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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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第八十三話 腐敗

 とある夜のこと。

 アルカナン討伐戦に向けて準備を進めていたロウリは、レイと共に夜道を歩いていた。


「ずっと、弱い人間が嫌いだったんだ」


 ふと、ロウリが零す。

 それはロウリ・ゴートウィストの原点とも言えるもの。

 彼女がソルノットに存在する全ての正義に歯向かった理由の一端。


「でも、ツウィグとルーアは嫌いじゃない。それどころか、二人のためにシャルナを殺そうとしてる。なんでだろうね」


 ロウリからすれば雑談程度に振った話題だった。

 本気で答えを求めているわけでも、相談してるわけでもない。

 何となく、分からないことを手近な人間に訊いただけ。


「俺に訊かれても……」


 レイは気まずそうに返す。


「そりゃそうか」


 ロウリもあっさりと納得した。

 ロウリ自身にも分からないことが、他人のレイに分かるはずもない。

 レイがロウリと親しい間柄ならまだしも、二人は会ってから日も浅い。

 日の浅さで言えば、ツウィグとルーアも引けを取らないのだが。


「でも……俺には、ただの歳の近い友達に見えてたよ、三人は。……なんか、大事なんじゃない? その、本音で話せる友達みたいな……」


 ロウリは予想もしていなかった。

 こんな何でもない雑談でレイに核心を突かれるなどとは、微塵思ってもいなかったのだ。

 だからだろう。思わず足を止めてしまったのは。


(本音で話せる友達……そっか、あの二人が初めてだったんだ。私が本音で話せる相手)


 ずっと、仮面を被って生きてきた。

 善人という仮面を被って、あたかも正義の使者であるフリをして、その息苦しさに辟易としていた。

 父親にも、仲間にも、知人にも、本音で話したことなど無かったのだ。

 ローストン・ゴートウィスト、リュセル・ボロッチ、バーンドット、ユザ・レイス。

 誰にも本当の自分を見せたことなど無かった。

 本当は弱い人間が嫌いで、本当は思い切り呪術を使いたいだなんて、一言も言ってこなかった。

 こうして殺し合うまで、ただの一度も話さなかった。

 ツウィグとルーアが初めてだったのだ。

 ロウリ・ゴートウィストにとって対等な友人と呼べる存在は。


「そっか。そんなこと……」


 だから、ロウリは二人が好きなのだろう。

 ただ、初めて巡り合っただけの偶然で、あんなに嫌った弱者を愛せている。

 二人のために命をかけても良いと思えるほどに。


「意外と普通だなぁ、私」


 ロウリから正義の仮面を剥ぎ取ってくれたのがシャルナで、その素顔を始めに覗き込んでくれたのがツウィグとルーアだったのだろう。

 ただ、本当の自分を見てくれたというだけ。

 本当にそれだけの、安っぽい三文小説みたいな話に救われていたのだから。


「……そうだね」


 レイは少しだけ、神妙な顔をしていた。


     ***


 ゴートウィスト本邸が蒼炎に包まれて吹っ飛ぶ。


「フッフゥウウ――――ッ!」


 遥か上空、蒼炎から飛び出したシャルナは快哉を叫ぶ。

 大空へと飛び出した竜人は、両手を広げて自由を謳歌しているようにも見えた。


「死んじゃいねぇよなァ! ロウリ!」


 屋敷の一角を一瞬で消し飛ばした蒼炎。

 青く燃える爆炎の中から現れたのは、赤黒い鋼鉄の構造物に乗ったロウリだった。


「当然」


 先刻の蒼炎は、ロウリに直撃したわけではない。

 シャルナが屋敷の床に向けて放った蒼炎は、そのエネルギーをほとんど屋敷の破壊に使い、残る熱エネルギーを爆風として撒き散らした。

 ロウリは構築した鉄の構造物で爆風を受けるも、その凄まじい風圧によって遥か上空まで巻き上げられていた。

 構築した構造物も熱によって焼け崩れ、風に吹かれて散り散りになっていく。

 

(爆心地を避けたのにぶっ飛ばされた。ホント規格外だな)


 上空、眼下に映るはソルノットの街並み。

 立ち並ぶ家々の頭上、ロウリは自身の周囲に大量の剣を構築する。

 空を落ちながら作る赤黒い剣の群れ。

 それは射出用に調整された呪術であり、ロウリの意思で発射される絶殺の刃。


「キレキレの魔術じゃんよ。んで、空中(ここ)でどうすんだ?」


 爆風に乗って空を飛ぶシャルナは、落空するロウリへと蒼炎を放つ。

 蒼炎は幾つもの火球となってロウリへと迫る。

 シャルナの火力については語るまでもない。

 身動きの取れない空中で放たれるそれは、必殺の焔にも思える。

 ロウリを焼き殺すかに見えた蒼炎。

 しかし、ロウリは寸前で鎖を生成、射出用の剣に括りつけてから剣を撃ち出すことで空中を移動。

 剣に引っ張られて飛ぶロウリは、シャルナの蒼炎を躱して見せた。

 ユザ戦で咄嗟に為した空中移動を、ロウリは完全にモノにしていた。


「空中なら一方的に獲れると思った?」


 剣の射出を利用して空を翔るロウリ。

 数本の鎖をいくつもの剣に括りつけ替えて射出し、自由自在に軌道を変えるロウリは、背中に羽が生えているかの如し。

 高速かつ立体的に動き回るロウリは、シャルナの視線を四方八方に振り回す。

 変則的に空中を動き回るロウリに、シャルナは市街地におけるアズ・リシュルの立体機動を幻視した。


「もう空中(ここ)はシャルナのステージじゃない」


 シャルナの上を取ったロウリ。

 右目が映す竜人の背中。

 ロウリは瞬きの間に呪術を起動し、シャルナの頭上から赤黒い閃光を降らせる。

 連続で放たれる赤黒い光は、傷付けるという概念を纏った魔力光。

 シャルナからすれば、無数の斬撃が降り注いだように思えただろう。

 ロウリは躊躇いなく呪術を連射。

 絶え間無く赤黒い斬撃を放ち、シャルナの全身を斬り刻んでいく。

 青空を彩る赤黒いフラッシュ。強力な呪詛を纏って閃く赤黒い輝きは、青空そのものに傷が付いて血が流れ出しているようだった。

 ロウリが見下ろすおどろおどろしい輝き。

 その中から、一本の腕が伸びてロウリの胸倉を掴んだ。


「痛って~。流石に効いたぜ」


 全身に斬撃を浴びたシャルナ。

 確かに、彼女の肉体には無数の切り傷が刻まれている。

 しかし、そのどれもが出血はほとんど無いほどの軽傷。

 それほどまでに強固な竜人の皮膚。傷付けることに特化したロウリの呪詛でも、小さな切り傷程度しか刻めないほどの強度であった。


「それズルくない?」

「生憎、ズルが十八番の犯罪者なもんでな。おらよ、落ちとけ!」


 シャルナはロウリを掴んだまま体を回し、彼女を力任せに投げ下ろす。

 竜人の膂力を以て投げ下ろされたロウリは、一直線に地面へと落ちていく。

 その速度は大気圏を突破した隕石を思わせるほど。

 背中から地面に激突したロウリは、大の字になって空を見上げる。

 灰色の瞳に映ったのは、青い太陽。

 シャルナが上空で生成した巨大な火球が、轟々と音を立てて燃え盛っていた。


「やば……」


 ゆっくりと落ちる青い太陽。

 否、火球の落下速度は決して遅くなどない。

 あまりに巨大な火球が高所から落とされる故に、その動きがゆっくりに見えていたのだ。


(普通に走っても避け切れない。だったら――――)


 ロウリは起き上がって駆け出しつつ、両手にそれぞれ鎖を生成。

 遠方に見据えるは二つの高台。伸ばした鎖を両側の高台の屋根に打ち込み、固定する。

 そのまま鎖を高速で巻き取り、勢いよく前方へと飛び出す。

 鎖を利用したワイヤーアクションで火球の爆心地からは離れつつ、鋼鉄の盾を構築して爆風に備える。

 直後、後方から襲い来る爆炎がロウリを吹き飛ばした。

 凄まじい風圧に煽られて地面を転がるロウリ。盾は焼き切れて崩れ落ち、爆炎の余波がロウリの肌を僅かに焦がす。

 受け身を取って起き上がれば、青い太陽の落下地点は焼け野原と化していた。


「……ギリギリだな。マジで」


 何とかシャルナの攻撃範囲から抜け出し、青い太陽から逃れたロウリ。

 九死に一生を得るかの如き攻防の激しさに、思わず呟きを零す。

 そんな彼女の声に呼応するように、上空から降ってきたシャルナがロウリの目の前に着地した。

 ドンと轟音を立てて地を叩く両足。着地の衝撃で軽い風圧が巻き起こり、砂埃と石くれが幾つも跳ねた。


「もう来た……」

「おうよ。ガンガンいくぜ!」


 息つく暇も与えず、ロウリを追撃しに来たシャルナ。

 地面を蹴って迫るシャルナに対し、ロウリは赤黒い閃光を放って迎撃。

 先刻よりも濃い呪詛を込めて放った斬撃。

 閃いた赤黒い魔力は、シャルナの左肩から腰にかけてを袈裟懸けに裂く。

 しかし、切り裂かれるのは彼女の纏う青い装束のみ。竜人の皮膚には掠り傷程度しか刻まれない。

 軽傷を無視して突っ走るシャルナは、一瞬でロウリの至近距離へと迫る。

 シャルナの攻撃に備えて一歩退いたロウリに対し、シャルナは左方へと大きく踏み込む。

 ロウリの左側。

 眼帯に覆われた左目の死角へと入り込んだシャルナは、無造作に振り払う裏拳でロウリの横腹を打ち据えた。


「ぐ、ぁ……ッ!」


 長いウィングスパンを生かして放たれるシャルナの裏拳は、大きくしなる鞭のよう。

 視界の狭い左側から放たれるそれに、ロウリは強く弾き飛ばされる。

 吹っ飛ばされたロウリは、壁を突き破って建造物内に叩き込まれる。

 シャルナはそれを追うように、歩いて建物へと近付いていく。


「お邪魔しまーす」


 テキトーに振り抜く足の一つで壁を蹴り崩し、中へと踏み入るシャルナ。

 そこは廃墟だった。

 比較的広いスペース。天井は崩壊して二階と吹き抜けになっており、そこら中には壊れたテーブルや椅子が散乱している。

 元はレストランか何かだったのだろう。

 経営が上手くいかなかったのか、荒くれ者に襲撃されたのか。

 どういう原因にせよ、こういった形で放棄されて廃墟になった建物というのは、ソルノットでは珍しくない。

 暗く広い室内。

 爬虫類の瞳孔じみたシャルナの瞳は、闇の中でもゆったりと立つロウリの姿を捉えていた。

 脱力した両腕に、武器が握られている様子は無い。


「もったいねーなぁ。お前の左目が生きてりゃナー」


 力の抜けたロウリを前に、シャルナは退屈そうに言葉を零す。

 シャルナとしても、ロウリには期待していた。

 こいつは面白そうだと思った相手が、怪我で百パーセントの力を出せない状況は、シャルナにとっても歯がゆい。


「腐敗っていうのは、呪いだと思うんだ」


 ふとロウリが語り出した。


「物を劣化させ、終わらせるという呪い。アレが呪術の領域にあるからこそ、ドゥミゼルはツウィグに移植できた。そもそも、魔眼を他人に移植するなんてあり得ないし、アレ自体呪術で加工されたものなんじゃないかな。もしかしたら、ドゥミゼルが一から呪術で作ったのかも。何にせよ、アレは呪いの産物」


 ロウリはゆっくりと、左目の眼帯に手をかける。

 黒い眼帯。

 ユザとの戦闘で潰れたロウリの左目を保護するための幕――――に見せかけた何か。

 眼帯を着けているからといって、その下の眼が死んでいるとは限らない。

 むしろ、恐ろしい切り札を隠している。


「だとすれば、私に適合しないはずはない」


 ロウリは左目の眼帯を外す。

 黒い布が取り払われたことで、彼女の瞳が露わになる。

 暗闇の中に光る、黄緑色の煌めき。

 ペリドットの如き煌めきを以て、彼女の魔眼が輝いていた。

 強く輝く魔眼の焦点が、シャルナの肉体に合わせられる。


「どう? シャルナ」


 今まで強靭な皮膚で、ロウリの呪術を受けてきたシャルナ。

 そんな彼女の胴体。

 袈裟懸けに裂かれた切り傷が、グジュグジュと膿んで腐っている。


「傷口が腐り落ちる気分は」


 灰と黄緑。

 二色の瞳でシャルナを見下ろすロウリは、今も不敵に笑っていた。

ただの友達。それがどんなに大事なことか

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― 新着の感想 ―
ツウィグルーアがあんなに好きなのはそういう理由だったか〜 ロウリは行動の自由を制限されなきゃ殺す人を態々見つけるタイプとも思えんし案外山賊の親分みたいなタイプになったりするのかな 脱字報告 吹っ飛ば…
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