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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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第七十四話 強さの証明

 レイとの会合の後、俺は意味も無くログハウスの外に出た。

 外の空気でも吸えば、少しは気分が晴れるかと思ったが、胸に溜まった澱のような感情は消えてくれない。

 ソルノットの南端にあるというこのログハウスは、連邦騎士団暗部が使うセーフハウスのようなものらしい。

 丘の上に立ったログハウス。

 俺はログハウス近くのベンチに座って、何をするでもなく項垂れていた。

 丘の上から見下ろす景色。眼下には小さな街が見える。

 静かな田舎町といった感じだ。

 ソルノット自治領と言えど、南端ともなれば犯罪組織の勢力も及んでいないらしい。

 良い街だな、と思った。

 誰も薬物を売っていないし、チンピラがうろついていることもないし、暴力事件も滅多に起きない。

 そんな、綺麗で美しい街なのだろうか。

 最初からこういう場所に生きていれば、急にやって来た襲撃者に殺されることなんて無かったんだろうか。

 みんな、生きていられたんだろうか。


「よっ、ディセイバー」


 項垂れていると、後ろから肩を叩かれた。

 聞き慣れた声。

 振り向けば、薄桃色の髪をした少女がベンチの側に立っていた。


「ナウリアさん……」

「隣失礼」


 許可も無く、隣に座ってくる。

 今はそれに文句をつける元気も湧かない。

 よく見ると、彼女の右腕が無いことに気付いた。

 剣を失った鞘のように、中身の無い右袖が風に揺られている。

 なんだか、泣きそうになった。


「黄昏てるね」

「そんなんじゃないです」


 揶揄うような口調のナウリアさんから目を背ける。

 ナウリアさんは正直苦手なタイプの人だった。

 というより、年上の女の人が得意じゃない。

 俺を捨てた母さんのことを思い出すから。

 ナウリアさんはいつもボーっとしていて何考えているか分からないし、マイペースでどこか掴み所が無い。

 苦手なタイプの人だったけど、生き残ってくれて良かったと心から思う。

 本当に、生きていてくれて良かった。

 死ななくて良かった。


「怪我、大丈夫ですか?」

「リハビリ中。しばらくは運動とか魔術とかダメだって」

「右腕は……」

「無くなっちゃった」

「…………」

「気まずそう」

「気まずいですよ」

「大したことじゃないよ。隻腕の魔術師ってカッコ良くない?」

「そう、ですかね……」


 ナウリアさんは努めて明るく振舞っているが、右腕が無くなって平気なわけがない。

 欠損した腕はもう二度と元には戻らないのだ。もう二度と、彼女は両腕で誰かを抱きしめることはできないのだ。

 そんな未来を悟らせまいかとするようにおどける彼女に、俺はぎこちない言葉を返すことしかできなかった。


「ごめんね、ディセイバー」


 不意に、彼女はそんなことを言った。


「何ですか、急に。謝られるようなことなんて――――」

「守ってあげられなくて」


 何を言っているのか分からなかった。

 ナウリアさんは監獄では珍しい正統派の魔術師で、魔術師は前衛に守られるのが普通だ。

 そういう役割的な話を除いても、ナウリアさんは俺の親でも上司でも保護者でもない。

 守るだとか、そんなこと。

 そんなこと、彼女が責任に感じる必要なんて無いはずなのに。


「みんな、私が守ってあげられたら良かった。可哀想だよ。殺されたみんなも、遺された君達も。どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだろうね」

「それを言うなら、ナウリアさんも同じじゃないですか」

「私は良いんだよ」


 何が良いのか。

 そう問い返す前に、彼女は答えを告げていた。


「大人だから」


 俺には分からない。

 生まれた時間が早いか遅いかで、一体何が変わるというのか。

 俺があの場所で一番遅く生まれたことが、ナウリアさんが一番早く生まれたことが、一体何だというのか。

 それだけで、俺が酷い目に遭っちゃいけなくて、ナウリアさんなら良いことになるんだろうか。


「大して歳変わらないでしょ」

「ディセイバーも二十五になってみれば分かるよ。十九歳なんてまだまだ子供だから」


 この人二十五歳なのか。

 ちょっと童顔すぎやしないだろうか。

 いや、年上だとは思っていたけれど、てっきりリスタルさんと同じくらいかと。


「子供が辛い目に遭ってるのは、見てて辛いよ」


 やっぱり、俺はこの人の言うことが分からない。

 そんなの、誰が辛い目に遭ってても同じじゃないのか。

 大人とか、子供とか、そんなの関係無いと思うのは間違ってるんだろうか。

 どうして、この人は自分は良いなんてことを言うんだろう。

 右腕が無くなって痛いのは、仲間を失って辛いのは、ナウリアさんも同じはずなのに。

 俺も二十五歳になれば分かるようになるんだろうか。


「だからさ、少しでもしたいことをしなよ、ディセイバー。君が自分のしたいことをできたなら、私も嬉しい。きっと、みんな嬉しい」


 立ち上がったナウリアさんは、そう言って俺の頭を叩いた。

 見上げる彼女の表情は、微かに笑っているようだった。

 俺のしたいこと。

 それが他の人にとっても嬉しい。

 そんな都合の良いことが、本当にあるんだろうか。

 それとも、この人が俺よりも大人だから、子供の俺にこんな都合の良い話をしてるんだろうか。

 でも、今は――――


「俺のしたいこと……」


 今はそんな都合の良い話にも縋っても良いのかと思った。

 俺より早く生まれたあなたが、俺のために用意してくれた都合の良い優しさ。

 ただ大人だからというだけの、無条件の善意。

 今はそれに甘えても良いから、俺は自分のしたいことに向き合っても良いのかもしれない。


     ***


「ローゴンニキ!」


 レイに伝えられた部屋に飛び込むと、寝台に横たわるローゴンの姿が見えた。

 布団に包まれた巨体。二メートル超えの大男は、上体だけを起こすような姿勢で横になっていた。


「目が覚めたのか、リスタル」

「うおおおぉ! ローゴンニキが生きてるぅ!」

「ああ、生きてるぞ」


 監獄から逃走する時、一番重傷だったのはローゴンニキだった。

 ヘイズに何度も執拗に攻撃された彼は、全身血塗れで、本当に死んでしまうんじゃないかと思った。

 だが、レイの用意したセーフハウスで受けた治療によって、こうして一命を取り留めたらしい。

 良かった。マジで良かった。

 本当に本当に良かった。


「あっ、怪我! 怪我とか大丈夫なの!?」

「傷は見た目ほど深くはなかったらしい。だが、心肺をやられたようでな。三秒も運動すれば息が切れて動けなくなるらしい」

「そんな……」

「気にするな。医者からはリハビリで回復していくと聞いた。じっくりやっていくさ」


 ローゴンニキは柔らかく笑って見せる。

 リハビリが必要な大怪我なのは心配だが、回復するなら……まあ、良かったんだろうか。

 多分、手放しで喜べるような状況ではないと思う。

 でも、私は嬉しかった。

 生きて、また話ができるというだけで、めちゃくちゃ嬉しかった。


「そっか。じゃあ……良かった。良かったよ」


 ローゴンニキが存命と分かって、私も一つ息を吐いた。

 一息吐くと、現状の問題が頭の中に浮かび上がってくる。

 レイからのアルカナン討伐の依頼。

 でも、それは私達の監獄を襲ったヤツらへの敵討ちにはならなくて。

 それどころか、ロウリ・ゴートウィストは味方になるかもしれなくて。

 多分、レイは私達とロウリ・ゴートウィストが実際に共闘するような配置は行わないだろう。

 でも、それでもやっぱり、受け入れ難いところはあって。

 あの時レイが少しでも私達を助けてくれたらよかったのに、とか。この作戦が終わった後にロウリ・ゴートウィストは普通に生きてくんだろうか、とか。

 色々が頭に浮かんできて、もう何が何だか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで。

 私はどうしたら良いんだろうか。


「あのね、ローゴンニキ……」


 私はローゴンニキに話した。

 ディセイバー君と一緒にレイから依頼をされたこと。

 レイがあの時手を貸してくれなかったこと。ロウリ・ゴートウィストを味方に引き込むらしいこと。

 多分、レイが正しいんだろうということ。

 それを分かった上で、私とディセイバー君はどうしたら良いのか分からずにいること。


「なるほどな」


 私の拙い話を、ローゴンニキはじっと聞いていた。

 長ったらしくて要領を得ない話を、静かに聞いてくれていた。


「依頼されたのはお前達だ。全てはお前達が決めることだろう。だから、俺はお前達の行動を決めることはできない」

「それは、そうだけど――――」

「だから、今から言うのはただの願望だ」


 力強く言ったかと思うと、ローゴンニキはこちらに拳を突き出していた。

 筋肉質ながっしりとした拳が固く握られ、私の方に向けられている。

 ローゴンニキは強い瞳で、私を見据えていた。


「行ってこい。お前を必要とする人がいるんだろう? だったら助けてやれ。嫌いなヤツがどうしていようが気にするな。お前の力を存分に振るってこい」


 ああ、そうだ。

 そうだったはずだ。

 私は嬉しかったんだ。

 最初、レイからアルカナン討伐の依頼をされた時、すごく嬉しかったんだよ。

 誰かから必要とされることが、すごい嬉しかったんだ。


「お前の強さを証明してこい」


 今まで、自分が強い人間だなんて思えたことはない。

 でも、ローゴンニキのその言葉を否定する気にはなれなかった。

 私の力を、活躍を、期待してくれる人がいる。

 行ってこいと、頑張ってこいと、背中を押して応援してくれている人がいる。

 だったら、私は応えたい。

 期待に応えられるかどうかは分からないけど、応えられるように頑張りたい。

 私だって、誰かの役に立ちたいんだ。


「押忍!」


 私はガツンと拳を突き出し、ローゴンニキの拳にぶつける。

 勢いよく拳を叩かれたローゴンニキは、満足そうに笑っていた。

 そうだ。

 私は助けたい。守りたい。力になりたい。

 こんな私でも、誰かを助けたり守ったりしたいんだ。

いじめっ子があなたよりも良い暮らしをしていたって、あなたの暮らしが悪いことにはならないのです。そんなこと、気にしなくて良いんです。

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