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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第四十七話 ぶっ殺そう

 魔術大国ウィゼルトンにて、とある研究報告が為された。

 表題は『神について』。

 この世界では神の存在が実際に確認されたことは無い。

 教会の信仰する女神も論理的に存在が認められた事実は無く、あくまで宗教の範囲を出ない。

 しかし、この世界には『神』を思わせる超自然的な現象が数多くある。

 それらは現行の物理法則では全く説明が付かない。どんな魔術や魔力現象でも証明できない。世界の法則を完全に逸脱している。

 実例は様々だ。

 信心深い者に教会の魔術が発現する。

 悪辣な精神の持ち主に呪術が宿る。

 不老不死を実現しようとした者には、人類の如何なる呪術をも上回る呪いが降りかかる。

 これらの現象はどれも、現在の知り得るどんな法則とも合致しない。

 これについて、研究報告の中ではとある見解が述べられている。

 これらの超自然的現象は、人類の生きる世界の法則とはまた別の法則、全く異なった上位法則によって起きているのではないか。

 この世界で適用される一般的な物理法則。それを棄却してでも押し通せるような、より強い力を持つ法則によって引き起こされたのではないかという考察だ。

 法律に違反した犯罪者を裁く時、その判決が違憲とされれば棄却されるように、より上位の法則による現象が起こったのではないか。

 ここで仮定される上位法則こそが、『神』と呼ばれるものの正体なのではないか、と。

 この研究方向は斬新な切り口であると一定の評価を得たが、論拠の乏しさから、未だ広く認められてはいない。

 ただ、この見解に理解や興味を示す研究者は一定数存在し、様々な検証が行われている。

 その中で、一つの実例が研究者の中で反響を呼んでいる。

 曰く、一つの時代で最も優れた芸術家の前に、極めて特殊な契約精霊が現れる。

 それは精霊でありながら独立した人格を確立し、それは人類と同程度に言語を解し、それは契約者に特殊な術式を付与すると言う。

 となれば、誰もが想起するであろう。

 人類の知る法則とは全く別の法則で、現実を書き換える上位法則。

 その精霊こそが『神』なのではないかと。

 

     ***


 レイの魔術によって、私達が転移したのはソルノット北部付近。

 初期転送位置である小さな建物の屋上より移動し、私は索敵を開始していた。


 ――――ルーア達は私から少し離れた距離を保ってついて来て。ツウィグの隠密能力なら、そうそう敵に見つかったりはしないと思う。二人の選択肢は三つ。隠れる、逃げる、私を呼ぶ。とにかく戦闘を避けて、死なないようにすること。分かった?


 ルーアの治癒魔術は強力だ。

 戦いの激化が予想されるこの局面で、彼女を失うことは避けたい。

 だから、ルーアにはツウィグの指示に従って隠れ潜んでもらうことにした。

 ツウィグは直接戦闘の技量が乏しいにも関わらず、監獄落としを何とか生き抜けるレベルのスニーキング能力を持っている。

 ツウィグの言うことを聞いていれば、ルーアもそう簡単には死なないだろう。

 少し前の会話内容を思い出しながら、私はソルノット北部の街並みを駆けていた。速度は緩め。ツウィグとルーアの足でも、追える程度の速さで進む。


「……?」


 足を止めたのは、異常な魔力の高まりを感じ取ったから。

 少し遠く、けれども走ればすぐ辿り着ける程度の距離に、爆発的な魔力反応を感じる。

 けれど、何だろう、魔力の毛色が少し異質だ。

 美しくて、儚くて、静謐。薄闇の中で蝋燭に火を灯すような、穏やかで暖かい魔力。

 その魔力反応に釣られて、私は北の空を見る。

 そこには、高く宙を舞う人影。灰色の空に僅かながら滲んだピンク色は、彼女の髪だと理解できた。

 空高く打ち上げられた彼女。空中で身体の制御が利いている様子は無く、羽をもがれた蝶のように、ゆっくりと地面へと落ちていく。


「あの人、確か……」


 その人物には見覚えがあった。

 アルカナンのアジトにいた女性だ。髪をピンク色に染めた若者。名前は……アズと言っていたような気がする。

 一応味方らしいということで、私はアズの着地点まで走る。

 ひらひらと落ちるアズ。あの吹っ飛ばされ方からして、相当の傷を負っているのだろう。

 地面に叩きつけられれば、さらに傷口が開く恐れもある。

 キャッチしてあげようと思い、彼女の予想着地点までサッと走った私だったが――――


「クソっ! あのクソ神父……!」


 なんと、彼女は自力で着地し、何やら悪態を吐いていた。

 ワイヤーのようなものをあちこちの建物に引っかけて、落下速度を落としながら着地したらしい。

 見れば、彼女は酷い容態だ。

 胴体に深く刻まれた切り傷。そこに追い打ちをかけるように、上半身のほとんどを火傷が覆っている。

 傷が開かないようにするためか、彼女は自身の体にワイヤーを巻きつけて縛っていた。


「……大丈夫?」


 重傷を負ったアズを前にして、私は思わず声をかける。

 どう見ても大丈夫なはずはないのだが、ついそんなことを聞いてしまった。


「アンタ、この前の……」


 向こうも、私のことを覚えていたらしい。

 まあ、ゴートウィスト家の次期当主が犯罪組織にやって来るというのも、冷静に考えれば衝撃的なエピソードだ。覚えていても不思議は無いだろう。


「味方なのよね?」

「味方だよ」

「そ」


 アズからの返答は素っ気無い。

 ダウナー系といった感じの態度だが、重傷によって喋る元気が無いだけかもしれない。

 いや、それは無いか。さっき凄い勢いで暴言吐いてたし。


「なんかヤバいのと当たったわ。神父風の剣士。詳しくは分からないけど、炎の魔術も使うみたい……ジャムは殺された」

「…………」


 神父風の剣士。加えて、ヤバいの。

 恐らく、アズとジャムが接敵したのはシグレ司祭だろう。

 ナナクサ・シグレ。ソルノットにおける実質的な教会のトップ。

 彼自身も優れた執行者ではあるのだが、暴力を好まない性格らしく、彼が武器を手にしている場面はほとんど見ない。

 私もシグレ司祭の戦闘を見たのは一度だけ。

 凄まじい剣術の使い手だった。気になって訊いてみたのだが、故郷に伝わる技としか教えてくれなかった。


「多分それ、シグレ司祭って人。強い剣士だよ。確実に倒したいなら、シャルナくらい連れて来ないとダメだと思う」


 剣の腕だけで見ても、シグレ司祭はソルノットでも屈指の実力者だ。

 それに加えて、アズは炎の魔術まで見たらしい。詳細はよく分からないが、恐らくは教会の魔術に類するものだろう。

 彼を倒し得る存在としてシャルナを挙げてみたが、正直、シグレ司祭の戦闘能力は未知数だ。

 シャルナでもあるいは、という話もあり得る。


「で、そのシャルナは今どこにいんのよ?」

「知らない。私達はレイの魔術で飛んできたから、多分他の所」

「ここにはいないってわけね。それだけ分かれば十分だわ」


 そう言うや否や、アズはのっそりと立ち上がった。

 火傷と裂傷を深く刻まれた体は、見るからに動いて良い容態ではない。

 私は医療のことはからっきしだが、今のアズを戦わせない方が良いことくらいは理解できる。


「動かない方が良いんじゃない? 傷が開くかも。近くにルーアいるから――――」

「冗談言わないで。そのシグレってヤツはすぐ追って来るわ。みすみすヒーラーの位置を教える気? ルーアの治療だって、一分かそこらで終わるほどお手頃じゃないでしょ?」


 アズの言うことも一理ある。

 今の彼女を治癒するには、ルーアでもそれなりの時間がかかるだろう。

 そこを追って来たシグレ司祭に見つかりでもすれば、折角ツウィグと共に潜伏させたルーアの存在と位置を教えることになる。

 戦闘能力の無いルーアを庇いながら戦えるほど、シグレ司祭は甘い相手ではないだろう。

 だが、手は無いでもない。

 私がいる。ルーアがアズの治療を終えるまで、私がシグレ司祭の足止めを行えば良い。

 ルーアの治癒中は私一人で時間稼ぎ。戦える程度まで回復したアズと共に、二人でシグレ司祭を叩く。

 それが最も合理的な戦略だ。


 ――――悪かったな。つまんねー役回りさせちまって。こっからは思っきし暴れよーぜ


 言葉が詰まる。

 すらすらと口をついて出そうになった最適解を、私はどうにか飲み込んだ。

 まただ。また、私は正しい手段を選んだ。

 勝つために最も合理的な正解を選ぶ癖が、習慣レベルで身に着いている。

 もう、そういうのはやめたんだ。私は私のために生きる。私は私の欲望の赴くままに、この力と呪術を振りかざすと決めたんだ。

 けれど、分からない。

 今、私は何を望んでいるんだろう?

 シグレ司祭との戦闘自体を回避すること? アズの傷なんて気にしないこと? そもそも、私は勝つことを望んでいるんじゃないのか? そのために合理的な方法を選ぶのは――――


「いや、そういう話じゃないわ」


 私の思考を断ち切るように、アズが言った。


「ムカつくのよ、アイツ。あたしを見下してた。哀れんでた。あの目が死ぬほど気に食わない。だから殺す。あたしの手で殺す。ルーアの位置がどうこうとか、シャルナがいるとかいないとか、そんなのこれっぽっちも関係無い。あたしを下に見たヤツは、あたしの手でバラバラにしてやんないと気が済まないの」


 それは、なんて、幼稚なんだろう。

 幼稚で愚かで浅ましい。

 しかし、それ故にシンプル。

 状況を読むことも無く、戦略を考える必要も無く、そこにはただ感情だけがある。


「絶対ぶっ殺すわ。あのクソ神父」


 ふと、シャルナが父さんを倒した時のことを思い出した。

 そうだ。きっと、そうだった。

 嫌いなものがあった。壊したいものがあった。殺したい人がいた。

 だから、それを簡単にやってのけるシャルナが眩しくて、私もそんな風になりたいと思ったのだ。

 私にだってできるはずだと、この呪術を思い切り使いこなせば、私も彼女みたいになれるのだと。


「良いね、それ」


 私は僅かに笑って、アズの案に乗った。

 作戦がどうとか、勝率がどうとか、今は良い。

 私と彼女の殺意。それだけで十分。それだけを武器に戦場へ飛び込むのは、どんなに爽快なことだろう。


「殺そうよ、シグレ司祭」


 口角が上がる。

 昨日よりも少しだけ、自由になれた気がした。

 

チームプレイに徹してパスを出すべき場面。それでも、ここからシュートを決めた気持ち良いんだろうなと考えてしまう。そんなロウリ・ゴートウィストでした

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