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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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第八十一話 dis-SABER

 リスタルに殴り飛ばされ、家の壁に叩きつけられたドゥミゼル。

 七秒間のラッシュをノーガードで受けたドゥミゼルは、額から流血している。

 あまりに大きなダメージを受けたことによって、両腕の呪術は無意識の内に解除されていた。

 地面に立ったドゥミゼルは、右手で額から流れた血を拭う。

 白い指先でなぞる赤色。血の付着した指先を見下ろしてから、ドゥミゼルはゆっくりと顔をもたげた。

 猛禽類を思わせる眼光が、リスタル達を見据える。


「ふざけるなよ、劣等種共」


 それは、純然たる殺意。

 反乱した家畜を処分するかの如き、冷たく透き通った殺意だった。

 ドゥミゼルの意識が、雑魚を蹴散らすばかりの作業から、下等生物を抹殺する殲滅戦に切り替わる。

 ここからのドゥミゼル・ディザスティアに遊びは無い。

 魔王軍幹部第四位が、アルカナンのボスが、本気で命を獲りに来る。


(リスタルさんはドゥミゼル相手にも通用してる! このままリスタルさんをメインに組み立てる! 前衛二人と後衛二人! 俺達がリスタルさんに道を作る!)


 ディセイバーは広い視野で戦況を見渡しつつ、立ち上がったドゥミゼルへと距離を詰める。

 彼の役割はリスタルをできる限り安全に前に届けるための露払い。

 リスタルの左前方を走り、ドゥミゼルが振り回す数多の触手を可能な限り斬り払う算段だった。

 しかし、ドゥミゼルが放った触手はたった三本。

 先刻よりも遥かに速い速度で、ディセイバーへと迫る。

 想像以上の速度で自身に迫った触手を、ディセイバーは反射的に剣で斬り返す。

 三本の触手の内二本を斬って払うが、防御の間に合わなかった一本が彼の脇腹を抉った。


(速い! しかも正確に急所を狙ってきた! 雑に振り回してたさっきまでとは違う! 触手に刃のような肉が付いてる! より確実な凶器! 本数が減っても脅威は増してる!)


 ドゥミゼルは凄まじい動体視力を誇るリスタルに対応するべく、呪術をより精密に操作。

 黒腕癌手に呪術を上乗せするのは先程と同じ。

 腐肉を刃状にして纏わせて殺傷能力を底上げし、赤水をジェット噴射のように噴出口から噴き出すことで速度も確保する。

 ドゥミゼルは目の前の人間を殺戮するために、より最適な形へと呪術の使い方を工夫していた。


(それでも今のリスタルさんなら躱せる! こいつに攻撃を当てられる!)


 ディセイバーの背後から飛び出したリスタルは急加速。

 凄まじい速度で迫るリスタルに対し、ドゥミゼルは迎撃の構えを見せる。

 右腕から発生させた三本の触手を構えて、リスタルが近付いてくるのを待つ。


(カウンター狙い。触手は三つ。さっきより速い。――――大丈夫、見切れる)


 ドゥミゼルがリスタルの動体視力を考慮して取った迎撃態勢。

 疾走中のリスタルに対して無闇に攻撃を仕掛けるのではなく、カウンターを狙える間合いに入って来るまで待つ。

 その上で、リスタルはカウンターを見切って躱す算段で突っ込んでいく。

 ドゥミゼルが放つカウンターの速度と覚醒したリスタルの動体視力。

 上回るのはどちらか。

 勝負は一瞬。刹那の見切りが生死を決める。


「来い。その顔面貫いてやる」


 リスタルはドゥミゼルへの距離を視算。

 拳が当たる距離まで、残り七歩。

 既にカウンターが飛んできてもおかしくはない間合い。

 七歩以内に撃ってくるだろう触手を避けて、ドゥミゼルに攻撃を叩き込む必要がある。


(必ず躱す)


 一歩目、空を切る弾丸。

 シルノートが投石魔術で放った弾丸が、ドゥミゼルの頭部へと迫る。

 しかし、ドゥミゼルは軽く首を傾げてこれを回避。放たれた弾丸は小さな店の看板に穴を空ける。

 二歩目、光の矢が飛来する。

 ウィクトが後方から放った魔術を、ドゥミゼルは触手の一本で打ち払う。


(後衛の位置も大体把握した。二度とつまらない魔術は食らわない。精々当たらない弾を撃っていろ。前衛のこいつらを殺し次第、同じ場所に送ってやれば良い)


 三歩目、ドゥミゼルは触手を構えたまま動かない。

 四歩目、未だドゥミゼルはカウンターを打たず。

 そして五歩目、ドゥミゼルの触手がリスタルの脇腹を抉る。


(左……!?)


 ドゥミゼルは予め構えていた右の触手ではなく、左腕からの触手でリスタルを奇襲。

 さらに事前に宣言していた頭部ではなく、腹部へと狙いを定めることで、リスタルの脇腹を抉ることに成功した。

 脇腹を掠めていく衝撃に、リスタルは僅かに体勢を傾ける。


(崩した。左足が浮いている。その体勢から拳は打てない。回避行動も取れない。このまま右の触手で殺す!)


 リスタルの体勢を確認し、右の触手でトドメを刺しにいくドゥミゼル。

 振り下ろされる三本の触手。

 灼水の噴出によって弾き出された触手は、刃物の如き腐肉を光らせてリスタルに迫る。

 三つの触手がリスタルを斬り刻むかと思われた直後、ドゥミゼルの視界からリスタルが消えていた。


(消えた? いや、上――――)


 咄嗟、空中へ跳んだリスタル。

 位置はドゥミゼルの真上。

 空中でくるっと身を捻って一回転。

 赤い装甲に包んだ右の拳に、回転のエネルギーを乗せる。


(脳天、一撃――――)


 打ち下ろすは渾身の一打。

 リスタルの拳はドゥミゼルの脳天を正確に捉え、彼女の頭部を激しく揺らす。

 人間が食らえば頭蓋骨が砕けるだろう一撃。

 しかし、ドゥミゼルはそれを軽い眩暈のみで耐え、頭上のリスタルを鋭い視線で睨み上げる。


(跳んだな。むしろ好都合だ。身動きのできない空中で、お前を殺せない道理は無い!)


 リスタル・グリアント。

 近接戦闘の才能を完全に開花させ、ドゥミゼルにさえ食らいついた猛者。

 結晶のような両眼を瞬かせ、誰よりもドゥミゼルを苛立たせた戦士。

 彼女が誰よりもドゥミゼルに不快感を与えたからこそ、ドゥミゼルの視線は頭上のリスタルに集中していた。

 足下から迫る二つの人影が、警戒から外れるほどに。


(光学魔術、解除)


 ドゥミゼルの懐に潜り込んだディセイバー。

 光学魔術で透明化させた剣を彼女の顔面へと叩き込む。

 刀身を隠そうとも、避けられるのは想定内。

 ドゥミゼルの顔面付近で光学魔術を不意に解き、驚かすと同時に視界を覆う。

 一瞬だけ覆われた視界。

 ほんの少しだけできたドゥミゼルの死角。

 そこへ潜り込んでいた執行者の斧が、唸りを上げて呪術師を襲う。

 オークェイムが振り抜いた斧の一撃が、ドゥミゼルを大きく吹き飛ばしていた。


(クソ! ギリギリ触手で受けられた。いや、それでも良い。あいつだって不死身じゃない。ダメージは確実に蓄積してる。今の一撃であそこまで吹っ飛んだ。最初はビクともしなかった)


 考え得る限りの策を弄しても届かないドゥミゼルの命。

 その遠さに心を折られかけるも、確実に近付いていることに希望を見出す。

 硬く、速く、強いドゥミゼル。

 しかし、その体力も魔力も生命も無限ではない。

 少しずつでも削っていけば、いつか必ず終わりが見える。


「いける! もう一度――――」


 ディセイバーが追撃に走り出そうとした。

 その瞬間のことだった。

 ぐらりとよろけたリスタルが、地面に膝をついたのは。


「あ、ぁ…………あァ……っ」


 削っていけば、いつか終わりが見える。

 それは何もドゥミゼル・ディザスティアに限った話ではない。

 彼女よりも体も小さく、脆く、弱いリスタルの方が早く限界に達したのは、ある意味自明の結末であった。

 地面に蹲って、荒い呼吸を繰り返すリスタル。

 腹の傷が再び開き、ポタポタと血が垂れ始めていた。


「オークェイムさん! ちゆっ――――」


 それが、ディセイバーが初めて見せたミス。

 戦力面でも精神面でも頼りにしていたリスタルの限界に、ディセイバーが張り巡らせていた警戒の線が一時だけ解けた。

 その一時を見逃さず、ドゥミゼルが高速で伸ばしてきた触手。

 ディセイバーの首元に刺さるはずだった触手は、彼を突き飛ばしたオークェイムの肩口に突き刺さっていた。


「ごめんなさい。もう治癒魔術を使えるだけの魔力が残ってないの」


 自身に刺さった触手を斧で切り捨てつつ、オークェイムは悲しそうに告げる。

 オークェイムは教会の魔術全般をオールマイティに扱えるが、治癒魔術は比較的苦手な部類に入る。

 そもそも魔力消費の激しい治癒魔術。不得手であらば消耗はさらに嵩む。

 オークェイムは既に治癒魔術をリスタルにかけている。さらに休み無く続いた戦闘。オークェイムの魔力は底を尽きかけていた。


(……え?)


 魔力切れ。体力切れ。

 それは気合や根性ではどうしようもない、人間という生物としての活動限界。

 

(嘘、だろ……? ここで終わり……?)


 あまりにも呆気なく、残酷な幕切れ。

 その残虐性を謳うように、ドゥミゼルがゆっくりと歩き出した。

 相当のダメージの積み重なったドゥミゼルではあるが、満身創痍の三者に比べれば掠り傷程度。

 歩き出した呪術師の姿は、まさに頂点捕食者。

 歩を進めるドゥミゼルの威圧感に、ディセイバーは鷹に食われる虫の心情を幻視した。


「いつの時代もお前達は虫のように湧いては飛びかかってきたが、今日ほど不快感を覚えたのは久しぶりだ」

(なんで……? あと少し、あと少しで届きそうだったのに……)

「こうしてお前達が絶望する様を見ても、どうにも腹の虫が収まらない。カラスに糞を落とされたような気分だ。ああいうのって、カラスを殺しても服を汚された苛立ちは消えないだろう?」

(終わりなのか……? 本当に? こんな所で……?)

「だから決めたよ。お前達の細胞一つに至るまで、塵一つ残さず殺し尽くす」


 レイは自らの知り得るドゥミゼルの戦闘スタイルを、可能な限りディセイバー達に伝えている。

 侵略戦争でソルノット三騎士が奮闘したことにより、ドゥミゼルが主に使う呪術の詳細は大方割れていた。

 その呪術も例に漏れず、ドゥミゼルは侵略戦争で使用した。

 だが、レイはその情報を意図的にディセイバー達に伝えていない。

 理由は二つ。

 アルビノという触媒を無しに、発動は不可能であるから。

 仮に発動してしまったら、対処のしようがないから。


「――――世界よ。神よ。法則よ。我が蛮行をとくと見よ。殺せども終わらぬ永遠を。死ねども巡らぬ断絶を。主らが赦さぬ禁忌の園に、我が指先は触れ給う」


 本来はアルビノという触媒を介して発動するだけの大呪術。

 ドゥミゼルは意図的に詠唱を行うことで、術式の安定性を可能な限り担保。

 本来であれば粗が出る部分は、大量に注ぎ込む魔力量でどうにかフォローする。

 ドゥミゼルにとっても危険な橋。

 それでも、自身に泥を付けた劣等種への殺意が、彼女にそれを使わせていた。


「ヒュームド・ドゥーム・ディザストリミア」


 それはドゥミゼルが扱う呪術の極致であり、神の呪詛と呼ばれる世界の法則を利用して放たれる大呪術。

 小難しい説明など無くとも、一目見ればそれが決して触れてはならないモノだと分かるだろう。

 上空に空いた真っ赤な空洞。

 その縁にかけられた両手。布を巻いてあるかのようにのっぺりとした両手が、空洞の縁を掴んで押し広げようとしている。

 ギギギっと不快な音を立てて開く、鮮血じみた真っ赤なゲート。

 その奥に、僅かに覗いた。

 牢獄の格子を力ずくでこじ開けようとする罪人のような、顔の無いヒトガタ。

 真っ赤なゲートの向こうに見える、憎悪に歪んだ無表情。

 ドゥミゼル以外の全員が肌で感じ取った。

 決して現れてはいけないモノが、現れようとしていると。


「生まれたことを悔いて死ね」


 ヒトガタが這い出る。

 その異様かつ圧倒的な存在感に、ディセイバー達は絶望しかけていた。

 オークェイムの身体から力が抜ける。

 ディセイバーの手から剣が抜け落ちる。

 リスタルの視線が地面へと落ちていく。

 まるで、何もかも踏み潰す悪意の前で、頭を垂れるように。


「ディスターブ・アクアリウム」


 どこかで彼女が呟いた。

 本来は魔術を使ってはいけないはずの体で、本来は無詠唱で使えるそれを、ワンフレーズチャントにすることでどうにか。

 空中に浮かぶ、水で構成された瓶のオブジェ。

 香水の瓶を思わせる水のオブジェが、無数に戦場を彩っている。

 太陽の光を透過して煌めく水の瓶達は、見惚れてしまうほどに幻想的で神秘的。

 その美しさに釣られて顔を上げたリスタル。

 大量の水瓶を映す瞳が、再び光を取り戻していく。


「ナウリアっ……!」


 僅かに零れる涙。

 そして、彼女の名を呼ぶ声。

 大通り近くの家屋内に潜んでいたとはいえ、リスタルと彼女の間にはそれだけの距離がある。

 聞こえたわけではないだろう。

 けれど、薄桃色の髪をした彼女は、壁に背をもたれかからせて満足げに笑った。

 療養中の身で無理に魔術を使ったフィードバックで、口から血を吐きながらも笑っていた。


「少しは、カッコつけられたかな……」


 魔術師が笑って座り込む最中、戦場ではドゥミゼルの開いたゲートが閉じていた。

 ナウリア・ロバスボムの水属性妨害魔術。

 決してドゥミゼルの呪術をキャンセルできるほど優れた魔術ではない。

 しかし、ドゥミゼルが本来触媒が必要な呪術を無理して使っていたこと、そもそも神の呪詛に干渉する呪術は術式構造が繊細なこと、ナウリアが今の一瞬に全魔力を賭けたこと。

 様々な要因が重なり合った結果、ドゥミゼルの呪術は不発に終わる。

 そして、不用意にこの世界の上位法則に触れた代償は、魔族であろうと平等に襲いかかる。


「が、ハ――――ッ!」


 激しく吐血するドゥミゼル。

 術式を途中で妨害されたことにより、大呪術は不発弾のような形でドゥミゼルの体内に残留。

 一個体には過ぎるほどに強力な呪いが、ドゥミゼルを体内から食い荒らす。


(ありがとう、ナウリアさん)


 その懐へ、飛び込むは少年剣士。

 紫がかった暗色の髪を揺らして、ディセイバーはこれまでにない速度で駆けた。

 躊躇いは無く、気後れは無く、ただ力の限り地面を蹴る。

 ドゥミゼルが反応した時には、ディセイバーは彼女の目の前で剣を振りかぶっていた。


(多分、俺は世界で一番の剣士じゃない。それどころか、ソルノットでも一番は無理だ。剣の腕ではいくらでも上がいる。いくらでも替えが利く。俺は何も特別な存在じゃない)


 ディセイバー・オルティクス。

 かつて、母親に捨てられた少年。

 ディセイバーを捨てた母は、代わりの家族と幸せそうに暮らしていた。

 それが悲しかった。悔しかった。

 ずっと、特別になりたいと思っていたんだ。ディセイバーはかけがえのない何者かになりたかった。

 剣士としての特別を目指しても、自分よりずっと強い者に心を折られた。

 剣士としても、息子としても、替えの利く存在にしかなれなかった。


(それでも! 今ここにいるのは俺なんだ! 俺がこいつの首を落とす! この一撃で仕留め切る!)


 それでも、彼がここにいる理由。

 生まれて、存在してきた意味。

 その全てを乗せて、振り抜く一閃。

 呪術のフィードバックに苦しむドゥミゼルの首へ、美しくも力強い斬撃を叩き込む。


「調子にっ、乗るなァ……!」


 三割ほど、首に食い込んだ刃。

 首を完全に落とすかに見えた剣を、ドゥミゼルは両手で掴むことで無理に留めていた。


(クソっ! 押し込め! あと少しだ! こいつだって首を切れば流石に死ぬ! あと少しなんだよ! ディセイバー!)


 自身を奮い立たせ、柄を握る手に力を込めるディセイバー。

 万力の握力と気力を以て剣を押し込むディセイバーは、剣を押し返さんとするディセイバーと拮抗していた。


(づっ……! 呪術が使えない! なんだ!? さっきの妨害魔術は!? 全身が罅割れるように痛む! 不発の反動がここまでとは! 粘れ! 私の体が反動から回復するまで!)


 互いに地面を踏ん張り、首をかけて押し合う両者。

 その脇を駆け抜ける執行者。

 斧を携えて疾走するオークェイムの修道服が、風を受けてたなびいた。


(もう魔力がほとんど残ってない。せめて、最後の一撃だけでも。私の全魔力を洗礼に変えて――――)


 魔力とは生命力。

 命あるものにしか魔力は宿らず、死体や非生物は魔力を持たない。

 完全な魔力切れとは、ある種死体と等しい状態であり、生命活動において非常に危険な状態とされている。

 本来はどれだけ魔力を使っても、人間の本能的なストッパーが働き、完全な魔力枯渇には至らない。

 しかし、オークェイムは極限状態の続く戦闘の最中、魔力消費の激しい教会の魔術を使い続けたため、そのストッパーが一時的に外れる。

 一秒後には魔力が完全に枯渇するというレベルまで、体内の魔力を掻き集めていた。

 この斧の一振りを最後に、彼女の魔力は完全に底を尽くだろう。


(叩き斬る。右腕――――)


 空を切って唸る斧。

 目がけるはドゥミゼルの右腕。

 ディセイバーと押し合うその腕の一本へ、斧を叩き込む――――直前のことだった。

 ダン、と振り上げられたドゥミゼルの右足。

 不意に放たれた蹴りはオークェイムの手首を正確に捉え、彼女の斧をあさっての方向に弾き飛ばしていた。


(ああっ……もう、どうして。なんでこんな……! サーチを見てきたから分かる。技も駆け引きも何も無い無造作な蹴り。何の努力も感じられないフィジカル任せの蹴りで、どうして……っ)


 宙を舞う斧。

 魔力を完全に使い果たしたオークェイムは、力を失って倒れる他無い。

 彼女が全霊の洗礼を込めた斧は、ドゥミゼルの無造作な蹴り一つで宙を舞い、ゆっくりと落ちて――――


「難儀なものだな」


 一人の男がキャッチした。

 路地裏から飛び出してきたのは、二メートルを超える大男。

 医者の言いつけを破って大通り付近に潜んでいた男が、がっしりとした手でオークェイムの斧を掴んでいた。


「三秒しか動けないというのは」


 三秒も運動すれば息が切れて動けなくなるらしい。

 それは彼が医者から言われていた病状。

 故に、この場所でずっと待っていた。

 三秒間が必要になる瞬間を。


「ローゴンさん!」


 ディセイバーが声を上げたのも束の間。

 ローゴンはオークェイムから受け取った斧を駆け抜けざまに振り抜く。

 豪快なスイングと共に、叩き斬られたドゥミゼルの右腕。

 切り離された腕が宙を舞い、三秒を終えたローゴンは走る勢いのまま転げて倒れる。


「貴、様……ッ!」


 押し返す力が半減したドゥミゼルに対し、ディセイバーはさらに剣を押し込む。

 魔族の身体能力が優れているとはいえ、隻腕ともなれば膂力は半減。

 ジリジリとディセイバーの剣が、ドゥミゼルの首に食い込んでいく。

 それを後方で見るリスタルの両眼が、ほんの微かな光を放つ。

 それは宝石とは形容し難い鈍光。道端の石ころが陽射しを反射して微かに輝くような、小さくて些細な一瞬の光。


(走れ……走れ、私。あとちょっと。走れ、あそこまで。――――走れるはずだから)


 バチンと稲妻のような音がした。

 それは最後の力を振り絞ったリスタルが、地面を蹴って駆けた音。

 駆けたというよりは、跳んだという方が正しい。

 フォームも何も無く、ただリミッターの外れた肉体に任せて、思い切り大地を蹴っただけ。

 リスタルは一瞬にしてドゥミゼルの側方まで接近し、疲れ果てて上がらない右腕を根気で回す。


(あと、もう一発だけ…………――――)


 横っ面を捉えるリスタルの拳。

 ディセイバーが剣を押し込むのとは逆方向から、リスタルの拳はドゥミゼルの顔を打ち据える。

 左右から剣と拳を押し込められ、ドゥミゼルの首がようやく落ちる――――




 かと思われた直前、凄まじい衝撃波が全方位に爆ぜる。

 呪詛を纏った衝撃波は、全員を四方八方に吹き飛ばしていた。

あとちょっと走ろう。きっと、走れるはずだから。

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