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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第四十九話 祈るだけの物語

 かつて、一人の少年がいた。

 

 ――――で、お前は何を祈ったんだヨ?


 自身と契約した()()に問いかけられ、少年は少しだけ考えた。

 彼が祈ったこと。そう在れかしと願ったこと。こうであってほしいと思ったこと。

 あるいは、こうであると確認したかったこと。


 ――――僕は……


 昔から、変わった少年ではあった。

 剣客として一流の剣術を持ちながら争いを好まず、誰よりも特別な才を持ちながら自身を特別視しなかった。

 彼が変わり者であることを示す話は、彼を知り得る者に聞けばいくらでも手に入るだろう。

 けれど、この瞬間以上に、少年の異常性が表出した時は無い。


 ――――僕が生まれてきた意味を教えてほしい


 少年と契約したそれは、彼の言葉に目を見張った。

 少年を観察し続けてきたそれにとって、彼の言葉はあまりに異様だった。


 ――――病気を治すことじゃないのかヨ?


 少年は病を患っていた。

 この時代には治療法の確立されていない、実質的な不治の病。

 先天的に患った重病は、どれだけ長く見積もっても、十八年以内に少年を殺すだろうとされていた。

 当時、少年は十七歳。次の瞬間には、病が彼の命を奪ってもおかしくないほどの容態だった。

 彼が祈りを捧げるとすれば、自身の病を治すことだとばかり、それは考えていた。


 ――――死ぬのは良い。どんな人間でも永遠には生きられない。僕はそれが早かっただけ。でも……だからこそ、自分の人生に意味があったのか知りたい。無価値なまま死ぬのは、きっと、誰にとっても虚しいことだから……


 哲学的な問いだ。

 考えても答えは出ないし、出した答えが正しいと確認する術も無い。

 誰もが自分なりの答えを出して生きていて、あるいは、問い自体から目を背けて答えることをやり過ごしている。

 そんな不確かで曖昧な答えを求めて、少年は祈り続けていたのだ。


 ――――お前、祈りと願いの違いは知ってるのかヨ?

 ――――知らない

 ――――自分以外の何かに縋るかどうか、だヨ


 それは語った。

 長い時を存在し続けてきたそれにとって、自身の本質とも言える理論を。

 この世界のどこを見渡しても、それ以上に祈りについて語るに適した存在は無いだろうと思えるほどに、美しく洗練された理論を。


 ――――自分にどうにもできないことを、自分以外の何かに叶えてほしいから祈りなんだヨ。自分に可能なことなら、それはただの目標。または願いか望み程度のものだヨ


 他者に縋ること。

 それこそが祈りの本質であると、それは語る。

 自分ではどうにもできない現実を、自分では絶対に叶えられない何かを希うからこそ、それは祈りたり得るのだと。


 ――――お前は祈ったんだヨ。お前が生まれてきたことの意味は、お前自身には見つけられないんだヨ。お前が生まれて、生きて、死んだことの意味は、お前の知らない所でそっと芽生えるんだヨ。お前はそれを自ら確認することもできないし、誰かに訊くこともできないヨ。ただ、いつか目の前に転がってくることを待つしかできないんだヨ。転がってこないかもしれないヨ


 それが語ったのは酷く残酷な話。

 光の無い暗闇を延々と歩き続けるようなものだ。

 目標に向かって努力するのではなく、ただひたすらに積み上げるだけ。

 それがどんな意味を持つかも知らず、どんな価値を持つかも分からず、ただひたすらに命を刻む。

 それこそが、お前の人生なのだと。


 ――――そっか。ありがとう

 ――――感謝されるようなことは言ってないヨ

 ――――いいや、報われたよ


 どうしても知りたかったものを、それほどまでに強く祈ったものを、誰かが知ってくれれば良いと許容した。

 自分の手で何一つ成し遂げられなくても、何の意味も無い生涯を遂げたとしても、いつかどこかで何かの意味が生まれるなら、それで良いのだと。

 少年はこの瞬間に受容した。


 ――――ワタシの炎は祈りの聖火。契約すれば、お前の病も多少はマシになるヨ。まあ、それでも完治することはないし、寿命が延びたとしても精々十年かそこらだヨ

 ――――ありがとう。十分すぎるくらいだよ

 ――――感謝ばっかりなヤツだヨ


 これは長い長い旅の始まり。

 少年が長い旅に出て、やがて神父となり、大きな戦いに身を投じるまで。

 生きる意味を求めた少年が、それを自ら見つけることを諦めた物語。

 ただ何の意味も無い人生を重ねて、そのまま終えて、いつかどこかで何かが芽吹けば良い。

 そんな、いもしない神に祈るような物語。


 ――――誇って良いヨ。お前はこの時代で最も強い祈りを捧げた人間。その無価値な祈りにこそ、価値があったとワタシは信じるヨ

 

 やがて消える残り火を囲うような、七草時雨の物語である。


     ***


 ソルノット北部、住宅街。

 シグレの放った聖火は軌道上の民家を消し飛ばし、直線状の焼け野原を形成した。

 空高くから見下ろしたならば、住宅街に一本黒い線が引かれたように見えるだろう、大通りじみた焼け焦げた大地の上。

 聖火を纏う刀を握り疾走するシグレ。

 対するロウリは呪いの剣を持って相対する。

 先んじて仕掛けたのはシグレ。振り抜く刃の一閃でロウリの首を狙う。

 焔を纏って迫る刀を、ロウリは赤黒い剣で迎撃。橙色の一撃を弾き返して見せた。


(打ち返してきた。リバティリスの火に抗するほどに高濃度の呪い。ロウリ、貴方はどこまでも……)


 土壇場でシグレの聖火と打ち合えるほどに呪いの濃度を高めてきたロウリに対し、シグレは心中で驚愕する。

 彼が契約したリバティリスの聖火は、呪いを退ける力を持っている。

 一般的な解呪の魔術とは比較にならないほどに、シグレの放つ焔は呪術を中和する力が高い。

 そんな聖火でさえ、中和し切れないほどの濃密な呪い。

 それを即座に実現するロウリ・ゴートウィストは、呪術に関しては天才と呼ぶ他無い。


「……ははっ」


 幾度となく交わされる剣戟の中、ロウリは笑っていた。

 ぶつかりあう橙色と黒紅。

 剣の技術ではシグレが勝るが、純粋なスピードと反射ではロウリが上を行く。

 ぶつかり合う刃と刃。鳴り響く金属音。互いを消し去らんと唸りを上げる聖火と呪い。

 互いの刃がぶつかり合う度に、橙色の火花が散り、呪いの残滓が飛び散る。

 ロウリの頬を薄く焼いた橙色の火花。同時、飛び散った赤黒い呪いがシグレの喉元を掠める。

 斬り結ぶ両者の均衡が崩れたのは、剣戟の開始から数十秒後。

 ロウリの構築した剣が、パリンと音を立てて砕けた。


(どれだけ強い呪いを込めても、貴方のそれは鋼鉄魔術の構成物。呪術とは害為すもの。壊し、傷付け、殺すための術。武器の耐久力を上げることは、その根源からしてあり得ない。……教会の魔術を組み込んだローストンは、逆にどれだけ斬っても砕けぬ鋼鉄を扱っていましたが)


 シグレは旧友に思いを馳せつつ、得物を失ったロウリの間合いへと踏み込む。

 戦闘中にも関わらず、やけに無駄な思考が頭をよぎる。

 意識が茫洋としてきたせいか。それとも、これが走馬灯というやつなのか。

 武器を失ったロウリは一時撤退とばかりに後方へ跳ぶが、シグレの踏み込みは早く正確だった。彼が振り抜く刀は、きっとロウリに届くだろう。

 だが、こうなることを予想しないロウリではない。

 武器の損壊は避けられない。近接戦闘では致命的に過ぎるその瞬間を、フォローしてくれる味方に背中を預けている。

 シグレの頭上から迫るワイヤー。

 予めロウリとは別行動を取り、家屋の屋上に控えていたアズが、シグレへと数本のワイヤーを振り下ろしたのだ。


(問題無い。あれは熱波で溶かせる。このまま、刀を――――)


 アズのワイヤーは非常に細い。

 切断用のワイヤーは特に細く、その細さ故に高い切れ味と速度を誇っている。

 だが、細い分熱に弱く、シグレはアズのワイヤーが聖火の余波で焼き切れるのを、大聖堂で確認していた。

 アズのワイヤーに構わず、ロウリへの攻撃を続行したシグレ。

 彼が直前で攻撃モーションを中断したのは、頭上に迫るドス黒い魔力を感知してのこと。

 ほとんど反射的に刀を翻し、頭上から迫るワイヤーへの防御に回す。

 シグレの予感は的中。熱波の中を溶けずに駆け抜けたワイヤーは、シグレのうなじにまで到達しようとしていた。

 シグレは目撃する。

 ギリギリで受け止めたワイヤーが、赤黒い光沢を纏っていることに。


「チッ、なんで分かんのよ……」


 アズが使用したワイヤーは、ロウリが構築した鉄線。

 高濃度の呪術が込められているため、聖火にも抗することができる上に、ロウリが即席で作ったため細さもそれなり。極限まで細さを追求したアズの切断用ワイヤーに比べれば、かなり太い。だが、それ故に熱にも強い。

 切断力は本来アズが使うワイヤーに劣るが、ロウリの呪術が込められた鉄線は不治の傷を刻める分、攻撃力という観点では大差無い。

 アズの搦め手を見切り、刀で受け止めたシグレ。

 しかし、ワイヤーを刀で防御している内に、ロウリは赤黒い斧を生成。

 先刻の剣と同じく高濃度の呪いを刻んだ戦斧は、重く大きく頑丈な威力の塊。

 身の丈ほどある斧を軽々と振りかぶり、ロウリはシグレへと思い切り叩きつける。

 シグレは即座に赤黒いワイヤーを切断し、斧の一撃を刀の刀身で受ける。


(重い――――っ)


 弾けるは赤黒い閃光。

 あまりに高濃度の呪いと共に打ち込まれた打撃は、視覚的に捉えられるほどの魔力として現れる。

 重く響く赤黒い衝撃は、シグレを後方へと吹っ飛ばした。

 僅かに地面から浮きつつも姿勢を保ち、後方へとノックバックさせられるシグレ。

 その瞬間、シグレの刀を常時覆っていた橙色の火が消えたのを、ロウリの目は見逃さなかった。


(解けた! たたみかける……!)


 ここぞとばかりに、ロウリは一気に距離を詰める。

 吹っ飛ばしたシグレを追うように駆けるロウリ。

 詳しい理屈は分からないが、シグレの聖火は機能を失ったと見て良い。

 再起動させる前に勝負を決めるべく駆け出したロウリは、地面を蹴り出してさらに跳躍。斧を大きく振りかぶりながら、シグレへと肉薄していく。


「……あ、」


 キィンと鳴った金属音。

 ロウリが両手で握っていたはずの斧が、弾かれて宙を舞っていた。

 それは、絶好のチャンスを前にして、ほんの僅かに緩んだロウリの意識を縫うように、シグレが放った伐空。

 シグレは後方へ吹っ飛びながらも、コンパクトに伐空を披露。

 リバティリスの火を失ったそれは既に焔を伴わないが、それ故にロウリの意識の隙間に潜り込んだ。


(やられた。飛ぶ斬撃。大振りでしか使えないって話じゃ……いや、今それどころじゃない。こっちは丸腰。アズのフォロー間に合う? いや、こんなに急なタイミングじゃ無理。避けないと。この近距離で? もう跳んじゃった。空中で身動き利かない。どうすれば――――)


 武器を失ったロウリ。目の前には居合の構えを取るシグレ。

 まさに絶対絶命。一秒後にはシグレが振り抜いた刀がロウリを捉えていることだろう。


(無傷でやり過ごすのは無理。上手いこと姿勢を調整して、どうにか致命傷は避ける。せめて動ける程度の傷、最悪でもルーアの治癒魔術で治せるレベルに抑える。見ろ。見切れ。斬撃のモーション。少しでも躱せるように)


 ロウリはこの状況をノーダメージで切り抜けるのは不可能と判断。

 空中で身を捻って、何とか致命傷を回避するフェーズへと思考を切り替える。

 灰色の瞳で凝視する剣先。シグレの刀が辿る軌道を少しでも読み、少しでも回避を間に合わせようと、ロウリはシグレの刀を見据える。

 見て、見て、見て。

 そして、気付けば着地していた。


「…………え?」


 地面に降り立ったロウリ。

 数秒の間固まり、困惑の声を漏らす。

 周囲を見渡して、後ろの方で斧の落ちる音がして、家屋の屋上に立ったアズと目を合わせる。

 そこまでしても、シグレからの攻撃は来なかった。

 居合の構えを取ったまま静止したシグレ。集中を高めるかのように閉じた瞳。低くした姿勢を維持し、右手で握る剣の柄。刀身にそっと添えられた左手は、愛犬を撫でるように優しい。

 ナナクサ・シグレは微動だにせず、ただひたすらに動かない。

 ロウリは戸惑うような表情のまま彼に近付き、剣の柄を握るシグレの右手に触れる。


「死んでる」


 脈が止まっていた。

 ナナクサ・シグレ。

 剣技に関しては天才的だった彼だが、幼い頃から体は病弱。特に生まれ持った持病が酷く、かつては十八歳までは生きられないだろうと診断された体。

 リバティリスとの契約によって僅かに好転した病状だったが、それでも肉体の内側はボロボロ。

 本来であれば、戦闘はおろか、激しい運動すらできない体だった。

 初動でロウリの膝蹴りを食らった時点で、否、それよりずっと前、肉体に負荷のかかるリバティリスの聖火を使った時点で、彼の体はどうしようもないほど軋みを上げていた。

 それでも、戦い続けた彼の最期。

 刀を構えたままでの病死という、この世に類を見ない死に様であった。

祈ったところで何も変わらない。行動を起こさなければ何も変わらないのだから、祈るだけだなんて無価値だ。無価値なまま死んでいった人がいるということが、大事なことだと思います

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― 新着の感想 ―
さすがにいきなり死にすぎだろって位急に死んだな RPGでHP1から0になったみたいだ それとも祈りの聖火に鎮痛効果とかあったのかな
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