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君の不在証明  作者: 讀茸
最終章 ここではないどこかへ

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68/88

第六十八話 どうかしてる

今までも残酷なシーンが度々含まれていた本作ですが、今回は私自身も「ちょっとライン超えたな」という感じがあります。苦手な方は無理せず読み飛ばして下さい。

 マルク・メイル。

 主な罪状は強姦及び強姦殺人。

 侵略戦争においてソルノット中央教会を襲撃したマルクは、選抜騎士エルノによって一度は気を失う。

 しかし、生来の頑丈な肉体故か、彼はものの数分で目を覚ました。

 マルクは賢しい犯罪者だった。

 格上には立ち向かわず、気分良く格下を嬲る。

 シャルナのようにスリルを楽しむことも、ドゥミゼルのように遠大な犯罪計画を実行することもない。

 ただ、己の快楽が満たせればそれで良い。

 そんな彼の性格に加え、戦闘に関しては特異な才を持つことも相まって、マルクには敗北した経験がほとんど無い。

 そんな彼が初めて味わう、敗北の屈辱。

 そのストレスの捌け口を、マルク・メイルがどこに求めたか。

 ソルノット中央教会で迎撃にあたった執行者の内、若い女性のみをマルクが生け捕りにしたことを思えば、想像するのは容易だろう。

 特にマルクへ一糸報いようと奮戦したリルスニル姉妹は、彼にとって良い標的だった。

 エルノは後着したロウリに殺され、そのロウリもユザとの戦闘のため遠方へ移動。

 当時の中央教会に、マルクを止められる者はいなかった。

 侵略戦争の戦況がアルカナンに傾いていくにつれ、中央教会へやって来るアルカナンの構成員も増加する。

 マルクが生かした執行者に加え、中央教会に避難していた市民。

 標的の数には困らなかった。

 この手の事件は数あれど、その悪質性から今回の事件は侵略戦争における最悪の被害として歴史に名を刻むこととなる。

 後の調査では、強姦された後に殺されたとされる女性の遺体が相当数見つかった。

 その中には、両手の指で数えられるほどの歳の少女も含まれていたらしい。

 あまりの残虐性に、後年の歴史家が捏造を疑ったほどの惨劇である。


     ***


 私は無力だ、なんて口にするのも変なくらい。

 私に力が無いことなんて当たり前で、私には何もできないのが普通で、私は自分の弱さを呪ったことすらない。

 力を得ようと努力したことも、無力なりに自分の力を尽くそうとしたこともない。

 私はただひたすらに、神様に助けを祈っていた。

 ただ祈っていただけの私には、涙を流す資格すら無いはずなのに。


「うっ、ぐすっ……っぁああああ――――――――っ!」


 泣きじゃくりながら、走っている。

 嘘だ。

 走っているんじゃない。

 私は逃げている。

 ソルノット中央教会を飛び出した私は、当てもなく逃げ続けていた。

 追手なんて来ていない。

 それでも、私は恐怖に突き動かされるがままに、無茶苦茶な逃避行を続けていた。

 多分、逃げ出せたのは私だけ。

 あの男が目を覚ました瞬間に裏口へと駆け込んだ私だけが、こうして教会の外に逃げ出せている。

 今でも、鮮明に思い出せる。

 背後から聞こえる女の悲鳴。男の怒号。何かが壊れて折れる音。

 一度だけ、教会から逃げ出す瞬間に一度だけ、振り返ってそれを見た。

 一人のシスターが、あの男に組み伏せられて、服を破かれて、そして――――


「……っ、ぁああああああああああ!」


 叫んでも、何も変わらない。

 私は中央教会で起こったであろう悲劇を見届けもせず、自分だけ真っ先に逃げ出したのだから。

 オークェイムも、サーチも、ウィクトも、大好きだった家族と仲間を見捨てて逃げ出した。

 ハルリア・リルスニル。

 お前はどうして、こんにも無価値なんだ。

 戦う力がないどころか、戦おうとする意志さえも無い。

 走って、泣いて、叫んで、転んで、また走る。

 夜道を走っていたはずが、気付けば夜が明けていた。

 夜通し逃避行を続けた足は棒のようで、もう一歩も歩けないくらい疲労し切っていた。

 でも、こんな道端で蹲るわけにもいかなくて、私はどこか拠り所を求めて歩いた。

 やがて目に入ったのは、小さな教会。

 砂利道に面したその教会は、見るからに古臭くてボロボロ。この前の戦いの影響か、二階の窓が割れたまま放置されている。

 本当に小さくておんぼろ。

 ともすると、廃墟かもしれないような教会に、私は足を踏み入れた。


「…………」


 扉を開けて教会の中に入る。

 中央教会に慣れた私には、かなり狭く感じられる礼拝堂。

 板張りの床を踏みしめると、微かに軋むような気がした。木製のベンチが並べられ、中央の通路には赤いカーペットが敷かれている。

 奥へと伸びる赤いカーペットの先、古びた女神像が見える。

 小さくて、手入れも行き届いていなくて、造りもそんなに精巧なわけじゃない。

 小っぽけでボロボロの女神像。


 ――――ハルリアさん


 そんな小さな女神像を前に、私はシグレ司祭の言葉を思い出していた。

 あの戦いが起きる直前、確か、彼にこんなことを言われていた。


 ――――どんな時でも、祈りを忘れずに


 気付けば、私は膝をついていた。

 両手を胸の前で握って、小さな女神像に向かって祈る。

 一晩中泣き腫らして、涙なんて枯れたと思っていた目尻に、また熱い雫が滲む気がした。


「神様、どうか――――」


 意味があるのかと言われれば、きっと無い。

 私が神様に祈ったところで、お姉ちゃん達が助かる可能性は一パーセントも増えない。

 そういう意味では、祈りなんてただの自己満足なのかもしれない。

 祈っても現実は変わらないし、見返りのために祈るなんて間違っている。

 願った未来を掴むには、私自身で行動するしかないなんてことは分かってる。

 少しでも努力した方が良いとか、一つでも行動するべきだとか、そんなことは分かっているつもりだけれど。

 でも、それでも――――


「どうか、私の大切な人達を助けて下さい……!」


 私は祈った。

 祈らずにはいられなかった。

 こんなことをしても何の足しにもならないと、分かってはいたけれど。

 それでも、私は無価値な祈りを捧げた。

 本当、どうかしている。

 無価値だと分かっても、それをずっと続けているなんて。


「シグレといい、どいつもこいつも迷惑なヤツだヨ。こんなヤバい場所、二度も来たくなかったヨ」


 不意に聞こえてきた声に、私は思わず目を開く。

 瞼を開けば、そこには一人の少女が立っていた。

 歳は十二歳程度だろうか、なんて考察しつつも、この子にとって外見年齢なんて意味を為さないだろうとも思う。

 白いドレスのような装束。髪は暖かみのあるアイボリー。

 その瞳に灯る橙色の輝きが、人間ではありえないほどの明度を誇っていた。


「ワタシはリバティリス。この世界における上位法則の化身。疑似人格を宿した精霊種。まあ、詳しいことは後から説明するヨ」


 その時、私は彼女の話なんて全く理解できてなくて。

 あまりにも現実離れした光景に思考が追いついてなくて。

 ただ、感情だけが先走っていた。


「ハルリア。お前の祈り、しかと聞き届けたヨ」


 何故だろう。

 涙が溢れて止まらない。

 たった一言、不意にそんなことを言われただけ。

 急に現れた正体不明の幼女に、聞き届けたなんて言われただけなのに。

 報われたような気がしてしまうのは、どうしてなんだろう。

 私は小さな少女の前に跪いて、子供みたいに泣きじゃくっていた。


「泣き過ぎだヨ、お前。シグレとは大違いだヨ」


 そんな私を見て、彼女は呆れたように笑っていた。

 その笑顔だけで救われたような気がしてしまう私は、やっぱりどうかしてるのだ。

好きなキャラとかいたら教えてほしいヨ

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