凝縮した蒼炎。

 それは彼女の掌の中で凄まじい熱量にまで膨れ上がり、放たれる瞬間を今か今かと待っている。


(火力と速度!)


 そして、放たれる青い一条。

 拳を打ち出すようなモーションで放たれた青い熱線は、ロウリの手元へと直撃。

 彼女が握っていた蛇腹剣の柄を、一撃で焼き溶かした。


(速い! しかも鉄製の武器を溶かされた! 熱量が尋常じゃない!)


 溜めて、放つ。

 たったそれだけの工程を経るだけで、シャルナの蒼炎はここまで様変わりする。

 広範囲を焼き払う爆撃から、一点を狙い打つ熱線まで。

 蒼炎というたった一つの身体機能を、シャルナは状況に合わせて使い分け始めていた。


「うわ惜っし~! ちょっと外したな~!」


 今まで、ほとんどの相手に持って生まれたフィジカルだけで圧勝してきたシャルナ。

 そんな彼女にとって、試行錯誤しながら戦えるロウリとの戦闘は楽しかった。

 ロウリはシャルナの攻撃を凌ぎ切り、シャルナはロウリの攻撃をどうにか耐える。

 そんなやり取りに胸を躍らせているのは、何もシャルナだけではなかった。


「もったいなかったね。今のが最後のチャンスだよ」


 今度はモーニングスターで攻めに出つつ、軽口を叩くロウリ。

 ロウリによって振り回される鉄球は、周囲の家々を破壊しながら暴れ回り、何度もシャルナへと迫っていく。


「言っとけ言っとけ」


 爆風に乗って飛び回るシャルナは、モーニングスターを避けながらロウリとの間合いを伺う。

 片手間に放つ蒼炎でロウリを牽制しつつ、彼女の軽口にも答えていた。


「次はブチ当ててやっからよ!」


 殺し合っているはずの二人は、何故か笑い合っていた。

 シャルナの火力。ロウリの呪詛。

 どちらも互いにとって即死になり得る。

 次の瞬間には自分の命が消し飛びかねない応酬の中で、二人は心から楽しそうに笑っていた。


(ああ……なんだろう、これ。なんでだろうな。ツウィグとルーアのために戦ってるってのは、分かってるつもりなんだけどな。なんか、もう、すごく――――)


 吹き荒れる蒼炎と呪詛。

 青い焔が街を焼き焦がし、赤黒い武器が空を駆け巡る。

 その最中に光るペリドットの輝きが一粒。

 永遠のような一瞬が、何千回と過ぎていく。


(すごく、楽しい!)


 戦う目的。ツウィグとルーアと共に逃げるという目標。

 それらを忘れてしまいそうになるほどに、ロウリは戦いに夢中になっていた。

 思い切り呪術を使って、最高の好敵手と命を獲り合う楽しさに取り憑かれていたのだ。


「あははっ」


 気付けば、笑みが零れていた。

 笑いながら、少女は赤黒い武器を無数に展開する。

 いつまでも、いつまでも続くような戦いの景色。

 その美しさを心から謳歌するように、ロウリ・ゴートウィストは笑っていた。


 ――――諦めろ。お前の渇きは誰にも満たせない


 いつしか、ヘイズに言われた言葉を思い出す。

 今にして思えば、記憶に留めておく必要もなかった言葉だ。


(やっぱりヘイズはボケてたな。私の渇きは誰にも満たせないなんて、的外れな杞憂も良い所だ)


 右の拳に蒼炎を凝縮しつつ、ロウリへと一気に肉薄するシャルナ。

 ロウリは剣の射出でシャルナのルートを限定しつつ、左手に握った鉈でシャルナの腕を斬り落としにかかる。

 このままでは先んじてロウリに腕を斬られると判断したシャルナは、右手に溜めておいた蒼炎を暴発気味に爆ぜさせる。

 不意に爆裂した蒼炎の爆風によって、ロウリは全身を薄く焼かれつつ、空高くへと打ち上げられる。


(ここにいる! 全力で呪術を叩き込める相手! 私の渇きを満たせる場所!)


 自分の全力を出して完全燃焼すること。

 若き日の自分が持てる全てを出し尽くし、何かに挑み楽しむこと。

 それを人はこう呼称する。


(私の青春がここにある!)


 青春と呼称する。

 空を舞いながら、ロウリは己が命を謳歌する。

 眼下には自分の命を獲らんと燃える竜人の姿。

 爆風に乗って迫り来る彼女を前に、ロウリは思わず零していた。


「最っ高だ」


 零れ出た呟きには、ロウリの噛み締める多幸感が滲んでいた。

シャルナ・エイジブルー、イメージカラーは青。


次回が実質的な最終回になると思います。

エピローグ的な話も含めて、もう数話だけ続きますが。

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