第五十三話 占星魔術
ロウリ&ツウィグ&ルーア……北部から南東部へ移動中
ドゥミゼル vs キルディッド&ナルテイン&フィロルド
マルク vs エルノ
ゾウ vs アトリ
ヘイズ……病院ぶっ壊し中
レイ vs シルノート
十五歳の時、初めて人を殺した。
別に、殺そうと思ったわけじゃない。
いや、きっと思ってはいたのだろう。
ただの練習試合だったはずのあの場で、不相応な威力の魔術を叩き込んだのは私だったのだから。
そこそこ歴史のある家柄だったからだろうか、私の家には不思議なしきたりがあった。
その家に生まれた者は皆、同一の魔術を極めるのだ。
その魔術は清く正しく、歴史と伝統に裏打ちされた高尚な魔術らしい。
それが嫌だったというわけでは、決してない。むしろ、私は魔術が得意だった。その魔術もすぐに使いこなせた。
ただ、私のそれはいささか不細工だった。
鋭い刃ではなく、ゴツゴツとした鈍器。綺麗な盾ではなく、巨大な礫じみた塊。雑で粗悪で醜い形でしか、私はその魔術を出力することができなかった。
それだけなら良かった。邪道しか扱えぬ無能になれた。
問題なのは、それが強かったことだ。
形にこだわらない分発動は早く、質量を伴うだけに威力は十分。
私は家で定期的に行われる練習試合では、勝ちに勝ちを重ねてしまった。
王道の魔術を使う正統派のエリートを、私は邪道で醜い粗悪品で叩きのめしてしまったのだ。
随分と罵られた。
汚いやり方だと、醜い魔術だと、魔術師の風上にも置けないと。
あんな雑なやり方はいずれ通用しなくなる。いつか落伍して落ちぶれる。いつか痛い目を見るはずだ。
いつか、いつか、いつか。
私の敗北といういつかを、誰もが夢見ていた。
家の者は私の凋落を願い、実の親は私にまともな魔術を使わせようと心を砕いた。
親も私を恨んでいたわけではないだろう。むしろその逆。私のために言ってくれていたのだろうと分かる。
でも、なぜだろう。
どうしても、感謝なんてできないんだ。
ありがとうだなんて、少しも思えない。
ただひたすらに、否定の声がうるさくて。私のやり方を否定する、彼らの声がうるさくて。
それはダメだと。やり方を変えろと。改善しろと。
そんな風にのたまう声がうるさくて、うるさくて、とにかくうるさくて。
鬱陶しくて、煩わしくて、苛立って。
耳を塞いでも、掌を透過して鼓膜を叩く罵詈雑言に嫌気が差して、私は――――
――――もう、良いか
練習試合、試合相手を撲殺した。
止めに入って来る大人も、悲鳴を上げて逃げ惑う使用人も、全員無秩序に殺して回った。
まあ、苦戦はした。
あれだけの数の大人。それもしっかりと魔術の訓練を積んだ者達相手に、十五歳の子供一人で大立ち回りをしたのだから。
そのせいで顔面は人様にお見せできないほどボロボロになって、声帯も明らかにおかしくなったけれど。
それでも、心は晴れていた。
なんだ。もっと早くこうすれば良かった。
他人の意見を気にしてばかりいたから、あんなにも苦しくて大変だったんだ。
私に意見してくるようなヤツは、殺して黙らせれば良い。
ただそれだけの話だった。
ただそれだけの話だったのに、私はいつまでも――――
***
ソルノット南東部、大通り。
いくらかの距離を置いて向かい合うは、特徴的な出で立ちの二人。
片や、象の被り物をした長身。
片や、幼女。
幅の広い通りの中央に立ち、両者は睨み合う。大通りに面した店々からは、既に人気は無くなっていた。
「かのアトリ・トーネリウムが、私程度の相手をしていてよろしいので? アルカナンには私以上の手練れが揃っていますよ」
「まさか犯罪者に戦略論を語られるとはな。お前達の頭はそういう点でも長けているんだろうが。にしても、部下にまで話せるヤツがいたか。この無法地帯に戦略を学ぶ機会があるとも思えないが……まあ、そう心配するな」
煽るようなゾウの台詞に、アトリは遊ぶような口調で返す。
あどけない声色とは裏腹に、アトリの口調は経験豊富な人物のそれを思わせる。
幼さと経験が歪に絡み合った声は、ゾウの耳にも奇妙な響きを以て聞こえた。
「すぐに終わらせてやる」
アトリの奇妙な色の声。
それが一瞬にして、研ぎ澄まされた戦意に塗り潰される。
その威圧感と奇妙な感覚に、ゾウが怯んだのは一瞬。
視界が歪む。一瞬の後には、アトリの小さな体躯がゾウの目下に迫っていた。
「まずは一撃」
叩き込むは拳。
拳に込めた高密度の魔力は水色の光として可視化し、さながら衝撃波のような様相を呈する。
まるで、彗星のような一撃。
綺麗にゾウの腹へと吸い込まれたアトリの拳は、その体躯を派手に後方へと吹っ飛ばす。
象の被り物をした長身が、激しく地面を転がった。
(速く、かつ重い。これがアトリ・トーネリウム。ソルノットにおける連邦騎士団のトップ。しかし……奇妙な手応えだ。今のは、純粋な速さというより――――)
地面を転がりながらも、ゾウはアトリの能力を分析する。
連邦騎士団の情報については、基本的に一般公開されていない。
犯罪者に対して情報でアドバンテージを取られないため、騎士団の戦闘スタイルは固く秘されている。
無論、ロウリがゴートウィスト家伝統の鋼鉄魔術を使うことなど周知の事実は多々あるだろうが、ゾウはアトリの戦闘スタイルを戦いの中で探っていく必要がある。
必要がある、はずだった。
「占星魔術。お前と接敵する前に発動済みだ。一度発動してしまえば私が意図的に解除するまで持続し、一々魔力を練り上げる必要も無い。それ故に、魔術師特有の隙は存在しない」
如何なる意図か、アトリは自らの魔術について語り始めた。
立ち上がったゾウを見下ろすような視線を向け、ゆっくりと歩きながら重要なはずの情報を開示する。
「私の魔術は運命を辿り、引き寄せる。強い運命で結ばれた相手には重い拳を、縁の希薄な相手には弱い攻撃を。この魔術で赤の他人を殴っても、威力は常時のそれと変わりない。だが、私の親しい人間を殺した因縁の仇であるならば、その運命が拳の威力を底上げする」
占星魔術。
その名の通り、主な用途は未来や運命を占うといったもの。
アトリはこれを戦闘に適用し、運命を辿るという特異な性質の魔術として運用している。
「一般に秘された私の魔術。お前はその詳細を知ったわけだ。これでお前と私の運命も強化されたな」
アトリが魔術の詳細を明かした狙いは、運命力の強化。
自身の秘密を相手に明かすことにより、互いの縁と運命を強く定義する。
これによって占星魔術の効果は上昇。
アトリの右手に水色の光が宿り、魔力放出のギアが一段階上がる。
(今の話をした直後、魔力が一際濃くなった。恐らく、この話もブラフではない。運命を辿る魔術……なかなか、癖のある魔術を使うものです。下手な会話も控えた方が良いでしょうね。運命力の強化に繋がりかねない)
期せずして、アトリの戦闘スタイルを聞かされたゾウ。
アトリと距離を取って向き合いつつ、彼女の様子を伺う。
幼女の見た目からは想像もできない魔力を纏った彼女は、ゆっくりとゾウの方へと歩いて来る。
「私の魔術は運命を引き寄せる」
アトリがバっと手をかざす。
左手を前に突き出して、ゾウの方へとかざしたアトリ。
その行動の意味をゾウが考えるより早く、ゾウの身体が宙に浮かんでいた。
「即ち、引力だ」
ゾウとの間に発生させた引力によって、ゾウを自らの下へと引き寄せたアトリ。
飛来するゾウに対して、右の拳を叩き込んだ。
凄まじい魔力放出と共に打ち込まれる一撃。両腕をクロスさせてガードを試みたゾウの防御さえ打ち破り、アトリは彼を再び殴り飛ばす。
(引力! 先ほどの違和感の正体はこれか!)
両腕の痛みを堪えつつ、ゾウは再度地面を転がる。
並みの戦士であれば両腕が吹っ飛んでもおかしくない一撃だが、ゾウの魔力防御が傷を浅く抑えていた。
しかし、内部に響き渡る衝撃は相当のもの。
何度もアトリの拳を受ければ、すぐに限界が来るだろう。
地面を転がるゾウに対し、アトリはまたもや左手をかざす。
それは引力の予備動作。殴り飛ばされたゾウに体勢を整える隙を与えず、再び引き寄せて殴る算段だ。
「ふっ、大人げない……!」
容赦の無いアトリの攻勢を笑いつつ、ゾウは地面を強く踏みしめる。
同時、魔術で足裏に杭を作り出し、地面へと突き刺すことで体を固定。
アトリの引力に晒されながらも、何とかその場に踏ん張ることに成功した。
「私に向かって大人とは、面白いジョークだな」
幼い姿に似合わぬ不敵の返しをしつつ、アトリは大地を踏みしめるゾウを見据える。
その瞳に浮かんでいたのは、慣れ。
アトリの魔術を前にして、同様の抵抗してきた数多の敵を思い起こし、アトリは慣れたものだと不敵に笑う。
「そんなに、私に引き寄せられるのが嫌か?」
瞬間、アトリが地面を蹴る。
小さな体躯は砲弾のように、一直線に大通りを駆け抜けた。
ゾウまでの距離など一足で駆け抜けられるとでも言わんばかり、瞬きの内の疾走であった。
「だったら、こっちから行ってやる」
引力に対して踏ん張るというのなら、アトリの方から殴りに行けば良いだけのこと。
アトリは自らゾウの方へと駆けてゆき、燐光を湛えた拳を振りかぶる。
星を握りしめたようなアトリの拳は、高密度かつ高出力の魔力と共に、ゾウの顔面へと迫る。
彗星を思わせる一撃は、像の被り物ごと彼の頭部を吹き飛ばすかに見えた。
「……なるほど」
打ち込まれたアトリの拳。
しかし、それがゾウの頭部を捉えることはなく、一枚の壁によって阻まれていた。
それは、鋼鉄の壁。
鈍い光沢を纏った鉄壁は、アトリの拳を受け止めている。
精錬された鋼鉄の盾というよりかは、剥き出しの岩盤を思わせる粗削りな壁ではあったが、それ確かに鋼鉄の壁であった。
「道理で調子が良いわけだ。旧友と同じ魔術の使い手とは」
ゾウ。
アルカナンの中枢メンバーでありながら、誰もがその素顔も本名も知らぬ者。
彼は鋼鉄魔術を行使し、アトリの攻撃を防いで見せた。
誰かに押し付けられた偶像とか、自分を偽った虚像とか、遠い過去の残像とか。
あなた何のゾウ?




