第五十二話 MATCH UP
ソルノット南東部、集合住宅地。
否、かつて集合住宅地だった場所。
単騎で集合住宅地を蹂躙し尽くしたドゥミゼルは、瓦礫の上に立って不気味に笑う。
風にたなびく銀髪。純粋な悪意で満たされた瞳で見下ろすは、三人の騎士の姿。
「随分必死だな。私一人に選抜騎士三人がかりか?」
瓦礫の海でドゥミゼルと相対するは、三名の選抜騎士。
キルディッド・カリナ。ナルテイン・イリスピア。フィロルド・サーテイン。
全員が大柄な体躯を鎧に身を包んだ、如何にも騎士といった出で立ち。得物はそれぞれ、双剣、槍、片手剣。
ユザとロウリの台頭した近年では死語になりつつあるが、ソルノット三騎士と謳われた実力者三名である。
「……一応、俺もいるよ……」
ドゥミゼルの影から、レイ・ジェイドが顔を出す。
影を媒介とした魔術で移動してきたレイだったが、予想外に危険な戦場に飛んできてしまい、気まずそうな顔をしている。
「必死にもなるさ。お前に数え切れぬ命が奪われてきたのだからな。――――ドゥミゼル・ディザスティア」
戦意を迸らせて、キルディッドがドゥミゼルを睨む。
「我ら三人、必ずやここでお前を討ち取る」
「ふ、三人か」
堂々と宣言するキルディッドを見下ろし、ドゥミゼルは薄く笑う。
それは嘲笑か。あるいは、単に面白がっただけか。
「それ、ブラフのつもりか?」
直後、バチンと音が響く。
無造作に自身の顔近くに手をかざしたドゥミゼル。
その掌の中には、弾丸状に加工された石が握られていた。
視力に優れた者であれば、気付けたことだろう。ドゥミゼルが高速で飛来する石を掌で受け止めたのだと。
「狙撃……?」
レイが疑問げに呟く。
飛来した攻撃をドゥミゼルが受け止めたのは見えたものの、それが矢でないというのが気がかりなようだった。
狙撃手と聞いて、まず思い浮かぶのは弓矢の使い手。
他にも狙撃に使える武器や技能もあるだろうが、ここまで小さい石を射出してくる物はレイの知識にも無い。
「レイ、狙撃手を抑えろ。東の高台だ。向こうも位置を変えるだろうが、お前の足ならどうとでもなるだろう?」
「……良いの? 前衛無しで、選抜騎士三人って……」
「安心しろ、レイ。お土産に騎士のミンチ三人前を持って行ってやる。それとも、私の命令が聞けないか?」
「すぐ行きまーす……」
レイは自身の足下にゲートを開き、その中に沈んでいく。
自らの影に沈み込んでいくようなレイを見送った後、ドゥミゼルは眼前の三騎士に向き直る。
「さて、久々に遊んでやるか」
呪術師は笑う。
まるで、新しい玩具を前にした赤子のように。
***
ソルノット南東部、ゴートウィスト家本邸近くの大通り。
未だ戦火の及んでいない数少ない地域であり、かつてはソルノットで最も人通りの多かった場所。
アルカナンによる侵攻の魔の手から、まだ何とか逃れている安全地帯にて、その人影は異質な存在感を放っていた。
いや、象の被り物をした不審人物は、どこにいても異質な存在感を放つだろうが。
「おやおや、これはまた……」
アルカナン中枢メンバー、ゾウ。
大通りに立った彼は、通りの向こうを見つめる。
象の被り物をしているが故に、視線を読めるはずのない彼の瞳。
しかし、彼の視線はそこに釘付けになっていると自ずと理解できるほどに、通りの向こうからゆっくりと歩いて来る彼女の姿は、強烈な威圧感を放っていた。
「とんだハズレを引いたようだ」
ゆっくりと歩み寄るは、まだ十歳かそこらといった感じの少女。
少女という表現すら過分に思えるほどに幼い彼女は、年齢不相応の威圧感と共に歩いて来る。
「連邦騎士団ソルノット支部団長兼選抜騎士、アトリ・トーネリウム。犯罪組織構成員を確認」
じわりと、ゾウは自身が冷や汗を掻くのを感じる。
これまで、数々の悪行を働き、数々の闇を目の当たりにしてきたゾウ。
そんな彼が今、齢十一歳の幼女に恐怖を抱いている。
「これより、ぶちのめす」
アトリは静かな戦意と共に、その小さな拳を構えた。
***
ソルノット各地で勃発する戦闘に呼応するように、各地の病院には怪我人が流れ込んでいた。
ただでさえ狂人病患者の対応に追われていた医療従事者にとって、此度の侵略戦争は泣きっ面に蜂。
それでも、何とか医療崩壊を起こさずに、怪我人の対処にあたれていたのは、ゴートウィスト家の医療班がいかにハイレベルかを感じさせる。
「怪我人を運べ! 傷の深い者が優先だ! 片っ端から手当てしてやる!」
病院内、リオット師が大声を上げる。
次々と怪我人の運び込まれる病院内にて、リオット師は医療班のトップとして場を取り仕切っていた。
難しい手術を次々とこなし、複雑な処置を瞬く間に終わらせる。
患者からすると「雑では?」と心配になるほどの早業で、しかしこれ以上無いほど正確に、リオット師は怪我人を診ていく。
「ええい! 次だ次! なんだ! どこが痛む? どこを怪我した? 言ってみろ!」
「あ゛あ゛ぁー……」
それは、悪魔のようなレイの采配。
レイ・ジェイドは影を媒介した魔術により、シャルナ、ロウリ達、ヘイズを三地点に転送。
ロウリ達三人はナナクサ・シグレという脅威が予想される北部に、機動力の高いシャルナは彼女が自由に戦場を選べるように見晴らしの良い高地に。
そしてヘイズ・トラッシュを、とある病院内に転送した。
「おい! さっさとしろ! この浮浪者が! 後がつかえているのが見て分からんか! さっさと症状を――――」
ぶちり。
老人が医者の首を捩じ切る。
リオット師の頭部をもぎ取ったヘイズは、首の無い死体を蹴飛ばし、彼の頭部を無造作に放り投げる。
悲鳴が上がる。一瞬にして恐怖と混乱に陥る院内。
血を浴びたヘイズは不機嫌そうに地団駄を踏み、赤く染まった顎髭をポリポリと掻く。
「チッ……ってんだっ……んな、だろーがっ……」
ブツブツの言葉ならざる言葉を吐きながら、ヘイズは病院内を闊歩する。
逃げ惑う人々の悲鳴。夥しいまでの足音と喧騒。
それが癪に触ったとでも言わんばかりに――――
「っああぁん!」
柱にたたきつける片方の拳。
瞬間、地面に叩きつけた豆腐のように、柱が木っ端微塵に粉砕した。
***
ソルノット南東部、集合住宅地東部。
ソルノットにしては珍しい七階建ての建造物。高台と言って差し支えない高所にて、女は静かに息を吐く。
「……外した」
そう呟いたのは、薄灰色のフードを深く被った女。
外した、という言葉には彼女の狙撃へのプライドが表れている。当たっていようと、致命傷でなければ外したも同然だと。
ドゥミゼル・ディザスティアへの狙撃に失敗した彼女は、足早に元いた部屋から離れる。
蹴り破ったドアを追い越し、階段を駆け下り、適当な窓から飛び出す。
安全圏こそが狙撃手の仕事場。あのドゥミゼル・ディザスティアに位置がバレた以上、ここに留まる意味は無い。
そもそも、死角から不意打ちで放った狙撃を受け止められたのだ。
どんな魔術やら異能やらを使ったかはしらないが、あの化け物に狙撃は通じないと考えるべきだ。
(ここはキルディッド達に任せるしかない。中枢メンバーを何人か落とす。私が一番手を出せる範囲が広い。アルカナンが如何に化け物揃いでも、意識外からの狙撃を防げるヤツなんてそうそういない。一人一人、確実に始末していけば良い)
シルノート・エンドボーフ。
ソルノットに八人しかいない選抜騎士の一人でありながら、生粋の狙撃手。
彼女は住宅街の屋根の上を駆け、次の狙撃ポイントに向かう。
ソルノットのどこが狙撃に適した地形であるかは、彼女の脳内に叩き込んである。
屋根から屋根へと飛び移り、集合住宅街を移動するシルノート。
風のように駆ける彼女の前方、ゆらりと黒い影が現れる。
「…………へえ、走れるんだ」
シルノートは一瞬目を疑った。
前方、何の前触れも無く現れた人影。
それは一見して、人のような形をしていた。
漆を塗ったような漆黒の髪。肌は病的なまでの白。黒と白のコントラストが、幽霊じみた雰囲気を醸し出している。
まるで屋根に落ちた影から這い出たかのように出現した青年を前に、シルノートは足を止める。
(ワープの魔術……こいつ、恐らくはアルカナンの中核メンバー)
シルノートは騎士団内で共有されていた情報を思い出す。
アルカナンにはワープに近しい魔術を扱える者が存在するのではないか、という見立て。
あくまで今までの状況証拠から来る推測だったが、実際に目の当たりにしたシルノートはその見立てが正しかったと確信する。
「調子……悪くないの……?」
「ああ、さっきから腹痛が酷くてな。そこを通してもらえると助かるんだが」
何故か具合を尋ねて来るレイに対し、シルノートは冗談交じりに返す。
実際、大人しく通してもらえることに越したことはない。
敵と距離を取ることが生命線の魔術師にとって、物理的距離を飛び越えるレイの魔術は天敵に等しい。
「いや……訊いてみただけ。通すってわけには、いかないかも」
レイはゆっくりと自身の影に手を下ろし、その中に腕を入れる。
まるで水面に手を突っ込むかのような動作で、レイは自身の影に腕を沈める。
そして、取り出したるは漆黒のレイピア。
細く黒い刀身が曇天に光る。
「俺にも、色々あるから……」
狙撃手対影の魔術師。
住宅街での戦いが幕を開けた。
本格的にバトルスタート! みたいな回にしたかったのです




