表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/88

第五十話 嫌いだらけの人生

 ちょっと前のこと。

 まだ、私が連邦騎士団で選抜騎士として戦っていた頃の話。


 ――――ロウリ。お前、いつも無表情だよな

 ――――え、そう?

 ――――ああ、機械みたいで怖ぇ


 任務の帰り、犯罪組織の構成員を無力化してスウェードバーク行きの馬車に乗せた後のこと。

 ユザにそんなことを言われた。

 彼と話した機会は多くない。任務くらいでしか顔を合わせないし、私も彼もお喋りなタイプじゃない。

 会えば普通に話すけれど、個人的に仲が良いわけでもない。

 私達の関係はそんなありきたりなものだった。


 ――――ユザは顔に出るよね。今日もブチギレてた

 ――――あいつら、小さい子供にまで薬を売りさばいてたんだぞ。赦せるわけねぇだろ。……ロウリは何も思わねぇのかよ?


 そんなことを訊かれて、答えに窮したのを覚えている。

 赦せるとか、赦せないとか、そういうことを考えたことはなかった。

 本当の所を言えば、心底どうでも良かったのだ。

 暴れられたら面倒だし、暴言を吐かれたらうるさいなって思うけど、それ以上の感情は何も無い。

 赦すとか赦さないとかどうでも良くて、ただ早く仕事を終わらせたいとしか考えていなかった。


 ――――……犯罪者にも事情があるんでしょ。親とか生まれた環境とか。ここの北西部なんて、犯罪に手を染めないと生きてけない人もいるだろうし。そういう所で生きてたら、倫理観がバグったりもするんじゃない?

 ――――だからって、赦されることじゃねぇだろ

 ――――そうだよ。だから、捕まった。向こう十年は監獄暮らし

 ――――でも……


 淡々と話す私の言葉に熱は無く、感情なんてものは少しも込められていなかった。

 だって、これは私自身の言葉じゃなく、ただの模範回答だったから。

 正しさという規範に則っただけの、無機質な音声の羅列だったのだから。


 ――――でも……おかしいだろ。薬売られた子供は人生狂わされてんのに、あいつらは十年で解放されて、その後もどうにかこうにか生きてくんだろ。明らかに釣り合ってねぇだろ


 逆にユザは熱くなっていたと思う。

 言葉を荒げることも、大声を出すこともなかったけれど、彼の声には確かな熱が灯っていた。


 ――――じゃあ、殺す?


 我ながら、意地の悪いことを言ったと思う。

 けれど、正論でもあった。

 加害者を殺したところで、被害者が被害に遭ったという事実は変わらない。狂わされた人生は元に戻らない。

 死体をいくらか増やしたところで、解決する問題なんて一つも無い。

 被害者の人生が狂ったこと。加害者にどれだけの罰を受けるべきか。この二つは切り分けて考えるべきなのだ。


 ――――殺してやりてぇよ、俺は……


 それでも、ユザは殺したいと言った。

 躊躇いながら、苦虫を噛み潰すような声色で、殺したいと確かに語ったのだ。

 その時、何となく、羨ましいなって思ったんだ。


 ――――あんなヤツら大嫌いだ。本当は……ぶっ殺してやりたい


 今なら、分かる。

 ユザは正義感で殺したいと言ったわけじゃない。

 ただ、嫌いだったんだ。簡単に人を傷付ける悪人が嫌いで、他者を殺しても平気な人間が大嫌いだった。

 そんな自分の「嫌い」だって気持ちに素直でいられるユザが、私には羨ましかった。

 それを自分で認めて、言葉に出せる真っすぐさが妬ましかった。

 少なくとも、ユザの「嫌い」は私の「嫌い」よりも、正しさに近い場所に在ったから。十人中八人くらいは共感してくれそうな「嫌い」だったから。


 ――――……この話やめよう。誰かに聞かれてたらヤバいよ

 ――――そうだな。……悪かった


 アルカナンに身を置いて、たくさんの人を殺した今だから言える。

 私も嫌いだった。私を縛る全部が嫌いで、弱い人間が嫌いで、弱者のために尽くさなきゃいけない正義という構造が嫌いだった。

 目に映るものは大体嫌いだったから、嫌いなものはぶっ壊したかった。

 嫌いな人間は殺してしまいたかった。

 多分、「嫌い」だけが私の人生だったんだ。

 

     ***


 ソルノット北部、住宅街。

 私はぼんやりと立ったまま死んだシグレ司祭の亡骸を見つめる。

 呆気ない終わりだった。あまりにも急にナナクサ・シグレの命は尽き、何とも消化不良のまま戦いは終わった。

 肩透かしを食らったような気分だ。

 あれだけ強かったシグレ司祭が、どうして急死したのかは分からない。

 私がシグレ司祭に与えたダメージは、初動の膝蹴りくらいのもの。あとは、斧の一撃もあったか。それも刀でガードされてはいるのだが。

 たったこれだけでシグレ司祭が死んだわけではないだろう。

 きっと、何か別の要素がシグレ司祭の命を蝕んでいて、私達はその最後の引き金を引いただけ。


「まあ、いっか」


 何にせよ、勝ちは勝ちだ。

 ナナクサ・シグレは死んだ。それだけで十分な戦果だろう。

 私は家屋の屋上に立ったアズに手を振る。それから近くに潜んでいるだろうルーアとツウィグも呼んだ。

 ゆっくりと屋上から降りてくるアズよりも、ツウィグとルーアの方が早く出てきた。


「ロウリ! 大丈夫だった!?」


 駆け寄って来たルーアに飛びつかれる。

 よほど不安だったのか、ルーアは私に抱きついてきて、結構な力で抱きしめてくる。

 ちょっと苦しい。


「大丈夫。大丈夫だから。ルーアはアズに治癒魔術かけてあげて。結構傷深いみたいだったし」

「う、うん。分かった!」


 私が指示を出すと、ルーアは言われた通りにアズの下へ向かう。

 こうしてみると、ルーアは大型犬っぽい所がある。


「アズさんアズさん。治癒魔術かけるよ」

「あー、助かるわ。傷口にワイヤー撒いてるんだけど、外した方が良い?」

「分かんないけど……多分、外した方が良いんじゃないかな……」


 ルーアは素直に指示に従い、アズに治癒魔術をかけている。

 あれだけの傷を負っても動き続けたのだから、アズの根性も大したものだ。

 そもそも、傷口をワイヤーで縛って止血するって、ちゃんとしたやり方なんだろうか。

 まあ、血がドバドバ流れるよりかは良いのかもしれない。実際、アズも失血死することはなさそうだし。


「私も後でルーアに治癒魔術かけてもらっとこうかな。細かい傷とかありそうだし……」


 独り言を呟いていると、ツウィグが寄って来た。

 背の低いツウィグ。こうも近付かれると、どうしても見下ろす形になる。

 ツウィグは前髪が長い。白い前髪は閉じられたカーテンのように、彼の瞳を隠している。

 腐敗の魔眼は青カビを思わせる灰緑色。もう片方の瞳は、どんな色だったんだろう。そういえば、見たことがない気がする。

 私がそんな益体も無いことを感じていると、すぐそこまで近寄って来たツウィグが、私の服の裾を掴んだ。

 遠慮がちに、きゅっと服の裾を摘まんでいる。


「さっき、危なかったんじゃないか……? 俺には……あの神父みたいなヤツがもう少し長く生きてれば、斬り殺されてた風に見えた。俺はアンタみたいに強くないし、よく分かんないけど……あんな、危険な…………」


 意外とよく見ているんだな。

 ツウィグの言うことは正しい。シグレ司祭が力尽きる寸前、私は空中で斧を弾き上げられた。

 あのままシグレ司祭が居合を放っていたら、私はそれを受けざるを得なかっただろう。

 どうにか致命傷は避けるつもりでいたが、上手くいったかどうかは分からない。どちらかといえば、斬り殺されていた可能性の方が高いかもしれない。


「確かに、ちょっと危なかったかも」

「ちょっとって……」

「別に良いじゃん。どうにかなったんだし」

「で、でも……!」


 いつになく、感情的なツウィグ。

 長い前髪に隠れて、彼の顔は見えない。

 どんな顔をしていて、どんな目をしているのか、私には見えない。


「死なないように頑張るって、言っただろ……っ」


 ああ、確か、そんなことを言った。

 別に大きな覚悟や意思を持って告げた言葉じゃない。むしろ、その時の気紛れでテキトーに言っただけの言葉だ。

 それをツウィグは覚えていてくれたのだろうか。

 まあ、忘れるほどの時間なんて経ってはいないのだろうけど。

 何だろう。やっぱり、変な感じがする。心の奥がむず痒くて、暖かい。

 どうしてか、思う。

 彼に触れたい。彼のことを知りたい。今、どんな表情をしているのか。どんな瞳で私を見ているのか。

 今、君は何を考えているんだろう?

 私は何も言わないまま、ツウィグの額に手を伸ばす。

 そして無造作に、彼の前髪をかき上げた。

 白いカーテンの払われたツウィグの顔。そこには二つの宝石があった。

 青カビじみた灰緑色の右眼。もう片方、くすんだ青色の左目。ひんやりとした岩みたいな、薄い色合いの青。


(左目、こんな色だったんだ)


 鮮やかさは無く、どちらかといえば地味な色。

 でも、その落ち着いた青が、どうしてか心地よかった。

 それがどうしてなのかは、本当に分からないけれど。


「なんだよ、急に……」

「ううん、何でも」


 私はツウィグの髪から手を放し、彼の前髪は元に戻った。

 長い白髪に遮られてしまえば、異質な輝きを放つ灰緑色の魔眼しか覗けない。

 なんだか、それが寂しかった。


「へえ……ツウィグ、アンタがロウリにべったりだなんてね」


 不意に口を挟んできたのはアズ。

 その口ぶりには、明らかな軽蔑と攻撃性が滲んでいた。

 何となく、嫌な感じがする。


「偉くなったものね。ロウリの戦い方にケチをつけるなんて。アンタ、いつからそんなに強くなったわけ?」

「っ、俺はただ――――」

「ロウリがどう戦おうとロウリの自由。危ない橋を渡ろうと、死線をくぐろうと、それはロウリの決めたことでしょ? アンタにそれを否定する権利でもあるの? もしかして、ただ心配しただけ、なんて言うつもりじゃないわよね。当ててあげるわ。アンタがロウリの危険を避けたがるのは――――」


 嫌な感じがした。

 むしろ、恐怖に近い。

 アズは何かを言い当てようとしている。致命的な何かを口にしようとしている。

 私を私たらしめている枠組みみたいなものを、根本から壊してしまうような何かを。


「ロウリに守ってもらいたいからでしょ?」


 背筋が凍った。

 その時、どんな戦場でも感じなかった恐怖が、私の背筋を撫でていった。


「気色悪いのよ。自分が弱くて何もできないからって、強い人間に寄生しようとするヤツって。ロウリの力はロウリのもの。その力をどう使うかはロウリだけが決めて良いの。それを自分を守るために使ってほしいだなんて、恥知らずにもほどがあるわ。アンタみたいなのが――――」

「アズ」


 それは、私だ。

 私が言ったこと。私が思っていたこと。今も私が思っていること。

 弱者への憤りも、自分の力を自分のために使いたいという欲求も、私自身が選んで抱えたもの。

 今だって、私は自分のために生きたいと思っている。

 またゴートウィスト家に戻って、正しい人生を送るなんてまっぴらごめんだ。

 でも、それでも、私は――――


「うるさい」


 アズの言葉を遮った。

 理屈なんて無い。一貫性も無い。

 私はただ感情のままに、冷たいだけの言葉でアズを黙らせた。


「ルーアの治癒が終わったら、私達は南東部の方に移動するけど。アズは?」


 この話は終わりだとばかりに、私は新しい話題を切り出す。

 

「……ここら辺で休んでるわ。この傷も完治はしないだろうし、もう十分働いたでしょ」


 そして、私達は別れた。

 僅かな共闘。その後に交わした些細な会話。

 明日には忘れ去って良いような些細な会話のはずなのに、アズの言ったことがどうにも頭から離れない。

 ツウィグとルーアが私に守ってもらいたいのだとすれば、それは私が嫌悪する弱者達と同じだ。

 けれど、どうしても同じようには思えない。

 ツウィグとルーア。二人のことが頭の中でぐるぐると巡っては消えて、と思ったらやっぱりまた現れて。

 自分のことが、自分でもよく分からない。

 弱いヤツらがずっと嫌いだったのに、ツウィグとルーアを嫌えないのは、どうしてなんだろう。

何が好きかも大事だけど、何が嫌いかでも自分を語って良いと思うのです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ