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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第五十四話 醜い魔術

「道理で調子が良いわけだ。旧友と同じ魔術の使い手とは」


 アトリがゾウの顔面めがけて打ち込んだ拳。

 嵐の如き魔力放出と共に衝突した一撃は、ゾウの鋼鉄魔術によって防がれていた。

 拳を受け止めた粗い鉄壁。鋼鉄の壁は表面からパラパラと破片を零している。


「旧友というのは、どちらのことで?」


 ゾウの言葉は、婉曲的な挑発。

 鋼鉄魔術を使う旧友とやらは、片や騎士団を裏切り、片やアルカナンに抹殺されているだろう。

 そんな遠回しな挑発に対し、アトリは取り乱す様子も無く――――


「無論、両方だとも」


 不敵な笑みと共に断言する。


「ほう、随分と仲間想いの団長だ。――――部下はその限りではなかったようですが」


 さらなる挑発と共に、ゾウは鋼鉄の壁を押し出してアトリを殴打。

 彼女の小さな体躯を宙に打ち上げる。

 本来防御用の壁を攻撃に転用したところで、大したダメージは見込めない。実際、アトリが受けたダメージは軽微なもの。

 成果は、宙に打ち上げたという一点だけ。


(アトリ・トーネリウムの占星魔術。複雑な成立要件はあれど、今の所確認できた効果は大雑把に二種類。拳の威力増加と引力の発生。防御面は脆い。身動きのできない空中であれば――――)


 ゾウは鋼鉄の礫を六つほど生成。

 宙に打ち上げたアトリに向けて、連続で発射する。

 タイミングをズラして撃ち出した鉄の礫。軌道も直線と曲射を混ぜ、簡単には対応できないような配置にしている。

 アトリの占星魔術は運命を辿る。ゾウとの間に結ばれた運命によって引力を発生させることはできるが、ゾウが魔術で生成した鉄については魔術の適応外。

 よって、引力で礫を集め、一撃で叩き落とすという手も取れない。

 狙いすましたゾウの魔術。

 これに対し、アトリは占星魔術を解除。

 防御魔術に魔術を切り替え、光の障壁を展開。幾何学模様を描く半透明の魔力壁が、襲い来る礫からアトリを守った。


(――――来た)


 内心、ゾウは歓喜する。

 魔術師が一度に使用できる魔術は一種類のみ。この原則は、どれだけ卓越した魔術の使い手であっても覆すことはできない。

 防御魔術で身を守るために、アトリは占星魔術を解除せざるを得なかった。

 光の障壁と共に地面へと落下していくアトリ。

 その落下地点に向けて、ゾウは駆け出していた。

 鋼鉄魔術で構成するは、岩盤を直接削り出したかのような巨腕。巨大な鋼鉄を右腕に纏わせるように構築し、ゾウの身の丈に迫る鋼の巨腕と成す。


(占星魔術。あれだけ入り組んだ条件と効果からして、明らかに複雑な術式構造をしている。発動速度は良くて中の下。アトリ・トーネリウムが如何に優れた魔術師と言えど、人間の認知速度には限界がある。着地までに再起動は不可能。防御魔術しか使えない相手に、近接戦闘で負ける道理は無い)


 防御魔術。

 シンプルな術式構造から習得しやすく、汎用性の高い防御手段として魔術師に好まれる。

 結界しか自らを守る手段を持たなかった魔術師の世界において、防御魔術の発明は革命とも称された。

 しかし、読んで字の如く、それは防御にしか使えない。

 迎撃の手段が無い以上、近接戦闘になれば守り一辺倒に陥る。

 鋼鉄の巨腕と共に距離を詰めてきたゾウの前に、アトリは為す術が無いかに思われた。

 ゾウは半ば勝利を確信していた。

 右腕から水色の光を放ち、落下してくるアトリと目を合わせるまでは。


「……ありえない」

「早すぎる、とでも言うつもりか?」


 過剰速度認知。

 アトリ・トーネリウムの特異体質。

 常人の倍以上の認知速度を持つ彼女にとって、魔術の発動手順も倍以上の認識の中で行われる。

 一人だけスローモーションの世界で生きる彼女にとって、着地までの刹那は占星魔術の再起動に十分すぎる間隙であった。


「私に言わせれば、世界が遅いんだがな」


 アトリは自身が着地するより早く、引力で地上のゾウを空中へと引き寄せる。

 重力に逆らい上空へと引き寄せられたゾウ。

 すかさず鋼鉄の巨腕を振り抜くが、アトリはそれを右の拳で打ち返す。


「が、ハ――――ッ!」


 巨腕を通じて浸透する衝撃に、ゾウは被り物の中で苦い顔をする。

 右腕が痺れる感覚を確かめる暇も無く、アトリが追撃とばかりに叩き込んだ拳が、ゾウを地面へと叩き落とした。

 大通りの大地に罅を入れつつ、ゾウは地面に叩きつけられる。

 あまりの衝撃に軽く目を回しつつも、三度目の追撃から逃れるべく、ゾウは地面を蹴って跳び退いた。

 着地したアトリから距離を取りながらも、靴裏に鋼鉄の杭を生成し、引力による引き寄せに備える。


「私の魔術、変だとは思わなかったか?」


 遠のくゾウに対し、アトリは悠々と語りかける。


「占星魔術は相手との運命によって威力を変えると言ったがな、究極的な話、私の拳が誰に当たるかなんて拳を打つまで分からない。私がどれだけの魔力放出を行ったかはパンチを打った瞬間に決まるのに、パンチが当たるまで威力が確定しない。これじゃ道理が通らない」


 占星魔術の解説。

 運命力の強化による魔術の性能向上を狙ったものだと、ゾウは理解していた。

 理解していたにも関わらず、それ以上の何かを感じ取ってしまったのは、アトリの外見からは想像もできない圧迫感故。


「占星魔術の本質は運命力の蓄積だ。魔術の対象を選択し、対象との運命を参照して運命力をチャージする。運命力は私の右腕に光として保存され、私の好きなタイミングで、引力、魔力放出という形で出力できる」


 アトリが右の拳を振りかぶる。

 星を握りしめたような、水色の光を放つ拳。

 かつてなく強い光を放つアトリの右腕。その光量がチャージされた運命力の大きさを物語っている。

 ここまでの戦闘と駆け引きで、アトリが蓄積してきたゾウとの運命力。

 それを、今――――


「くれてやる。全開放だ」


 瞬間、時空が歪む。

 ゾウは地面に突き刺した杭が折れたことを肌で感じ取る。

 ブラックホールに吸い込まれるような強い浮遊感に包まれながらも、ゾウは反射的に鋼鉄魔術で身を守っていた。

 繭のように全身を覆う鋼鉄。

 それは強烈な引力に晒される中、ゾウが行ったせめてもの抵抗。

 できる限り厚く、可能な限り硬く、構築された鋼鉄の繭。

 直後、爆ぜる一撃。

 星の衝突を思わせる轟音と共に、アトリの拳が鋼鉄の繭を叩き割る。

 それは最早、拳というよりは衝撃波。割れた彗星の如く吹き荒れる魔力流は、鋼鉄の繭ごとゾウの全身を打ちのめした。


「流石の硬さと言う他無いな。これで原形を留めるとは」


 人の形を留めたまま、大通りに倒れるゾウ。

 仰向けに倒れた長身の黒服は、見るからに満身創痍だった。

 像の被り物は先の一撃で消し飛び、彼の素顔が曇天の下に晒される。

 酷い顔だった。古傷がどうというレベルではない。人間のそれとは思えないほどに、破壊された顔面だった。

 無造作にそぎ落とされた肉。不格好に歪んだ骨格。出来の悪いぬいぐるみのような、一種のグロテスクさえ感じられる顔の造形だった。

 そこに真新しい傷が見られないことから、それがアトリの拳によって顔を歪められたのではなく、元々彼はそういう顔だったことが分かる。

 それは、彼がゾウと名乗り始める前、血みどろの戦いの中で刻まれた傷痕だ。


「鳥、鉄の鳥、綺麗な綺麗な鋼鉄の鳥……翼を広げて、美しい場所へ…………」


 ゆらりと、男が立ち上がる。

 死体がゾンビとなって蘇ったような、不気味で恐ろしい再起。

 ゾウ――――ゾウという名を羽織った何者かは、ほとんど無意識の内に魔術を起動していた。

 生み出すは鋼鉄。ごつごつとした鉄塊の群れ。幼児が粘土で捏ねたような、不格好で不細工な造形の何かが、寄り集まって出来上がっていく。

 それは、翼の生えた象。

 彼自身を飲み込むようにして、鋼鉄の怪象が現出した。

 造形の悪さは言うまでもない。左右非対称。素人が描いた落書きのように、それは何とかギリギリ翼の生えた象という体裁を保っている。

 だからこそ、不気味。

 故にこそ、恐怖を掻き立てる。


「私も、そこに…………」


 鋼鉄の怪象と化した男を前に、アトリは無言で立ち尽くす。

 彼女の知る鋼鉄魔術とは似ても似つかぬカタチを前に、幼女は小さく息を吐いた。

 それは彼女なりの覚悟。

 どうしようなく歪んでしまった何かを、自らの手で壊すという覚悟の表われだった。

初心者にも分かる占星魔術講座

①占星魔術を起動

②魔術の対象を設定(アトリはゾウを対象に設定してました)

③対象との運命力を算出、右腕にチャージ

④チャージした運命力を、魔力放出や引力として使う

※占星魔術を一度解除してから再起動すると③の工程が再び行われるため、消費した運命力を全回復可能



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