表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/88

第八十二話 私達の存在証明

 ドゥミゼルを中心に爆ぜた衝撃波。

 呪詛性の魔力を力任せに発しただけの衝撃波は、彼女の首を切らんと奮闘して全員を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた者達は、各々壁や地面に叩きつけられる。

 その衝撃で、リスタル・グリアント、オークェイム・リルスニル、ローゴン・ラーマ―ドが気絶。

 地面を転がったディセイバー・オルティクスのみが、意識を保ったまま起き上がった。


「焦って呪轟なんて撃ってしまった。黒腕癌手で貫けば即死だったろうが……まあ、良い。どうせ同じことだ」


 大通り、相対するは銀髪の呪術師。

 ここまで全員で命を獲りにいったはずの女は、満身創痍ながらも悠々と立っている。

 剣を構えてディセイバーも、満身創痍は同じこと。

 むしろ、ディセイバーの方が受けた傷の程は深い。


「今から全員嬲り殺すからな」


 戦場となった大通りは、惨憺たる有様だった。

 両脇の家々はほとんどが倒壊し、あたりには瓦礫が転がっている。

 誰かの流した血がそこら中に付着していて、腐肉や灼水の臭いが鼻をつく。

 充満した死と暴力の気配に、ディセイバーは心から嫌悪感を覚えた。

 それでも、剣を握る。

 強く握る。


「いいや、死ぬのはお前だ。ドゥミゼル・ディザスティア」


 ディセイバーは強く断言する。

 ドゥミゼルの傷も癒えてはいない。

 切断しかかった首も、少しずつ重ねてきた蓄積ダメージも、決して消えたわけではない。

 ドゥミゼルが立っていられるのは、ひとえに魔族の高いバイタリティ故。

 勝機はある。

 今の自分には、自分達には勝機があると、ディセイバーは信じていた。


「お前は……今日ここで俺が倒す」


 幕を開ける最終ラウンド。

 大陸最悪の犯罪組織を統べる呪術師。

 スウェードバーク刑務所の看守は、戦意を迸らせて剣を握った。


     ***


 ディセイバーとドゥミゼルの最終決戦。

 互いに満身創痍で挑む決戦は、張り詰めた糸のような拮抗状態を維持していた。

 呪術で作り出した触手を振り回すドゥミゼルに対し、ディセイバーは剣技のみで食らいつく。

 触手は先刻よりも遅く、本数も少ない。

 度重なるダメージと疲労により、ドゥミゼルのパフォーマンスもディセイバーとの一対一は成立するまでに落ちていた。

 ディセイバーがドゥミゼルと斬り結ぶ様子を、遠巻きから観察する人々がいた。


「怪我人が出てる。早く手当てしにいかないと」


 待機していた信徒達と共に現れたリュセルは、気絶して地面に倒れる三者を確認する。

 リスタル、ローゴン、オークェイム。

 呪轟を至近距離で受けた三人はいずれも重傷。すぐに手当てしなければ危ないと、リュセルは遠目にも判断できた。


「危険じゃないのか? 何の拍子に流れ弾が飛んでくるか分かんないだろ」


 ビョルンが当然の懸念を話す。

 ドリスタル達が倒れているのは、比較的ディセイバーが戦っている領域に近い場所だ。

 そこへ戦闘の心得が無いリュセルらが近付くのは、死地に近付くのに等しい。


「私は行くわよ。危険な場所に気絶して倒れてる人がいるんだもの。ここで行かなかったら、医療班に入った意味が無いわ」


 ベアトリ―ナが当然のように返す。

 最早、ソルノットに医療班という組織は存在しない。

 それでも、医療班としての気高い精神性は、今も彼女の心に残っていた。


「ベアトリ―ナは修道服の人をお願い。ビョルンはあの大柄な男の人ね。小さい人は僕が手当てする」

「俺が行くのは決定事項かよ」


 当たり前のようにビョルンも人員に組み込んだリュセルに、彼は呆れたように返す。

 けれど、リュセルはキョトンとした顔で、ビョルンの顔を見返した。


「うん。ビョルンって、そういう人でしょ?」

「……ああ、ったく。そうだよ。助けないわけにはいかねーだろ。俺達は医療班だからな」


 そこにあったのは無垢なる信頼。

 ビョルン・キャルスはそういう人間だと、リュセルは誰よりも知っていた。

 すぐに治療へと向かおうとするリュセル達。

 その背後から、一人の男が声をかけた。


「なあ、俺達に行かせてくれ! こっちま怪我人を運び出すだけだろ? それなら俺達にできるよ」


 男は地元の市民。

 騒ぎを聞いて通りがかった民間人に過ぎない彼は、自ら危険地帯への同行を申し出た。

 彼だけではない。

 たくさんの市民が、取るに足らない一般人達が、大通りに集まっていた。

 彼らには何の技術も無く、何の力も無く、ただ誰かの役に立ちたいという心だけがある。


「瓦礫どかしたりもするだろ。少しでも役に立たせてくれ」

「家から布とか持ってきたぜ! なんかに役立つかと思って……」

「そこら辺の物使って担架みたいなの作るか? 俺大工やってたから、すぐできるぞ」

「水とか持って来た方が良いんじゃない? 体冷やしたりもできるし」

「つか、どっかの家に運び込んじまえば良いだろ。ここら辺でベッドある家ってあったか?」

「エマさん家にベッドあったよね。三人なら寝かせられるでしょ」

「馬鹿。エマさん家はもう潰れてるよ。とにかく、開けたとこまで運んじまおう。担架できたか?」

「おう。こんなもんで良いか?」

「よし、行くぞ」


 市民達は協力し合い、怪我人達の運び出しを行う。

 何の力も持たないはずの民間人達が、呪術の飛び交う戦場付近まで向かい、気絶した戦士達を救助に向かっていた。


「ゆっくり持ち上げるぞ! せーのっ――――」

「こっち私が持つから。そっちの方お願い。担架乗せるよ」

「おーい! こっちにも来てくれ! この兄ちゃんデカくて二人で持ち上げんのは心配だ!」

「水と布持って来たぞ! ありったけ! ここ置いとくから使ってくれ!」


 今もドゥミゼルとディセイバーの戦闘は続いている。

 ディセイバーが斬った触手の切れ端が、ドゥミゼルの放った腐肉の欠片が、不意に飛んで来てもおかしくない状況。

 そんな状況であっても、市民達は恐れることなく救助活動を続けている。

 ふと、リュセルは周囲を見渡した。

 目に入ったのは人の群れ。ディセイバーとドゥミゼルの戦闘を囲むように、たくさんの人が大通りに集っている。

 この周囲に住んでいた市民達、レイに手配されて待機していた教会の信徒達、男も女も、大人から子供まで。

 何の役に立つかも分からない、けれど何かの役に立ちたいと思った人々が、こんなにも。


「こんなにたくさんの人が、どうして……」


 リュセルが思わず零した問い。

 反応したのは、すぐ側にいた市民だった。


「だってよ、すげぇじゃねぇか。見ろよ。あのドゥミゼル・ディザスティアが、あんなにボロボロなんだぜ? あと少しで倒せそうなんだ。本当にすげぇよ。アルカナンが無くなるかもしれないんだ。夢みたいだろ? ホントにさ。英雄だよ。マジで。今戦ってる兄ちゃんも、あそこに倒れてるみんなも。すげぇよ。すごすぎるよ。こんなん見せられたらさ、俺達だって何かせずにはいられねぇよ」


 リュセルが想起していたのは、侵略戦争以前の狂人病騒動の時のこと。

 オーバーワークと病人の看護に、誰もが辟易としていた。

 なんで、こんなことをしなければいけないのか。何の力も無い者のために、どうして努力して医術を学んだ者が使い潰されなければいけないのか。

 そう、考えたこともある。

 そう、考えてこともあるけれど、どうにか頑張ってきた。

 どうにか頑張ってきて良かったと、リュセルは心から思った。


「頑張れぇえええ! 兄ちゃん! そいつを倒してくれぇええええ!」


 どこからともなく、声援が上がった。


「お願い! 負けないで!」

「頼む! あんなヤツぶっ飛ばしてくれ!」

「いけるぞ! 絶対勝てる! 負けんなァあああ!」

「いっけぇええ! 頑張れぇええええ!」


 各々が絞り出す大声援。

 応援は大地を揺らすほど盛大に、戦場と化した大通りに響き渡る。


(うるさいな。害虫どもめ)


 皆が張り上げる応援の声に、ドゥミゼルは内心苛立つ。

 苛立って僅かに力む両腕が、手繰る触手の狙いを少しだけ逸らす。

 その間隙にディセイバーは潜り込み、ドゥミゼルの攻撃を正確に捌いていく。

 ディセイバー一人を仕留め切れない苛立ちが、耳障りな人々の声援が鼓膜を逆撫でする感覚が、ドゥミゼルの動きをほんの微かに鈍らせる。

 ドゥミゼルとは対照的に、極度に集中したディセイバーに応援の声は聞こえていなかった。

 ただ、暖かい手にそっと背中を押されるような感覚が、ディセイバーの集中をさらに加速させる。


「怪我人運び出したぞ! この後どうすれば良い!?」


 ドゥミゼルとディセイバーが戦闘を繰り広げる一方、市民達は怪我人をリュセル達の下に運び出していた。

 その声に現実へと引き戻されたリュセルは、すぐに治療行為へと移る。


「ゆっくり地面に下ろしてください。担架、そのまま押さえて。縫合行うので、できるだけ固定されるように。誰か! 解呪できる人いますか!?」


 リュセルがリスタルを。ベアトリ―ナがオークェイムを。ビョルンがローゴンを。

 怪我人三人に対し、医療班三名でそれぞれ治療にあたる。

 待機していた教会の信徒に、治癒魔術や解呪魔術での補助を受けつつ傷の手当てにあたる。


「右腕の武器も外して上げて下さい。少しでも楽にした方が良い」


 リスタルの右腕の装着されたままの赤いガントレット。

 リュセルは近くの信徒に外してあげるよう頼むが、信徒は手間取って中々外せない。


「いや、それが外れないんです。右手を強く握りしめてるみたいで……」


 リスタル・グリアント。

 気絶した彼女の意識は、右腕でドゥミゼルの顔面を殴った時に止まっている。

 今もまだ戦っているままなのだ。

 彼女は意識を失ってなお右の拳を握りしめて、ドゥミゼル・ディザスティアに一撃叩きこもうとしている。


(こんなになってまで、まだ……)


 リスタルの傷は本来致命傷。

 体力も気力も既に限界を超えているはず。

 だというのに、気絶してなお失われないリスタルの闘志に、リュセルは驚愕した。


(傷は深いけど出血は止まってる。すぐに治癒魔術かけたんだろうな。きちんと処置すれば、十分助けられるはずだ。……必ず助ける。この人に返すんだ。医療班として、僕にできる最大限を)


 リュセルはリスタル・グリアントという人間を知らない。

 今日会うのが初めてだし、名前すらも知らない。

 それでも、ドゥミゼル・ディザスティアという巨悪に立ち向かった彼女の意思に、報いようと思った。

 名前も知らない彼女の命を、必ず救うと決意した。

 その瞬間、響き渡った轟音。

 リュセルの頭上を何かが通過し、やや離れた所の家に叩きつけられる。

 それは、ドゥミゼルの触手に弾き飛ばされたディセイバーだった。

 カランと音を立てて、ディセイバーの手から跳ね上げられた剣が地面に落ちる。

 地面に落下したディセイバーは、今の衝撃で完全に意識を失っていた。


「なぁ、勝てると思ったか?」


 ひどく残虐な声で、ドゥミゼルが言う。

 それは侮蔑と苛立ちを込めた、あまりに絶望的な勝利宣言。


「お前達如きが束になったところで! 勝てるとでも思ったのか!? なぁ! どうにか言ってみろ! 蛆虫ども!」


 ディセイバーへの声援で溢れ返っていたはずの大通りが、一瞬にして静まり返る。

 届きかけた手が空を切る。

 大通りをゆっくりと絶望が満たしていく。

 もう、戦える人間は一人もいない。

 ドゥミゼル・ディザスティアを抑えられる人間は一人もいない。

 首が半ばまで切れて、魔力も相当量使い果たし、見るからに満身創痍にまで追い込んだのに、またしてもドゥミゼルは倒せない。

 本当に?

 本当に戦える人間はもう一人もいないのだろうか?


「うおおおおおおっ!」


 否と言わんばかりに、一人の男がドゥミゼルに突っ込んでいった。

 そこら辺に落ちていた棒きれを握りしめて、ドゥミゼル・ディザスティアに突進していく。

 ついさっきまで、リュセルの隣にいた男だった。

 ドゥミゼルが無造作に触手を振り払う。

 その一撃で男は半身を抉られ、無様に地面に転がった。


「戦う! 戦えるぞぉ! 俺達も戦える! 俺達も守れる! 守るんだぁああっ! 俺達の英雄を守るんだぁあああ!」


 男は叫ぶ。

 右半身が抉られ、あと数秒とない命で叫ぶ。

 自分達にもできると、俺達にだって戦えるんだと、力の限り叫ぶ。

 それが、引き金だった。


「俺達も行くぞ! あいつをぶっ倒してやるんだ!」

「絶対後ろに通すな! 治療の邪魔はさせない!」

「全員でかかれば死角ができる! 突っ込めぇえええ!」


 今まで、ドゥミゼル・ディザスティアが行ったきた悪行の数々。アルカナンが敷いた残虐な支配。

 世界最悪の犯罪組織に対する恐れ、憎しみ、嫌悪。

 無くなってほしいという願い。

 今まで溜まりに溜まったそれらの感情が、人々の想いが堰を切って溢れ出す。

 ドゥミゼルという巨悪への嫌悪が溢れ出し、人々は武器を取って走り出す。


「チッ、どこまでも不愉快な……!」


 ドゥミゼルは襲い来る市民達をいとも簡単に薙ぎ払う。

 振り回す触手で簡単に跳ね飛ばし、抉り取り、轢き殺す。

 それでも、殺到する人の波は止まらない。

 そんな光景を遥か後方から、ウィクト・リルスニルは俯瞰していた。


 ――――ウィクト君。これは君だけに話すことだ。後方で戦況を見渡す君にしか、この作戦のキーは渡せない。……これが必要だと感じたら、俺に合図してほしい


 それはウィクトにだけ知らされた作戦。

 前衛で命を張る彼らには、決して伝えることのできない作戦。

 性格的にも、これを許容できるのはウィクトだけだと、レイは前もって判断していた。


(レイさん。貴方にはこの景色が見えていたんですね)


 ウィクトは残る全魔力を込め、光の矢として構築する。

 そして、上空へと放つ。

 空高くへと上がった光矢は空中で爆ぜ、大きな花火となって空を照らす。

 付近にいる者ならば、必ず見えるだろう光の大輪。

 それはレイ・ジェイドへの合図だった。


(叶うなら、こんな手は使わなくても……僕達だけで勝てると証明したかった)


 空に光が咲くと同時、大通りの影という影にゲートが開く。

 影窓魔術で開かれたゲートからは、大量の武器が排出される。

 赤黒い光沢を帯びた鋼鉄製の武器の数々。

 剣や槍から、棍棒や斧まで。大量の武器は影を通して戦場に届けられる。


「おい! 武器だ武器! なんだこれ!? どこから出てきた!?」

「何でも良い! 落ちてた棒よりかマシだ! お前も使え!」


 それはレイが事前にロウリ・ゴートウィストの協力を得て作成した武器。

 呪詛の込められた武器でつけられた傷は自然治癒せず、放っておくだけで急激に悪化する。

 傷付けるという概念が乗った武器は、市民が振り回しても十分な殺傷力を誇る。

 赤黒い武器を手に殺到する人々は、ドゥミゼルに対してレイが用意した最終兵器だった。


(あれはロウリの……! 裏切っていたのか! レイ共々!)


 触手を振り回し、ドゥミゼルは人々を迎撃する。

 その攻撃が一層激しさを増したのは、市民がロウリの武器によって高い攻撃力を得たが故。

 素人が振り回したものであろうと、ロウリの呪詛が乗った一撃はドゥミゼルにも痛手となり得る。

 確実に人々を迎撃するために高速で薙ぎ払う触手は、ドゥミゼルの魔力消費を嵩ませていく。


「行けぇええ! 突っ込めぇええええ!」


 それは命を対価にした消耗戦。

 ひどく残酷で、凄惨で、救いようが無く。

 それでも、彼らが自ら選び取った戦いである。


     ***


 声が聞こえる。


 ――――怯むなぁああ! 行けぇえええ!


 誰かが上げた雄叫び。

 どこかへ走り去っていく誰かの咆哮。


 ――――クソッ! 鬱陶しいゴミ共が……! このっ、こんな劣等種に……!


 誰かの苛立つ声。

 少しずつ死へと近付いてる誰かの恨み言。


 ――――このまま固定します。布をこっちに。何か冷やすものありませんか? 水の入った袋で良いです。患部に当てておけば……


 声に釣られるようにして、私は目を覚ました。

 瞼が開く。

 突如として瞳孔に差し込んだ光の眩しさに、思わず瞬きをした。


「目覚ましました! 大丈夫ですよ。必ず助かりますから。ゆっくり息してください。そのまま動かないで。大丈夫ですからね」


 首だけを少し動かして、周囲を見る。

 たくさんの人がいた。

 すぐ側にいたのは白衣の少年。隣には大人っぽい女の人。男の人。小さな子供。若そうな青年。顔に皺のあるおばちゃん。

 私はたくさんの人に囲まれていて、みんなが私を心配そうに見守っている。

 すごい。夢みたいだ。

 私がこんなにもたくさんの人の輪の中にいるなんて。

 なんて、夢みたいな――――


「ハァ、ハァ……大人の男は弾切れみたいだな? 次は女子供も特攻させてみるか?」


 遠く、銀髪の呪術師が見えた。

 その周りにはたくさんの死体。

 死体の海を掻き分けるように、血塗れの女がゆっくりと歩いてくる。


「行かなきゃ……」


 不思議と、体は滑らかに動いた。

 ゆっくりと立ち上がる。

 体は重いのに軽くて、体力は限界なのに今にも走り出しそう。


「動かないでください! まだ傷が――――」


 制止する白衣の少年の頭に、そっと手を置いた。

 ガントレットの外れた左手で、少年の頭にそっと触れたのだ。

 なんでこんなことをしたのかは、自分でもよく分からないけれど。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 右手を握ったり開いたりして調子を確かめる。

 トントンを靴先で地面を叩く。

 変な感じだな。

 すごく視界が透き通って見える。

 頭のてっぺんから爪先の端まで、私の思い通りになっていく。


「よし」


 地面を蹴った。

 全身で風を受けて走る。

 すぐに触手がいくつか降ってきて、私の行く先を阻もうとする。

 私はそれを見て、避けて、もう一回走る。

 そのまま、ドゥミゼルの腹に右の拳を叩き込む。


「っ! 何度も何度も、お前達は……っ!」


 今度は横から触手が迫って来る。

 私はドゥミゼルの後ろに回り込んで避ける。

 足捌きのままに裏拳を振るって、ドゥミゼルの顔面を打ち据えた。


「クソっ、もう魔力が……! こんなっ、こんなゴミ共に! 私が……ッ!」


 ゴミじゃないよ。

 私達、みんなゴミじゃない。

 みんな生きてたんだ。みんなこの世界に生きていて、存在していた。

 殴られたら痛いし、踏み躙られたら辛いし、大切な人を奪われたら死ぬほど悲しい。

 監獄のみんなも、ここで戦ったみんなも、ちゃんと存在していたんだ。

 みんながアルカナンに傷付けられたこと、みんながアルカナンに抱いた怒りや嫌悪。それはずっと存在している。

 だから、みんながアルカナンを倒そうとしたり、しなくても倒されてほしいって願ったり。

 そういう一つ一つの存在が大きな流れになって、その流れの中に私も存在してる。

 こうやって戦って、みんなの役に立って、存在して良いって思えてる。

 だから、これは――――


「これは、私達の……」


 私の頭を狙ってうなった触手。

 体勢を落としつつ踏み込むと、頭の上で空を切る音がした。

 思い切り地面を踏みしめて、右腕に力を伝達する。

 体と体が触れ合うほどの近距離から、ドゥミゼルの胸、心臓のあるあたり目掛けて――――


「存在、証明だ……!」


 拳を打ち込んだ。

 今までで一番の手応え。

 私は今度こそ体力を使い果たして、脱力して立ち尽くす。

 目の前、ドゥミゼルの身体が崩れていく。

 彼女は少しずつ光の粒になって霧散していく。

 ああ、倒せたんだなと。

 魔力の粒に還元されて消えていくドゥミゼルの姿を見て思った。


「ふざ、けるな……っ! このッ、劣等種が…………」


 体が崩れる寸前、ドゥミゼルが私の顔めがけて伸ばした掌。

 それが当たっていれば、私は死んでいてかもしれない。

 でも、その腕は私に当たる前に魔力の粒に分解されて、ついぞ何にも触れることはなく。

 最後まで侮蔑を吐いたまま、ドゥミゼル・ディザスティアは完全に消滅した。

 私はゆっくりと空を見上げる。

 晴れ渡った空には雲一つ無くて、陽光が視界の中に光の輪を形作る。

 煌めく光が眩しくて、私は思わず目を細めた。

 なんて、綺麗なんだろう。

ありがとう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ