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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第四十二話 あなたの死を拒む

 ロウリ、シャルナ、ヘイズの三人が飛び出していった後の馬車の中。

 取り残されたツウィグとルーアは、祈るように座席に座っていた。

 何かを話すでもなく、ただ肩が触れない程度の距離で、それぞれじっと座ったままでいる。

 ロウリ達は何でもないように戦闘へと移行したが、本来連邦騎士団の騎兵隊とはソルノットにおける精鋭部隊だ。

 それと激突する戦場において、ツウィグやルーアのような身を守る手段を持たない弱者は、恐怖に震えながら祈るほかない。

 めくるめく戦場において、この馬車は一秒後に横転していてもおかしくはないのだから。


「……ちょっと、気まずい…………」


 ふと、レイがそんなことを言った。

 黒髪に白い肌の青年は、幽霊みたいな希薄な存在感を保ったまま、馬車の隅に座っている。


「レイさんは……戦わないんですか?」


 ルーアが訊いた。

 レイが気まずいなどと言ったものだから、気を利かせたつもりで話題を振ったのだろう。

 ルーアが咄嗟に出した疑問だったが、思いの外、的を得ている。

 レイ・ジェイド。

 条件次第で長距離を短時間で移動できるため、物や人の輸送要員として活躍することが多いが、直接戦闘が不得手というわけではない。

 一芸があっても個としての強さを欠いた者がアルカナンの中核メンバーになれないのは、ツウィグとルーアの二人が証明している。


「……できれば、行きたくないな。このまま……馬車の中でじっとしてたい。…………でも、どうだろう。ちょっとマズいかも…………」

「マズい?」


 ルーアが問い返す。

 マズい、というの状況自体がツウィグとルーアには想像できない。

 ロウリとヘイズ。そして、何よりシャルナ。

 これだけ圧倒的な戦力が揃っていて、どうすればマズい状況になるのだろうか。


「このままだと、ロウリは死ぬ」


 バタン、と音を立てて立ち上がったのはツウィグ。

 小さな体躯をいきらせて席を立った彼は、あまりに激的な表情をしていた。

 驚愕、焦燥、恐怖、怒り。色々な感情がごちゃ混ぜになった顔は、形容しがたい激情に歪んでいる。

 長い前髪、白いカーテンの狭間から見える瞳は、青カビのような灰緑色のまま大きく見開かれている。

 ほとんど睨むような視線を、ツウィグはレイに向けていた。


「……まさか、君が俺をそんな目で見るとは」

「あっ、違っ――――」

「責めてるわけじゃないよ。ただ……意外だったね。君に、そこまでさせるなんて……そんなに、ロウリが死ぬのは嫌なんだ……」


 長いことアルカナンにいるツウィグだが、中枢メンバーに逆らったことは一度も無い。

 逆らうどころか、圧倒的な強者である彼らの機嫌を損ねないように、目立たないように気を遣って生きてきた。

 そんな彼が、レイ・ジェイドの前で立ち上がったのだ。

 その事実にレイは少しだけ目を丸くしている。


「あの、ロウリが死ぬってのはどういう……?」

「……そうだね。順を追って話すよ。まずは状況を整理しよう」


 ルーアの質問に対して、レイは落ち着いて言葉を返す。

 そのやり取りで熱が冷めたのか、ツウィグも席に座り直した。


「今、ソルノット南東部ではアルカナンによる侵略戦争が始まってる。俺達はそこへの援軍を引き連れてスウェードバークの荒野を渡っている最中、連邦騎士団の騎兵隊と接敵。ロウリ、ヘイズ、シャルナが戦闘に出てる」


 連邦騎士団がスウェードバークの荒野に騎兵隊を派遣した理由は不明だが、この状況では、監獄落としから命からがら逃げ出した看守が騎士団に通報したと考えるのが自然だろう。

 監獄が落ちたことを察知した連邦騎士団は、機動力の高い騎兵隊に監獄奪還を指示。

 大量の元囚人を引き連れて荒れ地を横断中のシャルナ一行と邂逅、戦闘に至る。


「……言わずもがな、騎兵隊は連邦騎士団の中でもエリート。ユザ・レイスを筆頭に優秀な騎士が揃ってる。今、ユザ・レイスの相手をしてるのはロウリ。パッと見た感じ、シャルナとヘイズが他の騎兵隊を殲滅するより、ロウリがユザ・レイスに負ける方が早い」

「そん、な……」


 レイの見立てに、ルーアは青ざめた顔で言葉を失う。

 ロウリを友達だと思っていただけに、彼女の死は受け入れがたいものらしい。


「……いや、それはおかしい。あの、シャルナだぞ? 騎士団なんて蒼炎一発で消し飛ぶはずだ」

「普段なら……シャルナもそうする。でも……ここには味方が大勢いる。それも、わざわざ監獄落としをしてまで手に入れた味方勢力。……シャルナが細かいことを気にしないとはいえ、ここまでして手に入れた戦力をぶっ飛ばすほど馬鹿じゃない……今、シャルナは大規模な蒼炎を使えない」


 レイはルーアとツウィグに説明するにあたって、細かい実情をかなり省いている。

 ツウィグの言う通り、シャルナが全力で戦えば騎兵隊など二秒で消し炭になる。黒焦げになった大地に、ユザだけが残るだろう。

 ただ、そこまで大規模な火力を放てば、ここにいる大量の味方を巻き込むことになる。

 さらに、馬車に乗っているほとんどの元囚人が、騎兵隊との戦闘に参加していない。馬車の中に閉じこもって、流れ弾が飛んでこないことを祈っている。

 ある程度ソルノットの裏社会に生きた者ならば知っているからだ。

 シャルナがいる戦場に顔を出せば、味方だろうと青い炎の巻き添えを食って死にかねないと。

 シャルナとヘイズが騎兵隊に負けるということもないだろうが、二人が騎兵隊を殲滅するまで、ロウリがユザ相手に粘るのはハードルが高いだろう。


「私がロウリに遠隔で治癒魔術をかければ……」

「……ヒーラーの位置が割れたら、ユザ・レイスは真っ先に殺しに来る。……あんまりオススメしないかな…………」


 治癒魔術は強力だが、その分使い手は敵から狙われやすい。

 特に自分で自分の身を守る手段を持たないルーアは格好の的だろう。

 自分達なりに考えても状況を打開できそうにない現状に、ツウィグとルーアの表情は曇っていく。


「……大丈夫。手はあるよ」


 そんな二人を慰める意図があったかは不明だが、レイはそんな風に口火を切った。


「俺の魔術でシャルナ、ヘイズ、ロウリの三人をソルノット南東部まで飛ばす。……飛ばす先も戦場だけど、ここで騎兵隊の相手をし続けるよりかは良い。君達もロウリと同じ場所に飛ばすけど、良い……?」


 現在、騎兵隊によってシャルナ、ヘイズ、ロウリというアルカナンの主戦力を足止めされている。

 しかも、このままではユザにロウリが殺されるだろうという窮地だ。

 しかし、レイの魔術で主戦力をまとめてソルノット南東部に飛ばした場合、逆にユザ含めた騎兵隊を監獄から連れて来た元囚人によって足止めできる。

 ユザ達騎兵隊も、ここにいる大量の元囚人を無視してソルノット南東部に向かうことはできないだろう。

 本来の計画からは少し外れるが、ロウリという戦力を失うよりかは良いというレイの判断だ。


「分かった。俺達も飛ばしてくれ」

「うん、お願い」


 レイの提案をツウィグとルーアは呑む。

 強い意思で首肯する二人の姿は、レイの目にも覚悟が決まっているように見えた。


「……じゃあ、この馬車にゲート開くよ。……シャルナとヘイズは俺の魔力覚えてるから勝手に寄ってくるだろうけど……ロウリは、合図出してあげた方が良いかも……」


 レイはツウィグとルーアの二人に適当な指示を出しつつ、自身も立ち上がる。

 人間五人を運ぶ程度の魔術、大した下準備が必要なものでもない。

 ただ、何となく気合を入れて、魔力で馬車の床に魔法陣を描き出してみた。


(この二人、ここでロウリと一緒に飛ぶなんて言わなければ……騎兵隊に捕まってアルカナンから抜け出せたのに。……気付いていないのか、それとも――――)


 レイは少しだけ物思いに耽りながら、馬車の中で魔術を起動する。

 ルーアはロウリ達が馬車内に入ってきやすいように、馬車の扉を全て全開にする。

 開け放たれた扉から身を乗り出し、ツウィグが大きく息を吸い込んだ。

ルーアとツウィグ。最初からいるし、そろそろ愛着が湧いてきませんか? 

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