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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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第七十話 血塗れの抱擁

 正義感とか善性とか。

 そういうものは軒並み捨て去った気でいた。

 騎士団時代の癖が残っていたというわけでもないと思う。

 咄嗟に走り出してしまったのは、聞こえてきた悲鳴が似ていたからだ。

 耳を裂くような甲高い悲鳴が、彼女の声と似ていたから。

 もう、この街に騎士団は無い。女の子が悲鳴を上げたとしても、助けは永遠に来ない。

 そんな街で、私は悲鳴のする方へと駆けていた。

 戸惑いの声を上げるツウィグを置き去りにして、私は声のする方へと駆け出した。


「嫌っ、離し――――」

「は? 何抵抗してんの?」


 路地裏の奥。入り組んだ建物群の狭間。

 表通りからは全く見えないような、奥まった場所に私は飛び込んでいた。


「――――っ」


 見えたのは、二つの人影。

 細く小さい少女のシルエットと、そこに覆いかぶさる大きく太った男のシルエット。

 肥え太った小汚い男の下敷きになった少女が、悲鳴を上げようとして男に手で口を塞がれている。

 はだけた胸元。涙の滲んだ目尻。助けを求める彼女の顔が――――


「お前――――ッ!」


 私に呪術を使わせていた。

 自分の声とは思えないほど鋭い叫びと共に、赤黒い鉈をこの手に錬成する。

 捨てたはずだ。

 誰かを思いやる気持ちとか、悪を赦さない正義感とか、常に善を為す心構えとか。

 私はそういうもの全部捨て去って、そういうものから解放されたはずなのに。

 酷い目に遭う女の子を助けたいなんて、そんなことを私が思うはずなないのに。

 動き出した体は止まる気配が無く、私はマルクの左腕をバッサリと切断していた。

 切断された腕が宙に舞い、鮮血が溢れ返る。

 真っ赤なシャワーを浴びながらも、私の身体は既にニ太刀目へと移行していた。


「っ、クソガキぃ!」


 マルクが振り返って、私に掴みかかる。

 私の襟元を捉えた右手。

 反射的に放った赤黒い閃光で、マルクの掌をズタズタに切り裂く。

 切り落とされた五指が、パラパラと落ちていく。

 それらが地面に落ちるより早く、私は翻す鉈の一薙ぎをマルクの胸に叩き込んだ。


 ――――二人のこと、好きだから


 ユザに問われて、自然と口から零れ出た言葉。

 ツウィグとルーアのことが好きだと。だから守るのだと。

 あの時、自分でも不思議なくらい自然にそう答えていた。


 ――――お前は、善人だ……


 死に際、バーンドットが私に向けて言った言葉。

 どうして、こんな時に思い出すんだろう。

 私が善人だなんて、そんなことあり得ない。

 あの日、教会の前でチンピラをぶちのめした時から、ずっと変わらない。

 私は嫌いなモノを壊し続けてきた。

 そんな私が善い人だなんて、そんなことは絶対にあり得ない。

 私が誰かを守るなんて、そんな話は――――


 ――――私……ロウリが死んだら嫌だよ。だって、ロウリだけなんだよ。こんなに優しくしてくれたの


 振り抜く鉈。

 赤黒い刃を何度も翻し、マルクの太った体に叩き込んでいく。


 ――――あ、ロウリ。来てくれたんだ~


 何度も何度も叩き込む。

 丸々とした醜い肉の塊を、念入りに斬り刻む。

 この醜悪な生き物が、もう二度とルーアを傷付けないように。


 ――――バカバカバカバカ! ツウィグのバカぁ! 絶対嫌われたぁ! ヤバいやつだって思われたぁー! 折角女の子の友達できると思ったのにぃ~!


 時間にしては、数秒程度。

 けれど、私にとっては永遠に思える数秒だった。

 自分は悪人だって認識とか、今していることとの矛盾とか、浮かんでは消えていくルーアとの記憶とか。

 そういうのを全部咀嚼して、それでも咀嚼し切れない感情を乗せて。

 私はマルク・メイルをバラバラの肉片に変えた。

 路地裏、血の雨が降る。

 自分でも気付かない内に、私の体は地面に尻餅をつくルーアの方へと向かっていた。


「ろ、ロウリ。ありが――――」


 鉈を投げ出して、彼女の体を抱きしめる。

 強く抱きしめるルーアの肌は柔らかくて、爪を立てれば簡単に破けてしまいそう。

 細くて、小さくて、脆い彼女の肢体。

 力加減を間違えれば壊れてしまいそうで。

 なのに、力いっぱい抱きしめずにはいられなくて。


「ロウリ……?」


 不意に抱きついた私に、ルーアは困惑しているみたいだった。

 彼女の戸惑う声にも構わず、私は血塗れの腕で彼女を抱きしめ続けた。

 自分でもどうしてこうしているのか分からないまま。

 ただ、ひたすらに抱きしめていた。


「ルーア」


 私は善人なんかじゃない。

 正しい人間なんかじゃない。

 困っている女の子を助けるヒーローなんかじゃない。

 それでも、ルーアが傷付くのは嫌だったんだ。

 こんな男にルーアが手籠めにされるのは耐えられなかった。

 理由も理屈もよく分からないけれど、私は――――


「無事で良かった」


 私はルーアが傷付く姿を見たくない。

 誰にも傷付けられなくて、誰にも汚されたくない。

 壊されたくない。殺されたくない。奪われたくない。

 これからもずっと、私が側で守ってあげたい。

 なんで、こんなことを考えているのか、自分でも分からないけど。

 どうしてか、そう思ったのだ。


「うん。ありがとう、ロウリ」


 路地裏、私達はずっと抱きしめ合っていた。

 お互いの体温を確かめ合うように、互いの存在を認め合うように。

 ずっと、永遠にも思えるほど長く、血塗れの抱擁を交わしていた。


     ***


「というわけで、マルク・メイルぶっ殺しちゃいました」


 元ゴートウィスト本邸。

 もとい、新しいアルカナンのアジト。

 もとい、私の実家。

 仮にもアルカナン中枢メンバーをぶっ殺してしまった私は、一応ボスであるドゥミゼルに報告しに来ていた。

 両隣のツウィグとルーア、特に本件に深く関わっているルーアはブルブルと震えている。


「ナイスぅ!」

「ナイス! ロウリ!」

「うん……ナイス」


 シャルナ、アズ、レイの三人はサムズアップしている。

 どんだけ嫌われてたんだ、あの人。

 まあ、あの感じで嫌われてなかったら、それはそれで驚きだけど。


「恨みを買うとは思っていたけど、まさか身内に刺されるとは。まあ、当然の報いだな。良いよ。気にすることないさ。こういうのはさ、殺される方が悪いんだよ」


 ドゥミゼルの答えは概ね予想通り。

 アルカナンは無法者の犯罪者集団だ。

 いつでも、力が物を言う。

 私に殺されている時点で、マルクは私よりも弱い。

 強者である私の言い分が通ることは、ほぼ間違いないだろうとは思っていた。

 ここまでサラッと許されているのは、マルクの嫌われっぷりも関係しているかもしれないが。


「よし、折角メインメンバーも集まったことだし。今後の動きでも詰めておこうか。……二人は外してくれるかい?」


 最後に付け加えられた言葉が、誰に向けられたものかは一目瞭然だった。

 僅かに身を震わせたルーアとツウィグは、そそくさと客間を後にしていく。


「ツウィグ、ルーア」


 扉から出て行く二人の背に、私は声をかけた。


「外で待ってて。終わったらなんか食べに行こう」


 私がそう言うと、ルーアはあからさまに顔を明るくして、ツウィグも僅かに嬉しそうな顔をした。

 ツウィグの方は気のせいだったかもしれないが。

 いや、ツウィグはツンデレ入ってるからな。

 本当は嬉しいのに素直に喜ぶのは恥ずかしいんだろう。

 客間から出て行く二人を見送って、私も他の面々と同じく手近な椅子に座った。


「にしても、ロウリはあの二人に懐かれたよなぁー。ルーアが誰にでも尻尾振んのはいつものことだけどさ。ツウィグまであの感じだぜ。モテモテじゃんよ」

「……ロウリが来てからずっと一緒だったみたいだし……一緒にいた時間の密度が濃かったのかも…………」

「モテすぎるのも困っちゃうね」


 シャルナらと軽口を叩いていると、ドゥミゼルがパンと手を叩いた。

 拍手一つで空気を切り替えたドゥミゼルは、飄々と語り出す。


「ロウリがモテているのは良いとして……本題に入ろうか。ここから計画の大詰めに入るからね。内容もまだシャルナにしか話していなかったけれど、そろそろみんなにも共有しておこうと思うんだ」


 計画の大詰めと聞いて、自然と背筋が伸びる。

 そもそも、ドゥミゼルの計画には謎が多い。

 ソルノット自治領を支配するのが最終目的なのは何となく分かるが、それにしてはかなり粗のある計画を立てている。

 まず懸念されるのは、この後のこと。

 ソルノット自治領はエルグラン連邦の領土だ。

 統治権を犯罪組織に奪われたとなれば、エルグラン本土も本腰を入れて奪還に出るだろう。

 いくらアルカナンが規模の大きい犯罪組織であるとはいえ、三大国家の一つを相手取るのは些か無理があるように思える。

 私も大犯罪者としてひっ捕らえられる前に、どこかへ逃亡しようかなと考えていたのだが。


「私達はソルノット自治領を手中に収めたわけだけど……まあ、このままだとエルグラン本土からソルノット奪還の遠征隊が来るだろうね。こっちの戦力も大分欠けたことだし、今の私達でそいつらを追い払うのは難しい。そこでだ。竜の寝床を起こす」


 竜の寝床。

 確か、前にも聞いたことがある。

 スウェードバークの荒野で、シャルナがそんなことを言っていた。


「竜の寝床? 何よ、それ」


 すぐに疑問を投げたのはアズ。

 すかさず、ドゥミゼルが答えた。


「これは古い友人に聞いた話なんだけどね、この地には封印された竜種が眠っているらしいんだ。なんでも、昔に大暴れした竜種らしくてね。それに手を焼いた教会のお偉いさんが、何重にも封印して眠らせたらしい。竜種の中でも最上位。とびきり凶暴で狡猾な蒼炎の竜。こいつを手なずけてさえしまえば、本土の遠征隊だろうと取るに足らない。第一陣を派手に焼き払ってやれば、簡単には手を出してこなくなるだろうさ」

「手なずけるって、どうやって……?」


 ドゥミゼルの話に、レイが当然の疑問を挟む。

 この土地に竜種が眠っているのは良いとして、それをどうやって手なずけるというのか。

 竜種なんて規格外の存在。それもその中でも最高位に位置するらしいヤツを、戦力として運用する手段など存在するのか。


「殺してしまえば良いんだよ。ネクロマンシーは呪術師の専売特許だからね。死骸にしてから使役してやれば良い。多少スケールは下がるだろうけど、竜種の存在規模を考えれば誤差みたいなもんだろう。竜種にかけられた封印の術式を呪術に改造して、そのまま竜種の肉体にぶち込む。目覚める間も無くお陀仏さ」


 話を聞く限り、彼女の話は可能なように思えた。

 封印の術式が機能しているということは、それを基にした呪術も竜種にだって効くんだろう。

 多分、私が鋼鉄魔術に呪術の術式をブレンドしたのと同じ要領。

 実際の難易度はもっと高いのだろうけど、ドゥミゼルにはそれだけの技術がある。

 一見して破綻の無い理論。

 ただ、魔術を本格的に修めている身としては、一つだけ疑問点があった。


「昔の人が竜種にかけた封印には、外からの干渉を防ぐ機能は付いてないの?」


 封印も解かれてしまえば意味が無い。

 太古の人間が竜種の危険性を鑑みて封印を施したのならば、外部から封印が解けないようにする仕組みも作ったはずだ。

 その場所への侵入を防ぐ結界とか、術式に対する干渉を妨害するシステムとか。

 竜種を封印できるほどの使い手なら、何らかの対策を講じていると考えるのが普通だろう。


「良い着眼点だ。そこについてはまだ考察段階なんだけどね、私は鋼鉄なんじゃないかと思っているよ。竜種を封印した当時の技術を考えると、何らかの物質を媒介にして封印を施した可能性が高い。あの時代で信頼されていた素材といえば鉄だ。しかも、竜種の寝床を管理しているのはゴートウィスト家。鋼鉄魔術を生業とするあの家なら、竜の寝床もメンテナンスできると本土の連中は考えたんじゃないか?」


 それは……どうだろう?

 ゴートウィスト家がソルノットを治めるようになったのは、完全に父さんの代からだ。

 それまでゴートウィスト家はエルグラン本土に由来を持つ名家だったと聞いている。

 それが竜の寝床とやらの管理を目的にして、ソルノットに送り込まれたというのもやや不自然な話だ。


「ロウリも人が悪いな。ゴートウィスト家出身の君は竜の寝床についても知ってるだろう?」

「いや、全然知らなかった」

「え?」

「そーいや、前にも知らないっつってたっけ」


 きっと、父さんは私に竜の寝床の情報を伝えられなかったんだろう。

 父さんが危惧していたことは分かる。

 既存の魔術に呪術の術式をブレンドするというのは、私が幼い頃から感覚的にできたことだ。

 今、ドゥミゼルがやろうとしていることが、私にも可能かもしれない。

 それを父さんは恐れていたんだろうな。

 今にして思うと、父さんにとって私はひどく恐ろしい存在だったのかもしれない。


「まあ、鉄でも石でも何でも良いんだ。腐敗という概念のある物質なら何でも良い」


 ハッとする。

 ドゥミゼルの言わんとすることが理解できた。

 きっとこの時のために、ドゥミゼルは戦力として乏しい彼を手元に置き続けていたんだ。


「私の呪術で魔眼の出力をブーストすれば、アレでも封印の外殻を腐らせるくらいはできるだろう。まあ、十中八九反動で死ぬだろうけどね」


 悪辣に笑いながら、銀髪の呪術師は断言した。

 ツウィグを捨て駒にすると、言ってのけたのだ。

嫌い方ばかり覚えると、自分の好きに上手く気付けないものです

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― 新着の感想 ―
あー、これはやっぱりvsアルカナンルートになるのかな ロウリがなんでそんなにあの2人好きなのかよく分からないけど、ロウリ自身もまだ上手く分かってなさそうなので後で言語化されるのを楽しみにしてる
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