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君の不在証明  作者: 讀茸
第一章 日々の終わり
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第六話 安堵

 ソルノット自治領には、大まかに二つの領域がある。

 一つはゴートウィスト家の治める南東部。ゴートウィストが持ち込んだ教会の勢力圏でもあり、貧しいながらもある程度は安全な暮らしを送ることができる。

 それでも、エルグラン本土に比べれば相当治安は悪いし、大陸でも有数の犯罪率を誇ることに変わりは無い。

 しかし、ソルノットの真に恐ろしい領域は、教会やゴートウィストの治安維持が届かない北西部である。

 そこは文字通りの無法地帯。無秩序こそが秩序であり、すれ違う人間の二人に一人は犯罪者。四人に一人は何らかの犯罪組織に与している。

 住民の法意識は皆無に等しく、殺人や強姦といった犯罪行為も日常的に行われている。

 ソルノット北西部に第三者は存在しない。いるのは、被害者か加害者のどちらか。

 殴られないためには殴るしかない。犯されないためには犯す以外無い。殺されないためには殺す他無い。

 そんなソルノット自治領の深奥へ、ロウリは足を踏み入れていた。

 共に歩いているのは、三人の男女。ドゥミゼルとツウィグ。そして、倉庫でシャルナと呼ばれていた青髪の女だ。ツウィグは依然として、ロウリに担がれているが。

 とんでもない領域を歩いている現状を自覚しつつ、ロウリはここまでの経緯を回想する。


 ――――あと、ロウリ。君の身柄はこっちで確保する。私達と一緒に来てもらおうか

 ――――え

 ――――当然だろう。私のような人間が、ゴートウィスト家の次期当主をみすみす帰らせるはずがない


 有り体に言えば、ロウリは誘拐されたということになる。

 そんな不可抗力的にも近い流れで、ロウリはソルノット北西部にまで連れて来られていた。


「ロウリはさ、ここら辺来たことあんの?」


 回想に浸っていると、隣を歩くシャルナに声をかけられた。

 綺麗な青髪をたなびかせる彼女は、結構気さくな人物のようで、道すがらかなり会話を振ってくる。


「あー、任務で何回か来たかもしれないけど……ここまで奥に来るのは初めてかも」


 ゴートウィスト家は長らく、犯罪組織の解体に努めている。

 ロウリも騎士として何人もの犯罪者を逮捕しては、監獄送りにしてきた。犯罪者の巣窟である北西部に足を踏み入れるのも初めてではない。

 それでも、ここまで奥まった部分にまで入ることは稀だ。高い戦闘技術を持つ騎士であっても危険な場所。それがソルノット自治領北西部なのだから。


「えー、マジ? 全然見えねーな」

「見えない?」

「だって全然ビビってねーじゃん。ずっと南東部で暮らしてたお嬢様なんだろ? それがこんなヤベー所連れて来られたら、普通もっと泣いたり怖がったりするんじゃねーの?」


 シャルナの言葉にロウリは少し首を傾げる。

 言われてみれば、彼女自身でも不思議なことだった。

 ソルノット北西部は噂に違わぬ危険地帯だ。路傍には明らかに危ない薬をキメている人が何人も見えるし、街の外観には清潔感の欠片も無い。既に傷害沙汰の喧嘩を三件ほど見かけた。

 ここが恐ろしく危険な場所だと、ロウリは理解している。

 だというのに、恐怖は感じない。むしろ、どこか安堵するような気持ちさえある。


「まあ、一応騎士だったし。物騒なのは慣れてるのかも」

「へえ~。肝据わってんな~。おいツウィグ! お前も見習えよ~」


 そう言って、シャルナはロウリに担がれているツウィグの頭を小突く。

 白髪の少年はロウリの肩で「あうっ」と小さく呻いた。

 気さくに話しかけてくるシャルナ。適度に会話に混ざるドゥミゼルとは違い、ツウィグは道中でほとんど口を開かない。

 ずっと黙ってロウリに抱えられている所を見るに、無口な人物であるのが伺える。


「少し冷静すぎるとは思うよ。仮にも犯罪組織に誘拐されてるわけなんだから、もう少し動揺してくれても良いのにね」

「喚かれるより良いんじゃねーの? ルーアの時とか大変だったじゃん」

「あれくらい泣いてもらわないと、犯罪組織のメンツが立たないだろう」

「うわ、ボス怖ぇー。おい、ロウリ。泣いといた方が良いぞ」


 シャルナはドゥミゼルのことをボスと呼んでいる。

 その呼び方からも、彼女らの交わす会話の内容からも、ドゥミゼルは何らかの犯罪組織のトップであり、シャルナはその構成員であることが分かる。

 そんな理屈ばった推測をしなくとも、トーキンという男の死に様を思えば、彼女らの恐ろしさはよく理解できる。

 それにも関わらず、ロウリの精神が安寧を保てているのは――――


(もう、帰らなくて良いから……)


 ゴートウィスト家に帰らなくて良い理由ができたから。

 たったそれだけの安心感が、無法地帯に踏み入る恐怖に勝っていた。


「着いたよ」


 ふと、ドゥミゼルが言った。

 彼女の言葉に釣られて、ロウリも顔を上げる。

 そこに建っていたのは、古びた屋敷。ただ、外装はかなり凝っていて、壁面の所々に装飾が見られる。かなりの年季の入った印象を受けるが、それが逆に荘厳な美しさを醸している。


「中々カッコいいだろ? 貴族の屋敷を改造させたんだ」


 ドゥミゼルが自慢げに言う。


「それ毎度聞くけどさ~、普通にボロくね? こことかヒビ入ってんじゃん。ロウリも正直に言って良いんだぞー」

「はぁ、このヴィンテージ感が良いんだろうに。シャルナとはセンスが合わないな」


 軽口を叩き合うシャルナとドゥミゼル。

 仲の良さそうなやり取りをしつつ、ドゥミゼルは正門の扉に手をかける。

 そして、木目調の装飾が為された扉を静かに開いた。


「ようこそ、ロウリ。犯罪組織アルカナンのアジトへ」


 キィーと音を立てて、重厚な扉が開く。

 ロウリの目に映るその扉は、楽園へと続く門のようでもあった。


     ***


 犯罪組織アルカナン。

 ソルノット自治領において最大の規模を誇る犯罪組織であり、一部の専門家はアルカナンこそがソルノットを無法地帯たらしめている元凶だと分析している。

 それほどまでに、アルカナンは強大で凶悪。全世界悪人ランキングを作るとしたら、アルカナンの構成員が上位を独占するだろうという話は、アルカナンの残虐性を喩えるのによく使われる文句だ。

 そんな犯罪組織のアジト。この世の悪を煮詰めたような場所に、ロウリは招かれていた。

 ロウリが通されたのは、アジト二階の広間。

 広間と言っても、面積自体はそこまで広くない。むしろ、横よりも縦に広く、天井をぶち抜いて三階まで吹き抜けになっている。

 インテリアも統一感が無く、ソファ風の長椅子や円形の机が雑多に置かれている。

 屋敷自体が古びていることもあり、廃墟のような雰囲気さえ感じさせる。

 そんな空気を漂わせつつも掃除は行き届いてるようで、不潔に感じる所は無い。その辺りはドゥミゼルの拘りだろうか。


「帰ったよ、みんな」


 ドゥミゼルがそう呼びかけると、広間にいた面々がロウリ達の方を振り向いた。

 六人の視線が一斉にロウリへと降り注ぐ。


「ボス。俺ぁアンタの部下だ。アンタの判断にケチつける真似はしたくねぇ。だが、これだけは言っとかなきゃなんねぇぜ」


 最初に口を開いたのは、ソファに腰掛けていた男。

 体も大きく、顔も強面。両腕にはタトゥー。両耳には派手なピアス。そして、髪はドレッドヘア。

 如何にもアンダーグラウンドの人間という容姿をした男だ。

 彼はソファから立ち上がり、ロウリ達のすぐ前まで歩いて来る。


「どうしてゴートウィストのガキがツウィグを担いでる? いつから、俺達は敵方のガキを五体満足でアジトに連れてくる腰抜けになった?」


 両手の指をゴキゴキと鳴らしながら、男はロウリに詰め寄る。

 至近距離で見上げる男の瞳は、人としてのリミッターが外れている人間のそれだった。


「おいジャム。勝手にキレんなよ。ボスの判断だぞ」


 すかさずシャルナが割って入る。

 今にもロウリを殺しそうな目をしたジャムの前に、青髪の長身が立ち塞がった。


「だからその判断を訊いてんだろ。どういう了見で、そこのガキをここに招き入れてんだ? 人質にしろ、情報を吐かせるにしろ、腕の一本くらい落としとくのが筋だろうがよ」


 ジャム・ジャミング。

 アルカナンでも古株にあたる彼の言葉は、倫理観は伴っていないにせよ、犯罪組織としては正しかった。

 ロウリはゴートウィストの次期当主であり、騎士のライセンスも持っている。

 頭から爪先まで、犯罪組織とは敵対する側の人間だ。


「あたしもジャムに賛成。てか、腕一本とかぬるすぎ。殺しとくべきでしょ、そいつ。ゴートウィストのやつを生かしとく理由ある?」


 ジャムに賛同するように言い放ったのは、ピンク色の髪をした若い女。

 髪は染めているらしく、頭頂部あたりの髪はピンク色が抜け、彼女本来の黒が露わになっている。

 ソファにはほとんど寝そべるように座り、片手で横髪をいじっている。


「アズ、お前な……」

「つーか、なんでシャルナはそいつを庇うわけ? 人質とか情報とか、いつもそんなの気にしないじゃん」


 アズ・リシュル。アルカナンでは比較的新参にあたる彼女も、ロウリの招待について否定的だった。

 シャルナは味方を探すように、他の四人にも視線を送る。

 虚ろな目をしたまま椅子に座る中年の男。壁に背をもたれて立つ細身の青年。象の被り物をした謎の人物。オドオドして目を逸らす肌の白い少女。

 彼らの様子は四者四様。しかし、ロウリを積極的に歓迎しようという者はいなかった。

 広間の空気がロウリ排斥へと流れていく。

 しかし、当のロウリは恐怖する様子も無く、それが逆にジャムとアズの攻撃意識を増幅させていた。


「ツウィグが主戦力を引き付けている間、私とシャルナでレッドテイルの本拠地を強襲。その後ツウィグを回収。帰る場所を失ったレッドテイル主戦力は、時間をかけて潰していく」


 そんな空気を引き裂くように、ドゥミゼルが口火を切った。


「それが今回のプランだったね」


 不意に対レッドテイルの計画を話し始めたドゥミゼル。

 一見して関係の無い話を始めたドゥミゼルに、ジャムとアズの二人が一瞬たじろぐ。

 その様子がロウリにもよく見えていた。

 やはり、ドゥミゼルの言葉には場の空気を一変させる何かがある。


「そ、それがどうしたってのよ」


 訊き返すアズ。

 ドゥミゼルのプレッシャーに若干押されつつも、彼女に対して質問を通しきった。


「トーキン・ノックスを含めたレッドテイル主戦力は、ロウリ一人に全滅させられていた」


 ジャムとアズの二人が軽く目を見開く。

 他の者も多かれ少なかれ驚いた様子を見せるが、そこまで大きい反応は無い。


「味方になれば、心強いと思わないか?」


 だが、その言葉には六人全員が、明らかな反応を見せた。

 思わず立ち上がる者。大きく目を見開く者。驚愕の表情を浮かべる者。もっとオドオドする者。

 反応は様々あれど、ロウリを仲間にするというドゥミゼルの判断には、誰もが驚きを隠せない。


「血迷ったかよ、ボス。それとも俺達だけじゃ戦力が足りねぇか?」

「そうじゃない。私は至って正気だし、みんなの力も疑ってない。ただ――――」


 ドゥミゼルは一度言葉を区切り、全員の顔を見渡す。

 そうしてから、強い口調で言い切った。


「ロウリは呪術師だ。間違いなく、私達側の人間だよ」


 その言葉に最も大きな表情の変化を見せたのは、他でも無いロウリ自身だった。

 トーキンの傷を見ただけでロウリが呪術を扱ったと見抜かれていたこともそうだが、ロウリの心を最も大きく揺さぶったのは別の部分。

 他者の言葉ではっきりと、ロウリ・ゴートウィストは呪術の使い手であると定義されたことであった。


「……そういうことかよ。ワケは分かったぜ」


 意外にも、ドゥミゼルの一言でジャムは矛を収めた。

 アズも先刻までの剣幕を無くしている。


「それじゃあ、挨拶はこれくらいにして本題に入ろう」


 ロウリの件が片付いた所で、ドゥミゼルは話を切り替える。

 そもそも、このアジトにアルカナンの中核メンバーが集められたのは、ロウリとの顔合わせのためではない。

 ロウリを彼らに会わせたのは、ドゥミゼルにとってはちょっとしたついでにすぎない。

 本来の目的はアルカナンの今後の行動指針を共有するためである。

 ドゥミゼルが彼らに告げたのは――――


「明日から始まるソルノット南東部への侵攻作戦。変更点含めて、最後に詰めておこうか」


 本格的なソルノット全域への支配拡大。

 そのための計画だった。


ドゥミゼル・ディザスティア、インテリアとかには結構こだわるタイプ

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