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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第五十八話 ヒトストック

 魔物。魔力で構成された生物の総称。

 魔族。魔物の内、人間と同等以上の知性を備えた種の総称。

 正確に定義するとしたら上記の通り。

 しかし、魔族と聞けば、誰もが鮮明に思い浮かべるだろう。

 メドフェルティア魔王国。魔族の国。かつて、人類を滅亡の一歩手前まで追い込んだ最悪の国家。

 強力無比な魔族で構成された軍は当時の人類を大いに苦しめ、人類を差し置いて魔族を大陸の頂点捕食者たらしめた。

 通称、魔王軍。

 今や歴史として語り継がれるばかりの、人類が克服したはずの恐怖である。


     ***


 レイとシルノートの決着が着いた頃、ドゥミゼルは瓦礫の海と化した街並みを見渡しつつ、選抜騎士三人と相対していた。


「レイも行ったことだし、こっちも始めようじゃないか。私を討ち取るんだろう? それとも、こっちから仕掛けてやろうか?」


 瓦礫の海に立ち、銀髪の呪術師は笑う。

 両手を広げてノーガードを装うドゥミゼルは、余裕綽々の態度で選抜騎士三人を待ち受けていた。

 それぞれの得物を構えたキルディッド、ナルテイン、フィロルドの三人。

 明らかにこちらを舐めている態度のドゥミゼルに、彼らが攻撃を仕掛けられないのにも、いくつかの理由があった。

 一つはドゥミゼル・ディザスティアに予備情報が全く無いこと。

 他のアルカナン中枢メンバーと違い、ドゥミゼルは騎士団に情報を全く残していない。全く残していないにも関わらず、彼女が呪術師であるという噂だけはソルノットの誰もが知っている。

 ドゥミゼルが如何なる呪術を仕掛けて来るか、キルディッド達は全く予想できない。

 タネの割れていない呪術師に突っ込んでいくのは、想像以上に勇気が要る。

 相手は魔術師ではなく、呪術師。

 彼女が呪術を起動すれば、目を覆いたくなるような残虐な何かが起こる。

 まだ何も分からない、最悪だということだけが分かっている、何かが起こる。


(いや……だからこそだろう! 誰もこいつに立ち向かえなかったから、今こいつの情報が何も無いんだろう! タネを割る! 俺の命に代えてでも!)


 駆け出したのはキルディッド。

 初速は十分。足場の悪い瓦礫をものともせず、ドゥミゼルへと一直線に向かって行く。

 愚直にも見える疾走。

 しかし、背後のナルテインとフィロルドが左右に散開することで、ドゥミゼルの視線を一点に絞らせない。


「おいおい。急に思い切りが良いじゃないか。良いのか? そんなに勢いよく走り出したら――――」


 双剣を携えて走るキルディッドに向けて、ドゥミゼルは無造作に片腕を振り抜く。

 瞬間、生み出されるは巨大なウツボ。

 大口を開けて突進するウツボはキルディッドを飲み込みながら、瓦礫の海を泳いでいく。


「避けられないだろ、私の呪術」


 ウツボに飲み込まれたキルディッド。

 ミミズのような気色悪い肉がうねる姿を、ナルテインとフィロルドの二人は固唾を飲んで見る。

 両者とも、キルディッドが今の一撃で倒れたとは思わない。

 それよりも、ドゥミゼルが使った魔術の方に思考を占有されていた。


(いくらなんでも発動速度が早過ぎる。呪術といっても魔術の一種じゃないのか? ……呪術師という噂はブラフ? 今の技は何かの身体機能の一つなのか?)


 ナルテインは考察する。

 彼がそう思うのも無理は無い。

 ドゥミゼルが放った呪術は早過ぎる。

 魔力を練り、術式に流して形にする。その過程を経ている以上、ここまでの速度で魔術や呪術を発動することは不可能なはずなのだ。


(いや、考えても意味は無い。こいつにはそれができる。それさえ分かれば良い)


 ナルテインは原理の理解を放棄。思考する対象を戦闘に必要なものだけに絞った。

 鋭く大地を蹴り出し、槍を携えて左方からドゥミゼルへの距離を詰めていく。

 対して、右方のフィロルドは距離を保ったまま。

 一定の間合いでドゥミゼルの周囲を走り、様子見に徹するような態度でいる。

 ドゥミゼルは距離を詰めて来たナルテインに対しても、巨大なウツボを放って迎撃する。

 しかし、ナルテインはこれを回避。

 翻す刃でウツボの胴体を裂いていく。


「ふ、流石だな」


 ドゥミゼルは賛辞にも聞こえる言葉を吐く。

 彼女が心からの称賛を述べるはずもないが、皮肉たっぷりとも言い切れないのが、ドゥミゼルらしい所である。


「同じ手を二度も食うとでも?」

「いや、そうじゃない」


 ウツボを切り抜け、ドゥミゼルに接近したナルテイン。

 そこは完全に槍の間合い。振り抜かれた槍の刃先がドゥミゼルの首へと迫る。

 彼女が反射的にかざした手。しかし、ナルテインの槍はその指先すら切り落とし、首筋へと突き刺さるだけの威力を持っている。


(この角度――――入る)


 確かな手応え。

 致命傷とは言わずとも、良い一撃が入ったという確信。

 直後、奇妙な感触。

 刃こぼれした包丁で肉を切ろうとした時のような、どこかもどかしい感触を感じる。

 その後のことだ。ナルテインの直覚とは裏腹に、ドゥミゼルの右手が槍の柄を掴んで止めていたのは。


「流石の残虐性だと言ったんだ。市民を守る騎士サマが。哀れな民間人を斬り殺すとはね」


 バタリ、ナルテインの背後で何かが倒れる。

 それは、つい先程まで巨大なウツボだったはずのモノ。

 不気味にうねるばかりの肉塊だったそれは、ナルテインの槍に切り裂かれたことで絶命し、本来のカタチに戻っていた。

 巨大な肉は一メートル半程度まで収縮し、毒々しい色合いの皮膚は肌色に、細長いミミズのような体躯は本来の人型に――――


「仕方ないよな。こんなに不細工な見た目にされちゃ、人間だなんて分かりっこない。殺したって仕方ない。お前は悪くないよ。案外、こいつも殺して欲しいと思ってたかもしれないだろ? ……おいおい、そんな顔するなって。騎士なんだろ。市民のヒーローがそんな顔してて良いのか?」


 ナルテインの背後に倒れたのは、人。

 腹を大きく裂かれて倒れた彼女は、二十代前半の女性に見えた。

 その裂傷が語っている。

 彼女に致命傷を刻んだのは、ナルテインの槍であると。


「ほら、笑えって」


 右手で槍を掴んだまま、ドゥミゼルは左手をナルテインの顔面に伸ばす。

 ナルテインの視界いっぱいに広がった、呪術師の五指。

 彼女が何をするかは分からない。

 しかし、何か最悪なことが起きると、この場にいる誰もが錯覚できた。


「黙りなさい。ドゥミゼル・ディザスティア」


 背後、ドゥミゼルが振り向く。

 その額に直撃するは、空色の雷撃。

 稲妻と言うには薄い色合いの、どこか涼やかな空気を纏った雷が、ドゥミゼルの額にクリーンヒットした。

 一瞬だけ痺れる手足。右手で槍を掴む力が緩む。

 ナルテインは微かに硬直したドゥミゼルの隙を見逃さず、槍を取り返しつつも彼女から跳び退いて距離を取る。


「……やってくれたな」


 ドゥミゼルの頭部に傷は見えない。

 全身に流れた電流によって僅かに動きが止まったとはいえ、魔術の直撃を受けたにしては異様な硬さだった。

 額を擦りつつこちらを睨むドゥミゼルの姿を、フィロルドは冷静に見据えている。


(かなり貫通力のある魔術なんですが……ここまで硬いとは。魔術の副次効果も発動している気配は無い。シンプルな魔力強化だけでは説明が付きませんね。もしや、何らかの防御手段が存在している……?)


 ドゥミゼルの状態を観察し、フィロルドは彼女の能力を考察する。

 対するドゥミゼルも、フィロルドを冷めた目つきで見つめる。

 魔術の奇襲によって一泡吹かせられたからか、ドゥミゼルの視線はより深く、暗い色を帯びるようになっていた。


(冷たい雷撃。前にも食らった覚えがある。命中した箇所が凍結して、動きを阻害する。威力とデバフを両立した魔術だ。剣士みたいな風貌のくせに、良い魔術持ってるじゃないか)

 

 フィロルド・サーテイン。

 剣術と魔術のどちらに精通した騎士。

 彼が魔術師でもあるということは表向きにも秘されており、それを利用した奇襲はドゥミゼル相手にも通用した。

 しかし、これでドゥミゼルは選抜騎士三人の戦闘スタイルをほとんど把握。

 切り込み隊長の双剣使い、バランスの良いアタッカーである槍使い、魔術で後衛を担いつつ白兵戦も可能な魔術剣士。


「まあ、ゆっくりいこう。何せ――――」


 ドゥミゼルは右腕で大きく円を描くような動作と共に呪術を起動。

 生まれ出るは、多種多様なる怪物達。

 怪鳥、怪魚、怪獣。元々は人間だったはずの化け物達が、ドゥミゼルの呪術によって解き放たれる。


「人間のストックは余るほどある」


 ドゥミゼルは一般人を呪術師として覚醒させる実験を行い、成功。

 成功作はソルノット中央教会を中心に、今回の侵略戦争には多数投入されている。

 だが、失敗作が約同数だけいるのも事実。

 今しがたドゥミゼルが放ったウツボや他の怪物は、彼ら失敗作をドゥミゼルが呪術によって改造して操っているもの。

 肉体のサイズを極限まで小さくすることで持ち運びを可能とし、呪術によっていつでも怪物として放てる生物兵器である。

 魔力効率も良く、使い勝手も良いため、ドゥミゼルはこの呪術を気に入っていた。

 何より、敵である騎士達に心理的な負荷をかけることができる。


「その程度で、我々の覚悟が揺らぐとでも?」


 そう言ったのはキルディッド。

 ウツボに飲み込まれたはずの彼は、その腹を搔っ捌いて脱出。

 血に濡れた双剣を携えて、ドゥミゼルの正面へと戻って来ていた。

 その双剣を濡らす赤が、人間のものであるということは、今更確認するまでもない。


「正しきのためならば、この手を血に汚そうと構わない」


 堂々たる足取りで現れた彼を、ドゥミゼルは侮蔑にも似た視線で見下ろす。


「罰ならば、お前の屍の上で受けようとも」


 正義の使者三人、悪辣なる呪術師の前に立つ。

 悪と正義の戦いは、佳境に入ろうとしていた。

カタカナだけのタイトルってなんかお洒落な気がしませんか? 

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